まるでゲームのようだ

 時間軸は大きくさかのぼる。この物語が始まるより少し前。


 Jo-00571113。『元素なる四プライムクワドゥルプレット』ことプライムは電子世界を通して企業から情報を盗むハッカーとして活動していた。


『NNチップ』を通しての企業ネット―ワーク接続は簡単にログを追及される。その為天蓋のハッカーは別ルートで自らをネット―ワーク接続する必要があった。脳波を通して機械を動かすBMI(ブレイン・マシン・インターフェイス)の技術そのものは西暦にも存在している。その進化系がライブセンスであり、そして『NNチップ』だ。


 プライムはそう言ったBMI技術に長けていた。ネネネに施した改造サイバー義肢などはその成果である。そして技術を極めるために、企業に挑むようになった。それが企業規定違反であることを知りながら。


 プライムが開発したハッキングツール『クリオス』。ガラス玉を丸く加工し、その内部にインターフェイスを内蔵した仮想空間接続器。『NNチップ』を通すことなくネットワークに接続できる機器としては、天蓋でも五指に入るスペックだ。


 プライムは『クリオス』を用いてハッカーとして名をはせる。多くの部署のネットワークセキュリティを破り、その名を広めていった。


 プライムが他のハッカーと異なる部分は、秘匿した情報に手を付けないしないことだ。一般的な天蓋のハッカーは機密を盗んだり、企業システムを乱したり、情報を読み取れなくして、その後で脅迫を行う。ハッキング行為はクレジットを稼ぐための手段でしかない。


 しかしプライムは――『元素なる四プライムクワドゥルプレット』は違った。


 企業が設置した数多のネットセキュリティを抜け、その最奥までたどり着いて情報を読み取り、そしてそこに『元素なる四プライムクワドゥルプレット』のサインを残す。脅迫も業務の邪魔もしない。ただ、そこに自分がたどり着いたという証だけを残す。ハッキングそのものが目的なのだ。


 その最たる事件は、『イザナミ』の本社ビル『タカマガハラ』の最高最難最硬と言われたセキュリティ『アマノイワト』の奥に自らのサインを残したという話だ。『元素なる四プライムクワドゥルプレット』のサインと共に裸体の女性型が躍る3Dデータを残したのだ。


 この事件の後、『イザナミ』内部は大きく荒れた。天蓋史上、企業本社ビルまで侵入したハッカーはそれまでいない。ましてやその最も奥まで潜入されたなどとあらば赤っ恥もいい所だ。被害自体は皆無だが、『イザナミ』はその威信をかけてプライムを追うように指示を出した。


 さすがにヤバイと察して『国』に逃げるプライム。企業の手が届かない場所まで逃げたプライムだが、微かにつながったネットワークを駆使してハッキングを続けていた。この後に四肢を奪われたネネネと出会うのだが、それは別の話。


 そして『国』に来たのはもう一つの理由があった。この地でないとアクセスできないネットワークがあるのだ。


「流石に接続状況は悪いのぅ。ドローンを飛ばして電波の中継点を作るか? クレジットがあればの話じゃが」


 水晶玉を弄りながら、自らの意識をネットワーク内に埋没させるプライム。0と1の飛び交う空間だ。そこを歩くローブを羽織った老魔法使い。それはプライム自身の姿を模したネットの分身アバターだ。


『国』に逃げたのは『イザナミ』の追及から逃れる意味もあったが、『アマノイワト』内にあったデータに興味深い事があったのだ。この場所で行われたとされる一つの事業。天蓋が運営され始めた時に五大企業が集って行われた一つの計画。


『異世界召喚プログラム』


 ここではない世界に接続し、そこに文化を押し付ける。高次の技術を与えて骨抜きにし、そこにある資源を奪っていく。そんな計画だ。


 プライムはそのファイルを意識する。手のひらに羊皮紙の巻物が現れた。それはプライムが描いたイメージで、本質はネット上のデータだ。アバターに合わせて見た目を変えているに過ぎない。


「異世界の文化とはな。確かに今の天蓋に比べて劣った技術力。支配をするには容易かろう。ドラゴンを用いて多くのエネルギーを注ぎ込み、5大企業の技術力を注がれた計画」


 0と1の空間は途切れ、プライムの目の前に巨大な城と扉が目の前に現れる。これも当時の企業が作ったイメージだ。実際はネットワーク上のセキュリティ。扉は防衛プログラム。そして――


「物騒な衛兵じゃのぅ。警告なしで攻撃してくるとは」


 城壁から弓を撃つのは攻勢プログラム。撃っているのは矢だが、実際は追跡プログラムだ。矢に当たればログを探られ、本体であるプライム自身の現在の居場所を探知されるだろう。同時に『NNチップ』を通して脳に刺激を与えるプログラムだ。


「ふ、ワシの魔法ですべて解決じゃ」


 プライムは言って手にした樫木の杖を振るう。飛んでくる矢は見えない壁に阻まれてきて、城の門は開く。剣を抜いて襲い掛かる衛兵はプライムが視線を向けただけで眠るように地に伏した。――システム的には攻勢プログラムの無効化。セキュリティホールを開け、防衛システムを強制スリープさせたのだ。


魔 法ハッキング――ひ ら け ゴ マシステム786】!


