超能力ぅ?
『エンラエンラ』
『イザナミ』産のスモーク弾だ。赤煙は赤外線を遮り、それらを利用したサイバー機器を使えなくする。同時に細かなアルミ箔を散布させ、電波誘導を阻害する。そして煙自体が視覚を遮るため、対策を講じなければ行動が遅れることになる。
一瞬で店内に広がった赤煙。『TOMOE』内にいたクローンやバイオノイド達の反応は大きく三つに分かれた。
「きゃああああああ!」
「なんだなんだ!?」
「たーすけてー!」
一つ目の反応。とっさに伏せるかテーブルの下に潜って避難する一般客。
ケンカや暴動などが日常茶飯事。治安維持組織もお金がない所は見回らない天蓋において、危機管理は基本。むしろそれを怠る者は淘汰される世界だ。突然の事にとっさに身を伏せることなど、自然にできる行動と言えよう。
視覚は悪いが、それ以外は何もない。煙も毒性はない。ならば煙が晴れるまで待とう。店内の9割近くの客と、店員のバイオノイド達はそう判断する。火災時に動く排煙装置も作動している。しばらくすれば元通り――と楽観視はしない。銃声と騒動音が聞こえてくるからだ。
二つ目の反応。混乱に乗じて企業の目的を果たそうとするエージェント。
互いが互いを監視し合っていたエージェントたち。その緊張が爆発した今、静観する意味はない。誰かが動いたのなら、こちらも動く。先手を取られたが、巻き返しは可能だ。
この反応は、大きく二つに分かれる。トモエを拉致しようとする『ジョカ』と、それを止めようとするほか4企業の暗部。『エンラエンラ』により視界は2mもない状態だが、胃に穴が開くほど注視していた者同士だ。それまでのおおよその位置は理解している。
「今のうちに確保……なに!?」
「そこだ……! いない……何処に行った!」
「このスモークでは外からの狙撃も無理か!」
とはいえ彼らも十全にスペックを行使できているわけではない。『エンラエンラ』による混乱と視界封鎖もあるが、何よりの問題は『どこにいるか分からない』『何をするか分からない』『どんな規模の災害が起きるか分からない』
赤い煙幕の中、『NNチップ』での通信以外に連絡手段がない状態でも確実に動いている存在がいる。そしてそれは、自分達の知らない方法で確実に一歩先を進んでいる。
それが三つ目の反応。すなわち――超常なる者達。
(2歩半進んで横に払い、1歩下がって右斜め23度に蹴り)
ムサシは赤い煙幕の中、未来の自分と同期しながら暴れるエージェント達を切り進んでいた。『見えた』時点でそこにいるのは間違いない。赤いスクリーンの中においてもそれは変わらない。ならばそのままに進むまでだ。
(面倒だねぇ。少しずつ煙幕は晴れてくるけど、見える範囲は限られる。トモエちゃんの姿もまだ見えないよ)
数秒後の未来を見ることができるムサシでも、その時点で煙幕が晴れていないならその時点での視界しかない。一分先には晴れているが、その時点で店内にトモエの姿は見えない。安全な場所に逃げたか、或いは――
(もう。こういう時この能力は面倒だ! 大事な人の死なんか見た日には泣きそうになるもんね!)
ムサシの未来は、見た瞬間に確定する。自分の不幸も、大事な人の不幸も、見た時点で避けることはできない。ただその未来が来るまで待つしかない。訪れる悲劇をただ待つだけの生き方だった。
(ま、未来は変えられるっぽいしね。トモエちゃんに関しては特に!)
だけど、そうじゃない。未来は変えられると教えてくれた。悲劇は避けられると示してくれた。自分を縛っていた超能力という鎖から解放してくれた。そのお礼は一生かけても返せそうにない。
「さあて! 斬られたくない奴は大人しく寝てな! 踏んだら謝るけど、立ってる奴らは全部斬っちゃうよ! おいたする子はお姉さんが折檻だ!」
叫ぶムサシ。この状況で立って動くやつは全部敵だ。そう宣言してトモエのいる方に足を進める。店の構造はおおよそ理解している。未来を見ながら進んでもぶつからずに進めるだろ――
――ボイルがマスクを外し、煙幕を吸った。口腔内で煙幕にあるチャフが融解し、舌からその情報を解析・理解する。舌で唇を舐めながらマスクをつけた時には、すでに超能力は発動していた。
【
「は?」
1秒後の未来に見えたのは目の前がいきなり爆発し、熱風を放つ未来。それを知り、とっさに伏せるムサシ。気配も銃声も投擲されたモノもない。文字通り、目の前が予兆なく爆発したのだ。
「うそうそうそうそ! なんなのさこれ!?」
伏せて地面を転がりながら、次々に移る未来の光景に困惑するムサシ。目の前で起きる小さな爆発。どう避けてもその未来からは避けられない。むしろ未来を見なければ高熱で焼かれて終わっているだろう。
明らかに自分を狙った攻撃だ。だけどその正体と手段、そして仕掛けてくる相手の位置も分からない。
「そこにいるのね。後は私一人でやる。貴方は『
「分かったッ! 足止めを頼むッ! あいつはうぉれの超能力ではッ! 止められないようだッ!」
聞こえてくるのはそんな会話。赤い煙の中で姿は見えないが、向こうはムサシを捕捉しているようだ。炎の乱舞は止まらない。足を止めれば確実に巻き込まれるだろう。煙幕そのものが爆発しているとしか言えない攻撃だ。
「超能力ぅ? なんだよ、それは。そんなモンがこんなところにいるとか、お姉さんびっくりだ!」
