友達が困ってるのなら、助けるのは当然だ!
トモエは離れていく列車を見ながら、動揺を押さえるように胸に手を当てて深呼吸した。ネネネがこちらに跳躍し、ムサシとコジローは何かしらの衝撃を受けたかのように蹲る。そのまま小さくなっていく二人。
(大丈夫。コジローだもん、どうにかしてくれる)
そしてコジロー達の乗っているシャトルを追うようにドリル付きシャトルが現れる。弾丸を放って攻撃するシャトルを見ながら、自分に言い聞かせるようにトモエは心の中で呟く。
<どうだ! これが朕の計画した『ミルメコレオ』対応型ドローン『ドコウソン』! 螺旋状兵器に特化し、あらゆる装甲や防壁も貫く攻勢ドローンだ!>
「……あの大きさは、明らかに企業規定の7条に違反していますよ。存在がバレれば、それだけで関連部署全てが吹き飛びます」
誇らしげに叫ぶ白カニドローンことワンメイ。『ドコウソン』の大きさに顔を青ざめるボイル。目測だけでもわかるほどに『ドコウソン』は大きく、そして企業規定を逸脱している。
企業規定の7条。兵器製造における項目だ。年間におけるサイバーアームや弾丸の生産限度数。作製した兵器の情報公開義務。そして、兵器の規模制限。あの弾丸も螺旋兵器も、そして大きさも明らかに違反だ。違反であることを分かって作った以上、情報公開などしていないに違いない。
<つまらん意見だな。貴様たちが口を紡いでいれば済む話だ! この程度の事、他のみんなもやっている!>
ボイルの問いに、開き直るかのように叫ぶワンメイ。それが事実かどうかはわからない。だが、この場において最大の発言権を持つワンメイには逆らえなかった。
「ふん! ドリル列車とか古すぎて驚きよ! あんなのコジローとムサシお姉さんがスパッと一刀両断するわ! その後で規定違反とかで罰を食らいなさい!」
唯一、市民ランクに囚われない人間であるトモエはワンメイの言葉に反論する。コジロー達を心の底から信じているから、負けるなんて思っていない。
そしてその期待を一身に受けたコジローとムサシはというと、
「せぇ、の――!」
「これでもくらえってね!」
シャトルの最後尾の壁をフォトンブレードで切り裂き、背後に飛ばしていた。切り裂かれた壁は『ドコウソン』にぶつかり……回転する螺旋で砕かれた。少し勢いは衰えたが、それだけだ。
「全く効いてなさそうだな。なんなんだよ、あの回転するヤツ」
「『ジョカ』の開発者は回転とか二極とかに拘るからねぇ」
「二極ってなんだよ」
「んー。二進法みたいなもんだと思って。説明している暇はなさそうだしね!」
後部の壁を切り裂いたのはぶつける為ではない。『ドコウソン』から発射されるドリルミサイル。それを迎撃するために広い空間が欲しかったのだ。
ミサイルは射出速度と硬度と回転でシャトルの壁に突き刺さり、爆発を繰り返す代物だ。爆発の度にシャトルは揺れ、後部の壁はもうボロボロになっていた。その為壁を切り捨て、直接フォトンブレードで切り裂いて処理することにしたのだ。
「切り裂いた瞬間にドカンとかはやめてとくれよね」
「安心しな。
「まったく、安心できる情報源がほしいよ!」
にやりと笑うコジローに向かって叫ぶムサシ。とはいえこのままミサイルにやられればジリ貧だ。何もしないよりはいいと言った感じである。
飛来するドリルミサイル。先端が回転する形式は風を受け流し、当たった部分に突き刺さる。そして完全に潜り切って動きが止まると、内部にある雷管が作動して爆発する。そういうシステムだ。ドリルがどこにも刺さなければ射出後10秒で爆発する形になっている。
ゆえに、射出後十秒以内に切り裂いて雷管から爆破装置に繋がる回路を絶ってしまえば、
「ほら。爆発しなかったろ? やっぱり
「はいはい。とはいえ爆弾を置きっぱなしは気分が悪いから、余裕を見て捨てたほうがいいね」
ドリルミサイルを切り裂き、自慢げに笑うコジロー。ムサシはため息をつき、ミサイル迎撃に神経を向けた。現在と未来を同時に見て、ミサイルの軌跡を先読みしてフォトンブレードを振るう。
<そろそろ次の接触よ! 忙しいと思うけど、準備してちょうだい!>
「そいつはどうも。ついでにすまないね、ニコサン。せっかく買ったシャトルなのに穴だらけだ」
