常識的に考えて、私達が負ける要素は――

「きゃああああ!?」


 後部車両が爆発し、大きく揺れる。トモエは爆発の衝撃地と、その後不安定な動きをする電磁シャトルの中で悲鳴を上げた。


<アラート。バランスシステム、チェック不十分のため稼働率20%。コイル切り替え、不可能>

<アラート。送電不足により一部システムをシャットダウン。車両の安定を最優先します>

<アラート。衝撃レベルAを超えました。安全のため、後部車両を切り離します>


 シャトル内に鳴り響くアラート音。グラグラと揺れるシャトルは地震を思わせた。トモエは近くの椅子に捕まり、体をこわばらせる。何度かの揺れが終わると、後方で破壊音が聞こえた。切り離されたシャトルが落ちた音だ。


「うそ。皆あそこにジャンプしたんだよね! 無事なの!?」


 トモエは顔を青ざめ、後部車両に走る。拘束されているわけでもないので止めることはできない。ワンメイが操るドローンに捕縛用の兵器もなく、トモエは難なく移動できた。


 自動扉が開き、自分が乗っていた車両から次の車両に移った。座席しかない車両。その最後尾は爆発を受けて大きく破壊されていた。そしてそこには――


「ネネネちゃん! ムサシお姉さん! あとボイルさんにペッパーさん!」


 爆発した箇所近くに倒れているネネネとムサシ。そして、ボイルとペッパーXだ。爆発に巻き込まれたのか、傷だらけの状態だ。慌てて駆け寄るトモエは、ムサシの姿を見て顔を青ざめる。


「ムサシお姉さん、足! 足が……!」


 腰から下が、なかった。知人の非現実な姿を見て、トモエはぺたりと座り込む。自分を助けに来たから、足を失った。その現実に罪悪感で潰れそうになる。


「ああ、足壊れちゃったか。こっちも頼まないとねえ。クレジットバンバン飛んでくねぇ。しばらくは電子酒を控え……いや、電子酒な控えられないねぇ。どうしたもんか」


 座り込むトモエは、そんなあっけらかんとしたムサシの言葉を耳にする。壊れた家電を買い直すような、どこか軽い悩み事のように。


「…………え?」

「ムサシの旦那を良い感じで誘惑できた自慢の足だったのに、惜しい惜しい」

「痛くないの? 足無くなってるんだけど……」

「痛い痛い。お姉さんの貯金が一気に吹っ飛ぶよ。お姉さんのサイバーレッグは腕と同じで特注品だからねぇ。酔った状態でもバランスとってくれる優れたオートバランサー付きなのさ」

「サイバー……機械の、足だったのね……」


 安心したような疲れたような。そんなため息を出すトモエ。大ダメージには違いないが、命に別状はなさそうだ。


「どういうことなの、二天のムサシ!」


 爆発のショックで気を失っていたボイルが、目を覚ますや否やムサシに突っかかる。爆発の衝撃でサングラスが割れ、左目が露出していた。下半身が消失して立てないムサシに近づき、見下ろすようにして叫んだ。


「どういうことってどういうこと? 質問に質問を返すのは無礼なんだろうけど、さすがに質問の意味が分からないんでごめんねぇ」

「どうして私を助けたの!? 貴方と私は敵同士なのに!」


 ボイルは訳が分からない、とばかりに叫ぶ。


 ――『ドコウソン』からミサイルが発射された瞬間、


『あらよっと!』


 ムサシはボイルを掴んで、前方車両に投げた。ボイルが見たのは、爆発に巻き込まれるムサシ。ボイル自身も衝撃で気を失い……気が付けば今の状況だ。


「貴方が私を助ける理由なんてないはず! なのになんで!?」

「なんとなく、かな」

「はあ?」


 ムサシの答えに、ボイルが答える。疑問の色は濃くなり、見えている目は丸くなる。


「そもそも敵ってほどでもないかな。あの時点ではすでに花火お姉さんは戦意喪失してたし。

 ついで言えば、お姉さんは2日後までは死なないみたいだしね」


 体が起きていれば肩をすくめただろうムサシの軽い発言。


 死なない。ムサシは2日後の未来を見ている。確定した2日後の未来だ。それを見たという事は、逆算的に2日後まではムサシは死なないという事になる。


(まあ『死んでない』っていうだけで、他がどういう状態なのかは不明なんだよね。最悪、脳だけの状態で生かされている可能性もあるし)


