コスプレケモナーカフェ『TOMOE』、天蓋に爆誕!
にぎゃあああああああああああ!
(にぎゃあああああああああああ!)
トモエは悲鳴にならない悲鳴を上げる。声を出して助けを求めることはできない。そもそも助けを求めているのは自分だけではない。周りのみんなすべてが、ピンチなのだ。
第六感なんてものを信じてはいなかったが、ムサシの未来を見る超能力がある以上はそういう存在を認めざるを得まい。トモエは今までになかった感覚で次の危険を予測していた。この波は、まだまだ終わらない。
第14波が来た。そう思った瞬間に、扉が開く。ええい、こんちくちょう。心の中で悪態をつきながら、同時にどうするかを考える。今あるリソース。今いる人材。全てが不足している。しかし逃げるわけにはいかない。
コジローは今ここにいない。時刻は昼間。本業の清掃業務を行っている。
ナナコは助けてくれない。正確にはいるんだけど、助けてくれない。トモエの危機を知りながら、それを楽しそうに見ているに違いない。
ニコサンはここにはいない。むしろ現状においては敵だ。今襲ってくる波を加速させようと、様々な角度から経済的に煽っているのだから。
ネネネは助けにならない。彼女の手足と尻尾は高い機動力を持つが、戦場を選ぶ。現状はネネネには向かない戦場だ。
諦めろ。そんなことはわかっていることだ。戦う前に戦力を整えられなかった自分の愚かさを呪え。戦いは始まる前に9割決まっている。戦う前の見込みが甘かったのだ。その判断を下したのは自分だ。装備を含め、何もかも自分で決めた事なのだ。
心に仮面をつける。未熟な自分でも何度もやれば体が動作を覚える。自分を見ないフリをして、今はただこの戦場を乗り切るために動け。そうだ。これが自分の戦いだと決めたじゃないか。その覚悟を示すように、トモエは波に向かって立ち向かう。
「お客様、何名様ですかにゃん♡」
笑顔。少し砕けたにゃん語尾。子首傾げて腰を少し動かすポーズ。ダミーのネコミミとネコシッポをが揺れたのを体で感じながら、言葉をつづけた。
「味データダウンロードだけですたらすぐ終わりますが、現在個室と一般エリア全てが満席となっているにゃん。30分ぐらいかかりますけど、それでもよろしいですかにゃん?」
トモエが着ている服は黒を基調としたワンピースに白の襟とカフス。フリルのついた白いエプロン。それにネコミミとネコシッポ。太ももまでの白い靴下にクロノクロスベルトリボンの靴。
「分かりましたー。しばらくお待ちくださいにゃん」
ネコミミメイド。
この『装備』を着て最初に思ったトモエの感想はそれだ。それはそうだろう。そのイメージのままにデザインしたのだから。トモエにコスプレをする趣味はなく、ロリータでゴシックでコケティッシュな格好に現在進行形で羞恥を覚えている。
そろそろ説明が必要だろう。
ここはトモエがニコサンからレンタルしているビル。トモエはここでバイオノイド達を雇うために商売をすると決めた。その内容は、味データダウンロードの売買だ。西暦の記憶を持つトモエの味データは天蓋にはない価値がある。それがよく売れるのは確実だ。
だが、トモエは同時にこうも考えた。
『ただ売るだけだったら、すぐに飽きられちゃうよね』
希少価値は希少だからこそ価値がある。データを売る商売は西暦にもあったし、著作権も保護されている。だけど希少である以外の価値がないなら、すぐに同じような商品は生まれるだろう。ニコサンはオリジナルに価値があるとは言ったが、それでも飽きられれば収入は減る。
なので、ただデータを売る商売はしない。付加価値をつけようと考えたのだ。
そこで考えたのが喫茶店。西暦で言うファミレスみたいな店だ。椅子に座って味データを味わう空間。ただダウンロードして味を楽しむだけじゃ味気ない。そんなトモエの価値観からそれは生まれた。
さて、味データダウンロードには大きく二種類ある。展開すればデータが消える期間限定ダウンロードと、データ使用権を購入できるダウンロードだ。
前者はデータを購入し展開し、味覚を刺激したらデータが消える。食べれば消えると言えばわかりやすいか。ともかくその場限りのダウンロードだ。安価で購入でき、脳内メモリも圧迫しないため使用者は多い。
そして後者は、購入後に脳内の『NNチップ』でデータ再現可能なダウンロードだ。正確には再現可能なアプリを脳内にダウンロードし、いつでも味データを置いているサーバーに接続できる形だ。西暦で言う電子書籍に似た形式である。
