大丈夫よ! ワタシに任せて!

 広い空間に出たコジロー達は、これまでの多足型ドローンを巨大にしてアームの数を増したドローンと遭遇する。32本の銃器を構えたアームと、16のカメラアイが三人の動きを捕える。


『シージュージン』バージョン3。ワンメイが配置したドローンだ。16のカメラアイと32の腕から打ち出される銃撃。同時にこれまで出てきた蜘蛛型ドローンを操作し、コジロー達を攻め立てる。


「なんだこのデカいの、とりゃー!」

「お姉さん、この先にデカいのがいるって言ったじゃないか。まあ、大した相手じゃなさそうだけどね」

古典ラノベ的には『ここはオレに任せて先に行け』っていうべきなんだろうがね」


一人につき10を超える銃撃と、5を超えるカメラアイからの分析。しかしそれは、


「そんな動きでアタイに当てられると思うな!」


三 次 元 戦 闘とびまわるアタイ――縦 横 無 尽 斬 りぜんりょくでうごく】!


「今のお姉さんを見てるのはいいけど、お姉さんはその先を斬ってるからね。残念無念また明日!」


二 天 一 流いまとみらいの剣――先 手 よ り も 先 の 剣ファーストオブファースト】!


「銃口の向きと撃つタイミングさえわかれば斬れる。それがサムライなのさ」


光 子 剣 術フォトンスタイル――夕 影レッドシルエット】!


 縦横無尽に壁と天井と床を飛び回るネネネの攻撃と、未来を見て攻撃の先を斬るムサシと、鍛えられたコジローの赤いフォトンブレードが煌めく。


「やったぜコジロー!」

「おう、凄いぜネネ姉さん」

「お姉さんの相手をするなら、もう10本ほど腕を生やしてくるんだったね」


 時間にすれば5秒足らず。そのドローン――『シージュージン』バージョン3は活動を停止した。『シージュージン』が塞いでいた通路を通り、コジロー達は走る。ニコサンの地図ではこの先に電磁シャトルがあるはずだ。


「一直線の通路か。仕掛けるならここだろうね。ちょいと未来視の範囲を広げておいた方がいいかな。ま、見えたらどうしようもないんだけどね」


 言いながら肉眼である左目に力を籠めるムサシ。何も知らなければ遠くを見ているように見えるが、単純に遠視なら右目のサイバーアイの方が遠くを見れる。ムサシが見ているのは距離ではなく、時間的な距離。いわば未来だ。


「仕掛ける?」

「お姉さんがトモエちゃんの店で爆発で足止めされたのは言っただろ? ここであの爆発に襲われたらひとたまりもないからね」


 10秒後の未来を見ながら言葉を返すムサシ。2秒以上『遠く』の未来を見ながら戦闘行為を行うのは難しい。情報の違いに脳が混乱し、最悪気を失いかねない。襲われたら危険だが、コジローとネネネがいるなら大抵の不意打ちには対応できるだろう。そう判断しての未来視だ。


「お前が戦った超能力者エスパーってやつか?」

「そうとしか思えないね。目の前がいきなり爆発するとかどんな原理なんだか。ネネネちゃんが戦った相手もそうだけど、超能力者エスパーってのは注意が必要だよ」

「まあ確かに。アンタの場合、未来を見るとかよりもそれを元にあそこまで動ける剣術の方を注意すべきだけどな」

「っ、……旦那、そう言う所だからね」


 超能力よりも、それをベースにして鍛え上げた剣術と戦術の方を褒められて目を逸らすムサシ。この剣術バカのサムライ旦那に褒められるとは思いもしなかった。コジローからすれば素の発言だが、ムサシからすれば超能力者エスパーというレッテルではなく努力して得た結果じぶんを認められた気がして嬉しい。


「コジローコジロー! アタイの動きはどうだ!」

「ネネ姉さんの動きもすごいよな。あんなに飛び回ったうえに斬撃もばっちりだ。今戦うと、負けるかもしれないぜ」

「当然だ! アタイはコジローの姉貴分だからな!」


 ムサシとの会話に割り込むようにネネネが振り向いて口を開く。コジローは思うままにネネネの強さを語り、その言葉に微笑むネネネ。小さな胸を叩き、誇らしげに道を進んでいく。


「で、未来とやらはどうなんだ? 爆発が来そうなのか?」

「……おかしいねぇ。そう言う未来はなさそうだ。絶好の襲撃場所なのに。超能力が使えない理由でもあるのかな?」


 10秒経っても変わらないことが確定している通路を感じながら、ムサシは怪訝な顔をする。煙幕で視界を遮られても正確な場所を捕捉し、尽きることなく高温の襲撃を仕掛けてきたのだ。避ける場所がないこの通路で仕掛けてこない理由が分からなかった。


 まさか、欲をかいた上司に足を引っ張られているとは思いもしない。それがなければ、コジロー達はかなり苦戦していただろう。


「超能力! あの野郎、次はアタイが勝つ!」


 危険がない事が分かったので、駆け足で進む三人。走りながらネネネはあの時の痛みを思い出しながら叫ぶ。ペッパーXに感覚共有で伏したことを思い出し、悔しそうにこぶしを握った。トモエを奪われたことに忸怩たる思いがある。


「色々叫んでたけど、斬った傷の痛みをそのまま脳に返したんだっけか?」

「よくわからんけどそうだ!」


 コジローの言葉にネネネがそう返す。コジローは煙幕と襲撃で動けなかったが、ペッパーXがそう叫んでいたのは聞こえていた。そんなことが可能なのかと疑問に思うが、実際にネネネがそれでやられたのだから信じるしかない。


