あ、これまずい
(今日もケモナーコスプレカフェ『TOMOE』は満員状態。大変だYO! ひーん! 体が三つぐらい欲しい!)
などとトモエが心の中で現実逃避しながらハイテンションになっている中、店内の一部は胃に穴が開くようなストレスを感じていた。――本当に胃に穴が開いても2時間の手術、もしくは人工臓器への交換で問題はなくなるのだが。
『ジョカ』が異世界転生したトモエを拉致しようと、エージェントを送り込んだ。
情報を秘匿するつもりがないのか、店内店外に『ジョカ』から贈られた構成員がトモエの周りを監視していた。他企業の支配エリアに送るにはあまりにも多く、そしてその動き自体が他企業を刺激する。
こうして『TOMOE』を中心に5大企業の暗部がひしめき合う状態となった。『ジョカ』の構成員が4割。支配エリアの意地なのか『ネメシス』が2割。残りが『ペレ』『イザナミ』『カーリー』が均等にと言った感じだ。一般来客の数の多さもあって目立つことはないが、それでも一つの店にこれだけの秘密部署がそろうのは異例と言えよう。
とはいえこれは『働きバチ』の言うように、『ジョカ』の過剰な行動に反応したに過ぎない。トモエの価値は現状様子見が多い。確保できるならそれに越したことはないが、危険を冒すほどでもない。――などと思っていたら『ジョカ』が予想外の戦力を動かし、それに他企業が呼応したに過ぎない。
「いらっしゃいませー」
トモエが来客に対応するたびに、店内店外のエージェントたちは緊張する。今接しているクローンが何者なのか。もしかしたら自分達の知らない他企業の刺客ではないのか? 他企業の思惑が読めない以上、迂闊に動くこともできない。
(……って流れまでは予想できたんすけどねぇ……)
顔と胸の大きさを変えてIDまで変えたナナコが『マシュマロチョコフォンデュ』を展開しながら店内で陰うつな表情を浮かべた。味データはいい。むしろお気に入りだ。使用権ダウンロードしてもいいぐらいである。そうすると店に来る理由がなくなるから困るけど。
ナナコは『
しかもトモエとは知らない仲ではない。その気になれば口八丁手八丁で秘密の地下室に拉致……安全な場所に確保することもできる。それをやらないのは今回の目的はあくまで『ジョカ』の動きを探ることが第一義にあるに過ぎない。下手に状況を引っ掻き回すのは上司及び企業の意に反する。だというのに……。
(何やってるんすか、『
ナナコの視線の先には、ミニスカ和服を着た片腕のムサシがいた。店員というよりは用心棒的な役割らしく、暴れる客を即座に抑え込んでいる。
超能力はサイバー機器に頼ることなく現在の天蓋技術以上の事ができるとされ、その理論はいまだに未解明。高次元に干渉できる。原子レベルの操作ができる。眉唾もいい所だ。証明できないが、存在している現象。歩く天災とまで言われている。
「こら、服に触るな」
ミニスカに触ろうとした手をはたいて落とすムサシ。気軽に言っているが、数秒後の自分と同期し、同時にその未来に繋がらない並行世界への経路全てを、六次元の角度から絶つ。時間の流れに干渉し複数の選択肢の破壊。それだけの事が行われているのだ。
もっとも店内店外を含めて、それを理解している者はほぼいない。ムサシ自身も時間の流れというモノを俯瞰してみているわけではない。ムサシの超能力自体は情報自体は市民ランク1でも簡単に知ることができず、まさに各企業の
(二天のムサシ。噂は本当だったのか)
(『イザナミ』の超能力者。それを店に常駐させるほどの事案なのか)
(『
ムサシが
(問題は、二天のムサシがどんな超能力かという事だ。
(超能力の範囲は? 効果は? もしかしたらすでに影響下に入っているのか?)
(『イザナミ』のエージェントを捕まえて探るか? いや、そう思わせること自体が罠か……?)
