私、別に超能力とかを持ってるわけじゃないけど
電磁シャトルに通じる道は狭い。
それは地下道を通すコストを抑えという事もあるが、小型ドローンなどの警護システムを有利にするためだ。アサルトライフルでもこの通路では十分に振り回せない。それ以上の大きさの火器になれば、角を曲がるのも難儀する。
大きさ20センチほどの多足ドローン『シージュージン』。蜘蛛に似た動きで壁や天井に張り付き、頭部と思われる部分に設置された銃座から弾丸を放つ。小さいから威力は低いが、それでも銃弾だ。当たり所が悪ければ死ぬ可能性もある。狭い通路で遮蔽物もなく、避けることはできない。
狭い通路に合わせたモデル。小型ゆえに火力は高くないが、小型ゆえの小回りと大量生産で侵入者を無力化する。地形を上手く利用した配置だ。
<朕の完璧なる防衛ラインを突破できるものなどおらん。市民ランク1の智謀にかかればこの程度、児戯同然よ>
というのはこのドローンをこの通路に配置したとある『ジョカ』クローンの言葉だ。『ネメシス』管理下のはずなのに強引にねじ込んだのである。それまであった防衛施設を撤去し、権力で自分色に組み替えたのだ。
その完ぺきと言われた防衛網は――
「アタイ、きーっく!」
「ほいほいほい。一気に行くよ!」
ネネネとムサシの二人により切り開かれていった。
「とん、とん、とーん!」
床と天井をジクザクに飛び交いながら、移動エネルギーを両手両足の炭素刃に乗せて斬るネネネ。壁は狭いためにすぐぶつかるが、封鎖空間という状況においてネネネの空中殺法は強さを発揮する。
『シージュージン』もネネネの動きを追うようにして銃撃を続けるが、ネネネの速度を追いきれない。上と思えばその時には下。それを追えばまた上に。そうこうしている間に腕の刃に斬られている。
「速い速い速いよ。もう、お姉さん追いかけるの大変なんだからね」
その後ろを追うようにムサシが走る。三次元に駆け回るネネネが倒しそこねたドローンを、ムサシがフォトンブレードで斬っていた。未来を見て取りこぼす個体が分かっているので、迎撃は余裕だ。出る場所が分かるモグラたたきを外すわけがない。天蓋にはそれに類するゲームもモグラ自身もないのだが。
敵はドローンだけではない。防火扉が天井から降りて物理的に遮断したり、壁がスライドして銃を固定したアームが出てきたり。虚を突き侵入者を分断、および銃撃するシステムだ。
しかし出現場所がもわかっているのなら罠としての意味はない。
「あらよっと! 次はこっちだね。やっぱり手と剣は二本あったほうがいいね」
未来を予知し、罠をフォトンブレードで切り裂いていくムサシ。ときには何もない壁をいきなり突き刺したりしている。何も知らない人が見れば奇異な行為だが、ムサシの超能力を知るものならそこに『何か』があり、発生前に止めたのだと分かるだろう。
「おいおい、嫌味か? 腕斬られたのはそっちの実力不足だろうが」
二人から数m離れた場所でフォトンブレードを振るうコジロー。コジローの役割は殿を務めることだ。背後から迫る『シージュージン』が撃つ弾丸をフォトンブレードで切って止め、二人から距離を保ちつつ背後の脅威を絶っていた。
ドローンや迎撃システムが前からくるとは限らない。むしろ通路が一直線であるなら、挟み撃ちこそ最適解だ。侵入者が通り過ぎた後に専用の通路から現れる小型ドローン。背後の補給部隊を絶ち、同時に挟み撃ちで侵入者を無力化する。
想定していたのは銃器を用いる突入だ。そうしたクローン相手なら、確かに製作者の意図通りになったであろう。分断され、数で押し込まれていただろう。
だが、コジロー達は圧倒的な突破力と連携でそれを崩していく。数による圧倒を光の剣で切り裂き、飛び回る動きで乗り越えていく。
「おおっと、そんなつもりはないよ。ただまあ、1と2じゃ勝手が違うってことさね。いっそネネネちゃんみたいに4つ持つのもいいかもね」
「よし、じゃあアタイが四本剣を教えてやる! 先ずは剣を生やすところからだ!」
「ネネ姉さんのバイオ義肢ってプライム爺さんのカスタム品だろ? 本来の『デンコウセッカ』にはないみたいだぜ、その炭素刃」
「うむ! じっちゃんは魔法使いだからな! それぐらいは普通にやる!」
コジローの言葉に自分の手柄とばかりに自慢するネネネ。戦闘中ゆえに立ち止まる余裕はないが、平時なら胸を張っていただろう。
