分かるんだなぁ、お姉さんには

「そんじゃ行ってくるね」

「おう、こっちは任せろ」


 三度目のシャトルの接近。飛び移る少し前にムサシはそうコジローに告げた。コジローは『ドコウソン』からくるドリルミサイルに集中しながら言葉を返す。


「うんうん。くるくるミサイルは任せたよ。ああ、こっちに来るのと先端がくるくる回ってるのをかけたんだけど、どうも締まらないねぇ。まあ締まらないから回り続けるのか。なら仕方ないなぁ」


 言ってけらけらと笑うムサシ。その後で改造和服のミニスカ部分をつまみ、


「さっきも言ったけど、飛ぶ瞬間にこっち見たら見えちゃうから振り向くのは無しだよ。旦那」

「向かねぇよ」

「ああん、真面目だねぇ。でもこっそり見てもバレやしなからねぇ。どうなんだろうねぇ? 旦那も男だし、お姉さんのおっぱいと太ももに目が行ってたのは仕方ないもんねぇ」

「どうもこうもねぇよ。仕方なくもねぇ!」

「おおっと、時間だ。行ってくるよ!」


 カウントアップギリギリまでそんな会話をして、ムサシは跳躍する。まあ確かにあの体つきであんな服を着られたら意識しないわけでもない。戦闘に意識が向いていたが、ああいう会話をされるとコジローも性欲がないわけでもないので少しばかりモヤモヤする。最近はあまりなかったが、隙あらばああいう冗談を挟むのは……。


「……って、おい。まさかアイツ――」


『ドコウソン』の攻撃をさばきながら、コジローはムサシのある事実に気づいた。


「ホント妬けるよね。旦那に教えてもらったことを、こうも疑いなく信じられるなんてさ。

 しかもしっかり倒してるんだから、お見事お見事。リベンジ完了だね」


 隣のシャトルに飛び移ったムサシは倒れているペッパーXとネネネを見る。ペッパーXの顔は初見だが、状況的にこのクローンが超能力者なのは間違いないだろう。なんか叫んでたし。


「ペッパー!」


 倒れているネネネの様子を見ようと思った瞬間に、前車両へ続く扉が開く。全身断熱コートに身を包み、銀色のサングラスとマスクで顔を隠したクローンだ。Joー00101066。ボイル。『ジョカ』のもう一人の超能力者エスパー


「この男性型のお仲間さんかい? ってことはアンタがもう一人の超能力者ってことでいいのかな? 店でお姉さんに花火を仕掛けてくれた方かね」


 笑みを浮かべてムサシが問う。証拠のない追及だが外れでもないはずだ。表情はわからないが、倒れた超能力者エスパーに心配そうに駆け付けた声と態度はある程度の感情がなければありえない。


「そうよ。『ジョカ』の超能力者エスパー、『金属沸騰ボイル』。あらゆる金属を過熱させ、溶かし、そして蒸発させるわ」


 威風堂々と立ち、そう告げるボイル。ムサシとの距離は10mほど。ボイルの超能力発現は1秒も要らない。言葉通り秒殺できる間合い。


 超能力。天蓋でも解析できない力。天蓋を運営するエネルギーの根源である『ドラゴン』の因子が関与していると言われているが、それ以上の事はわかっていない。


 その能力の内容は秘されることが多いが、ボイルのように公開するケースもある。『あらゆる金属を溶かし、蒸発させる』……その内容自体が聞いたものを萎縮させるのなら、公開したほうが優位に立てるケースもある。


 ただ隠すだけが情報戦ではない。開示することで相手をコントロールできるのなら、それを躊躇しない。ナイフを見せることで有利に働く交渉もある。ボイルはそれを熟知していた。


 まあ――それはそれとして。


(やっちゃったあああああああああ! マズイマズイマズイ! 二天のムサシの超能力が分からないのに正面に立つとか悪手にもほどがある! 最適解は気づかれる前に不意打ちなのにぃ!)


 ボイルの内心はものすごく動揺していた。サングラスとマスクの下は恐怖と焦りで強張っている。


(ペッパーからの通信が途絶えて心配で走ってきたけど、考えてみたらペッパーを倒した敵がいるとか当たり前じゃない! とっさにハッタリかまして時間を稼いだけど、どうしよう!? おおおおお、落ちつけ、私! 考えろ!)


 パニックする思考を整えるように現状を再確認するボイル。


 最後尾車両にいる人物は4名。ボイル、ムサシ、ペッパーXとそれを倒したと思われるクローンネネネ。行動可能なのはボイルとムサシ。ムサシは絶賛こちらを敵と認識している感じだ。目的は『転移者トリッパー』の奪還か。


 今ボイルにできる戦術は4つ。①:後ろを向いて逃げる。②:ペッパーの安全確保後、シャトルの金属情報を得てシャトルごと吹き飛ばす。③:ムサシのサイバー機器情報を戦闘中に解析して吹き飛ばず。④:手持ちの金属片を使って凌ぐ。


(①は却下! ペッパーが二天のムサシに奪われるわ。

『ジョカ』の超能力者エスパー情報が他企業に渡ったとなったら、いい恥さらし。二天のムサシが『イザナミ』の命令を受けてきている以上、超能力者エスパー捕獲は優先順位が高い目的でしょうし!)


