あっしの独壇場っすよ

 時間を『TOMOE』に『エンラエンラ』が放たれた瞬間まで巻き戻す。


「ぶわっ!? 何処の馬鹿っすか、こんなの使うのなんて!」

<ハッハー! 『エンラエンラ』だな! 通信0%! 今なら上位市民の悪口言いたい放題だぜぇー!>


『TOMOE』内部で変装していたナナコはいきなりの赤煙に動揺する。『NNチップ』の人格ジョニーが言う通りチャフが巻かれて通信も阻害され、外部との連絡も取れない。おそらく『ジョカ』のエージェントが動いたのだろうが、確証はない。


 混乱するエージェント。ナナコもその一人だが、ナナコだけは他のエージェント達より一歩先を行っていた。彼らは知らない情報を知っている。


「トモエが驚いたのはフォトンブレードの旦那を見て恥ずかしがったからで、それ自体の緊急性は低いっすね」

<確かに恥ずかしい見た目だったからな! ファンキー! あれで誘ってないとかありえねぇぜ。見られて悦ぶプレイなんじゃねぇか?>


 他のエージェント達はコジローの正体を計りかねている。敵か味方か。『転移者トリッパー』をどうしたいのか? 何故『転移者トリッパー』は悲鳴を上げたのか。この騒動のきっかけとなったクローンの情報を知らない。


 Ne-00339546。市民ランク6の底辺市民。サイバー手術暦なしと普通の市民ならありえない経歴。本当にそうなのか、或いはそう偽装した存在なのか。それさえも掴みかねている。


 ナナコは知っている。あれに経歴詐称はない。本当に市民ランク6で、本当にサイバー手術をしていない珍しい市民だ。


 ナナコは知っている。あれは企業戦士ビジネス『働きバチ』を真正面から伏したクローンだ。馬鹿でかい違法バイオノイドを倒し、超能力者エスパーの腕を切った存在だ。


 そしてナナコは知っている。あのクローンがトモエに害為すことはない。敵か味方かで言えば、100%トモエの味方だ。裏も算段もなく、古典ラノベとかよくわからない価値観が基準だけど、トモエの味方なのは間違いない。


 その判断ができれば、ナナコの意識は自分の任務に向けられる。トモエを守るのは任せて、『KBケビISHIイシ』の本業に集中できる。


「誰もが誰だかわからない状況なんて――」


 イメージする。自分の三つ隣の席。そこに座っていた『ジョカ』のエージェント。その顔、その声、その仕草。それを見ていた時間は6分34秒。ナナコが模写するには十分な時間。


「あっしの独壇場っすよ」

<ヒャッハー! 『ムジナ』起動! 設定に従い骨格変化速度MAX! 過度の神経圧迫を確認したんで痛覚を遮断するぜぇ! ID偽装もサービスだ!>


潜 入 工 作 員インフィルトレーション――変 装 完 了ディスガイス】!


 ナナコの体内にあるサイバー機器『ムジナ』が動き出す。顔の骨格を変え、肌質と髪色を変える。声帯が女性用から男性用に変わり、胸も脳内からホルモンが分泌されて縮んでいく。生殖器だけは変化できないが、バレても『実はそう言う性癖で』と言って誤魔化せるだけの技術はある。ナニの技術かはともかく。


 任務開始。心の中で呟くと意識も切り替わる。ここから自分はJoー00118651。『ジョカ』のエージェントだ。この店で頼んだ味データは『ウーロン茶』と『ハッポウサイ』。癖は右手の親指と人差し指を擦ること。


「先ずは――」


 赤い煙の中を歩くナナコ。皆がコジローのことをどうすべきか詮索する中、ナナコは迷うことなく動いていた。時間にすれば2秒のアドバンテージ。その有利を無駄にはしない。


「よぉ、俺」

「――お前は、っ!」


 3つ隣に座っている『本物の』Joー00118651に挨拶すると同時に、手のひらに隠してあったスタン用の電撃銃を腹部に押し付けて弾丸を放つ。多少の声が漏れたがこの混乱の中なら小さなことだ。痙攣したのち、クローンはそのまま意識を失う。