「旦那もサイバーアームの一本ぐらい手術すればいいじゃないか。フォトンブレード内蔵の奴とかどう? お姉さんと同じタイプの奴」
「遠慮するぜ。サムライはそういうのに頼らないんだよ」
「はいはい。相変わらずのブシドーだね。よくわからないよ」
ただひたすらに肉体の鍛錬を求めるコジローの手技は、天蓋では理解されない。ネネネのような改造された四肢と臀部のワイヤーによる三次元殺法。ムサシのサイバーアームによる剣術とどれだけバランスを崩しても重心を保つサイバーレッグ。これらに頼ればもっと強くなれるというのに。
「ブシドーってのは生き様なんだよ。十年一剣を磨くが如くってな。
「おお! よくわかんないけど凄いぞコジロー!」
「で? どういう意味なんだい、それ?」
「地道に剣振るって振るって振るいまくれってことさ!」
実際の所、コジローもよく意味は分かっていない。
「ま、それでそこまで強くなったんだ。たいしたもんだよ」
「そうだぞ。コジローは大した奴なんだ! 姉として胸が高い」
「誇りに思うって言うんなら、高いのは鼻じゃないかい?」
「? なんで鼻なんだ? 嗅覚関係あるのか?」
「さあ? お姉さんもよくわからないや。昔は嗅覚のよさで褒められる制度でもあったのかね?」
そんなことを言いながら突き進む三人のクローン。
<馬鹿な馬鹿な馬鹿なぁ! 朕の考案した完璧で完全で完熟した防衛ラインがこうもあっさりと突破されるだと!? 分断用のシャッターも、バックアタックも全て潰されていく! しかも……フォトンブレードなどというよくわからぬ道具で!>
その様子をモニターしているワンメイ……が操っているドローンから、そんな電子声が聞こえてくる。ワンメイ本人は『ジョカ』本社ビル『
「「フォトンブレード」」
その単語に、シャトル内の二名が反応する。
「コジローだ! 来るのが遅いのよ、もう!」
「二天のムサシ……! まさか超能力でこの場所を捕捉したの!?」
一人はトモエ。もう一人はボイル。トモエは安堵したような顔で腕を組み、ボイルの表情は見えないが声に明確な焦りがあった。
<二天のムサシだとぉ!? 『イザナミ』の
「こちらで迎撃します。位置情報をください!」
ワンメイもムサシの情報を知っているのか、驚きの声をあげる。正体不明の超能力。そして理解不能の戦闘力。それがこちらに向かってきている。ボイルは言いながら電磁シャトルから出ようとする。ペッパーXもその叫びに反応して立ち上がった。
「敵かッ、ボイルッ!」
「ええ。二天のムサシよ。でもこの場所ならこちらが強いわ。密閉空間で高熱を与えれば、さすがにやれるでしょう」
密閉空間内で金属を蒸発させる高温を発生させれば、さすがに逃げ場はない、倒せずとも、ダメージは与えられるだろう。ドローンの金属情報を得て、相手の目の前で蒸発させる。それでカタが付くはずだ。
金属温度を操作するボイルにとって、この場所は有利な戦場だ。金属だらけの通路、金属だらけのドローン。その気になればエリア丸ごとの金属を溶解することもできる。
<不許可不許可不許可! 完璧なる朕の防衛網に泥を塗るつもりか下級市民共!>
だがその足は不快な叫び声で止められる。電磁シャトルの扉は市民ランク1の権限でロックされ、敵の位置情報も教えてもらえない。
「そんなつもりはありません。ですが二天のムサシの強さを考えれば、これが最適解――」
<貴様は朕の手柄を奪うつもりだろう! ジョカ様に認められるのは朕だ! ジョカ様に顔を覚えられるのは朕だ! この作戦を成功させ、ジョカ様に最も貢献するのは朕だ! 邪魔をするな!>
説き伏せようとするボイルの言葉は、ワンメイの叫びで遮られる。自己顕示欲に塗れた言葉。企業のトップであるジョカからの命令。その作戦で最も功績をあげるのは自分だ。決して
「……了解しました」
逆らうことのできない圧倒的な権力。それを感じてボイルは不承不承その命令を承諾する。ムサシとは『TOMOE』で戦った程度の情報しかないが、ドローンの性能では勝てるビジョンが見えなかった。
何をしても先読みされて避けられる動き。ムサシに勝つには『何をしても避けられない』攻撃を仕掛けるしかない。どれだけのドローンをぶつけて続けても、時間稼ぎにすらならないだろう。
<ふん! 知恵や気品の足らない肉片如きの脳味噌で考えた作戦など、取るに足らぬ! 朕はこういう事を想定して、更なるドローンを配備しておいたのだ!
