実はワシなんじゃ
「ふう……」
コジロー達が地下で戦いを始めたのと同時刻、ニコサンは『TOMOE』の二階にある一室で一息ついた。肺器官どころか血液もないため呼吸する必要のない
脳を満たす液体は2か月は交換不要のモノ。『デウスエクスマキナ』のメンバーやカメハメハのような人型の
元より人前に出るつもりもなく、ビルで
道路を買い、ビルを買い、企業の一部署の権利を買う。天蓋においてクレジットで買えない物はない。それはほかならぬ企業そのものが証明している。企業レベルのクレジットがあれば、クローンの命も買える。
クレジットは企業の血であり、流通は血の流れ。それは同時に天蓋の血でもあり血流でもある。一か所にため込むことに意味はない。派手に稼いで派手に使う。そうすることで更なる流れが生まれ、その流れを利用して稼ぐことができるのだ。
「流石に今回は」
これから購入しなければならないモノを脳内でリストアップし、『NNチップ』を通して購入ルートを探す。思うだけで『NNチップ』は計算し、その結果を脳内に送る。常に明るいニコサンとはいえ、この額は陰うつにならざるを得まい。
「貯金を使い切るつもりでいかないといけないわね」
ニコサンのクレジットは平均的な市民ランク2のクローンなど比較にならないぐらいに多い。その気になれば市民ランク1になれるほどはある。企業貢献や人格チェックなどがあるため一足飛びにはいけないが、純粋な貯金で言えば十分だ。
その貯金を全て使い切る。そうニコサンは言い張った。むしろそれでも足らないかもしれないという懸念さえある。
「まさか企業そのものとトレード合戦することになるとはね」
コジローから聞いた話を総合すれば、トモエをさらったのは『ジョカ』の企業そのもの。『ジョカ』の市民ランク1が複数動いたとしか思えない規模での暗部の動き。
「吹けば消し飛ぶ程度だけど、準備だけはしないとね」
企業そのものが本気になれば、一個人の経済活動など風前の灯火。複数方向から取引を妨害されれば、それだけでクレジットの供給源は尽きてしまう。先ほどの例えで言えば血管を押さえられるようなものだ。ニコサンの方に
「……でもおかしいのよね。なんでいきなりここまで動いたのかしら?」
『ジョカ』『イザナミ』『カーリー』『ペレ』そして『ネメシス』。5大企業はそれぞれの得意分野こそあるが、互いが互いを監視し合う形で天蓋を運営している。一企業の突出は許されない。成長こそすれど、他企業を大きく突き放すことはない。暗部の動きも同じだ。互いが互いを監視し、パワーバランスを保っている。
なのに今回は明らかに『ジョカ』が大きく出た。他企業がそれに呼応する形で動いたが、まさか
悪手も悪手。逆に言えば、そのリスクを背負うほどのメリットがあるという事になる。
「トモエちゃんにそこまでの価値があると判断したの? でもそれなら他企業も同じように考えるでしょうし。そもそも子宮? それによる新たなクローン生成は時間がかかりすぎるわ」
ニコサンはトモエの事を知って、子宮やエストロゲンの事を調べた。市民ランク2の情報をクレジットを使って調べ上げ、そして今のクローン生成と比べたこともある。その結論は他企業と同じである。はっきり言って効率が悪い。エストロゲンも不明な部分が多く、要研究な状態だ。
「『ジョカ』だけがトモエちゃんの利用価値を思いついた? これまで動きがなかったのに。しかも過剰な戦力を導入して?」
動いたのが『イザナミ』ならわかる。バイオノイド研究に秀でた企業なら、そのコントロールを失う可能性がある物質を研究したい。一度手を出したこともあるけど、結果としてナナコを監視において様子見にとどまった。
動いたのが『ネメシス』なら、騒動の中心を押さえたいという所があるのだろう。保護、ではない。どちらかというと隔離だ。だが『ネメシス』もリソースを割くことなく様子見となった。
なのに今回動いたのは『ジョカ』だ。5大企業の中でプログラムなどに秀でた企業。これまで動きを見せなかった企業が、いきなり本気で牙をむいたのだ。その理由も経緯もわからない。
「理由によっては戦術を変える必要があるわね。売買や交渉が通じるのならそれで終わらせたいし」
トモエを何故狙うのか? コジロー達は力技で奪い返すつもりだが、それ以外の手段があるならそれに越したことはない。問題はそれを知るすべが何一つない事だ。
「地下の領域を作ったのが200年前? 天蓋黎明期に作られた通路なのね。作った部署は……すでに解体されてるわ。今管理している部署も分からないわね。調べるためにハッカーを雇って――」
通路の使用権利と警備ドローンを買収しようとしたニコサンだが、その大元が見つからない。開通年月日もどの企業のどの部署かも分からない。念入りに偽装されている可能性もあるが、ニコサンでは調べる術がない。その為にハッカーを雇いたいのだが、さて間に合うかどうか?
