一言いいかな?

『TOMOE』に新たな用心棒としてムサシが加わり、トラブルに対する有効な人材が手に入った。その実力はコジローと同レベルと折り紙付きだ。


「あのね。契約は成立したし、今更文句は言わないよ。

 その上で一言いいかな?」


 そのムサシは雇い主であるトモエにそう前置きして、文句を言う。契約は成立した。まだダウンロード販売されていない味データ『昆布の味噌汁』『チェリソーソーセージ』『スライスされたポテトのお菓子:塩味』も渡してある。電子酒に合うと花丸までもらった三品だ。報酬に文句を言うつもりはない。


「この格好はさすがに恥ずかしいんだけど!」


 ムサシは短いスカートの端を押さえながら叫んだ。淡い紅のひらひらスカートに青い袖のついた上着。和服アイドル風とでも言おうか。とにかくそんな服だ。大きな胸もあって、大きく目を引く……というか大人な女性型が着るにはミスマッチな格好である。


 服のサイズは『NNチップ』に登録されているボディサイズに合わせて伸縮する。なので最初は短い腰回りだけど調整されるだろうと思って着たムサシだが……全然伸びない。太ももはほぼ露出して、動くたびにスース―する。


「ふっふっふ。私だけ恥ずかしい恰好するのはイヤだもんね」

「それが理由!? 用心棒には不要じゃないの、この服!」


 恥ずかしさに耐えきれず叫ぶムサシ。トモエは怒ってなどいない。本当にコスプレに巻き込んじゃえ、という理由でしかなかった。


「当然それを着た状態でホールとか外とか見回りしてもらうから」

「晒し物じゃないかい!? 実はこの前巻き込んだことを怒ってない!?」

「そんなことないわよ。ムサシお姉さんはセクシー路線且つ和風系が合うな、って感じだったので用意したんだけど」


 何その拷問、というムサシの言葉に事も無げに答えるトモエ。


「だからってこんなキテレツな制服デザインとかよく思いついたよね!」

「元の世界のソシャゲキャラの衣裳そのまま使っただけよ。脳内データをコピーして、しかも実物化出きるってすごいよね、天蓋。サイズも何とかチップで合わせれるし」

「西暦の発想の方がすごいよ! この短さがデフォルトとか、どうなってるの!?」


 隣の芝生は青く見えるとはよく言ったモノだ。ムサシは遠い過去に存在した性癖の恐ろしさをひしひしと感じていた。


「そうだ、トモエはすごいんだぞ! 驚いたか!」


 叫ぶムサシに、腰に手を当ててふんぞり返るネネネ。護衛スタッフ同士の顔合わせという事で、ネネネもムサシに会っているのだ。


「……そっちの子は何なの?」

「? ネネネちゃんだよ。一緒にトラブル対応してもらうんだけど」

「そうじゃなくて、その格好は何なの……?」


 ムサシは身長150センチのネネネを見る。ムサシやトモエのようにひらひらスカートや変な露出はない。ただ、ねずみ色のパーカーを羽織っていた。頭部を覆うフードにネズミバイオノイドのような耳がある。


「ネネネちゃんはセクシー方向じゃなくてカワイイ方向なの。ネズミパーカーとかいい感じだと思うけど」

「えへん! アタイと一緒に頑張ろう!」

「この未来を見てれば逃げてたのに……だめか。見えた時点で避けられないんだし……」


 ムサシは自分の超能力を呪った。見えた未来は避けられない。見えない未来はわからない。ホント、ろくでもない能力だ。


「でもお姉さん、本当に大丈夫?」

「こんな服着せてからそれ言うの? 契約したんだし、仕事はきちんとするよ」

「服じゃなくて……腕の方」


 トモエは和服の袖から見えるサイバーアームの切断面を指さした。先日の戦いでコジローに斬られてそのままだ。


「ああ、お姉さんの腕はオーダーメイドでね。製造まで一か月はかかるんだ。でも安心していいよぉ。よほどの相手でなければ片腕で十分さ」


 言ってへらっと笑うムサシ。予知能力と剣の腕。天蓋でも無類と言っていいレベルの戦闘能力だ。二刀でなくとも、大抵のトラブルは切り抜けられる。


「代理の腕を用意することも考えたけど……ふふ、あの一戦を思い出すきっかけになるからねぇ。そのままにしてるのさ」


 コジローとの戦いを思い出して、ニヤニヤするムサシ。トモエには理解できないけど、嬉しいらしい。コジローの事を思い出してニヤニヤするというのは、ちょっとモヤモヤする。


「アタイもわかるぞ! コジローとの戦いを思い出すと、胸がバクバクするんだ! えへへ。今度はアタイが勝つけどな!」


 同じくコジローとの交戦経験があるネネネがムサシに共感するように言う。胸を押さえるのは心臓の鼓動を押さえるためか、コジローに優しく投げて押さえられた事を思い出してか。言葉だけを取れば戦闘が好きな感じだが、その笑顔にある感情はムサシと同じものだった。


「むぅ……。こういう話題は蚊帳の外だなぁ」


 バトル方面はついて行けない、とばかりに頬を膨らませるトモエ。コジロー関連でなければ天蓋って物騒だなと呆れるばかりだが、恋する乙女は複雑である。


「トモエも戦うのか!」

「無理無理。私はそういうの怖いからダメ。なんでトラブル対応よろしくね」


 顔を輝かせてトモエに詰め寄るネネネ。トモエは手を振ってそれを拒否した。銃どころか刃物すら碌に扱えないのだ。ラノベ主人公みたいに転生した世界で倫理観を捨てて殺し合うとか考えられない。


