サムライに0%はあり得ないぜ

「……って、おい。まさかアイツ――電子酒で酔ってやがるな」


 向こうの車両に移ったムサシを横目で見ながら、コジローはムサシが酔っていることに気づく。そう言えばこれまでは些か挙動がおかしい部分はあった。おっぱい揉むとか言わなかったし。


「酔ってるアイツの動きは読めねぇからなぁ。超能力とか無関係で強いし」


 何度かムサシと戦って思うことは、先読みされるのも強さの一つだが変幻自在で型に囚われない動きの方が厄介だ。酔っているかのような動きのくせに重心がズレず、二本のフォトンブレードが予測できない動きで斬りかかってくる。電子酒を淹れれば入れるほど、その動きが複雑化するのだ。


「あっちは任せて大丈夫そうだな。ネネ姉さんもいるし、超能力者エスパーとやらは倒してくれるだろうよ」


 共に戦った二名のクローンへの信頼は厚い。後はタイミングを見て向こうに移るだけだ。コジローは意識を追ってくるドリルドローンこと『ドコウソン』に向ける。


「動きが単調だぜ。あくびが出そうだな!」


 言いながらフォトンブレードを振るうコジロー。飛来するドリルミサイルはけして遅いものではない。だがコジローはその動きを見切り、的確に両断していた。真正面から斬り払い、横なぎで続くミサイルを切り裂く。


「バカスカ撃ってきやがって。いい加減弾切れぐらい起こしてもいいんだぜ!」


 コジローの言葉に反応したわけだはないのだろうが、『ドコウソン』からのミサイル攻撃が止む。その代わりとばかりに正面に取り付けられた巨大ドリルが回転し、速度が増した。


「おいおい。もしかして……突っ込んでくる気か!?」


 回転するドリルが迫る。相対速度で見れば時速30キロほどで迫ってくるのだが、自分の身長以上の回転する金属が迫りくる光景は、生命の危険を感じる。その回転に巻き込まれればたとえ機械化人間フルボーグであっても体が砕け散るだろう。


「ヤバいな。古典ラノベでもドリルってのは伝説の武器だって話だしな」


 スコップ、日本刀、そしてドリル。古典ラノベにおける三大武器だ。万能武器であるスコップ。全てを切り裂く日本刀。全てを貫くドリル。その一つが迫ってきているのだ。


 視点はトモエとワンメイがいる車両に移る。


<何故だ!? 『ドコウソン』の攻撃がなぜ効かない! あれだけミサイルを撃っているのになぜ一発も爆発しないのだ! 朕の完璧で完全で完熟した兵器に不備など張るはずがないのに!>


 ミサイル攻撃を続ける『ドコウソン』とそれを受ける車両を見ながら、トモエがいる車両では白カニドローンことワンメイが叫んでいた。


 多額のクレジットと多額のコネを使って作り出した地下電磁シャトル網用の戦闘ドローン。他企業本社ビルと繋がっているこのシャトル網を軍事的に支配できれば、いつでも武力行使ができる。その為に秘密裏に作ったドローンだというのに。


<故障か!? 兵装担当者は全てクビを切ってやる! 朕の完璧で完全で完熟たる計画に泥を塗るとは何たる無能! 人事担当も全て斬首! 首だけの状態で49年生かしてから処刑してやる!>


 解雇クビでありながら斬首クビ。酷い話だが、それが可能な権力を持つのが市民ランク1でワンメイだ。もっともそれを実際に行使するランク1はまずいない。無能を有用に扱うことが、人を使うという事だと知っているからだ。


「コジローとムサシお姉さんだもんね。ミサイルぐらい斬ってるんじゃないの」

<はっ! 一笑に付すとはまさにこのことよ。異世界から来た未開人には理解できないだろうが、飛んでくるミサイルを斬るなど不可能だ! そもそも斬るぅ? その発想自体が野蛮で下賤なクズ的発想! そんな程度の発想で天蓋に攻め込もうなど、まさに冗談にならぬわ!>


 トモエの言葉に怒りの言葉を返すワンメイ。言うまでもなく、トモエの言っていることが真実だ。トモエはコジロー達がミサイルを斬っている場面を見ていないが、できると信じて疑わない。


 とはいえ、これはワンメイを責められない。どれだけの技量があればミサイルを斬れるのか。コジローのように肉体と技術を此処まで鍛え上げるクローンなど想像できるはずもない。そもそもフォトンブレードなどという銃ではないモノを武器として使うなどありえない話なのだ。


<こうなれば直接攻撃して砕いてくれる! ついでに車両に乗ったやつらもまとめて吹き飛ばす! ついでに邪魔な超能力者エスパーごと処分して、朕がすべての栄誉を奪う!

 そうだ。それが正しい! ミサイルが故障しているなら直接相手を削ればいい。完璧で完全で完熟した朕の所有するドローンが負けるはずなどない! ジョカ様からの作戦を完遂できるのは、朕以外にはありえない!>


 二天のムサシを運んだ電磁シャトルと、二天のムサシがいる後部車両。それを同時に攻撃できるプランを思い浮かんだワンメイは自分に酔ったかのように叫ぶ。ジョカに認められるのは自分だけでいい。栄誉は自分だけ受ければいい。その欲望を隠そうともしない。


「何言ってんのよアンタ! 同じ会社の仲間なんでしょ!」


 自分を誘拐した人をかばうのはおかしいと思いつつ、それでもボイルとペッパーXをムサシ毎葬り去ろうとするワンメイの言葉に反論するトモエ。


<同じ? 市民ランク1の朕と、下級な市民が? あり得んな>


 帰ってきたのはそんな答え。市民ランクが下の人間を、自分と同じ命だと思っていない声。どれだけ死のうが、どれだけ苦しもうが構わない。市民ランクが高い自分の得になるかならないか。大事なのはそれだけだ。


