500km/h Combat!

電磁シャトル……地下……すこびる?

 ケモナーコスプレカフェ『TOMOE』は三日間の臨時休業を決定した。


『エンラエンラ』が晴れた後、残っていたのは机の下に潜っていた客とバイオノイド、そしてコジローとムサシとネネネだけだった。斬られたはずのエージェント達の姿はない。撤退のどさくさで回収されたのだろう。捕まって情報を漏らすという愚を犯さないあたりがプロである。……事件までの経緯はグダグダだったが。


 不幸中の幸いとしては、店員や客のダメージはほぼ皆無だったことだ。頭をぶつける程度の軽傷レベルで、ようやくやってきた『重装機械兵ホプリテス』も、


「たいしたことないな。終わり」

「俺達を雇っていればこんなことにはならなかったのになぁ」

「店長のバイオノイドが行方不明? ああ、盗難なら別部署なんでそっちに頼む」


 などと言い放つぐらいである。酷い言い草だが、『重装機械兵ホプリテス』ともめている余裕はない。精神的にも時間的にも。


「やられたね」


 ため息交じりの声でムサシが告げる。この騒動の結果を端的に示していた。


「『エンラエンラ』発動後に一斉に動き出し、トモエちゃんを拉致。お姉さん対策に超能力者を持ってくるあたり、本気すぎるよ。『ジョカ』そのものが動き出すとか、さすがに予想外だ」


 コジローから得た情報を共有し、現状を把握する。多数の『ジョカ』の暗部がトモエを確保しようと動いていた。他企業のエージェントも動いており、乱戦はその結果。


「全ては計画通りって所だね。まさかそれを刺激したのがお姉さんだとは。済まないねぇ。迂闊だったよ」


 ――本当は計画はほぼ破綻しておりやぶれかぶれなごり押し襲撃だったのだが、それはムサシを含めて知る者はいない。なにせ『エンラエンラ』が排煙されるまでの1分間ですべてが終わっていたのだ。手際がいいと思うのも仕方がない。


「お前のせいじゃねぇよ。俺ももう少し強引に護衛するって言えばよかったんだ」

「アタイも煙がモクモクした時に、もう少し早く動けていたら……」

「お姉さんも、つまらないこだわり捨てて代理のアーム付けてればよかったかもねぇ……」


 コジロー、ネネネ、ムサシは陰うつな表情で反省を述べる。ああすればよかったこうすればよかった。後悔するのはいつの時代でも同じだ。


 三人が会話をしているのは、休業中の店内だ。騒動の清掃はバイオノイド達が済ませてある。破損した物品は数時間すればニコサンが買い換えてくれるだろう。三日の休業の後に、店の再開はできる。


 店長役のトモエがいないことを除けば。


<反省は後回しよ! ウジウジするのはコジローちゃんらしくないわ! トモエちゃんを助けるために動かなくちゃ!>


『NNチップ』を通して三人の脳に届くニコサンの声。このビルのオーナーでもあり、出資者でもある。落ち込む三人に活を入れるように叫ぶ。


「そうは言うけどニコサン。どう動けばいいんだよ?」

<それは……>


 コジローの問いかけに言葉が詰まるニコサン。連絡を聞いたときにはすでにトモエは誘拐された後。慌てて監視カメラ閲覧権利を購入しようとしたが、それ以上のクレジットで抑え込まれたのだ


「あの『働きバチ』の言ってることが正しいなら、『ジョカ』そのものが動いている。規模も何もかもが大違いだ。監視カメラの閲覧権利も、企業運営レベルのクレジットが動いたんだろうぜ」

<言葉通り、桁違いね。せめて先手さえ取れればどうにかなったのに>


 落ち込むようなニコサンの声。先手さえ取れていればわずかな時間でも閲覧できた。多額のクレジットと強力な権利で奪い返されたかもしれない。わずかな時間の閲覧だが、ゼロではないのは大きかっただろう。


「アンタの超能力とかでどうにかならないのか? 未来が見えるんだろ?」

「うーん……さっきからずっとやってるんだけどねぇ……」


 コジローの問いかけに、肉眼である左目近くのこめかみを押さえながらムサシが答える。


「お姉さんが見えるのは自分が見るはずのモノで、トモエちゃんが今とか未来にどこにいるかとかは見えないんだよ」


 ムサシは未来を見ることができるが、あくまで自分の視点だ。自分が感じていない未来は見ることができない。意識して見える時間は数日が限界で、トモエと一緒にいるタイミングを探すのは難しい。


「うーん……病室で寝ている未来しか見えない。ボロボロだね、これ。もしかして入院してる? しかも説教されてるよ、お姉さん。うへぇ」


 どうやら未来でムサシはとんでもないことになっているらしい。しかしその時点のムサシと同期しているので、その時の情報も現在のムサシを知ることができる。


「電磁シャトル……地下……すこびる? 脳に刺激を与える超能力でも食らったのかね、これ。胡乱としてて記憶がまとまらないや」


 しかもその時点でのムサシは上手く考えがまとまらない状態のようだ。得られた情報は数個の単語しかない。


「電磁シャトル? タワー同士をつなぐアレか?」


 その単語の一つは、天蓋クローンならだれもが知っている乗物だ。市民ランク2とそれが認めた者しか入ることができない居住区域『タワー』。そのタワー同士をつなぐ磁気浮上式鉄道。西暦で言うリニアモーターカーである。


