うぉれがッ! 出るッ!

 加速していくシャトル。その速度は時速200キロを超えてなお止まることはない。車両が一両だけという事もあって、加速度も大きい。トップスピードになるまでそこまで時間はかからないだろう。


<トモエちゃんの乗せた車両が分かったわよ! 出発したのはついさっきみたいで、こっちの方が軽いから何とか追いつけそうね!>


 ニコサンは『知り合いのハッカー』から入手した情報をコジロー達に伝える。路線図と現在の状況も『NNチップ』を通して映像として共有してくれる。


「いや待ってよ。追いつけるのはいいけどそれでどうするのさ? 向こうが止まるのを待つのかい?

 状況的にあのシャトルは『崑崙山クンルンシャン』に行くまで止まりそうにないよ。『ジョカ』本社ビル内に入られたら、警備的にも社会的にもアウトだよ」


 ムサシはニコサンの言葉に疑問を抱く。相手はノンストップで『ジョカ』の本社ビルに向かっている。途中の駅で止まることはないだろう。さすがに企業のお膝元で派手に暴れるのは無理がありすぎる。


「決まってる! 追いついたらあっちに乗り移るだけだ!」

「いやいやいや。時速300キロは超える速度だからそんなのは無理だって!」


 ふんす、とガッツポーズを決めるネネネに手を横に振って否定するムサシ。風圧、慣性、そして距離。それを考えれば考えるまでもなく却下すべき方法だ。


「でもそれしかなさそうだぜ。

 ニコサン、俺達がトモエを乗せているシャトルに近づけるタイミングはわかるか?」

<さすがコジローちゃん! 躊躇なくそう言ってくれてうれしいわ! 接触できそうなポイントは時間と路線の関係で4か所しかないわ! それ以外だと遠すぎて乗り移れそうにないの。タイミングをカウントダウンで示すから!>


 ニコサンの通信と同時に、コジロー、ムサシ、ネネネの視界に数字が写る。カウントダウンされていく数字が0になった瞬間が、シャトル同士が近づくタイミングだ。


「ありがたいね。4回あれば十分だ。一人一回でおつりがくるぜ」

「うわぁ、旦那も無茶苦茶言い出したよ」


 コジローの言葉に額に手を当てるムサシ。その様子を見て、からかうようにコジローは言う。


「怖いなら無理しなくていいぜ」

「誰が怖いって言った? この服だと風で色々見えそうになるから困るって思っただけさ」


 ミニスカな改造和服のスカート部分を掴みながら言うムサシ。少し意地を張って言ったが、言った後でこの服だとすごいことになりそうだと気づく。


「そいつは大変だな。見ないようにするから何とかしてくれ」

「うわ塩対応。少しぐらいはお姉さんの色香に反応してもいいじゃないのさ」

古典ラノベだとこういう状況はこう返すもんなんだよ」

「だったら古典的に先に行って、お姉さんの安全確保よろしくね」


 言いながらカウントダウンの数字を待つ。5……3……1――0!


「ひゅ――!」

「ほいさー!」


 コジローとムサシのフォトンブレードがシャトルの壁を一閃する。赤と青の光がシャトルの壁を切り裂き、そして並走していたトモエたちを連れたシャトルの壁も切り裂いた。斬られた壁は風圧に飛ばされ、はるか後方に跳んでいく。


「なに、今の音!?」


 視点は『ジョカ』側のシャトルに移る。後方車両から聞こえてきた音に驚くボイル。『NNチップ』を通してシャトルのシステムに接続し、後部車両に損傷が発生したことを知る。そして窓の外に見えるシャトル。穴が開いた壁から見える人影は――


「二天のムサシ!? シャトルを奪って追ってきたの!?」

「コジロー! ネネネちゃんにムサシお姉さん!」


 驚きの声をあげるボイル。そして喜びの声をあげるトモエ。


<ばばばばばば、馬鹿な!? 連中が追いかけてくるだと!? しかもシャトルごと斬って穴をあけるだとぉ! 低俗市民ランクの蛮勇加減に反吐が出るわ!>


 焦りを通り越して困惑すら感じる白カニことワンメイの叫び。いくつかの安全確認システムをキャンセルし、周囲の電気を強引に確保しながら走行させたのに、それでも追ってくるとは。


