電子酒はやらない主義だ

 さて、トモエとネネネとニコサンとムサシに好意を向けられているコジローが何をしているかというと……。


「がっはっは! いい電子酒だなぁ!」


 髭面の男性型クローンに捕まり、電子酒を出す店で対面していた。


 IDはNe-00089603。ネメシスの治安組織『重装機械兵ホプリテス』に所属する隊員だ。コジローは『腹黒おっさん』と勝手に名付けているが、その名に恥じぬぐらいに我欲の強いクローンだ。


「そうかい。まあ電子酒は悪くねぇな」


 上機嫌なおっさんに対し、コジローの表情は不機嫌だ。できるだけ早く終わらせたいが、かといって自分から切り上げるわけにもいかない。そんな表情だ。相手も自分が断れないと分かっているのだろう。


「そう不機嫌な顔するなって。市民ランク4の俺様からの奢りだぞ。守ってやってる下級市民なんだから施しを素直に受けろよな」

「へいへい。『重装機械兵ホプリテス』の旦那にはいつも守ってもらって感謝感激です」


 コジローよりも高い市民ランクであること。治安組織であることをアピールして豪快に笑う。完全にパワハラだが、天蓋にそんな概念はない。市民ランクの高さは天蓋への貢献度。天蓋に尽くすことがクローンの存在価値なのだ。


「おう。感謝しろよ。お前のようなランクの低いカス市民でも守ってやるのが『重装機械兵ホプリテス』だからな!」


 低い市民ランクへの軽蔑をためらわず、自分の地位に酔う。これもまた天蓋の一般的なクローンの考え方。若旦那やニコサンみたいに市民ランクで差別しないクローンの方が希少なのだ。


「今は勤務外だが、何かあったらこの『ハルパー』で守ってやるぜ。カスタムして威力も増してるし、なんなら試し撃ちでもしてやろうか?」


 今は『重装機械兵ホプリテス』の象徴ともいえるパワードスーツを着ているわけではない。だが携帯している銃器は反動が強いが威力も高いタイプで、それを支えるためだけに四肢をサイバー化している。


「店の中で試し撃ちとか追い出されますぜ」

「はん! これぐらい天蓋じゃ日常茶飯事だろうが! その対策をしてない店が悪いんだよ!」

「今日は静かに飲みたいんで勘弁してくれませんかね」


 コジローの静止に大声で叫ぶ腹黒おっさん。トモエの店でもそうだが、こういう客が天蓋のトラブルを日常にしているのである。仮に問題になったとしてもおっさんは治安維持側。捕まっても賄賂とコネで傷なく出所できる寸法だ。


<警告。Ne-00339546は電子酒に対するトラブル件数を減らすことを勧めます>

「これ俺のせいか?」

<仮にここでNe-00089603が騒動を起こした際、同席しているNe-00339546も同罪に問われます。過去、12件のBARでの乱闘事件はほぼ同ケースであることを報告します>

「13件目にならないことを祈ってくれ、相棒」

<最良のケースは騒動を起こす前に離籍することです>


 脳内で展開されるツバメとコジローの会話。警告と同時に最も適した行動を教えてくれる相棒ツバメだが、それができれば苦労はしない。


 高圧的。暴力的。仕事終わりの小さな楽しみである電子酒BARでは付き合いたくない存在だ。顔も見たくない相手だが、今ここで離籍はできない。それは相手の社会的立場が高いから断れないという理由ではなく、


「おうよ。今日はお話があるからな。暴れてフイになんかしねぇよ。

 最近できた『TOMOE』で働いてるバイオノイド。あれ、お前のモンだろ? 前に調書取った時に見たから覚えてるぜ」


 腹黒おっさんの狙いがトモエであるからだ。


「見間違いじゃねぇですかね?」

「いいや、見間違えねぇ。『NNチップ』の記録もあるしな。ランク3の『イザナミ』企業戦士ビジネス様と繋がる可能性もあるから、しっかりメモリーに残しておいたんだよ」


 トモエと腹黒おっさんが交差したのは、いつぞやのタワー前の戦い。戦いが終わったところに違反のためにやってきて、その時車の中を見られたのだ。


「低ランク市民が購入した型落ちバイオノイドかと思っていたが、まさか味アプリ製作用だったとはな。店開けるぐらいの開発とかすごいじゃねぇか。あの店、毎日人が並んでるんだぜ。知ってるか?」

「まあ噂ぐらいは。まだ一度も行ってないんですけどね」


 腹黒おっさんの言葉に答えるコジロー。『TOMOE』に行っていないのは事実だ。行こうとすると『コジローは来ちゃダメ! ……その、まだ覚悟できてないから!』とトモエから返信が来るのである。覚悟ってなんだよ?