<生体反応、グリーン! 体内で『レンタン』が発動してるぜぇ! 43分後には復活するけど、トドメ刺しとくかぁ?>

「問題ない。生かして情報を吸い出させる」


『NNチップ』が対象の生死を確認し、報告する。ナナコは変装した相手になりきって答えた。演技をするなら徹底的に。たとえ心の中の会話でもそれは変わらない。


 ナナコはJoー00118651の服をはぎ取り、装備も奪取する。元々来ていた服を脱ぎ棄てながら、次取るべき行動を意識する。


「目的が『転移者トリッパー』の奪取というのなら、そちらに向かうのが妥当か。とはいえ、あの二人がいる以上は簡単にはいかないだろうが」


 ナナコはトモエがいると思われる場所に目を向ける。その近くにはコジローがいるし、天井を伝ってネネネが移動したのを見ていた。視界が限定されているとはいえ、あの二人を簡単に突破できるとは思えない。


<せっかく変装したのに意味なかったかぁ? これがほんとの骨折り損だぜ! 顔の外骨格も肩幅もかなり痛覚を訴えてるぜぇ!>

「無事に終わればそれに越したことはないな。……あれは?」


 煙の中、トモエのいる場所に向かって動く影が見えた。あの席には確か『ジョカ』の超能力者エスパーがいたはずだ。その内の一人がトモエたちの方に向かっていく。


 超能力。


 未だに未解明の分野。しかし確実に存在する脅威。『ジョカ』の目的がトモエの確保で、その為に天蓋でも10人もいない超能力者を2名も導入したのだ。ムサシを含めればこの場に3名の超能力者がいるのである。


 あらゆる金属を溶かし、蒸発させると言われる存在。数多の護衛毎、目標の精神を壊した存在。真偽はともあれ、噂される程度の事はできるのだろう。そのどちらが動いたのかはわからないが、これで事態は大きく変わる。


 ナナコは迷うことなくトモエたちの方に向かう。距離にすれば数十歩程度。視界も悪く、辺りは乱戦中。銃声さえ聞こえる中、一歩一歩確実に進んでいく。神経を削りながら進み、周囲の音を頼りにまた一歩。それを何度か繰り返し、


「ひぃ、あ……!」

「なんだこれ、斬られてないのに痛い……! 痛覚遮断してるのに……!」

「当然ッ! 『NNチップ』による痛覚遮断は神経シナプスの遮断ッ! しかしうぉれの超能力は脳に直接作用するッ! 人体の構造が同じなら、『転移者トリッパー』にも効くのは道理ッ!」


 聞こえてきたのはそんな声。トモエとネネネの悲鳴。そして男性型クローンの声。状況はわからないが、超能力と思われるものを使って男性型クローンがトモエとネネネを伏したのだ。


 さらに近づき、男性型クローンを視認する。ID確認、Joー00318011。肩から腹部にかけて、斬撃と思われる傷がある。体内で肉体損傷時でも動けるサポートユニットである『キョンシー』が発動しているみたいだが、動きは緩慢だ。


(今ならやれるか?)

<『ジョカ』の超能力者エスパーと思われるものを捕獲できれば、ボーナスだぜ! ゴーゴー! 今夜はパーリナイ!>


 ファンキーな『NNチップ』の言動はともかく、『ジョカ』がトモエを捕えるために導入した超能力者エスパーの一人を無力化できるチャンスだ。ナナコは袖に隠していた小銃を手にする。片手に収まる程度のモノだが、気付かれていないのなら打ち殺すことは可能――


『ひっ!?』


 ナナコの脳裏に浮かんだのは、『国』での1シーン。銃を撃った後にトモエに手を指し伸ばした時、その手を弾かれた記憶。トモエもあの後謝罪はしたが、あの怯えと痛みがナナコの動きを一瞬止めた。ためらいを切り捨てるように頬を叩き、


