ホントなのにー!

 トモエが目を覚まして最初にみたのは、知らない天井だった。


 白一色で塗られた天井と、そして壁。窓は沢山あるけど全部真っ暗だ。縦長の部屋らしく、両方の壁は歩いて四歩もない広さだ。だが奥行きは広い。そんな部屋の端にあるベッドに寝かされていたようだ。


「う……どこ、ここ……?」


 トモエは気を失う前の記憶をまさぐり、そしていきなり痛みが走った胸を思い出す。今は痛みはない。反射的に痛みが走った場所に触ってみるが、傷一つない状態だ。だがあの痛みは本物で、その痛みにこらえきれずに気を失った。そして――


「またこのパターン!? もー、やだー!」


 誘拐、拉致、監禁。これで4回目である。天蓋に来たばかりにオレステに拉致されて子供を産まされそうになり、『働きバチ』に尿を観察されるために囚われそうになり、『国』では変な活動団体に捕まって愛護された。そして今回である。


「目を覚ましたようね、『転移者トリッパー』。少し強引な事になってしまってお詫びするわ。痛かったでしょうが、後遺症がない事は保証するわ」


 ベッドの上で叫ぶトモエに話しかけるのは、厚手のコートを着てマスクをして銀色のサングラスをかけたクローンだ。声の質から女性型だと分かるが、見た目からは分からない。


 Joー00101066。ボイルだ。


「……えと、お客さんですよね? いや敬語は要らないか。貴方が私をさらったの?」

「そうね。はっきり言って下の下な形だけど、そういう事になるわ。……寒い」


 警戒色を深めるトモエに、額に指をあてて沈痛な声を出すクローン。表情はわからないが、額に眉を寄せているような感じだ。寒さに身を震わせ、自分を抱くようにしながら言葉を続ける。


「寝ている間にあなたの口から小さなカプセルを飲ませたわ。それ自体は人体に影響はないし、24時間後に排泄される。

 だけど私がその気になれば、その中にある物質が華氏1664.6度916℃まで加熱される。機械化人間フルボーグでも緊急アラートを鳴らすわ」


 ボイルはカプセル内に金属を入れ、トモエに飲ませたのだ。金属情報はすでに得ている。ボイルが超能力を使えば、トモエの体内で熔解して高温の金属が体内で解放される。純粋な温度だけでも、生命活動を失うだろう。


「……っ、華氏1664.6度とかこっちもこっちで中二病ね。超能力といいトリッパーといい、そういうのが流行ってるの?」

「チュー……? 脅しに屈しないのは見事な精神力ね。だけど貴方が大人しくするなら肉体的な危害を加えるつもりはないわ」


 謎の単語を言うトモエに疑問符を浮かべるが、状況を伝えるとボイルは飲料水と栄養キューブを持ってくる。


「思いっきり痛かったんですけど。痛くて気を失ったんだけど!」

「それは謝罪するわ。予定ではもう少しスマートに事を済ませるつもりだったのに。何がどうしてこうなったのか」


 日中に乱戦を起し、その混乱に乗じて誘拐。ただの力技で漁夫の利を得たのだ。スマートとは程遠い。ムサシにもう少し近づかれていたら戦線崩壊していただろう。ボイルは知る由もないが、コジローやネネネに関しても状況がかみ合ったに過ぎない。


「栄養失調になられたら困るわ。ここから出したり外に連絡を取られるのは困るけど、できる限り貴方の安全はサポートする」

「ふん! どうせあなたも私の子宮ごにょごにょとかおしっこもにょもにょとかが目当てなんでしょ! もう少しまともな誘拐理由を持ってきてよね!」


 乙女の恥じらいでごにょごにょもにょもにょ言って誤魔化すトモエ。栄養キューブを口に含み、水で一気に流し込んだ。味は劣悪だが、とりあえず空腹は満たされる。


 そんなトモエを銀色のサングラス越しに見ながら、言葉なくボイルは緊張する。


(うっそでしょ! 体内から高温が発生するとか聞いてもなんで平気な顔してるのよ。そう言う超能力なの? もしかして高温耐性!? そんなの私の天敵じゃないのよ!?)


