3名様、ゴ案内デス

『エロ~スキュ~ピット♡の休憩所』


 桃色に光る看板。複数の柱と羽の生えた人型の彫像。天使という概念は天蓋にはないが、弓矢を構えるキューピット像には雄々しさよりも性的なインパクトを感じさせる。


 どこからどう見ても100%、性行為を行うための宿泊施設だ。西暦風に言えばラブホテルである。


 生まれてすぐに生殖細胞に処置を施され、子供を産むことができないクローン。しかし三大欲求である性欲が消えてなくなったわけではない。子を産むことができなくとも、性行為で得られる快楽に溺れるクローンは少なくない。


 オーソドックスな男女の交わり。男性型同士、或いは女性型同士の同性同士の行為。拘束などの行動を制限しての性行為。性転換手術を行った者の立場逆転性行為。痛みを与え、与えられることで得られる絆を深める性行為。クローンとバイオノイドとの性行為。クローンとドローンとの性行為。完全機械化フルボーグ同士の性行為。VR世界を利用した性行為。性的なサイバー機器を用いた性行為。性的な薬品を使用した性行為。市民ランクの差を使った高圧的な、或いは逆転的な性行為。記憶を消失することで刺激を感じる性行為……例を挙げればきりがない。


 ともあれ遠い未来であっても企業の思惑で人口制限をされていても、性行為に対する興味は尽きないという事だ。


 閑話休題。その休憩所の前に、三人のクローンがいた。コジロー、ムサシ、そしてネネネだ。


「ここ、だよな?」


 コジローは目の前のビルから感じる桃色の雰囲気を感じながらそう言った。ナナコの情報を信じてここまでやってきたのだが……。


超能力者エスパーがどうとかいう感じじゃないのは確かだな」

「アタイを倒したあの男とかとも違う感じだな!」


 眉を顰めるコジローと、それに同意するネネネ。ムサシに姿すら見せずに足止めした者と、ネネネとトモエを武器なしで無力化した者。彼らが逃亡し、更には天蓋でも羨望を浴びる電磁シャトルがある場所。とてもそんなものがあるようには見えない。


「そ、そうだねぇ。その、そう思うからこそ逆に、ってこともあるんじゃないかい。うん」


 ムサシは自分でも上ずってるよなぁ、とわかるぐらいに適当な返答をする。実際そう思っているのは事実だし、ここ以外に情報がないのも確かだ。時間がない状況である以上、躊躇している余裕はない。それはわかっているのだが……。


(まさか……旦那と店に来るとか、想定外だよ! しかもこんなヒラヒラで太ももが出た服で! その、周りからそういう目で見られてる気がして……うあああああああ!)


 好きな人と一緒に、露出の高い服を着て、性行為をする店に入る。いろいろあって着替える余裕はなかったのだ。外に出て外気と視線を感じた瞬間に気づいたのだが、待ったをかける余裕なんてなかった。


(いあいあいあ、分かっていますよそういう状況じゃないことぐらいは。でもこういう店に来たことなんて一度もないし、ましてや同伴するのがブシドーの旦那とか!? お姉さんしっかりしないといけないんだけど、その、いろいろ覚悟不完了というか!?)


 心の中の動揺を面に出さずに、ポーカーフェイスを保つムサシ。さっきの適当な返事も『呆れてはいるけど、他に手掛かりないし肯定的に受け取った』というふうに見えただろう。だけど内心は乱れまくりである。


「確かにな。他に手掛かりないし、行くか」

「おう、特攻だ! 下に行くんだよな!」

「問題はどこから地下に向かうか何だけどねぇ」


 言いながら三人は『エロ~スキュ~ピット♡の休憩所』の中に入る。入り口部分は受付で、対応するのは受付用のドローンだ。


<イラッシャイマセ。三名様デスカ?>

「おう。そうだ」

<ドノ部屋ニシマスカ? 複数プレイデシタラ、B76室ガ、オススメデス>


 脳内に転送される部屋のカタログ。紹介された部屋は広いベッドがある部屋で、3名で多少しても問題ない大きさだ。他にもプールがあったり、浴場があったり、自立型スライム器具やクネクネした機械触手の部屋もある。イメージ動画という事もあって、これから行う行為を思わせる卑猥さが表に出ていた。


(……ううう、ちょっとこういうのは苦手だねぇ……いや興味がないわけじゃないけど、その色々と)


 電子酒と戦いに明け暮れてきたムサシは頬を指でかきながらそんなことを思う。ましてや隣にいるのが好いた人なら、なおの事動揺は加速する。


(よくわからないけど、なんか、その、アタイもじもじしてきたぞ……)


 解離性障害で性的な知識が表に出ないネネネも、映像の雰囲気に飲まれて気分が絆される。隣にいるのがコジローという事もあって、体が火照ってくる。


「――こういう部屋も悪くねぇけど、今は地下に潜りたい気分でね。しかも思いっきり深くだ」


 そんな乙女達の想いと変化を知ってか知らずか、コジローは受付ドローンに問いかける。地上階の部屋には興味がない。今求めているのは地下への道だ。


<申シ訳ゴザイマセン。当店ニ地下ハ、アリマセン>

「いやいや、あるんだろ? 秘密の会員とかが知ってる地下階。知ってるんだぜ?」

<地下階ニ部屋ヲ持ツ店ナラ、ゴ紹介デキマスヨ>

「そんなこと言わずに教えてくれよ。クレジットなら弾むからさ」


 事務的な対応をするドローンに何度も食い下がるコジロー。言いながらコジロー自身もこの店の地下の存在を疑っていた。ナナコのいたずらか、あるいは勘違いか。最悪、トモエを奪取したのはナナコで、自分達を見当違いの方に向かわせただけなのかもしれない。