「その話、お姉さんは信じがたいんだよね。自分の超能力の内容をべらべら話すとかありえないよ。企業の機密だよ。他企業が欲しがる情報だ。売ったらかなりのクレジットになるっていうのもあるのに」


 呆れたように言うムサシ。超能力者エスパーはその存在そのものが切り札だ。超能力という特異性はそれだけでブラフになる。その内容を大声で叫ぶなど、まずありえない。偽情報と考えるのが妥当だ。


「お前、俺に普通に喋ったじゃないか」

「あれは旦那だから喋ったんだよ。っていうかお姉さんの事はどうでもいいの」


 そんなムサシに呆れたように言うコジロー。言われて自分も迂闊だったと思うムサシ。でも心のままに喋ったこともあって、後悔はない。サポートチームが影で右往左往して情報規制をしていたので、そこは悪いかなと反省しているけど。


「仮に喋った内容が本当だとして、脳に直接感覚を押し付けるヤツ相手にどうするのさ? 『NNチップ』の痛覚遮断も聞かないんだろ? どうしようもないんじゃないかい?」

「そんなの簡単だ! 根性で耐える! アタイならできる!」


 ムサシの問いに顔を輝かせて答えるネネネ。それができれば倒れてないんだけど、という言葉は飲み込んだ。実際、精神論以外の手段が思いつかない。後は不意を突いて超能力を使わせるまもなく無力化するぐらいか。


「そいつも悪くないが、もっといい方法があるぜ」

「ホントかコジロー!?」

「ああ、古典ラノベにあったやり方なんだが――っと、この先か?」


 コジローの前に扉が見えた。電子ロックに地下道のモノとは明らかに材質の違う扉。この先に何かあるのは明らかだ。コジローはフォトンブレードを振るって扉を切り裂いた。アラームが鳴るが、新たなドローンが出てくる様子はない。コジロー達は切り裂いた扉をまたいで進み、


「おいおいおい。電磁シャトルはどこなんだ?」


 そこに何もない事に落胆する。数本の柱があるプラットホーム。ホームの先には車両通路と稼働中の電磁コイル。シャトルが出発したのは明白だ。


「トモエはこの先か! 走って追うぞ!」

「無理無理無理。時速数百キロで走るシャトルだよ。走って追えるモノじゃないよ」

「間に合わなかったってか……!」


 閑散としたホームに絶望するコジロー。電磁シャトルの速度に走って追いつけるはずがない。それはコジローでも理解できる。


<通信。Pe-00402530です>

「ニコサン?」


 脳内に届いた通信に応えるコジロー。絶望から目を逸らす形でコジローは通信を繋いだ。


「すまないニコサン。間に合わなかった。シャトルはもう――」

<大丈夫よ! ワタシに任せて!>


 状況を報告する前に、全てわかってるとばかりにニコサンはそう言った。どういうことだと問うより前に、ホームに警報が鳴る。


<ステーションNEー078にシャトルが到着します。白線の後ろに下がってください>


 警告から十秒後、減速しながら長さ20mほどのシャトルがホームに到着する。シャトルはコジロー達を迎え入れるように、扉が開いた。


「は? どういう事なんだ、ニコサン!?」

<ふふふ。ちょっと高い買い物だったけど、シャトルを一機買い取ったわ!>

「嘘だろ!? いやニコサンが嘘つくなんて思ってないけど、クレジットは大丈夫なのか!?」

<問題ないわ。トモエちゃんを助けるためだもん。事業者を数個売却したけどね!>


経 済 戦 略マーケティング――M & Aがっぺい・ばいしゅう】!


<それにせっかく買ったんだから、後で十分に活用させてもらうわ!>

「流石ニコサンだぜ。抜け目ない」

「はー。たいしたエグゼクティブだよ。でもこっちが困ってることがなんでわかったんだい? もしかしてお姉さんみたいに未来でも見たのかな?」

<ふふふ。少し面白いコネがあってね。リアルタイムでシャトルの運行状況をハッキングしてくれるおじいちゃんがいるのよ>


 ムサシの問いに答えるニコサン。こんな地下をハッキング? 企業間を繋ぐ秘密ルートのセキュリティを突破するほどのハッカー? 疑問は残るが、追う足ができたのはありがたい。


 三人が乗り込むと同時にシャトルの扉が閉まる。数秒のシステムチェックの後に、自動運転で動き出すシャトル。


「中は意外と簡素なんだな」

「っていうか座席も何もないじゃないか。ガワだけのシャトルだね、これは」

<作製途中のシャトルを強引に購入したのよ。システムは問題ないから安心して。自動操縦もハッキングで行ってもらってるわ>


 乗り込んだシャトル内には何もなかった。本来あるべき座席や壁の装飾もない。滑り止め程度に床が整備されているだけだ。言葉通り、製作途中の車。エンジンとフレームだけのシャトルだ。


「シャトルにハッキングにとすごいクレジット使ってるけど、大丈夫なのかニコサン?」

<安心して。ハッキングは色々あってタダだから。善意で協力してもらってるの>

「? へえ、ハッカーにも善人がいるんだな」


 ニコサンの言葉に疑問符を浮かべるコジロー。天蓋におけるハッカーのイメージは、電子的な技術を用いて企業の秘密を暴く情報泥棒クラッカーだ。少なくとも善人のイメージはない。それがただで助けてくれるなんて。偏見を抱いていたコジローは自分の認識を改める。


 加速していく電磁シャトル。その慣性を感じながら気合を入れるコジロー達。


 時速500キロの追いかけっこが、始まる。

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