 ミラーサングラスとマスクで表情は見えないが、内心ボイルは渋い表情をしていた。今まで誰もが屈した脅迫方法。それにこんな言葉を返すなんて。異世界召喚プログラムを逆行して天蓋に攻めてきたと聞いているが、まさかそこまでとは。


 トモエが驚かないのは単に華氏1664.6度などという馴染みのない温度に想像が追い付かないだけで、落ち着いているのも誘拐されるのに慣れただけだ。むしろトモエからすればボイルがまだ話が通じそうなので、安心しているぐらいである。


(それに……チューニ病? 市民ランク2の権限で検索しても出てこない謎の病気。天蓋にない未知のウィルスを持っている可能性もある。

 免疫獲得されていないウィルスを散布されてしまえば、パンデミックが起きるわ。ワクチン作製も含め、警戒を高めないとね)


 そしてトモエの言動からそんなことを想像するボイル。もちろんトモエが西暦から致命的なウィルスを持ってきていることはない。一緒に過ごしてきたコジローは健康体そのものだ。つまりボイルの勘違いである。


 そんな動揺を面に出さず、ボイルは堂々と言葉をつづけた。


「誘拐の理由? よく言うわ、何も知らない顔を装って。自分が被害者みたいなことを言うのね」

「立派に被害者じゃないの! この状況を見て私の方が加害者とか誰が思うのよ!」

「異世界からこの天蓋に攻め込んだ先兵のくせに」

「はぁ!?」


 ボイルの言葉に眉を顰めるトモエ。自分が攻める? 先兵?


「天蓋元年に行われた異世界召喚プログラム。そのプログラムを逆算し、やってきたのが貴方なんでしょ」

「いやいやいやいや! 逆! むしろ私はそのプログラムで無理やりここにやってきた被害者だから!」

「お笑い種ね。あのプログラムが作動したのがいつか分かってるの? 今から287年前。人類が眠りについたのと同タイミングよ。その時はプログラムは発動せず、ただエネルギーが消費しただけ。

 そんな昔のプログラムが今さら発動するなんてありえないわ。貴方達が利用したと考えるのが妥当よ」

「ホントなのにー!」


 頭を抱えるトモエ。とはいえ逆の立場ならトモエも信じないだろう。トモエの時代からすれば280年さかのぼれば江戸時代だ。徳川吉宗が行ったことが今結果が出てきたと言われても、さすがに一笑に伏す。


「責任者出てこい! 私は本当に被害者なのよ!」

「ええ、そのつもり。貴方をジョカ様の所に連れていくわ」

「……へ?」

「異世界召喚プログラムを組み立てた。企業『ジョカ』の首魁トップ。ジョカ様が貴方を連れてくるように命令したのよ」


 企業トップ。


 天蓋が企業によって運営される世界なら、その運営の最高峰はまさに王。この天蓋でたった5人――トモエを含めれば6人だが――の肉体を持った人類。市民ランクを超越し、企業規約すら無視できる人権を持つ身分。クローンからすれば、逆らえぬ存在。


 ボイルも言いながら、畏れていた。自分達を生んだ王。自分達を育てた王。『ジョカ』を運営するシステム『太極図』を生み出した存在。『ジョカ』ならずともクローンなら誰もが怯えてひれ伏す名前。


女媧ジョカ……確か人類を作ったとかそう言う女神だよね? 伏羲フッキとか言う兄がいるんだったっけか」


 トモエは西暦時代にやっていたソーシャルゲームの知識を思い出す。結構レアリティの高いキャラで引いたことはないけど、そんな設定だった気がする。蛇っぽい外見だったけど、覚えているのはそれぐらいだ。


「……っ!」


 トモエのなんともない呟きに息をのむボイル。脅しに屈せず、そして返された言葉はとんでもない事だった。


(何ですって……フッキ様のことを知っている!? 天蓋に秘匿されている6人目の。女性ではない男性のの存在を……!

『ジョカ』の市民ランク1でも数名しか知ることができない秘密よ! 私達でさえお顔を拝見したことがないというのに。しかも兄……ジョカ様との関係性まで知っているというの!? このことが外部に漏れたら『ジョカ』そのものが揺さぶられるわ!)


 血の気が引いたのが自分でもわかる。ボイルはトモエが自分が想像する以上に危険であることを感じていた。この秘密が暴露されれば企業『ジョカ』は大混乱に陥る。フッキの存在はそれほどの秘密だ。


(いっそ今ここで口を封じる……? でもジョカ様の命令は絶対よ。生かしてジョカ様の元に連れて帰らないといけない。殺すわけにはいかないわ。

 だけど秘密がバレれば『ジョカ』のクローン全てに影響するわ……。恐るべし『転移者トリッパー』。ジョカ様が直々で命じるだけの存在ではあるという事なのね!)


