……寒い

 コジローが『働きバチ』と密談をしているのと同時期、ケモナーコスプレカフェ『TOMOE』の近くを二人のクローンが歩いていた。


「見事ッ! 見事な味データッ! 味覚と同時に触覚まで刺激するッ! このアイデアはまさに見事ッ! しかぁし! このJoー00318011! 負けてはいない、負けてはいないぞッ!」


『TOMOE』のあるビルを指さし、叫ぶ男性型クローン。長い時間列を並び、味データを購入し、その素晴らしさに思わず落涙した客である。あまりの大声に興奮して暴れだすかと思ったが、ムサシが『あ、違う』と言ってターンしたという。


「口の中に広がる猛烈な辛さッ! 熱い液体が広がるような触感ッ! そのハーモニーはまさに二重の熱気ッッ! 辛味がッ! 熱い汁がッ! 同時に脳を刺激するッ! おお、まさに炎の地獄ッ! 赤き幻影がッ! 絡みつく火の縄がッ! うぉれおれの体を支配するッッッ!」


 時刻は夜。天蓋のモニターは暗く、街を出歩くクローンの数も昼間よりは少ない。しかしそれなりに数はいるわけで、道行く人は叫ぶJoー00318011を怪訝な目で見ていた。


「今はこの感動を受け取ろうッ! この味データは革命的だッ! だがしかぁしッ! いつかはこの味データを超えて見せるッ! そうッ! この『ペッパーX』こそがッ! 最強のッ! 最高のッ! 最辛さいしんのッッ! スコヴィルマスターなのだからッ!」


 ペッパーX。


 2020年代にギネスブックに載っている最も辛い唐辛子『キャロライナ・リーパー』を品種改良してさらに辛くした唐辛子の名前だ。辛さを示すスコヴィル値は318万。辛さの代名詞ともいえるハバネロが30万であることを考えると、その十倍辛い。


「先ずは何度も味データを何度も展開ッ! 幻覚を感じるまでッ! 夢に出るまでッ! 何度もッ、何度もッッ、何度もッッッ! 繰り返すッ!

 辛味が展開されるタイミングッ! 熱い液体がはじけるタイミングッ! そのスコヴィル値ッ! その汁の温度ッ! その全てをッ! うぉれは我が身をもって解析するッ!」


 Joー0031803,18011。Kはアルファベットの11番目の文字。そして1000を表す単位。すなわち。3180000。


 この男性型クローンは『ジョカ』でも有名な味データ制作者だ。曰く『熱すぎる男』『普通にデータ解凍すると脳の血管が切れる』『辛さを極める熱血漢バカ』そして『スコヴィルマスター』。


「そしてそれ以上のスコヴィル値をもってッ この感動を上回る味データをッ! 作るのだッ!」


 辛味スコヴィル道なるものを追求し、ただ一心不乱に辛さだけを追求する……そんな悪名高い男性型クローンである。


「待っていろッ! その時こそがッッ! その時こそがッッッ! うぉれの辛味スコヴィル道の勝利のときッ! そう、全ての味データはッ! スコヴィルになるのだッッッ!」


 なお天蓋の味データは直接脳に『辛い』という感覚を想起させるものであり、スコヴィル値の元であるカプサイシンは一切関与していない。なので正確に言えばスコヴィル値は関係ないのだが……それを言って聞くキャラではない。


「……寒い」


 暑苦しく叫ぶペッパーXの隣を歩くクローンは静かにそう呟いた。白い断熱素材で作られえた全身を覆うフード付きコート。顔も断熱素材のマスクを着けて銀色のミラーサングラスで顔を隠している。見た目からは男性か女性かさえもわからないが、ID登録された性別は女性型だ。


 Joー00101066。全身を断熱素材で包み込み、寒そうに自分を抱いている。ガクガクと体を震わせ、全身で寒さを表現していた。現在の天蓋温度は23℃。クローンが不快に感じる温度ではない。