「あれだけ客がいるんだから、たいした稼ぎなんだろうな。でも客がいる分、トラブルも多いらしいぜ。市民を守る『重装機械兵ホプリテス』としては守らないといけないんだが、あいにくと活動資金が足りなくてなぁ」


 にやにや笑いながらコジローに言う腹黒おっさん。『TOMOE』のトラブルの件もコジローは耳にしていた。トモエはネネネがいるから大丈夫とは言っていたし、ネネネも『アタイに任せろ!』と胸を張っていたが、無理をしているのはわかる。


「あの店が頭を下げてクレジットを支払ってくれるなら、見回りに向かってもいいんだけどなぁ。どう思う、お前? 飼い主のお前なら絶対聞くし、そうお願いしてみろよ」


 おっさんは言ってコジローの肩を叩く。遠回しに『お前の方から俺達を雇うように命令しろ』とばかりに力を込めて。直接そうしろとは言わない。言えば『NNチップ』はその行為を脅迫と判断するからだ。あくまでお願いの形をとるおっさん。


「それには及ばないんじゃないですかね。新しい用心棒を雇ったみたいですし」


 なのでコジローもやんわりと返す。ムサシが雇われたことは聞いていた。彼女の戦闘能力はコジローもよく知っている。その辺りのクローンに負けるとは思えない。多少酔ったところで問題はない。……多少じゃないぐらいに酔うことがほとんどだが。


「はぁ? 『英雄船団アルゴナウタイ』の方に尻尾振ったか! クソ面白くねぇ! アイツラはクレジットにうるさい顔だけ組織だぞ! 金が切れればあっさり見捨てるに違いない! やめとけやめとけ!」

「『重装機械兵ホプリテス』もこの前の事件の時にあの店を助けてくれませんでしたがね」

「あの時はあそこまで繁盛するとは思わなかったんだよ! クソ、クレジットになるなら恩を売っておいたのに!」


 クレジットにならないから助けない。それが天蓋の治安維持組織だ。隊員すべてがその考えとは言わないが、腹黒おっさんのような考えをするクローンが多いのは事実である。


「要件はそれだけですかい? そんじゃ貧乏低ランク市民は明日も早いんでこれで切り上げさせてもらいますぜ」

「いいや、待て! お前の方からあのバイオノイドに命令してみないか? あんなぽっと出の奴らよりも装備も歴史も充実した俺達の方が安全だってな!」


 帰ろうとするコジローを引き留める腹黒おっさん。バイオノイドは主の命令に逆らえない。コジローが命令すればトモエは契約を切り替えるだろう。そう思っての発言だ。実際にはトモエはバイオノイドではないので、コジローの命令に絶対服従ではないのだが。


「あいにくと、俺はあいつに自由にやらせてるんでね。そういうのは口出ししない様にしてるんです」

「ふざけんな! どんだけの隊員に声かけたと思ってんだ! お前が断ったら仕事キャンセルさせた違約金払わないといけないじゃねぇんだぞ!

 警備用の装備だってすでに契約済みなんだぞ! 全部パーになるじゃないか!」


 知らねぇよ。そう言いかけるコジローに<警告。上位市民ランクに対する不敬はトラブルの元になります>というツバメの声が脳内に飛ぶ。すでに何度かやったトラブルのため、事前に察知して警告をしてくれた。