「ほいほい。仕事はきちんとこなすよぉ。……なんで電子酒ぐらいは許してほしいなぁ。迷惑かけない程度の量にするからさぁ?」

「だめ。お仕事中にお酒飲むとか非常識だもん」

「電子煙草や電子酒使いながら働くとか、天蓋だと当たり前なんだけどねぇ」

「もしかして、トラブルが多いのはその辺りが原因なのかなぁ……?」


 とほほ、と諦めたように肩をすくめるムサシ。トモエは気軽にダウンロードできる電子酒の事を考えた。そう言えば天蓋にはお酒の解禁年齢を聞いたことがない。見た目は子供のネネネでも、電子酒や電子煙草を使用できるのだ。肉体的に成長しているし、そもそも電子データなので肉体に影響がないから問題はないのだろう。


「ともあれ今日も一日頑張るわよ! えいえいおー!」


 開店時間も近い。トモエはそう言って話題を切り上げた。ムサシも仕事内容自体に文句はない。服だけはせめてと思うぐらいだ。


 そしてケモナーコスプレカフェ『TOMOE』の日常は開始される。


 ――結論から言えば、ムサシの導入は大成功だった。


「あらよっと。抜いた銃、引っ込めないと斬っちゃうからね」


 暴れる未来が見えたらそちらに移動し、フォトンブレードを体に押し付けて無理やり止める。以上はトラブルの発生は止められないが、どういう形でトラブルが起きるかが分かれば、解決するための手段はすぐに思いつく。


「はい、そこまで。お帰りはこっちだよ。少しでも抵抗するなら――こら、警告の途中に動くなっての」


 フォトンブレードを向けて、退去を促すムサシ。銃を向けられた客は反撃しようとして、その前にアームを斬られた。反撃の起こりもムサシからすれば見えている事だ。0.3秒後にサイバーアームを動かす未来が確定しても、0.35秒の時点で抑えおこめばいい。


 最適な位置。最適な言葉。最適な動き。どんな状況であれ、それを考える時間があるのは大きい。最小限の労力で、最大の効果を。あらゆる状況において、先読みできるという事は強みになる。もちろんムサシの圧倒的な実力あってのことだ。


「そこまでだー! アタイキーック!」


 当然ムサシもすべてのトラブルが見えるわけではない。しかしそれをネネネがカバーする。移動範囲と純粋な速度ではムサシはネネネにかなわない。言葉通り、一足飛びで相手に迫ることができるのだ。


 トラブル件数自体は変わらないが、従業員であるバイオノイドの被害は明らかに減っていた。かつては怪我人が耐えなかったが、その数も大きく減じる。安全が確保されれば、その分作業効率も上がってくる。


「あの『TOMOE』って『重装機械兵ホプリテス』とかが警護してるわけじゃないんだろ? ちょっと暴れてやろうか。動画にアップして有名になれるかもしれないぜ」

「ウェーイ! 俺達に怖れるモノはないぜー!」

「そりゃ凄い。その程度でイキれる精神がね」


 迷惑系動画投稿者は、自らが討伐される姿を電子世界に晒し。


「最新式のサイバーアームがあるんだ。文句なんか言わせねえぜ!」

「あの店を俺達の拠点にしようか!」

「バイオノイドしかいないみたいだし、少し脅せば占拠できるぜ!」

「アタイくるくるぱーんち!」


 武力を過信した愚か者は、すぐに自分の無力を悟り。


「あそこの店にいる女性型、いい服着てるじゃないか」

「バイオノイドにクローンの服着せるとか、いい趣味してるぜ。脱がして遊ぼうぜ」

「オレ、男の方がイイ」

「こら、おっぱいに触るな」


 乱痴気目的で入店した者は、逆に自分の服を脱がされて放り出されて。


 バイオノイドと数名のクローンしか働いていないカモな店と思ってやってきたクローン達は軒並み追い返され、その噂が広まるにつれて店自体が警戒されるようになる。あそこで暴れれば片腕和服の巨乳お姉さんがやってくる。ネズミパーカーが飛んでくる。オーナーは市民ランク2と闇取引をしている。そんな噂が広まっていく。


「ぶっはー! 今日も一日よく働いたねー! 仕事が終わった後にやる電子酒は美味い! そしてトモエちゃんの味データも最高だ!」

「アタイ、この『ジャンボイチゴパフェ』が大好きだぞ! 甘くてふわふわで口の中に甘い汁が広がって! これ、本当にイチゴ味か!? アタイが知ってるイチゴ味の味データと全然違うんだけど!」


 トラブル対応役が二人になったこともあるが、トラブルを起こすクローンが委縮して警戒し始めればムサシとネネネの負担も減る。ネネネの疲労も問題なくなるレベルまで軽減され、仕事終わりに歓談する余裕も生まれる。


「ホント助かるわ。コジロー呼ぶよりもよかったんじゃないかな」


 明らかに上向いてきた店の状況をスマホで確認しながら、トモエは安堵の声をあげる。この二週間の疲労がウソのようだ。この調子が継続できれば……いやでも人はもう少し欲しいかな。


「ブシドーの旦那にこの服を着せるのは……いやありか」

「やめて。きちんと男用の服もあるから」

「黒くてシュッとした服だな! ひつじふく?」

「執事服。あー、でもコジローには似合わないか。背は高いけどがさつだし」


 結論から言えば、ムサシの導入は大成功だった。


 ただ一点を除いて――

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