素晴らしい一撃ッ……だ……ッ!
ムサシがボイルに足止めされているのと同時刻。コジローもまた動けない状態だった。
「くそ、なんなんだよこいつら」
フォトンブレードを振るい、赤煙の中から迫ってくるクローン達に攻撃を仕掛ける。視認した瞬間にはすでに目の前。誰だと問う間もなくサイバーアームで殴りかかってくる。
「加減なしかよ。おい、トモエ大丈夫か!?」
触れればそこから電撃で麻痺させられるか、注射針から薬液を混入させられるか、あるいは硬度とパワーで骨を折られるか。どちらにせよ食らえばその時点で動けなくなる一撃だ。相手がそのつもりなら手加減は不要とばかりに光剣を振るう。
「だ、大丈……ひぃ! 誰!?」
「トモエ!」
怯えるトモエの声が悲鳴に変わり、そして返事がなくなる。慌ててそちらに向かおうとするが、次々せまってくるクローン達を相手しなければならず移動できない。そもそもどこにトモエがいるかもわからない状況だ。
「くそ。どこにいる……!? その辺りか!」
<警告。フォトンブレードがカシハラトモエに当たる可能性があります>
「……くっ!」
声を頼りにフォトンブレードを振るおうとするコジローだが、ツバメが警告音を出したために動きを止める。視界が明らかならたとえ乱戦でも味方に当てるようなことはないが、この状況ならありえることだ。
どうする? 焦るコジローだが、トモエを守る者はコジローだけではない。
「任せろコジロー! アタイが、来た!」
煙幕の中からネネネの声が聞こえる。臀部のワイヤー『アルシュー』を使って天井や壁を移動できるネネネ。この異常事態を見て、トモエの元に移動してきたのだ。天井近くは煙幕濃度が薄いのだろう。そこから俯瞰して、トモエの居場所に飛び込んだのだ。
「ネネネちゃん!?」
「アタイが来たからにはおわぁ!? いきなり煙から出てきたぞこいつら! 何者なんだ!?」
「私が知りたい!」
トモエも無事のようだ。安堵するコジローだが、気は抜けない。ネネネの戦法は縦横無尽に飛び回れるのが前提だ。視覚を制限されて誰かを守りながらの戦いは、相性が悪い。事実、苦戦を強いられる声が聞こえる。
「トモエ、どこかに隠れてろ!」
「無理! 目の前が真っ赤で動くのも難しいし、近くに隠れる場所もない!」
「アタイがトモエを抱えて跳ぶ……わわわわわ!? いきなり出てくるな!」
「煙が晴れるまでは無理か……!」
混乱する状況。ネネネもコジローもそのスペックを十全には活かせない状態だ。見えない場所で小さな爆発音も聞こえる。何がどうなっているのか全く分からない。そもそも襲ってくる相手の素性も理由もわからないのだ。
「まあそれはこいつらも同じか? 攻め方に統制がねぇ。スモーク内で動ける装備をしているわけでもないしな」
切り伏せた相手を見るコジロー。『エンラエンラ』は赤外線及び電波阻害のチャフを含んでいる。視覚系をおおよそ封じる煙幕とはいえ、その使用を前提としているなら煙幕内で動ける装備をしてもおかしくない。
だが、その様子はない。ただトモエのいるだろう場所に向かって突撃してくるだけだ。銃を撃つ気配がない事から、相手もトモエを傷つけようとしているわけではないのはわかる。或いは味方同士に当たらないようにしているのか。
「排煙装置が稼働しているからしばらくすれば煙は晴れる。それまで頼むぜネネ姉さん!」
「アタイに任せろ!」
「うううう。天蓋って物騒すぎる! ただのコスプレカフェにテロ襲撃とかどんだけよ! 中二病の妄想か!」
「よくわからんが、病気なら無理するなよ」
「病気じゃないし、私はそんな妄想しないもん!」
勘違いも甚だしいコジローの心配に応えるトモエ。知識はインストールされて学校すらないクローンに、学校の概念はない。中二病など想像もできない概念だろう。
「でも、何とかなりそう……。少しずつ薄くなってきてるし」
少しずつ薄くなっていく赤煙。その光景にトモエは安堵する。もっとも今日は臨時閉店だ。掃除とか大変そうだなぁ。そんなことを考える余裕も生まれてくる。
「そこだッ! そこにッ! 『
そんなトモエの耳に聞こえる大声。赤いスクリーンの中から一人の男性型クローンが姿を現す。トモエはそのクローンに覚えがあった。大声で叫ぶ珍客、という認識でだが。銃を撃ったり暴れたりしないので、それ以外の印象はない。
「と、とりっぱー?」
「うむッ! 天蓋への侵略者ッ! 未知なるドラゴンを持つ者ッ! すなわちッ! 貴様の事だッ!」
そのクローン――ペッパーXは明確にトモエを指さして叫ぶ。え? 何言ってるのこの人? もしかして中二病? 天蓋にも中二病がいるの? さっきの会話も含め、そんなことを思うトモエ。
「よくわからないけど、トモエを狙うって言うんならアタイが相手だ!」