 酔っているかのような薄ら笑みを浮かべながら、そんな未来を想像する。ありえない話ではない。ムサシは今抵抗できる状態ではない。このまま『ジョカ』の研究施設に運ばれてもおかしくないのだ。


「トモエ……無事か、あう……」

「ネネネちゃん!」


 ネネネの声に振り向くトモエ。ネネネも爆発の瞬間に、ペッパーXを抱えて跳躍したのだ。単独なら爆発に巻き込まれることはなかったが、クローン一体分を抱えたことで爆発に巻き込まれたのである。


 半身起そうとするネネネが、そのまま立ち上がれずに崩れ落ちた。ネネネの四肢は無事だが、全身血だらけで見るに堪えない状態だ。


「ヘヘ、アタイ助けに来たぜ。偉いだろ?」

「うん……ありがとう……! でもネネネちゃんが……」

「安心しろ。こんな傷、唾をつけてれば治る!」

「いや、『バーンスリー』の効果だからね」


 心配するトモエに笑みを浮かべるネネネ。唾をつけても傷は治らないが、ムサシのツッコミ通りネネネの体内には治癒ユニットの『バーンスリー』がある。再生と破壊に秀でた『カーリー』ならではの肉体回復能力だ。時間はかかるが治癒はできる。


「ボイルッ! 生きているかッ!?」

「ペッ……っ、それはこっちのセリフよ、馬鹿ぁ」


 倒れて動かないペッパーXの言葉に、ボイルが答える。涙と嗚咽をこらえるような声。割れたサングラスの奥に光る涙。罵りながらも、心配しているのが雄弁に伝わってくる。


「問題ないッ! 『レンタン』と『キョンシー』は発動しているッ! 107分後には、復帰可能だッ!」

「無理しないで回復に努めて。雌雄はもう決したわ」


 動けないムサシとネネネ。そして連行する対象のトモエを見ながら、ボイルは言い放つ。現状、満足に動けるのはボイルだけ。しかしボイルが健在なら、トモエは逃げることができない。最大懸念である二天のムサシは動けないのだ。


「ボイルさん……」

「色々邪魔は入ったけど、これで終わり。お互いボロボロだけど、私達にはまだ『ドコウソン』がある。規定違反なドローンだけど、有用な戦力よ」


 そしてボイルは勝利を確信したかのように、口を開く。


に考えて、私達が負ける要素は――」


 ない、という言葉は突然の爆発音で止められた。


「……な?」


 並走していた『ドコウソン』が脱線し、爆発したのだ。車両通路に障害物があり、それに乗り上げたみたいだ。よくは見えなかったが、両断された『ドコウソン』の回転兵器が地面に落ち、それを踏んで乗り上げたように見えた。


 そんなものがどうして両断されて地面に落ちたのかなんて、ボイルは知る由もない。想像すらできないだろう。サイバー改造を何一つ施しておらず超能力をつかえないクローンが、骨董品レベルの武装で一刀両断しただなんて。


「……い!?」


 そして次の瞬間、赤い光が壁を切り裂く。同時に飛び込んできた一体のクローン。どこにでもいそうな、市民ランク6の男性型。その手には赤いフォトンブレードを持っているが、逆に言えばそれ以外は武装らしいものを持たないクローン。