ニコサンの通信が聞こえてくる。『ドコウソン』から目を離さず、距離が縮まってくる列車を意識した。降り注ぐドリルミサイルは収まる様子はない。
<いいのよそれぐらい。コジローちゃんとトモエちゃんの為だもの!>
<情報確認。接触時間まで、後12秒>
ツバメの言葉と同時にカウントダウンの数字が目に映る。ミサイルの数は多く、これを無視して跳ぶのは危険すぎる。コジローはやむなくムサシに告げる。
「よし、先に跳んでくれ。俺がミサイルを斬っておく」
「それが最善かねぇ」
議論する余裕はない。どちらかがミサイルを斬って、その合間を縫ってもう1人が跳ぶ。ただ1つ問題があった。
「問題はまた辛いのが飛んでくるかもしれないってことか」
ペッパーXの妨害。感覚共有を遮る手段がない事だ。さっきは辛味だったが、今度は違うかもしれない。合間を縫うタイミングを計る際に五感を狂わされたら、チャンスを失いかねない。
「安心しな。向こうにはネネ姉さんがいる」
「あのおチビちゃんがあの超能力者を倒してるってことかい?」
「そういうこった。イヤなら俺が変わろうか?」
向こうにいる超能力者はネネネがどうにかしてくれる。それを全く疑ってないコジローの言葉。
「そいつは妬けるねぇ。そこまで思われるなら、お姉さんが先に跳んどけばよかったよ」
言ってつま先を並走する列車に向ける。カウントダウンを意識しながら、膝を曲げて力を込めた。列車に空いた穴から見えるネネネとペッパーXの戦いに目を向ける。
「とりゃー!」
「うわああああああッ! なんのッ!?」
「うぐ……! イタイイタイイターイ!」
ネネネとペッパーXの戦いは、始終同じことだ。ネネネが切り裂き、ペッパーXがその痛みをネネネに返す。ネネネは肉体的なダメージを受けてないが、脳に直接痛みが届いている。精神的な我慢はできるが、痛みが消えるわけではない。
だがそれはペッパーXも同じこと。天井を、壁を、床を蹴って飛び回るネネネの攻撃を避けることはできない。回避は初めから諦めている。ペッパーXの戦術は『耐えて痛みを返す』だけ。タフネスと生存能力をあげるためのサイバー機器をふんだんに盛り込んでいるので、簡単には倒れない。
幾度も斬られ、そして幾度もその痛みを返す。幾度も斬り、その痛みを自分で味わう。数十秒、まったく同じことの繰り返しだ。
「ち、ちくしょう……斬られてないのに斬られて痛い! い、いい加減倒れろ!」
「それはこちらのセリフッ! 精神論で痛みをこらえれば、リバウンドが大きいッ! 大人しく諦めたほうが、ダメージも少ないぞッ!」
「リバ……なんとかは根性で耐える!」
斬る。痛みが走る。斬る。痛みが走る。何度も何度も繰り返される攻防。厳密に言えば、二人とも防御はしていない。ただ痛みを耐えながら、ダメージを積み重ねているだけだ。
ネネネの体内には治癒ユニットの『バーンスリー』がある。しかしこれは肉体の損傷に反応するサイバー機器だ。ネネネの肉体は一切の傷を受けていないため、『バーンスリー』は発動しない。
対してペッパーXは、肉体損傷回復用の『レンタン』と、強制的に肉体を動かす『キョンシー』を兼ね備えている、ネネネの炭素刃がペッパーXを傷つける度に『レンタン』が傷を癒し、傷で立てないほど疲弊しても『キョンシー』で肉体を動かしていた。
共に痛みに苛まれながらも、ネネネはサイバー機器に頼れずペッパーXは体内危機をフルに活用している。精神論を抜きにすれば、このままだと最後に立っているのはペッパーXの方だ。
「うぉれは天蓋を守るッ! 『ジョカ』を守るッ! 確かにキミは『ジョカ』の敵だが、天蓋の一員でもあるッ! その命を散らすことはしたくないッ!」
「じゃあトモエを返せ!」
「それはできないッ!」
「なら、こうだ!」
十数回目の踏み込み。そして斬撃。壁を蹴っての高速の一閃。その傷も痛みも、自分に返ってくる。
仮に首を切り落としても『キョンシー』がギリギリのところでペッパーXを生かす。そして意識が保っている限り、ペッパーXはその痛みを返す。首を斬られた痛みを受ければ、さすがに正気は保てないだろう。
痛みで脳がオーバーフローして意識をシャットダウンするならまだいい。本当に首を斬られて死んだと脳が誤認すればそのまま植物人間になるかもしれない。
「どうしても引けないというのかッ! 『
「トリとかホロホロとか、難しい事はアタイはわからない!