 ボイルはその気になればトモエをすぐに殺せると思っていたが、実は殺せるのはあちら側だった。しかも自分だけではなく、企業『ジョカ』そのものの殺す刃を喉に突きつけているのだ。その刃を感じ取り、暑さではない汗が流れるボイル。


 繰り返すが、全部ボイルの勘違いである。しかしそれも止む無きこと。トモエにとっては常識的なことでも、天蓋からすれば異様な事。その歯車がうまくかみ合っただけだ。ボイルは天蓋の常識的に判断しているに過ぎない。


 ただそれが、ずベて裏目に出ているだけである。


 乱れそうになる呼吸を『NNチップ』に頼って整えさせるボイル。体が寒い。いつもの感覚ではない寒さがボイルの足を揺らす。倒れそうになる自分を叱咤するが、もう精神の糸が途切れる限界――


「『転移者トリッパー』は目を覚ましたのか、ボイルッ!」


 揺れる脳内に響く声。暑苦しい声に震えも怯えも消え去った。


「何してたのよ。後、声が大きすぎ」


 1秒前まで怯えて崩れ落ちそうになっていたとは思えない――顔も体も全部隠れているので、トモエからも分からないが――ボイルは、呆れるような声をあげる。


「すまないッ! 味データを何度もリピートしッ! 没頭していたッ! 許せッ!

 しかしおかげでッ! うぉれの辛味スコヴィル道はッ! 一歩進んだぞッ!」

「そう。よかったわね」


 短く返すボイル。トモエは叫ぶ男性型クローン――ペッパーXを見た。斬られた服はすでに着替えたのだろう。そして斬られたとは思えないほどの元気の良さだ。


「……えーと。その、そっちもウチに来たお客様……よね? 元気よく叫んでいた人」

「うむッ! 素晴らしき味データだッ! 味覚と触角を同時に刺激するなどッ! まさに味データの革命ッ! まさにこれはッ! 未来的発想だッ!」

「あー。そうかもねー」


 実際は過去の産物で、トモエが実際に作ったわけではない。だがそれを説明する義理はない。何せ相手は自分を誘拐したのだから。


「気をつけなさい、ペッパーX。『転移者トリッパー』は想像以上に危険な存在よ」

「分かったッ! うぉれにはバイオノイドと同レベルの肉体能力しかないように見えるがッ! ボイルがそういうのならそうなのだろうッ!」


『NNチップ』で情報を共有するボイルとペッパーX。実はペッパーXの推測の方が正しいのだが、この場にそれを指摘する者はいない。


「で、そのジョカって人にはいつ会えるのよ」


 トモエの質問に肩を震わせるボイル。声に怒りが込められているのを敏感に感じながら、しかし威厳を保つように言葉を放つ。寒い。緊張で体が震える。カチカチ震える歯を強く噛みしめて押さえた後、ゆっくりと口を開く。


「夕刻には出発するわ」

「出発?」

「ええ、『ジョカ』のビル『崑崙山クンルンシャン』。そこに通じる電磁シャトル。市民ランク2しか知らない秘密便よ」

「シャトル……これ、列車なんだ!?」


 言われてトモエは、この部屋が列車のような形なのだと気づいた。窓はついているが外は壁で何も見えない。


「初手は少し不手際だったけど、ここまでくればもう誰も追ってこれないわ」


 ボイルは静かに宣言する。このヴィークルを知っている者は少なく、調べるにしてもかなりの時間が必要だ。仮に知れたとしても途中には警護ドローンがいる。一度発進してしまえば止めるのは難しいだろう。


 仮に追いついたとしても、ここには『ジョカ』のエージェント達や二人の超能力者エスパーがいる。に考えて、トモエの奪還は不可能だ。


「これで任務達成よ」


 ボイルはそう断言する。


 その言葉さえも裏目に出るとは思いもせず――


――――――


PhotonSamurai KOZIRO


~コスプレケモナーカフェ『TOMOE』、天蓋に爆誕!~ 


THE END……?

No! It’s not over yet!


to be Continued!


World Revolution ……9.4%!

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