むしろ超能力の内容が広まっていないからこそ、疑心暗鬼は広まる。正体不明の法則。理解できない現象。しかし確実に存在し、確実に天蓋に影響する現象。それを使う者がいるというだけで、大きく動揺する。
(あのトンチキ酔っ払い色ボケ女の超能力とか知ってたら、捕まった時に面倒なことになってたっすね。くわばらくわばら)
そんな針のムシロの中、ナナコはポジティブに思考を向けた。非合法に目をつぶれば、クローンの脳内情報など直接抜くことができる。企業の秘密が抜かれたとあらば、命はない。いや、殺してくれるなら御の字だ。死すら許されない刑もある。
(これで『ジョカ』が引いてくれれば御の字っすね。少なくとも、チンピラ雇っての嫌がらせはもう意味がないっすから)
ポジティブついでにそんなことを思うナナコ。実際、ムサシが用心棒を始めてから目に見えて騒動は減った。暴れる輩がいてもすぐに取り押さえ、被害らしい被害は皆無になったのだ。今暴れているのは、本当にただの馬鹿でしかない。
「いらっしゃいませー。お二人様ですか?」
暴れる客は減ったが、ムサシという
そこに、更なる起爆剤が訪れた。
「ええ。……寒い」
「今日はッ! このッ! 『タンタンメン』というのをッ! 頂こうッ!」
2名の来客に、エージェントたちは凍り付いた。ある者は表情を固まらせ、ある者は胃痛に屈するように胸を押さえ、ある者は声をあげそうになってかろうじて押さえ込む。そして『NNチップ』を通して、一斉に仲間に報告をしていた。
<『ジョカ』の
<『ペッパーX』と『ボイル』だ……! ああ、2人だ! 『ジョカ』の
<
<Help me! Help me! Help me! Help me! Help me! Help me! Help me!>
悲鳴に近い報告。あらゆる金属を蒸発させると噂されるボイルにはサイバー機器は意味をなさない。重厚な金庫に穴が開き、パワードスーツは暴発し、戦闘車両は跡形もなく消えてしまう。ペッパーXに関してはその超能力の鱗片すら分からないが、姿すら見せずに十数名の護衛と一緒に要人を廃人にしたと言われている。
「はい。こちらにどうぞ」
そしてそれに対応しているのは、よりによってトモエだ。トモエは2名の
「そちらにハンガーがありますので、コートを脱ぐ際はおかけください」
「問題ないわ。ありがとう」
断熱コートを着たボイルに声をかけるトモエ。それを手を振って断るボイル。
そんな小さなやり取りさえも見逃すわけにはいかない。一秒後には空間ごといなくなっている可能性もあるのだ。磁気嵐発生による大区画破壊事件、空間圧縮によるレアメタル強盗事件、認識阻害で盗難を常識に書き換えた集団扇動。超能力を悪意の元に使われれば、感知する事すら難しいのだ。その声が、その手の動きが、ボイルが使う超能力の動作かもしれない。
「おおおおおおッ! 辛味がッ! 絡みつくッ! 細い食材にッ! 辛く熱き液体がまとわりつきッ! 喉を通過するッ! まさに辛味と熱みの二重螺旋ッ! うぉれは今ッ! DNA構造のごとき美しき螺旋を感じているッ!」
そしてペッパーXの叫び声も同様だ。何も知らなければただの珍客だが、それ自体が超能力なのかもしれない。熱い。液体。二重螺旋。DNA。そのセリフ自体はもしかしたら超能力のヒントかも知れない。
(子宮処置をされていない目標に対し、DNA……だと!?)
(無関係と切って捨てるのは難しい。遺伝と子宮の関係性は市民ランク2の情報だぞ。普通のクローンはDNAなど自己細胞移植以外の意味などないのに!)
(絡みつく……物理的な拘束? 精神的に干渉した洗脳的な絡み? あるいはこの店のネットワークを絡みとって占拠したという意味か? ネットワークに関係する超能力など聞いたことがないぞ!?)
傍目に見れば、そして真実を知れば笑い事だが、当事者たちからすれば任務とそして自分の命がかかっていることだ。実在する脅威であり、そして正体不明の超能力。それが視認できる距離にいるのだ。それが3名も。
そしてそれは『ジョカ』のエージェントも同じだった。
(動いたか、
(作戦変更。店外にいるクローン達を配置につかせろ。作戦決行の合図を待て)
(絡み。かつては性行為の暗喩と言われていた言葉。DNA。子宮未処置の『
導入された戦力の言動。そこから作戦の意図を察する。正確には、察したと判断しているだけで大いに誤解している。
当然だが『ジョカ』にも
(そういう事でいいんだな。……なに? 当人達からはそんな報告は来ていない? だがしかし――)
(早く確認してくれ。こちらはいつでも動ける)
『NNチップ』を通して交わされる超能力者管理部署への連絡。過度な緊張状態と圧倒的な暴力を持つ存在を前にしての焦燥は、想像以上に精神を疲弊させる。確認待ちの一秒一秒が長く感じる。待つ間に事態は悪化しているのではと冷静さを失う。
避けれえぬ危機を目の前にすれば、誰もが正常を保つことができなくなる。世界規模の感染症を前に培ってきた医学を否定し、イジメは良くないと知りながら止めることはできず、テストの前に掃除をするのだ。
(どういうこと? 作戦は『静観』よ。まだ動かないで)
現場にいるボイルに通達が届き、サポートチームに連絡を伝える。それが伝われば緊張は解けるだろう。風船の空気は少ししぼみ、過剰な戦力投入の反省として作戦の練り直しが為される――はずだった。
「結構並んだな。いつもこんな感じなのか、トモエ」
「いらっしゃいま……って。コジロー!? ちょ、待って待って待ってー! 心の準備がまだできてないの!」
『働きバチ』の話を聞いて、仕事を休んで様子を見に来たコジロー。その来客に驚くトモエ。エージェントが見張る対象が悲鳴を上げたことで、膨れ上がった緊張が爆発する。新たな刺客が襲い掛かったのか? 暴走した他企業が何かしたのか? もしかしたら超能力の影響か? 少なくとも
「お、その服。結構――」
コジローの口からトモエの服の感想が語られるより早く、
「あ、これまずい」
ムサシが小さく呟き、
ボシュュュュュュュュュュュュュュ……!
激しい爆発音と共に、店内に赤い煙が広まった。
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