 5大企業が敷いた防衛プログラム。並のハッカーならその物量に近づくこともしないだろう。その量と質を無人の道を進むように歩いていくプライム。まるで散歩をするように、当時封じた秘密に向かって歩いていく。


「しかし妙じゃのぅ? これだけ緻密なプログラムでこれほどのエネルギーを注ぎ込んだというのに、プログラムは正しく発動しなかったというのか?」


 城――異世界召喚プログラムの内部を進みながらプライムは首をひねる。城に描かれているプログラム。300年近く前のモノとはいえ、その緻密さには驚きを隠せない。今のプログラマーでもここまでのモノを作るのは無理だろう。それほど高度で緻密なプログラムだ。


「ベースを作ったのはジョカ。しかし他の人間も関わっておるのじゃな。ネメシス、イザナミ、カーリー、ペレ。

 それぞれのがそれぞれの特色の元にこの城プログラムを構築しておる。加えてドラゴンの特色も色濃い。天蓋で最も強固なセキュリティ……になるはずなのに」


 進めば進むほど、プライムはプログラムの緻密さと密度に舌を巻く。天蓋において5大企業が協力したという正式な記録はない。2か3の企業下部の部署が連携することはあるが、5大企業がすべてというのはない。そうならないように企業規定を布くほどだ。


 ましてや企業最高峰のが協力するなんて。企業運営においても天蓋内の権力においてもクローンとは一線を画する。記録が正しいなら、300年近く生きている存在だ。


 だがここは5大企業の特色がある。5大企業のが協力して作ったプログラムなのは間違いない。『イザナミ』の『アマノイワト』を突破したプライムはそれを理解し、だからこそ疑問が生まれる。


「なのに、なぜここまで侵入できる? こんなにセキュリティが緩いというのは異常じゃな」


 5大企業が作り出した最高の防衛網。こうして進むプライムだが、数多の妨害を受けている。落ちてくる天井。壁から出る槍。いきなり開く落とし穴。そして多くの衛兵。あくまでイメージだが、レベルの高いセキュリティだ。並のハッカーなら感知すらできずに罠にはまり、『NNチップ』を通して脳に半死レベルの衝撃が走っている。


 プライムだからこそ難なく突破しているのだが……この『難なく』というのがおかしい。


「もしかして、誘われておるのか? わざと穴を作っている?」


 ある程度のハッキング能力があるなら気付く隙。それをプライムは感じていた。セキュリティとしての体裁は整っているが、頭を使えば理解できる隙間。一見不可能に見えて、だけど可能なように細工された遊び。


 まるでゲームのようだ。難しいけど突破できる。突破するために隙を作り、それを見つけた者にはボーナスを与える。


『攻略不可能なんてテンサゲじゃない! 高難易度クエストなんだから苦労してもらわないと困るけど、でもクリアできないなんてクソゲーはぴえんだもんね!』


 そんな意図を感じる。5大企業の人間の誰かがそう思ったのだろう。プライムはそれに気づき、その人間が作った道を進んでいる。


「とはいえ、簡単には通すつもりはなさそうじゃがな」


 迫りくる罠と衛兵。突然岩を飛び移る池になったり、巨大な岩人間が道を塞いだり、128桁の暗号(ヒント付)が展開されたり、音に合わせて決まったボタンを押さないといけなかったりと厄介な妨害はあった。


 だが問答無用ではない。たとえるならわざと戦力の逐次投入をしている。少しずつ進むのは困難になっているが、プライムほどの実力があれば攻略可能だ。あれだけの戦力が一気にくればどうしようもなかった。


 階段を上るように、一歩一歩進んだ先には――


「むぅ。これは」


 5つの異なるエネルギーで作られた無数の光線。光線はそれ自体が一つの作品のように規則正しく配置され、その内部にあるモノを閉じ込める檻のようになっていた。


「超能力による幾重もの檻。……いや、違うか。超能力の根源であるドラゴンそのもののエネルギーを格子状に展開しているのじゃな。物理的、電子的、そして空間的な封鎖。この中に在るモノは9次元干渉により拘束され、時間の流れさえも止まっておる。生きてはいるが、動くことはない。

 いや、ここは魔法使いらしく魔法陣と言っておこうか」


 プライムは構成プログラムを解析し、光線の檻をそう結論付けた。そしてその中心にあるモノは『タカマガハラ』にハッキングした時に得た情報から知っている。


「これが異世界召喚プログラムで召喚された、人間」


 その中心には、カシハラトモエがいた。


「異世界召喚プログラムは失敗し、何も召喚されなかったという話じゃが……実際は召喚に成功していた。

 表向きの目的は異世界への侵略。しかしそれは計画に関ったものを騙すフェイク情報。本当の目的はこの人間を召喚し、ここに封じておくこと」


 2020年代の学校の制服を着て、それまで勉強していたのか椅子に座っているポーズのままで宙に浮かんでいた。3次元的な視覚では支えもなく宙に浮いているが、高次元視認ができる超能力があれば、無数の線が絡み合ってその動きを封じているのが分かるだろう。