「あー。まあ、先行投資お疲れ様。キャンセルと謝罪は早い方がいいって所ですかね」

「……チッ、仕方ねぇ。まだ罰金の方が安いか」


 唾を吐くように云い捨てる腹黒おっさん。手にした銃を抜いてコジローに向けた。引き金に指をかけており、それを引けばコジローの上半身は原型すら残らないだろう。


「あのバイオノイドに命令しろ。逆らえばどうなるか、わかってるだろうな」

「……こいつは立派な脅迫ですぜ。お互いの『NNチップ』にも『ヘラ』にもばっちり記録されてるけど、いいんですかい?」

「うるせぇ。その辺はどうにか誤魔化せる。機械化至上主義メカ・スプレマシーの上司がいなくなったんで管理が甘くなって、記録改ざんがやりやすくなったんだよ」


 あー。そう言う悪影響がでたか。コジローは若旦那に頼んで『デウスエクスマキナ』に傾倒する上司を更迭させたことを思い出す。確かにそう言うことを言っていた気がするが、思わぬしっぺ返しである。


「あの店は金になる。罰金と記録改ざんを頼む額を払っても、すぐにとり返せるだろうからな。無理ならバイオノイドを『ウリ』に使ってもいいだろうぜ。そう言う服着てるし、問題ないだろ」

「そういう商売するには許可が必要なんですがね」

「はん。んなもん俺達が見逃せばいいんだよ。何なら『重装機械兵ホプリテス』の隊員専用にしてもいいな。そっちの方が儲かるか?」


 銃を向けて愉悦に浸るように言う腹黒おっさん。周囲は騒動が起きそうな状況を少し距離を離して見ている。撃つ直前なら天蓋ではよくある光景。しかし銃の大きさを考えればこちらに被害が来るかもしれない。そう思って距離を取るクローン達。


<警告。Ne-00089603との交戦はお勧めできません。高ランク市民と交戦した場合、正当性の有無にかかわらず99.28%の確率でランクが低い方が罰則対象となります>


 コジローの怒りを感じたツバメが、脳内で警告を飛ばす。銃を向けられた事よりも、トモエやそこで働く者達をいいように扱うと聞いて、怒りの濃度は増した。相打ち覚悟なら、斬れる。だが――


「何をしている?」

「なんだテメェも撃たれたいのか……うぇ!? アナタ、様は……!」


 腹黒おっさんの背後からかけられる声。黒いスーツを着た男性型クローンだ。腹黒おっさんは振り向いて相手を脅そうとしたが、そのIDと市民ランクを見て驚きの声をあげる。


 IZ-00115862。『働きバチ』の二つ名を持つ『イザナミ』の企業戦士ビジネス。市民ランク3。市民ランクを盾にして脅すおっさんからすれば、逆らえない存在だ。


「重火器を抜いて脅迫しているように見えるが?」

「めめめめめ、滅相もございません! これは酔った勢いの冗談でして。へっへっへ。そう言えばこの市民ランク6と懇意でしたよね。ええ、覚えていましたよ。覚えていますとも。そんなお方を脅すなんてとんでもない!」


 くるり手の平を返す腹黒おっさん。そのまま低頭のままにコジローから距離を離す。自分よりもランクが高い『働きバチ』が追求すれば、それに逆らうわけにはいかない。大ごとになる前に撤退したほうが吉だと判断したようだ。


「そうか。何事もないなら問題ない」

「ええ。そうですとも。何の問題もありませんとも。それでは私はこれで。失礼します!」


 逃げるように店から出ていく腹黒おっさん。興味は失せたとばかりに『働きバチ』はオッサンから目をそらし、コジローに目を向ける。


「銃口を向けられる前にアイツを斬れたのに、何故そうしなかった?」

「アンタがいるのを知ってたからな」


『働きバチ』の問いに、肩をすくめるコジロー。自分を見張るように見ていた企業戦士の存在があったから、フォトンブレードを抜かずに腹黒おっさんの行動に何もしなかったのだ。


「で、善意で助けてくれたわけじゃないんだろ?」

「当然だ。カシハラトモエの件で話がある。河岸を変えよう」


 ざわめく電子酒販売店ではできない話がある。そう言いたげに『働きバチ』は告げて、コジローの返事も待たずに歩きだす。


「いい電子酒があるならどこでも行きますぜ」

「電子酒はやらない主義だ。24時間すべてが仕事だからな」


 そりゃ残念、とため息をつくコジロー。そのまま二人は店を出た。

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