「いいだろうッ! このペッパーXッ! 逃げも隠れもしないッ!」
立ちはだかるネネネに向かい、まっすぐ歩くペッパーX。わずか一歩でネネネの腕から生えた炭素刃の範囲内。対してペッパーXは銃器どころか武器すら持っていない。服も普通の服だ。その下に何かしら防御力の高い服を着こんでいるようにも見えない。
「うりゃあ!」
踏み込んだペッパーXに容赦なく斬りかかるネネネ。本来のネネネは高速移動時の移動エネルギーを斬撃に乗せて斬る。そういう意味では本来のネネネの一撃には程遠い。しかしそれでもその動きは速く、そして鋭い一撃だ。肉弾戦の素人が簡単に避けられるものではない。
「うわあああああああああああああッ!」
その一閃を避け切れず、体で受けてペッパーXは崩れ落ちた。斬られた胸元を押さえ込み、悲鳴を上げて地面に伏す。
「見事ッ! 素晴らしい一撃ッ……だ……ッ!」
「……え? マジ? あれだけ強キャラ感出しておいて一撃でやられるの。ええええ……?」
あまりのあっけなさにそんなことを言うトモエ。むしろ同情すらしてきた。ビクビク動いているから死んではいないだろうけど、簡単に立ち上がれる傷にも思えない。ネネネの攻撃を避けることができず、そのままやられたのだ。
「アタイの勝ちだ!」
「ぐ……このうぉれを一撃で倒すとはッ! きっと名のある師に教えを受けたに違いないッ!」
「アタイは天才だからな! 勉強もじっちゃんとコジローに魔法の手ほどきを受けただけだ!」
「コジローのは魔法じゃない……かな?」
コジローがネネネに剣術を教えていたのを見ていたトモエが、小さくツッコミを入れる。ネネネの成長は護衛してもらう際に見ていた。小さい体のネネネだが、少しサイバー改造しただけのチンピラなど手も足も出ない。
「しかぁしッ! 敗北はッ、敗北はできぬッ! 『ジョカ』のためッ、そして天蓋の為にッ! うぉれはッ、負けられぬのだッ!」
決意を込めて立ち上がろうとするペッパーX。しかし傷は浅くはない。体内に治療用のサイバー機器を仕込んでいるのか致命傷は避けたようだが、声と体の震えからも察せるほどに重傷だ。
「ちょっと、起きたら死んじゃうよ! 寝てないと――」
「まだやるっていうのなら、次は容赦しな――」
心配するトモエと、炭素刃を構えるネネネ。その言葉は――
「うぉれの痛みッ! うぉれの苦しみッッ! うぉれの慟哭ッッッ! 全てをッ! 味わうがいいッ!」
【
「ひぃ、あ……はっ!?」
「なんだこれ、斬られてないのに痛い……! 痛覚遮断してるのに……!」
ペッパーXが叫ぶと同時に途切れた。二人は胸を押さえ込み、ペッパーXと同じように崩れ落ちる。ペッパーXが斬られた傷の感覚を、感覚共有でトモエとネネネに与えたのだ。灼熱を思わせる鋭い痛みが脳に直接響く。
「当然ッ! 『NNチップ』による痛覚遮断は神経シナプスの遮断ッ! しかしうぉれの超能力は脳に直接作用するッ! 人体の構造が同じなら、『
痛みに耐えながら立ち上がるペッパーX。体内の治癒ユニットが傷を癒していくが、それでも十分とは言えないだろう。いまなお痛みが継続している。そしてその痛みをトモエとネネネは受け続けているのだ。
「トモエ! ネネ姉さん!」
煙の向こう側から聞こえてきた悲鳴。叫ぶコジローだが、迫ってくるクローン達の対応で動けない。状況が分からないこともあり焦って向かおうとするが、その瞬間を狙ったかのように襲い掛かられる。
「だからなんなんだよお前達は!」
「…………」
叫ぶコジローに答えはない。彼らは秘密裏に動く企業戦士。余計な情報を与えるようなことはしない。言葉なく任務を遂行するだけだ。自分の命を企業のリソースと割り切り、感情なくコジローを攻め立てる。
(対象、Ne-00339546。二天のムサシと共にいた情報あり。同時に『
(フォトンブレード……二天のムサシと同じ武装。あの
(サイバー改造暦なし。そんなクローンがいるはずがない。記録偽造能力に長けたハッカー技術を持っている可能性がある。『
もっとも、エージェント達もコジローの情報を正しく掴めているわけではない。記録だけを見ればコジローは市民ランク6の最底辺クローン。サイバー改造もせず、クレジットも電子酒に使うだけの存在だ。
そんな存在が天蓋を揺るがす『
「トモエ! ネネ姉さん!」
『エンラエンラ』が晴れる。赤い煙が晴れ、そこに見える光景は、倒れているネネネと少し離れたところにある血の跡。そして――
<カシハラトモエ、ロスト。電波情報も掴めません>
冷静に告げるツバメの報告。
そこにいるはずのトモエの姿はどこにも見えず、同期しているスマホの電波も届かなかった。
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