「そうかッ! なら俺の味データを食らうがいいッ! 最強ッ! 最高ッッ! そして最辛サイシンッッッ! 展開しただけで寒さが吹き飛ぶ、味ッ! デーッ! タァッ! だッッッッ!」

「……ん」


 ペッパーXから贈られた味データを展開するJoー00101066。その瞬間体が震える。ただ辛さだけを求めた味データ。血管が拡張され、脳が辛味に支配される。常人なら吐くほどのめまいがして、下手をすればそのまま倒れるほどのスコヴィル値。


「……寒っ。でも少しマシになった。ありがと」


 だがJoー00101066はその刺激を受けてもなお、小さく体を震わせるだけだ。寒さを表すように体を震わせ、顔を俯かせる。ガクガク体を震わせながら、感謝の言葉を述べた。


「感謝の言葉承ったッ! 言葉少なくともそこに含まれる気持ちは感じれるッ! お客様がッ! 辛さを求めるお客様がッ! そこにいる限りッ! 我が辛味は留まることを知らないッ!

 99の否定の言葉あれど、1の感謝がある限りッッ! うぉれの辛味スコヴィル道はッッ! 止まらないッッッ!」


 辛さを求める熱き味データ制作者。病気を疑うほどの寒がり。


 そんな二人が『ジョカ』から派遣された超能力者エスパーだと誰が知ろう。その気になればこの区域全てを消滅できる念動力PK使いと、広範囲のクローンとバイオノイドを死に至らしめることができる超感覚ESPだと誰が思おうか。


「目標は確認したわ。先ずは『二天のムサシ』。報告書によると開店前のこのビルで『デウスエクスマキナ』との交戦記録がある。その後でこの爆発的な味データの店ができた。

 冷静に考えれば、あの店と味データは『二天のムサシ』の超能力が関与しているとみて間違いない……寒い」


 Joー00101066は周囲を気にしながら『NNチップ』による通信を行う。相方であるペッパーXに飲み聞こえる個人回線。それを使って声を出さずに意図を告げる。……もっとも、その内容は見当違いだが。


「何たることッ! この感動はッ! この味データはッ! 超能力により生み出されたという事なのかッ! 何たる卑劣ッ、何たる愚行ッ! 味データに対する冒涜だッ! うぉれはッ! けして許さないっ!」

「声を出さない。……冷える」


 だがペッパーXは口を開いて叫ぶ。当然周りの人の目もこちらを向くが『超能力で味データを作るとか何言ってんだコイツ』という目で見られてしまう。電子酒で酔った戯言と受け流されたようだ。


「済まないッ! 『金属沸騰ボイル』ッ!」


 ようやく個人回線で話をするペッパーX。


 金属沸騰。宇宙で世で最も沸点が高い金属、レニウム。その温度は5597℃。それを華氏に直した数字が10106.6℉。すなわち、全ての金属を溶かし、沸騰させる温度。


 その二つ名の通り、Joー0010106610106.6℉は温度を操る念動力PK使いだ。分子を振動させ、激しく加熱する着火能力者ファイヤースターター。『ジョカ』のドラゴン、シンの因子を強く発現させたクローンの一人。


「…………寒い」


 しかし自分の体温を上げることができないのか、全身断熱装備に身を包んで寒さに震えている。ペッパーXの味データで辛味を感じた時だけ、僅かに楽になる。


「しかぁしッ! この芸術的ともいえる味データがッ! 革命的ともいえる味データがッッ! 超能力の産物などと言われて黙ってなどられないのだッッッ! このうぉれの辛味スコヴィル魂がッ! 許しておけぬと熱く叫ぶのだッ!」