 言うまでもなく、タワーに入ることができないクローンは乗ることができない。多くのクローンは高速で天蓋を横断するシャトルを羨望の目で見ている。


「だねぇ。未来の記憶が確かなら、そこにトモエちゃんがいるってことらしい」

「未来の記憶っていうのも斬新な言葉だなぁ」

「そう言うしかないんだから仕方ないよ。お姉さんにしかわからない感覚だね、こりゃ」


 あはは、と笑うムサシ。とはいえ、問題が解決したわけではない。


「問題はどのシャトルかってことだよな。そもそも分かってもタワーに入らなければ乗れないわけだけど」


 市民ランク6のコジローやネネネは、タワーに入る資格がない。市民ランク2以上のクローンに招待されるかすれば入ることはできるが、そんなコネはない。


(若旦那に頼み込む……無理だよな、さすがに)


 唯一のコネである若旦那に頼めばタワーに入ることはできるかもしれない。だが『ジョカ』そのものへの反抗と聞けば、手のひらを返してもおかしくない。社会的地位を考えれば、企業そのものと市民ランク6一体とではどちらを取るかは明白だ。


「なあなあ、地下ってなんだ? ビルの下の階か?」


 そしてネネネはもう一つの単語に首をひねる。言葉の意味は分かるが、それだけだ。天蓋のクローンが地下と聞いて思いつくのは、ビルの地下階。そこにトンネルを掘って交通網を作るという発想自体はあるが、


「もしかして地下にトモエがいるとかか!?」

「でも電磁シャトルだぜ? そんな所をシャトルが通るか?」


 タワー同士をつなぐ電磁シャトル。それは高市民ランクの象徴でもある。きらびやかな外装に鋭いフォルム。機能美を備えた乗り物だ。それを誰も見ることのない地下に設置するなど、ありえないというのが天蓋の常識だ。


<ありえない話じゃないわ。ワタシ、そう言う計画があったのを聞いたことがある>

「ホントか、ニコサン!?」


 ニコサンの通信に顔をあげるコジロー。


<確か企業本社同士をシャトルでつなぐとか言う計画だったけど、複数の利権と思惑が絡んで頓挫したはず。企業支配地を超えた場合のクレジットの扱いと、地下は企業の支配になるのか否かとか。そう言った話ね>

「あらまあ。よくある話なのかね、こういうのは。お姉さんはこの手の話題には疎いからねぇ」

<あるいはこの情報自体がフェイク。実は誰にも知られていない秘密の連絡網を作るための情報攪乱、って話もあるわ>

「ややこしいな! アタイ混乱してきた!」


 天蓋の開発事情に頭を抱えるネネネ。口にこそしないが、ムサシも情報戦には強くない。判断できかねないと匙を投げた。天蓋に薬品調剤用の匙なんてないのだが。


「その真偽はどうでもいいさ。今は地下に電磁シャトルがあるかもってことが重要だ」

<でも具体的な場所はわからないわよ。どうするの?>

「その情報が『すこびる』なんじゃないのか?」

「うーん……そうな気がするし違う気がする……。お姉さんもよくわからない状態みたいだからなぁ」


 自分の記憶ながらよくわからないと頭を書くムサシ。ムサシの超能力を知らないと何を言っているのかさっぱりな言葉だ。


「すこびる……ビルの名前って考えるのが妥当か?」

『検索したけど、そういう名前のビルはないわよ。あだ名みたいなものかしら?』

「スコ……SUCCO? スーコビル……スコービル……スィコービル……うーん、違う気がするねぇ」


 コジロー、ニコサン、そしてムサシが頭を悩ませる。言葉を言うたびに『NNチップ』で検索するが、該当しそうな場所はない。


「アタイ気づいたんだけど、辛いのってスコヴィルっていうんだよな。それじゃないか?」

「あー。そうだな姉さん」

「トモエちゃんの場所とは関係なさそうだねぇ」


 ネネネが思いついたことを、やんわりと流すコジローとムサシ。実はペッパーXに関係している単語であり、ファインプレイではあるのだが気づく由はない。


 情報は少ない。手がかりはない。ただいたずらに時間が過ぎていく。こうしている間にも自分達の知らない所で事態が進行しているかもしれない。その焦燥が形のない圧力になっていく。もっといい方法があるんじゃないか。このやり方じゃないやり方を模索すべきでは?


 空回りする思考を自覚しながら、それでもどうしようもない。すでに詰んでいる状況なのだと皆が諦めそうになりそうになった時に、


<通信です。IDはIZ-00404775>


 ツバメが通信を告げる。IZ-00404775。ナナコだ。コジローに直接通信をかけてくるのはこれが初めてである。


「なんだよ、今忙しいんだ。後にしてくれ。あと酔っ払い姉ちゃんの報告で言いたいことが――」

<時間ないんで取り急ぎデータだけ! 猶予はあまりないっす!>

「おい。何言ってるんだ?」


 通信の意味が全然分からない。コジローに対する返信もなく、そして途切れた。


「……なんだんだよ、わけがわからねぇぜ」

<IZ-00404775よりファイル転送確認。開封しますか?>

「つまらないものだったら即破棄してやるぜ。ってこれは……」


 ナナコから脳内に送られたデータを開封するコジロー。数枚の画像データだ。電磁シャトルと暗い空間。もしかしてこれはトモエの場所と関係しているのかもしれない。ああ見えてもトモエ関係で動いている『KBケビISHIイシ』のエージェントだ。居所を掴んで教えてくれたのかもしれない。


 期待を込めて最後のファイルを開く。天蓋の街中だ。地図情報と店の名前が書かれてある。その名前は――


『エロ~スキュ~ピット♡の休憩所』


 名前。ピンク色の電光看板。誰がどう見ても100%間違いなくお店だった。

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