 将棋で例えるなら、四方を完全に囲まれた王。様々な駒が王の行く先に配置され、動くことができない状態。しかし王手はかかっていない。詰みではあるが、終わりには至っていない。そんな状態だ。


「クローン如きでは手も足も出ぬセキュリティとエネルギー。そもそもここまで来られたこと自体も奇跡。……そのはずじゃが」


 プログラムの緻密さも、構成されたエネルギー量も圧倒的。落ちている石とレーザー兵器で撃ち合うような差。それを感じながら、プライムはプログラムを構成する檻に手を伸ばした。


 5つのエネルギー。5つのドラゴンから構成された檻。それは5大企業の思惑が絡んでいた。5つの企業そのものである5人の人間の思惑。5人総意で構成された異世界召喚プログラムと、そして召喚した者を封じている檻。


 ネメシス。秩序と法律を重んじる人間。そのドラゴンであるソロンが構成するのはプログラムの秩序。悪を為せば罰する。ハッカーであるプライムに相応の罰を与えようと待ち構えていた。


 イザナミ。進化と創造を尊ぶ人間。そのドラゴンであるトツカが構成するのは、アップデート。秒単位で更新される防衛網。ここまで来たプライムを称賛し、最後の砦として立ちはだかる。


 ジョカ。バランスとシステムを第一に考える人間。そのドラゴンであるシンが構成するのは、プログラムシステムそのもの。システムを犯すものは許さない。その怒りを感じる。


 カーリー。破壊と再生の二面性を持つ人間。そのドラゴンであるアスラが構成するのは、不要物の廃棄。無駄を省き、軽量化を行っている。異物であるプライムも同様に排除しようと牙をむく。


 ペレ。遊びと仕事、快楽と節制を融合させる人間。そのドラゴンであるポリアフが構成するのは――ない。エネルギーとして内部を封じるためのプログラムを構成しているが、まるで抜け道のように外部からの存在を受け入れる形になっていた。


「罠か。いや、それを仕掛けるなら入り口で仕掛けるじゃろう。こんなところで罠を仕掛ける理由はない。進め、という事か」


 あからさまな抜け穴に躊躇したプライムだが、意を決してその道を進む。進むたびに流れ込んでくるのは、西暦2020年時代の情報。今の天蓋にはない動植物、食べ物、そして常識。そして天蓋創生までの歴史。


 それらを脳に刻みながら、プライムはトモエのいる場所までやってくる。複雑に絡み合ったエネルギーだが、その流れを少しずらせば連鎖的にトモエを縛る高次元拘束は解除できるだろう。


「この道を作ったペレは、この個体を此処に閉じ込めるのに反対だったという事か? だからこんな抜け道を? ……この娘を出すことは、正しいのか?」


 企業を作り、天蓋を運営する5人が協力して作ったプログラム。それにより封じられた一人の人間。これだけのエネルギーを注ぎ込んだ意味は、間違いなくあるのだろう。天蓋を維持するために必要なのだから、ここまでのエネルギーを使っているのだ。


「何の目的で、何の意味があるかはわからぬ。だが280年近くここに閉じ込められているというのはあまりにも不憫。ここに来たのも縁というのなら、その流れに沿おう。

 魔法使い的に言えば、これも運命という奴じゃ」


 悩んだ時間は数秒。プライムはトモエを拘束するエネルギーをずらす。絡み合った檻が再構成され、パズルを組みなおすようにまた別の何か組み変わる。トモエの姿が消え、天蓋のどこかに転送された。


 だがその行く先をプライムは知ることはできなかった。強制的にログアウトさせられ、現実世界に意識を戻される。


「なんと……。いやしかし、運命がいずれワシとあの娘を引き合わせようぞ。

 あの人間こそ、企業を作った者達の秘密を知るカギ。魔法使いとして、その秘密を探ってみようぞ」


 などとかっこいいことを言うプライムだが、トモエの足取りは全くつかめなかった。


 ようやく足取りを掴んでも企業の監視もあって派手に動けなかったのだ。『ジョカ』がトモエ奪還のために大きく動き、監視の網が緩くなったのでプライムも動いたのである。


 ……………………。

 …………。

 ……。


 時間軸は現在に戻る。


<――という経緯なのじゃ>

「要するに、企業にいいように踊らされたということね。その腹いせでトモエちゃんを通して企業の秘密を知ろうとしているとか、恥ずかしくないのかしら?」

<おおおお、間違ってはおらぬのじゃがそこはかっこよく決めたんじゃからノッてくれんと!>


 プライムの説明を聞いたニコサンは冷たくあしらった。


(信用はできないけど、目的はほぼ共通している。途中までは利用したほうがよさそうね。相手も同じことを思ってそうだけど)


 電磁シャトルの動きをモニターしながら、プライムの扱いを考えるニコサン。トモエを奪還するまでは、共闘できそうだ。そこからは相手の出方次第か。


(先ずはトモエちゃんを助けないとね。頼んだわよ、皆)

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