「そう。お疲れ様。魂まで辛いのね、あなた。寒くて羨ましいわ」

「無論ッッ! 体はカプサイシンで出来ているッ! うぉれの血の赤さもッ! うぉれの体温もッ! 全てはスコヴィルの賜物ッ! すなわちッ! 全ては辛味なのだァ!」


 熱く猛るペッパーXに対し、冷たく返すボイル。話が進まないので、ボイルは体を震わせながら『NNチップ』での会話を続ける。


「二天のムサシの超能力まではわからない。超能力を使ったと思われる被害報告がない」


 二人はムサシの未来予知の事を知らない。しかし『ジョカ』の諜報員から『イザナミ』の超能力者エスパーであることは確定している。


「逆に言えば、痕跡を残さない超能力という事になるわ。おそらくは超感覚ESP。あの店の味データと関係していると考えるとしても、情報が少なすぎるのよ。……うううう、冷える。」

「革命的な味データッ……超感覚ESPッ……そうかッ! ヤツはッ! 革命された後の未来を見ることができるのだッ! つぅまり未来視ッ! それを使ってッ! 遠い未来から味データをパクっているのだッ!」

「そんなわけないでしょ。……くしゅん」


 見当違いの方向からムサシの超能力をぴたりとあてるペッパーX。つまらない戯言とそれを切り捨てるボイル。まさかこんないい加減な推理が当たっているなど、夢にも思わない。


 実際問題、超能力以外の内容は大外れである。味データはムサシが未来の経験から作ったのではなく、トモエの脳内にあるモノである。


「この派手な服装ももしかしたら超能力の一端かも知れない。肌が空気にさらされているほど、超感覚ESPの感度が高まる感知系。そう考えるとこの露出も納得いくわ。……寒くないのかな、この格好。羨ましい……」


 店内で見たムサシの格好を脳内記憶から引っ張り出し、ボイルは推測する。姿や動作から相手の超能力を推測する。過去の情報と吟味して、自分達と比べ、最適解を導き出す。この二人組の頭脳担当はボイルだ。


「この片腕のサイバーアームも罠の可能性がある。そもそも二刀流フォトンブレードなんてのが非効率的すぎる。高いお金をかけた特注のサイバーアーム。フォトンブレードはあくまで媒体で、光子を操る系統の念動力PK使いの可能性もあるわ。

 被害の爪痕がないのは、それだけ念動力PKの練度が高く、必要以上の出力を出さないから……寒い……寒すぎる……」


 ただ、その推理は大きく外れていた。現状の情報でムサシの超能力を推測できる材料はない。ないんだけど、ムサシの格好や斬られてそのままにしている腕という情報に振り回されすぎている感はある。


「正義はうぉれにありッ! まっすぐ行ってッ! うぉれの超能力を使って店を混乱させるッ! その混乱に乗じてッ! 対象を拉致するッ! それでどうだッ!」

「ダメよ。単純すぎるわ。未確認情報だけど、拉致対象の『転移者トリッパー』は未知のドラゴンを有しているらしいわ。

『働きバチ』を退け、飛行する大型トカゲバイオノイドを無力化し、『デウスエクスマキナ』の幹部を撃退したのよ。迂闊に攻めたら痛い目を見るわ」


 トモエに関しても同じだった。トモエの周りで起きていた事件を外部から見れば、異世界召喚されたトモエが何かしら未知の力で退けたようにしか見えない。未処置の子宮。未確認のホルモン。それがバイオノイドだけではなくクローンにまで影響を及ぼすのか? あるいは別の何かがあるのか? それもわからない。


 言うまでもなく、トモエは何の戦闘能力を持たないJKだ。ここでペッパーXの作戦通りに行動すれば、『ジョカ』は容易にトモエを連れ去ることができただろう。それだけの能力が二人にはある。


「今は静観よ。情報を集める時」


 だがボイルの慎重さがその機会をふいにする。とはいえ仕方のない事だ。相手の情報が不明瞭なまま突撃するのは愚者の行為。如何に超能力が強いとはいえ、慢心は命取りになる。冷静に、確実に。ボイルの考えはけして間違ってはいない。


「機を見て動く。それが最良よ」


 ただ、間が悪いだけである。コジロー不在という最良の機会を逃すことになったのだと、二人は気付くよしもなかった。 

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