自分の事を棚に上げて叫ぶムサシ。だがこの現象は明らかに異常だ。自分を襲うように煙幕が爆発している。ついでに言えば、この煙幕の中でおおよその位置を把握されている。未来が見えなかったら察知すらできずに爆発する空気で倒れていただろう。
(超能力とか何叫んでるのよあの馬鹿! ……凍える……)
空気の爆発を起こしているのは、ボイルだ。『エンラエンラ』内に含まれる金属片に高熱を加えて爆破させ、ムサシの足止めをしていた。ムサシの位置はペッパーXの超能力により把握できる。そこを中心に周囲を巻き込まない程度に金属片の温度を上げ、爆発させているのだ。
(……でもペッパーXの攪乱が効かないという事は、それ以上の
対象の五感と同期することができる
それによりムサシの現在見ている視界をジャックし、そこから現在位置を把握しているのだ。同時にその視覚情報をボイルに伝達している。ボイルは『ムサシの目の前の光景』を見て、そこにある煙幕にある金属片を爆破しているのだ。
そして共有というのはただ同期するだけではない。むしろ支配と言ってもいい。相手の感覚を一方的に得ることもできるし、自分の感覚を一方的に相手に押し付けることができるのだ。つまりペッパーXが目を閉じた感覚を伝えることで、相手の視界を封じることができるのである。
先ほどそれを行ったのだが――未来を見て動くムサシには効果は薄い。ムサシも現在の視覚が閉ざされている感覚はあったが、爆発を避け続けるために未来を見る方に意識を向けているので、追及する余裕はなかった。
そのため作戦変更。ペッパーXはムサシの視覚を把握し、それをボイルに伝えながらトモエの方に向かう。ボイルはムサシの目の前を爆破させ、ムサシの足止めをする。ムサシから見えない位置から煙内のアルミ箔を爆破し、その動きを封じていた。小さな欠片だが、アルミの沸点2470℃まで加熱されたのだ。その熱波だけでクローン一体倒して余りある『火力』になる。
「たいしたもんだよ超能力。奇麗な花火が上がってるね! でも赤い空気に派手な爆発は風情がないや。ハデハデすぎて、胃もたれしちゃうよ!」
(ひぃ……! なんで避けれるのよ!? 真正面で起きる爆発を避けるとか、ありえない! どんな感覚……いいえ、超能力なの!? 身体強化系? 反射神経増幅系? わけがわからない!)
一秒たりとも攻撃を止めていないのに、当たる様子はない。むしろそんなことを言う余裕すらある。そんなムサシの声を聴きながら、ボイルは焦っていた。
ボイルの超能力は金属の温度操作。今爆発させている金属は『エンラエンラ』内のチャフを加熱して爆発させているだけだ。高熱と爆風こそあるが金属片自体は小さく、破片を飛ばすわけではない。純粋な熱エネルギーだけの――それでもかなりの殺傷力だが――攻撃だ。
それは無限ではない。現在進行形で排煙されていることもあり、十秒もすれば『弾切れ』だ。
(このままだと押し切られる! 情報不足で戦うなんてやりたくなかったのに!)
奥歯を噛み、拳を握るボイル。ボイルが温度操作できる金属は一種類だけ。自分の舌で触れた金属だけだ。触れるごとに更新はできるが、その際前の情報は消えてしまう。ムサシのサイバーアームに干渉したいのなら、その合金情報を前もって知っておかなくてはいけない。
(フォトンブレードを仕込んだ特注品とかやめてよね! 『イザナミ』最高品のヒイロカネ合金? ムラマサ製のヤツ? そもそも『イザナミ』の合金技術は馬鹿みたいにこだわってるんだから! それのオーダーメイト品とか半日で調べれないわよ!)
金庫や建物で使っている金属を調べ、それを高熱を加える。それがボイルの戦法だ。情報を入念に調べて初めて役に立つ。まさか戦闘中に相手のサイバーアームにキスするわけにはいかない。この状況だと、近づかれたらボイルの負けだ。
(広範囲のチャフを爆破する? ダメダメダメ。そんなことしたら『
そして全力を出すこともできない。数々の事件を生き延びたトモエの能力が分からないからだ。トモエは『NNチップ』すらない状況で多くの事件を潜り抜けた相手なのだ。最低でも『イザナミ』の
「ああ、もう。爆発がウザったいね。しかもまだ立って動くヤツもいる。片手じゃちょいと処理しきれないよ。これが本当の手が足りないってか。うーん、笑えないねぇ!」
避け続けているとはいえ、ムサシも余裕のない状態だ。常時爆発の予知を見なければならないし、その上で立っているエージェントを攻撃する。片腕だけの状態では処理が追い付かない。
一進一退。ムサシとボイルは互いの能力を見切れぬ状態で硬直していた。一方的に攻撃を仕掛けているボイルだが、総合的に見れば押すことでしのいでいるに過ぎない。爆発する金属片の濃度は減り、煙幕の濃度は少しずつ薄まっていく。
(勝つ必要はない。二天のムサシを足止めさえすればいい。感覚神経がある以上、ペッパーXの超能力で『
それを信じてボイルは戦意を保つ。同じ『ジョカ』の
(……馬鹿な事をやらなければ、だけど!)
信頼はできるが、彼は馬鹿だ。ボイルはペッパーXのいつもの言動を思い出しながら、折れそうになる心をどうにか保っていた。
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