 最適解を真っ先に放棄するボイル。もっともムサシは個人の理由で動いていて、『イザナミ』の命令で動いているわけではない。ペッパーXの捕獲は重視していないので、いつもの勘違いだ。


(②もアウト。安全チェックが不十分なまま走行しているのに爆発とか、最悪脱線するわ。時速400キロ近くのシャトルがノンブレーキで脱線したらどうなるかなんて試算もしたくない。

 ③も無理すぎる。バックアップのスタッフが上手くハッキングしてくれるか、戦闘中に二天のムサシの腕にキスするか。どっちも勝率が低すぎる)


 となると、残された選択肢は『④:手持ちの金属片を使って凌ぐ』しかない。


「二天のムサシ。それ以上近づくなら、華氏4566度2518℃が貴方を襲――」


 断熱コートのポケットからアルミニウムで作られた親指の爪ほどの小さな円盤を取り出すボイル。高熱を放つと脅し、相手の気勢を削ぐ。そのまま撤退してくれれば御の字だ。主導権を相手に与えず、交渉で相手をねじ伏せる。


 この間、一秒。内心パニくってはいたが、ボイルも歴戦の超能力者エスパー。立て直しは速い。


「――う、ううわぁ!?」


 だが、ムサシはさらに速い。ボイルが思考をまとめて言葉を放った時にはすでに踏み込み、フォトンブレードを振るっていた。ボイルが避けられたのは、ただの偶然でしかない。回避で体制を崩してしまい、二撃目は避けられない。


「この!」

「おおっと!」


 とっさに手にしていたアルミニウム円盤を発火させて爆発させる。高温が一気に広がり、放射熱がエネルギーとなって周囲を襲った。ボイルは断熱コートでそれに耐え、ムサシは事前に分かっていたかのように距離を取る。


「いきなり切りかかってくるとは野蛮ね。『イザナミ』の超能力者エスパーは口より先に手が出る無礼者なのかしら?」


 斬られそうになった恐怖をぐっとこらえて、ボイルは余裕の演技をする。目の前を通り抜けたレーザー刃の恐怖を脳内物質全開放して押さえ込んだ。何この野蛮人ホント何なの!? 落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け。


「いやあごめんごめん。なんか隙だらけだったんでつい。でも華氏四千……なんとか? たいした爆発だよ、うん」

「そう。私の能力を理解したのなら身の程も理解したでしょう。言っておくけど、まだまだコインはたくさんあるわ。その気になれば、複数を一気に爆破させることもできるわよ」


 言って断熱コートのポケットを叩くボイル。コイン――アルミニウム合金で作った小型円盤がそこにあると示している。先ほどの爆発を何度も起こすことは可能だ。


「そりゃ怖いねぇ。コワコワだよ。怖いから、

「…………は?」

「この前の花火、凄かったねぇ。状況が分からないこともあったけど、よくわからない超能力に足がすくんでたのも事実だよ。何せ爆発だ。余波だけでも肌が焦げちゃいそうだったもんね。お姉さん、シャワーもぬるま湯設定なぐらいに熱いのが苦手でね」


 何を言っているの? そう言いたげなボイルの声。顔と分厚いコートで動揺は表に出ないが、明らかに主導権は奪われていた。


「なんで忘れてたんだよ。まあお仕事中はやめて、ってトモエちゃんが言ってたこともあるからね。なんでいろいろ足がすくんだりして本気じゃなかったかな」

「あの時は本気じゃなかった? そんな言い訳をしたいの、アナタ」

「言い訳? ああ、言い訳言い訳。本気じゃないからトモエちゃん奪われたんだ。誘拐されてイイワケあるかいってね。うまいうまい。美味いは『フライドポテトトマトケチャップ』の味データってね。

 ああ、つまり何が言いたいかっていうとね。――お姉さん、! 今日の電子酒は『チスイクレナイサクラ』だ。秘蔵の一本、開けちゃうよ!」


 かくん、と酔っているかのようにバランスを崩すムサシ。そして次の瞬間にはボイルに肉薄していた。挙動の読めない動き。体感がズレているように見えて、滑るような重心移動。


 傍目には『酔って倒れると思ったら、次の瞬間には相手に抱き着ける位置にいた』としか思えない。ぐにゃりとした柔軟な動き。予測不能な足運び。それでいて、重心は一切ズレずに的確な動きを見せる。


「っ! 回避データと行動パターンが前回のモノ違う!?」


『TOMOE』で得たムサシの戦闘データとは全く異なる動きに戸惑うボイル。守勢と攻勢の違いこそあれど、戦闘パターンにはベース情報がある。その情報とは全く異なる動き。酔っているムサシ。本気の二天のムサシの動き。