<地下ハアリマセン。コレ以上難癖ヲ仰ルナラ、退去シテモライマス>


 機械的な勧告。それと同時に壁がスライドし、巨躯なで凶悪そうな警備用ドローンが姿を見せた。これ以上揉めるのなら物理的に店から排除する。その脅しでもあった。


 どうする? 悩むコジロー。純粋な戦闘力で警備用ドローンに負けるとは思わないが、そうなれば『重装機械兵ホプリテス』などにも連絡が行くだろう。社会的な傷もあるが、その対応で時間を失うのが痛い。


「しょうがないな。そのオススメの部屋を頼むぜ」

「お、おう。そうだね旦那」

「うん。アタイもそれで」

<アリガトウゴザイマス。3名様、ゴ案内デス>


 妙にそわそわしているムサシとネネネに疑問符を浮かべながらクレジットを支払うコジロー。エレベーターの扉が開き、三人はそれに乗り込む。その狭い空間に漂う甘い空気。性的欲求を高める桃色の装飾音楽、そしてフレグレンスが漂う密室。その扉が、閉じる。


(うあああああああ! そういう状況じゃないってわかってるけど緊張する……! 落ち着け。お姉さんとしてしっかりリードしないと)

(何だろう。いつも以上にコジローに甘えたくなってきた……。アタイ、どうなったんだ? お腹がきゅんきゅんしてきたぞ)


 混乱しているムサシ。困惑しているネネネ。


「とりあえずどうする?」


 どうやって地下を探す、という意味ムサシとネネネに問いかけるコジロー。トモエが持つスマホに連絡は取れず、正直手詰まりだ。何か打開策があるなら聞きたいとばかりに意見を求める。


「そ、そうだねぇ……とりあえず部屋に行ってから考えないかい?」

「アタイもよくわからないからコジローに任せる!」


 挙動不審にならないように努めながら答えるムサシ。そして思考を放棄するネネネ。動揺もあって、まともに頭が働かない。ムサシは過度の心拍数を押さえ込もうと必死になり、ネネネは正体不明の欲情に戸惑っている。


「そうだな。とにかく怪しまれないように客のフリをしないとな」


 二人の意見にうなずくコジロー。これ以上怪しまれてしまえば、追い出されかねない。正直ナナコの送った情報が正しいかどうかも怪しいが、他に手掛かりはないのだ。今は客のフリをするしかない。


「そうそう。客のフリを……」


 それはつまりそういうことをするわけで。ムサシはそれを意識した瞬間にいろいろ悶絶しそうになった。未来の自分はそれなりに経験はあったので知識もあるが、今の段階では未経験だ。


(落ち着こう。二度深呼吸だ。すってーはいてー、すってーはいてー。よし、覚悟決まったぞっ!)


 ムサシが覚悟を決めた瞬間、三人の『NNチップ』に連絡が入る。IDはPe-00402530。ニコサンだ。


<お待たせしたわね! ビル会社とエレベーター会社の売却に成功したわ! 背後に企業が絡んでみるみたいなので3分しか施設使用権はないけど、地下に行くには十分な時間よ!>


 ニコサンは『TOMOE』に留まり、『エロ~スキュ~ピット♡の休憩所』を買収していたのだ。ただの性行為宿なら数秒で決着がついたのだが、想像以上に資金と手間がかかった。この抵抗を考えれば、アタリの可能性は高い。


「ホントかニコサン! それで地下にはどうやって行くんだ?」

<エレベーターに乗り込んでくれたらそのまま地下に行けるわ! そこからの地図も転送するわ>

「ちょうどいい。今エレベーターに乗ってるんだ。登録番号は『Gー8687』だぜ」

<了解よ、一気に下に向かうわ! その間に地図を転送するからを頭に展開しておいて!>


 ニコサンの通信と同時にエレベーターの上昇が止まり、扉が開くことなく下がり始める。不審に思う者もいたが、メンテナンスでも始まるのだろうと思って別のエレベーターに目を向けた。


「よし、第一段階クリアだぜ」

「そ、そうだねぇ……。お姉さんの気合いを返せ」


 少し残念そうな表情でこぶしを握るムサシ。これが正しいのだと分かっていても。空回りしていたのだと分かっていても、やるせない気持ちになるのは事実だ。


 3人の脳内に展開される地下の地図。そこに細長い空間が見える。電磁シャトルが置いてあるならそこだろう。


「先ずはここを目指すとするか」


 エレベーターの扉が開き、狭い地下道が目の前に広がる。高さ3mもなく、クローンが3体横に並ぶのも難しい広さしかない。天井にある非常灯だけが光源だ。


「そうだねぇ。でも簡単にはいきそうにないかな」


 その通路を哨戒している地を這う円盤型ドローン。それがエレベーターを出た3人に反応して動きを止める。数度のシグナルの後に、銃らしきものをこちらに向ける。


「たいしたことないさ! アタイに任せろ!」


 攻撃的な動きに反応したネネネ。コジローもムサシもすでに構えている。


<非登録ID確認。迎撃モードに移行します>


 戦いの火ぶたが、切って落とされた。

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