「コジロー! 来るのが遅い!」

「すまねぇな、トモエ。ちょっと手間取っちまった」


 Ne-00339546。コジローと呼ばれるクローンは嬉しそうなトモエの言葉を受けて頭を搔いた。同時に――


「動くなよ。俺のフォトンブレードはそこで寝てるヤツよりも速くて強いぜ」


 何かをしようとするボイルに向けてフォトンブレードを突きつける。コジローの気迫と戦意。そしてこれまでの疲労とダメージ。それに負けるように崩れ落ちた。


「ちょいと待ちな。お姉さんより強いっていうのは聞き捨てならないね。一回勝っただけじゃないか」

「そうだぞ! アタイよりも速いとか後でお仕置きだ、コジロー!」

「へいへい。大人しく寝てな」


 文句を言うムサシとネネネを適当にあしらうコジロー。視線とフォトンブレードをボイルに向けたまま、言葉を続ける。


「とりあえずこのシャトルを止めてもらおうか。ついでに言えばトモエに二度と手を出さないと約束しな。そうすりゃ殺さないでおくぜ」

「……『転移者トリッパー』に関しては約束できない。ジョカ様の命令だから。でもシャトルを止めてその後すぐに追わないことは約束するわ」

「わかったぜ。人間様からの命令なら仕方ないか」


 企業に服するのがクローンの存在理由。そして企業そのものともいえるの命令は絶対。それはコジローも理解している。今はこの騒動が収まればいいと思うしかない。


「ここまで大ごとになったんだ。しばらくは動けないだろうし、『ネメシス』も秘蔵の超能力者エスパーを出してくるとかするだろ。そいつに期待するぜ」


『ネメシス』の超能力者エスパーが誰でどんな強さかなんて知らないけど、コジローは楽観的に考えた。ここでボイル達を殺さないのは、シャトルを止めてもらわないといけないに過ぎない。


「……約束して。このシャトルを停めた後、ペッパーXだけは見逃して。私はどうなっても仕方ない。でもコイツをそそのかしたのは、私だから。悪いのは、私だけだから。

 クレジットなら欲しいだけ渡す。私の肉体も脳も好きなだけ研究に使っていいから。だからこの馬鹿だけは……」


 だが、シャトルが停止した後はその限りではない。ボイルもそれが分かっているのか、必死に交渉を続けた。落とし前として自分を差し出すから、ペッパーXだけは許してほしい。自分の人生を捧げるから、だから――


「おいおい。ふざけるのもいい加減にしろよ」


 呆れるようにコジローは言う。当然だ。生殺与奪権はコジローにある。こんな口約束に従う義理はない。ボイルは絶望するように俯き、


「無駄な命を奪わないのがブシドーなんだよ。コイツを停めてくれれば両方とも生かして返すって約束するぜ」


 そんな、全く理解できないコジローの言葉を耳にした。


「ぶ、ぶしど……ぉ?」

「全く、相変わらずのブシドーだね旦那は」

「コジロー偉いぞ! アタイも姉として胸が高い!」

「そうね。コジローらしいわ。……胸?」


 困惑するボイル。ムサシとネネネとトモエは、コジローのセリフが分かっていたかのようにため息をついた。


<シャトル停止命令受諾。最寄りのステーションで停止します>


 ボイルの通信を受けて、シャトルから返答が返ってくる。シャトルは少しずつ減速し――


<命令変更、受諾。『崑崙山クンルンシャン』まで移動開始>

<市民ランク1からの命令に従い、ブレーキシステム、停止。安全確認装置、停止>


 そして、加速する。シャトル内に次々と警告音が鳴り響く。


<アラート。このシャトルは298秒後に『崑崙山クンルンシャン』に到着します。到着速度は時速577キロになりますので、皆さま安全装置を――安全装置は破棄されました。緊急脱出経路は――強制ロックされました>

「おい、どういうことだ!」

「こ、こっちが聞きたいわよ!」


 コジローの睨みに命令を出したボイルが首を振る。ボイル自身もわけがわからないという顔をしていた。


「……なんだか嫌な予感がするんだけど……。時速577キロで駅に到着して大丈夫なんだ、天蓋の電車って。凄いなー。あははー」


 冗談ぽくいうトモエ。サイバー世界の列車なら、そういう事もあるかもしれない。


「……あはは……マジ?」


 そんな淡い希望は、場に満ちた重い空気により否定された。

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