「Joー00118651。編纂部署のエージェントね」


 背後から声がかけられる。女性型クローンの声だ。断熱コートを羽織っているため、顔も武装も見えない。だがナナコはその二つ名を知っている。


「Joー00101066。ボイル、か」


 あらゆる金属を蒸発させると言われた着火能力者ファイヤースターター。そのIDとあらゆる金属を破壊したとされる謎の事件だけは天蓋の闇に広まっている。


 不意打ちの機会は失われた。ナナコは銃を袖の中に隠し、相手の出方を窺う。怪しまれている様子はない。だが不審に思われれば正体不明の攻撃が飛んでくるだろう。


「『NNチップ』の通信をOFFにしているみたいだけど、どうしてかしら?」

「ハッキング対策だ。『元素なる四プライムクワドゥルプレット』の介入を確認した。信ぴょう性は薄いが、用心に越したことはない」


 ボイルの問いかけにナナコはさらりと答える。ナナコが偽装しているIDに連絡をしても、その通信は今気絶させたJoー00118651の『NNチップ』にかかる。悪名高いハッカーがいるかもしれないという理由で、通信を拒否して追及を避けるナナコ。


「そう。『転移者トリッパー』を捕えたわ。運ぶのを手伝って」

「了解」


 特に疑われることなくうなずくボイル。ナナコは気を失ったトモエを抱え、ボイルは傷ついたペッパーXに肩を貸す。


「ボイルッ! うぉれは普通に動けるッ! そんなことをする必要はッ! ないッ!」

「見て分かる嘘を言わないで。体温が異常じゃない。時間がないわ、急ぎましょう」


 そのまま混乱に紛れる形で『TOMOE』から逃げ出すボイルとペッパーX、そしてナナコとトモエ。その姿は通り過ぎるクローン達に奇異に見られただろうし、監視カメラにも映っただろう。だがそれを気にする様子はない。企業そのものがバックアップしているのだ。もみ消す資金もふんだんに使っているのだろう。


 そのまま4人が向かった先が――


「『エロ~スキュ~ピット♡の休憩所』……『ネメシス』のラブホテルっすか?」


 思わず素の口調で喋るナナコ。逃亡するにはあまりにも不似合いな場所だ。身を隠すにしても他にあるだろう。


「急いで乗って」


 ボイルはカウンターのドローンにクレジットを支払い、エレベーターに入る。ナナコがエレベーターの中に入ると、階数を示すタッチパネルが変化する。ボイルの『NNチップ』から出た暗号を受理し、本来上に向かうエレベーターは下に向かって移動し始めた。


「地下? しかもかなり潜っているな」

「貴方の市民ランクでは知りえないことだけど、地下に逃亡用の経路があるのよ」

「うむッ! 我ら『ジョカ』の本社ビルッ! 『崑崙山クンルンシャン』に向かう電磁シャトルだッ!」

「はぁ? 電磁シャトル!?」


 ペッパーXの言葉に驚きの声をあげるナナコ。タワー同士をつなぐ天蓋でも最速かつ高級な乗り物。地下にそう言う交通網があるとは聞いていたが、まさかそれを目にすることがあろうとは。


「発車まで時間はかかるけど、ここから『崑崙山クンルンシャン』まで約20分ほどでいけるわ」


 出発すれば20分で『ジョカ』の本社ビルに着く。それを聞いてナナコは焦りを感じる。『崑崙山クンルンシャン』に運ばれればもう手も足も出ないだろう。『KBケビISHIイシ』に連絡しても、情報を吟味するなどされて過ぎてしまう。


(やっべー……! 組織的に動いてちゃ間に合わねぇっす。となると……組織に属さず迅速に動ける奴らに連絡するしかないっすね!)


 ナナコは超能力者エスパー二人と、電磁シャトルのメンテナンスをしている『ジョカ』クローンの隙を縫い、コジローに連絡を入れる。


「貴方はここまで。ここから先は私達が『転移者トリッパー』を運ぶわ」

「ご苦労だったッ! あとは任せてくれッ! これからも共にッ! 『ジョカ』のッ! そして天蓋のッ! 平和を守ろうッ!」


 冷淡に、そして無駄に暑苦しくそう言われてナナコは頷く。これ以上深入りすれば疑われる。そうなれば最悪囚われて情報を抜かれるだろう。ここは静観が一番だ。


 上手く嗅ぎつけて止めてほしいっす。祈るような気持ちでナナコはコジロー達を待つのであった。

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