<低市民ランクは高市民ランクのやることに従えばいいのだ! 朕の出世を邪魔するなど、あってはならぬ! 迎撃システム稼働! 『ドコウソン』を出せ!>


 叫ぶワンメイ。しかしすぐに応援は来ない。時速300キロに達しようとするシャトルに追い付くには時間がかかるようだ。


 そして再びシャトル同士の距離が近づいてくる。


「ペッパー!」

「うぉれがッ! 出るッ!」


 ボイルの言葉に反応するように、ペッパーXが後方車両に走り出す。向かう先は壁に穴が開いた車両。そこで近づいてくる車両と、そこにいる三人を見る。


「あの時対峙した女性型ッ! そして貴様がッ! 二天のムサシッ! 隣にいるフォトンブレード使いは知らぬが、油断ならぬ相手に違いないッ!」


 向こうもペッパーXを認識しただろう。こちらの列車に向かって跳びこもうと構えるが、それより先にペッパーXの超能力が三人を襲う。


「展開せよッ! うぉれの創りし味データッ! 最強ッ! 最高ッッ! そして最辛サイシンッッッ! これがうぉれのッ! 辛味スコヴィル道ッ! だッッッッ!」


 ペッパーXの脳内で展開される味データ。その感覚を感覚共有で三人に伝達する。ハバネロレベルの辛さをダイレクトに脳に伝達させたのだ。


感 覚 共 有ガンジュエ ゴンシャン――3 5 0 , 0 0 0 S H Uスコヴィルヒートユニット】!


「うぉ!? なんだこれ……!」

「辛ぁ! こいつが感覚共有か!? もしかして『すこびる』ってこの事……?」


 舌の激痛と言っても差し支えのない衝撃を受けて、跳躍の足を止めるコジローとムサシ。その間に近づいたシャトル同士は離れていく。


「これがうぉれの辛味スコヴィル道ッ! すなわちッ! スコヴィルだ! 『ジョカ』の平和のためッ! そして天蓋の平和のためッ! 貴様らに『転移者トリッパー』は渡さないッ! うぉれの辛味スコヴィル道を前に、膝を屈するがいいッ!」


 跳躍のタイミングで五感を刺激し、タイミングをずらす。冗談のように見えるが、350,000SHUは催涙スプレーに匹敵するスコヴィル値だ。意識を妨害するのには十分な痛みである。


「アタイは負けないぞ! トモエを返せ!」


 叫び声は、ペッパーXのすぐ近くで聞こえた。


 ネネネだ。感覚共有で伝えた痛みに耐えて跳躍していたのだ。ムサシもコジローも突然の痛みで足を止めたのに、ネネネだけはそれに耐えて足を動かしたのである。


「なんとッ!? うぉれの辛味スコヴィル道を受けて、なお足を進めるとはッ! さては名のある辛味スコヴィルマスターだなッ!」

「アタイ、辛いのは苦手だい! すこびるを警戒していたから、驚かずに我慢できただけだ!」


 賞賛するペッパーXに、悲鳴を上げるように叫ぶネネネ。ムサシの未来視から得たヒントから、警戒すべきものがあらかじめ分かっていたから耐えられたのだ。正確に言えば、ムサシもコジローも頭に留めていたがビル名だと勘違いしていただけなのだが。


「なるほどッ! うぉれの迸るスコヴィルオーラを察したということかッ!」

「そうだ! アタイは強いからそういう事ができるんだ!」


 なんだかよくわからないことを言うペッパーX。そしてその場のノリで言葉を返すネネネ。


「だがそこまでッ! このうぉれに斬りかかればッ! 前と同じくッ! その傷を返すッ! たとえ首を斬られようがッ、脳を貫かれようがッ! 体内にある『キョンシー』がうぉれを生かしッ、その痛みを返すッ!」