 対処できない。ボイルはそう判断し、とっさにポケットの中のコインをできるだけ掴み、放り投げた。


「このっ!」


 狙いを定める余裕なんてない。掴んで、腕の動きだけで放り上げる。この距離で複数のコインを一気に蒸発させれば自分もただではすまないが、迫りくる刃よりはましだ。


「この程度全部切り裂いて――」


 瞬間的に2000度を超える高熱蒸発する丸形金属片。そうなる前にムサシはフォトンブレードで切り裂こうとする。大きさ2センチにも満たない金属片などフォトンブレードで薙げばチリになる。金属片を全部斬った後にボイルにフォトンブレードを突きつける。それでおしまいだ。


「――お?」


 フォトンブレードを振るってコインを切り裂こうとするムサシは、コインがいきなり軌道を変えたのを見て驚く。右に左に上に下に。自分に迫るコイン、遠のくコイン。次の瞬間爆発するだろう物質が、自分の周囲で物理的にあり得ない動きをする。


(コインの端を蒸発させ、そのエネルギーでコインの起動を変えたわ。威力も軌道も蒸発タイミングも全部変化させた。『NNチップ』の物理演算で軌跡を読む暇なんて与えない。困惑している間に一斉に蒸発させて、熱エネルギーで無力化する!)


 ボイルは飛びまうコイン全てに超能力を発動させ、コインの端だけを蒸発させてそのエネルギーでコインの軌跡を変化させたのだ。微細なコントロールと、その後に起こるコインの爆発。


 に考えて、負けはない。


金 属 沸 騰ジンシュウ・フェイトン――//


 念じるだけで爆破する数十のコイン。その未来は――


二 天 一 流いまとみらいの剣――機 先 を 制 す る 一 閃インタラプトスラッシュ】!


 ムサシのフォトンブレードに斬られて消えた。


//爆 ぜ る コ イ ン の 舞バオジャー・ドゥ・ジン・ビー … …】……


 ペッパーの目の前で翻る青の光剣。その軌跡が最後に自分の胸元に突きつけられたのを見ながら、その恐怖よりも疑問の方が勝っていた。


「……うそ。コインを全部切り裂いたの? あの一瞬で、あの一閃で! コインがどう飛ぶかもわからないはずなのに!」

「分かるんだなぁ、お姉さんには」


 コンマ五秒後のコインの位置。それを未来視ることができるムサシにとって、ランダム変化は意味をなさない。無限の可能性ランダムを一つに絞る。それがムサシの超能力なのだ。


「できる事なら負けを認めて、素直にトモエちゃんを返してほしいんだけどね。変な事したらコイツが心臓貫くよ」


 二秒後の相手の動きを見ながらムサシが降伏勧告をする。余裕ぶってはいるが、油断はできない。少しでも隙を見せればさっきの爆発が襲い掛かってくる。殺さないのは情報が欲しいからだ。超能力者エスパー二人以外に敵がいるのか。そもそもトモエは無事なのか。


「……話せば、私達を見逃してくれるっていうの?」


 そんなわけはないでしょう。


 そんなニュアンスを込めてボイルは言葉を放つ。超能力者エスパーは希少だ。企業なら確保できるなら確保したいに決まっている。降伏すれば企業に囚われて、良くて手駒か実験体。最悪、超能力解析のために脳摘出される。


「うん? いいよ。別にお姉さんはあんたらに興味はないし。

 ああ、でもアンタの花火は宴会には面白そうだ。あっちの感覚共有者は辛すぎだって文句言いたいね。そういう意味じゃ興味津々。心身共にお元気いっぱいってね」


 そんなボイルの緊張などどこ吹く風とばかりに、あっけらかんとムサシは答える。酔っているのもあって口数は多く、言ってることも支離滅裂だ。少なくともボイルは理解できなかった。


「……は?」

「あいにくとお姉さんはそういうのとは無関係でね。よく怒られるんだけど、まあどうにかなるさ。明日のことは明日のお姉さんがどうにかする。明日にゃ何が起きるか分からないからね。

 そんなわけでトモエちゃんを返してもらうよ。あの子にはいろいろ助けてもらってるんでね。断るなら――」


 フォトンブレードを揺らし、断るとどうなるかを示すムサシ。片目のカメラアイで現在のボイルを見て、片目の瞳で未来のボイルを見る。ボイルに抵抗のそぶりは見えない。それでも眼は外さない。


 ボイルの動きを注視ていたからこそ、気付かなかった。


「っ! 『ドコウソン』!?」


 ボイルの叫びで、巨大ドローンがすぐ真横にいることに気づく。ムサシ達がいる車両に迫り、側面に設置された砲門がこちらに向いていることを。


「――うっそ!?」


 二秒後に起きる惨劇。確定している未来。それに顔を青ざめるムサシ。


 至近距離から放たれたドリル型ミサイル20発。ムサシ達は車両ごとその爆発に巻き込まれた。

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