起動せよ、『シージュージン』バージョン3! 『シージュージン』を統べるコアユニットだ! 完璧なる機能と完全なる美と完熟したシステム!
完璧! 完全! 完熟! 市民ランク1の中でもさらに完全なる朕の威光にひれ伏し、後悔しながら骸を晒すがいい!>
白いカニから聞こえる叫び声。ボイルもペッパーXも何も言わず、しかし緊張を解かない。
「私、別に超能力とかを持ってるわけじゃないけど」
なので、口を開いたのはトモエだ。腰に手を当てて、胸を張って自信ありげに言葉を続ける。
「その何とかバージョン3、すぐに倒されると思う。フラグっていうか即オチ2コマ的に」
<何をわけのわからぬことを! 16のカメラアイから行われる対象の分析観察そしてパターン解析! そのデータをもとに32本のアームから生まれる銃撃が行われ、『シージュージン』をAI操作し援護射撃させる!
完璧完全完熟なる防衛システム。それが倒されるはずがあるわけなかろうが――倒されただとぉぉぉぉぉ!?>
白カニのスピーカーから叫び声が響く。トモエは笑いをこらえるような表情をしていた。ざまあ、という言葉をかろうじて飲み込む。
「私達なら止められます。判断を!」
戦闘状態を解かずに待機していたボイルが口を開く。ドローンでは止められない。それが分かったのなら、諦めるはずだ。
<否、否ァ、否ァァ! 要は『
手柄は自分のみが得る。その欲望のままに叫び、そして振動を感じる。トモエは何かに引っ張られるような感覚を感じた。音もなく電車が動き出したような、そんな感覚だ。
「っ!? シャトルを発車させたのですか!? まだエネルギーやシステムチェックは十分ではないのに!」
電磁シャトルはシャトル本体にエネルギーをため込むだけではない。線路にある電磁コイルに電流を通し、磁界反発を生み進むシステムだ。ここから『ジョカ』本社ビルまでの通路へのエネルギー。運行のシステムチェック。それが終わらずに発車するのは危険すぎる。
<ふん! 足りぬエネルギーはどこかからか奪えばいい! システムチェックなどいくつか飛ばしても問題ない! そんなこともわからぬとは所詮は馬鹿肉! 朕の完璧完全完熟なる脳には及ぶべきもないわ!
発車してしまえば連中に『
速度を増していく電磁シャトル。安全性を無視した見切り発車。時速500キロを超えるシャトルにおいて、安全性を欠くことは致命的だ。途中でコイルへ供給される電力が尽きれば浮遊した車体が慣性を受けたまま地面に落ちる。コイルの反転システムに異常があれば、最悪車両走行路から外れて横転する。
「最悪。……寒い」
こうなってしまえばシャトルの扉を溶かして逃げることもできない。ボイルは小さく呟き、体を震わせた。できる事は何もない。運よく『
「え? え? え?」
トモエは自分が高速で走る棺桶にいることを、まだ理解していない。
ただなんとなく。このままだとヤバイな気がすることだけは理解していた。
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