「このっ!?」


 そしてトモエがどれだけ叫んでも、ワンメイを止めることはできない。トモエの目の前にいる白カニはワンメイが監視用に設置したドローンでしかない。ワンメイ本人は『崑崙山クンルンシャン』の一室から状況を見ているに過ぎないのだ。『ドコウソン』への命令もそこから飛ばしている。


 加速する『ドコウソン』。トモエが乗る電磁シャトルの最後尾。そこにいるムサシとネネネ、ボイルとペッパーXがいる車両に向けて車両壁部にある砲門からミサイルを放つ。


「――うっそ!?」


 ムサシの叫び声は爆発音にかき消された。電磁シャトルは大きく揺れ、安全装置が働いて爆発した後部車両は切り離される。切り離された車両は失速し、大きく後方に流されていく。


 撃たれたシャトルは時速450キロの慣性を持ったまま地面に落ち、そのエネルギーを受け止められずに大きく跳ね上がり、折れ曲がる。そこにいた者は、どう考えても無事とは思えない。


「おい! 無事か!」


 時間軸と視点はコジローに戻る。シャトルの爆発を見たコジローは思わず叫び、そして自分の方に迫ってくるドリルに意識を集中させた。激しい回転音と機械音。クローンが放つ殺気などまるで感じないが、それでも死が迫ってきていることは理解できる。


<KLー00124444およびIZー00210634、共に通信の反応がありません>

「あいつらが死ぬわけねぇ。気付いていないか酔っ払って寝てるかのどちらかだ」


『NNチップ』への通信に反応がない事を事務的に告げるツバメ。最悪の可能性を考えまいと、楽観的な答えを返すコジロー。


<時速450キロの衝撃はおおよそ800mの高さから空気抵抗なしで落下した衝撃に等しいです。天蓋でも企業本社を除けばこの高さに匹敵するタワーは4本しかありません>

「そりゃレアな体験だな。下手するとこっちもそうなるわけか」

<そうなる前に肉体が砕けています。回転兵器の速度と大きさを考えれば、クローンの骨は容易に砕けるでしょう>

「試算ありがとよ。嬉しくねえ結果だな!」


 あいつらは無事だ。強引にそう思い込み、迫るドリルに向けてフォトンブレードを構えるコジロー。高さ3mのドリル。高速回転しながら迫る凶器。それはコジローどころか乗っているシャトルごと砕いて削りとろうと迫りくる。


<脱出経路なし。迎撃する方法なし。生存確率0%。安楽死を希望しますか?>


 完全に逃げ道のない状況で告げられる終末処方。痛みなく脳を焼き切り、安らかなる死を迎える『NNチップ』に標準装備された機能。クローンによっては女性に抱かれるイメージを与えたり、美男子に手を取られるイメージだったりするという。


「ノーだ。要はこいつを斬ればいいんだろ」

<不可能です。兵器の一部を切り取っても、回転に巻き込まれます>

「一部じゃ無理なら、真正面から完全に真っ二つにすればいいってことだな。軸の中心を完全にぶった切ればいいわけだ」

<回転軸の中心を切り裂くことは容易ではありません。フォトンブレードを最大延長したとして、回転兵器全てを斬るには限界まで兵器を引き寄せる必要があります>

「つまり、0%じゃないってことだ」


 ギリギリまで引き寄せて、最大出力で斬る。斬るタイミングが早ければドリルの主軸まで届かず、遅ければドリルに貫かれる。それだけだ。分かりやすいじゃないかと、コジローはフォトンブレードを迫るドリルに向けて正眼に構えた。


<計算アプリの仕様上、100万分の1以下の確率は0%表記になります>

「じゃあ設定変更だ」

<了解。設定を変更しました>


 ツバメと会話しながら、コジローは迫るドリルに意識を集中する。ギリギリまで引き寄せて、斬る。焦るな、だけど出遅れるな。焦る心を飲み込むように息を吸い、


光 子 剣 術フォトンスタイル――刹 那 一 閃アト・スレイヤー】!


 吐くと同時にフォトンブレードを振るった。真っ直ぐに、真正面から。恐れも怯えもなく、ただ斬れると信じて。


 真正面から両断されたドリルは支えを失い、自重を支えきれずに車両通路に落ちる。『ドコウソン』は落ちたドリルに巻き込まれる形で車体を乗り上げ、そのまま脱線する。内部にあるミサイルが衝撃を受けたのか、車体のいたるところから爆発が起きていた。


「サムライに0%はあり得ないぜ」


 額の汗をぬぐい、コジローは笑みを浮かべた。


<最後の接触ポイントが近づいています。飛び移る車両に侵入口は開いていませんがどうしますか?>

「しょうがないな。跳びながら斬るか」

<試算完了。跳躍中の斬撃による危険性を考慮し、跳躍タイミングを調整しました。

 なお、失敗時は時速480キロの感性を持ったまま車両通路に叩き付けられますが、終末処方は間に合いませんのでご了承を>

「……跳ぶ前に気が滅入ること言うなよ」

<登録された辞書によると、サムライに不可能0%はないとのことです>


 自分が言ったことに首を絞められるコジロー。どの道、この速度で地面に叩き付けられれば痛みを感じる間もなく死ねるだろうが。


「へいへい。じゃあタイミングよろしく頼むぜ、相棒」

<了解しました>


 脳内に浮かぶカウントダウン。それを信じ、サムライは宙を舞う――

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