だけど、トモエは友達だ! 友達が困ってるのなら、助けるのは当然だ!」
「正論ッ! まさに正論ッ! うぉれもボイルが危機に陥ればッ! 身を削ってでも助けに行くッ!」
言葉による説得は届かない。相手の覚悟は何度も何度も確認している。友のため。天蓋のため。言葉で止まる段階など、当の昔に終わっている。
(痛い痛い痛い痛い。あいつの傷がそのままアタイに帰ってくるんだっけ? あいつも痛いんだろうけど、アタイも痛い!)
全身を苛む痛みの中、ネネネは何とか思考する。実際に肉体の痛みはないが、脳は確実に痛みを感じていた。目を閉じればそのまま気を失いそうな、そんな激しい痛み。
『そいつも悪くないが、もっといい方法があるぜ』
地下道の途中でコジローが言っていたことを思い出す。昔の書物で得たやり方。弟弟子のやり方に頼るのは姉としての沽券にかかわるが、このままだと倒れてしまいかねない。
(これで勝てなかったらコジローのせいだからな。アタイの気が済むまで体をナデナデしてもらうぞ! 約束だからな!)
勝手に約束して、ネネネは息を整える。体内に流れる空気の流れを意識した。肺に入った空気が全身を駆け巡るイメージ。指先まで意識を通し、そして空気を吐き出す。――ネネネの両腕両足はバイオアームだが、あくまでイメージだ。
「――ふっ」
呼気と共にネネネはペッパーXに向けて跳躍する。両腕の『デンコウセッカ』から生やした炭素刃を振るい、首を挟み込むように切り裂かんと刃は振るわれる。
その動き、湖から白鳥が飛び立つが如く。音もなく優雅で無駄のない一閃。天蓋に白鳥に類する動物もドローンもなく、湖のような施設は高ランク市民の道楽だ。
「なん、とッ――」
しかしペッパーXはネネネの動きに見知らぬ優雅さを感じていた。あまりに静かに、あまりに無駄もなく、そしてあまりに自然に。そして――あまりに鮮烈な殺気を前に忘我してしまう。
【
目を奪われ、そして振るわれた刃に力が抜けるペッパーX。首に迫ったネネネの刃を避けることなどできず、そのまま意識を手放した。
――その首は傷一つなく脳と体を繋いでいるのに、斬られたと誤認して。
「……ふう。こんなもんだな」
首を斬る瞬間、ネネネは両腕の炭素刃をバイオアーム内に収めたのだ。本当に切っていたら超能力でその痛みが返ってくる。殺気と剣の軌跡。それで首を斬ったと相手に思わせて、気を失わせたのだ。
斬ったフリ。ただのハッタリなどという事なかれ。これまで与えた傷の痛みとぶつけた戦意を下地とし、無駄のない動きと殺意を斬る直前までキープする技術と精神力。斬る寸前で殺気を消し去る精神コントロール。そして何より――この方法なら勝てると教えてくれた弟弟子への信頼。これがあって初めて成立したのだ。
「どうだ、アタイ勝ったぞ……! コジローもへべれけもこっちに……あう」
今ので精神を使い切ったのか。ネネネはふらふらと体を揺らし、床に倒れこんだ。傷に耐えた痛みがきえて、緊張が解けたのだろう。脳の負荷も限界ギリギリだった。
「ホント妬けるよね。旦那に教えてもらったことを、こうも疑いなく信じられるなんてさ。
しかもしっかり倒してるんだから、お見事お見事。リベンジ完了だね」
――ペッパーXの妨害がなくなり、ムサシがミサイルの隙をついてこちらの車両に飛び込んできたのは、その数秒後だった。
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