<メッセージが届いています。IDはJo-00571113。タイトルは『雇用に応じよう、我がマスター』です>
ハッカー募集を行って1秒後、ニコサンの『NNチップ』にメッセージが届いた。電子の世界が秒単位の戦いとはいえ、あまりに早い反応である。怪訝に思いながらも、ニコサンはメッセージを受理する。
<召喚に応じ参上した。我が名はJo-00571113。天蓋の魔法使いじゃ。我が二つ名『
Jo-00571113。『
「はいはい。貴方は天蓋で何人目のプライムクワドゥルプレットなのかしらね?」
それを理解して、ニコサンは冷たく対応する。
<ぬぉお!? マジマジ! わしが本家本元の『
「貴方で4人目よ。今年プライムクワドゥルプレットを名乗って捕まったハッカーは。去年は7名だったかしら? IDに4が付けば何でもいいみたいだし、貴方みたいに4が一つもなくても名乗るハッカーもいるわ」
<ぬわー! 知ってはいるがなっとらん! 我が名が斯様に悪用されようなどとは……これも有名税という奴じゃな>
ニコサンの言葉に嘆きの言葉を返すプライム。自分に多くの偽物がいることはプライムも知っていた。クワドゥルにかけてIDに4が付くハッカーが自分の名前を名乗り、箔をあげている。そして企業に捕まってるのだ。
<本物の『
魔法使いという概念はもう
「そう。じゃあ今から送るデータを調べてもらおうかしら」
<むむむ。地下開発計画か。200年前のモノを調べろとは御無体な。かなりのクレジットがかかるがよろしいか? 具体的には1980000クレジット程で>
「その倍出してもいいわ。超特急でお願い」
難色を示すプライム。ハッキング報酬にしては破額ともいえる金額に、シークタイムゼロで答えるニコサン。ニコサンにすればはした金という事もあるが、クレジットよりもコジロー達のサポートが重要だという気持ちがそこにあった。
(ワタシはネネネちゃんやムサシちゃんみたいにコジローちゃんの隣に立って戦えない。ワタシにできるのは、あの子達をサポートすることだから)
戦闘用の武装を持たないニコサンは、戦闘行為そのものができない。だけど戦う者たちを助けることができる。それは暴力行為だけではない。トモエのように頑張る子を支援できるのだ。
<名称は『ミルメコレオ』。5大企業の本社ビル同士をつなぐ通路として開発されたものじゃな。秘匿レベルはランク1。企業重役しか知らぬ電磁シャトル。5大企業が秘密裏に協力して作ったものじゃよ>
調べてもらってる間に次の買い物を――と思っていたニコサンだが、これまた異例な速さでプライムから返事が返ってくる。質問を予測していたかのような返答だ。
<開発年数は12年。おそらく天蓋作製時から計画されていたんじゃろうな。フェイク情報を流し、200年かけて線路を広げておる。今では74か所のターミナルがあるみたいじゃ。
性的遊戯所に12か所もあるあたり、重役たちの『お忍び』として利用されとるみたいじゃな。うっひょー、羨ましいのぅ>
ニコサンに転送される74か所の場所情報。その中に『エロ~スキュ~ピット♡の休憩所』もある。プライムの言うように企業重役が誰にも悟られず『楽しむ』為の通路なのかもしれない。
「5大企業重役御用達の通路。……まずいわね」
企業そのものがトモエを狙っている。その事実を考えれば向かう先は『ジョカ』の本社ビルだろう。そこまで運ばれればさすがのニコサンでも手も足も出ない。個人のクレジットでどうにかなるレベルではないのだ。
「やることは決まったわ。感謝するわよ、本物かも知れないプライムクワドゥルプレットさん」
<ワシ、本物なんじゃがのぅ。まあワシもいろいろやらねばならんので渡りに船、ついでに行きがけの駄賃ももらえたのでホクホクじゃ>
「へえ、やっぱりこの『ミルメコレオ』の事は元々知っていたのね、あなた。もしかしてだと思うけど、トモエちゃんの情報を知っていて私がハッカー募集をかけるのを待っていた、とか?」
あまりのタイミングの良さ。あまりの返信の速さ。そして今のセリフ。こちらの事態を知っているかのような手際の良さだ。ならばトモエのことを知っていてもおかしくないだろう。
<無論、魔法使いじゃからな。この世のすべてを知っておる>
魔法使いは言葉通り全てを知るかのような口調で言って――
<あ。でも今『ミルメコレオ』のどこにおるかが分からんのじゃ。どの店から運ばれたかさえわかれば推測できるんじゃが。あそこは無駄に広いし調べる取っ掛かりがないんじゃよ。その、できれば情報をいただければ……>
2秒後にへりくだるような声で情報を求めた。先ほどまでの威厳は欠片もない。
「そうね。情報料として、4000000クレジット頂こうかしら?」
<ぐっは! 今貰ったクレジット全部吹っ飛ぶ!? もう少しまからんかのぅ……>
「仕方ないわねぇ。だったらあなたが知ってるトモエちゃんの事、全て教えてちょうだい」
<いやそれは>
「『国』の時もトモエちゃんに付きまとっていたって聞いたけど、悪質なストーカーなのかしら? そんなクローンにワタシが情報を渡すと思う?」
<正論過ぎてぐうの根も出ぬ……>
プライムからの返答は10秒ほどなかった。その後、絞るように声をあげるプライム。
<あの子が天蓋に来ることになった異世界召喚プログラムを弄ったの……。実はワシなんじゃ>
「どういうこと? トモエちゃんを召喚したのはもしかして、アナタなの?」
<違う! ワシにあんなものは創れん! ワシはプログラムに接して、あの子を解放しただけじゃ。
あの召喚プログラムは異世界からあの子を召喚して、閉じ込めるためのモノなんじゃ!>
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