 言って扉の前に立ちはだかり、胸を張るペッパーX。隙だらけだが、ペッパーXの超能力とそれを用いた戦術を知っているならその恐ろしさは理解できる。こちらが与えたダメージを防御力も痛覚遮断も無視して与えるのだ。そして致命傷を受けても、ギリギリ最後の意識を保てるように医療用のサイバー機器を内蔵している。


 うかつに攻められない。だが止まっている余裕はない。時間はコジロー達の味方ではないのだ。


「なんだ!? ドローン兵器か!?」


 コジロー達の乗るシャトルに衝撃が走る。後方から迫る細長いドローン。電磁シャトルのレールに乗り、先端にドリルのような回転器具をつけ、4門の砲台を構えている。砲台からは螺旋状の先端を持つ弾丸を撃ち、回転することでシャトルに深く潜り込んでくる。


「冗談はやめてほしいね。大きさ15mを超えるドローンは企業規定で禁止されてるはずじゃないか」

「あれより大きなトカゲ型バイオノイドもいたしな。かわいいもんだぜ」

「あれが可愛いとか呆れるよ、お姉さん」


 ムサシはあまりの大きさのドローンに乾いた笑いを浮かべる。企業規定に反した巨大ドローン。天蓋の目にさらされない地下空間だからこそ存在できるシャトル型ドローン兵器『ドコウソン』。その名は理解できないが、敵なのは確かだ。


「くそ、もう飛び移るには距離が開きすぎたぜ」


 少しずつ離れていく二つの車両。次の接触ポイントまではしばらく間が開く。もっともそれまでに『ドコウソン』が車両を破壊している可能性もある。ドリル型弾丸がシャトルを少しずつ破壊しているのだ。


「どうにかしないと飛び移ることもできないぜ。弾丸をさばきながら跳ぶとか無理難題もいい所だ」

「問題はあそこまで剣が届かないってことだね」


 攻撃を受ける車体の中で焦るコジローとムサシ。『ドコウソン』との距離は50m以上離れている。フォトンブレードでどうにかできる距離ではない。同時に超能力の攻撃阻害の中、絶え間なく放たれるミサイルを避けて跳躍する。できるかと言われればおそらくは無理だろう。


「コジロー! あとへべれけ! この辛い男はアタイに任せろ!」


 叫ぶネネネ。口から出た言葉自体は風に消されて消えるが、『NNチップ』による通信で向こうに届いたはずだ。『ちょ、へべれけってお姉さんの事!?』という返事が来たが、ネネネは無視してペッパーXを睨む。


「無謀ッ! このうぉれの超能力を知ってなお挑むというのかッ!? 身体に傷はないとはいえ、痛みは痛みッ! 脳が意識を手放すほどだッ! 日に何度も受ければッ! ショック死の可能性もあるッ!

 悪いことは言わんッ! 大人しく引くがいいッ!」


 仁王立ちになって叫ぶペッパーX。ネネネの事を心配しているわけではない。だが無意味に特攻して命を散らすのは本意でもない。ここまで追ってきた勇気に敬意を表するが、道を開けるつもりはない。


「確かにアタイは頭悪いからな! じっちゃんにも考えて動けってよく言われたし!」

「うむッ! うぉれも頭が悪いッ! 考えるのはボイルに任せてあるッ!」


 お互い、自慢にならないことを豪語する。端から見たら気が抜けそうだが、当人たちは真剣そのものだ。


「でもここで逃げるわけにはいかないことぐらいはわかってる! コジローが来るまでにお前を倒し、そしてトモエを返してもらうんだ!

 みんなで楽しく暮らすために、お前を倒す!」

「いいだろうッ! その覚悟、受け取ったッ!

 うぉれは『ジョカ』の平和のためにッ! そして天蓋の平和のためにッ! お前を倒す!」


 対峙するネネネとペッパーX。互いの大事な者の為に、二体のクローンは戦意を解き放つ。


 

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