トモエはこれを知り、『期間限定ダウンロード』に目を付けた。店の中では期間限定ダウンロードで売り、店の雰囲気とともに楽しんでもらう。そして気に行ったら使用権を買って、自分で楽しんでもらう。
このスタイル自体は天蓋の味データ販売店でもあるスタイルだ。だが、トモエはさらにその上を行った。西暦にある知識を持ち出し、さらなる付加価値をつけた。
『せっかくだから、メイドカフェにしよう! ケモナーメイドとか多分天蓋にはないだろうし!』
正確に言えば、
バイオノイド達全員にメイド服と紳士服を着せ、自分の知ってるメイドカフェ知識を教え込んだ。週一回ぐらいに通っていたファミレスの接客も教え込み、店のレイアウトもそんな感じにした。
メイド服や執事服を着たバイオノイド達を見て可愛いとかかっこいいとか思っていたトモエ。ここまでやったらちょっとはお客さん来るでしょうと自分のアイデアを称賛するトモエだったが、ここで思わぬ誤算が生まれたのだ。
「ちょー!? なんでこんなに客が来るの!?」
バカ受けしたのだ。
ちょっとどころではない。店の外に長蛇の列ができて、その整列の為にバイオノイドを割かないといけないぐらいに客が来たのだ。
あらゆる娯楽がAIで瞬間に作られる天蓋だが、バイオノイドにメイド服を着せるという娯楽はなかったのだ。個人の趣味や性癖でバイオノイドと戯れるクローンはいるが、あくまで個人的な趣味。店舗として展開したクローンはいなかったのである。
さらに言えば、AIが作り出す娯楽は五感に影響こそすれどあくまで電脳空間での話。言葉通り『生きた』バイオノイドの感覚は天蓋のクローン達には新鮮だったのである。
そもそもの話、トモエの味データは希少価値がある。天蓋の味データは味覚のみを刺激する。しかしトモエの味データは味覚と同時に舌や歯ごたえ、熱なども再現するのだ。
「あ、まああああああああああい! 口の中に広がるふわふわ感がたまらなあああああああい!」
ただ甘いだけではなく、クリームの触感が広がる。
「柔らかい感覚! ジュワっと口に広がる熱い液体! ひゃわあああああああああ!」
ただ美味いだけではなく、肉汁と肉を噛みしめる感覚が伝わる。
「舌が痺れるッ! 熱いッ! 二重の苦痛が口の中を駆け巡るッ! だがッ! それがいいッ! スコヴィル値だけではない刺激がッ! うぉれをッ! 熱くするッ!」
ただ辛いだけではなく、同時に熱さが口を支配する。
これまで天蓋になかった新感覚が津波のように訪れたのだ。トモエ自身は全く自覚していないが、融合された娯楽は時代を一新する。アニメと音楽が融合した音楽系アニメ。その曲がヒットチャートに乗るなど、一昔前では考えられなかった時代があるのだ。
店長よろしく最初は後方で見ていたトモエだが、あまりの客の多さに自らも接客に参戦。ネコミミネコシッポをつけてのあざとあざとキャラを形成し、この『戦場』に身を乗り出しているのである。
(今! 自分が! どんなことしてるか! 考えたら負け!)
自分の羞恥心と戦いながら、トモエはネコメイド媚び媚びな演技に没頭していた。恥ずかしさを自覚すればもう動けなくなるが、今動けなくなるわけにはいかない。同じような戦いをしている仲間がいるからだ。
「お客様、ご注文はなににするぴょん?」
ウサミミを揺らし、注文を確認するウサギ型バイオノイド。
「当店では電子酒は扱っておりませんカゲ。店内での電子酒使用も控えてほしいカゲ」
電子酒購入と、その使用を断るトカゲ型バイオノイド。
「現在30分待ちになりまチュー。列からはずれてはいけないでチュー」
長蛇の列を整理するネズミ型バイオノイド。
「当店ではダウンロードと同時に、お客様に美味しく頂けるように呪文を唱えるワン。それではいくワン。おいしくなーれ。おいしくなーれ」
味データダウンロードと同時に、手でハートを作ってピョンピョン跳ねて踊るイヌ型バイオノイド。
「使用権の購入ありがとうございますモー。はーい、こちら次回から使えるサービスになります。10%割引になるモー」
会計を済ませた客に、ダウンロードされた割引クーポンの説明をするウシ型バイオノイド。
どこもかしこもひっきりなしだ。50近くのバイオノイド達は、それぞれの戦場で忙殺されている。客足は途絶えることもなく、休む暇を考えるのも大変だ。
なお休憩時間に関してはバイオノイドにその概念がなかったのか、最初反対……と言うよりは疑問に思われた。
バイオノイドは労働用に作製されていて、6時間の睡眠でリフレッシュできる肉体を維持している。正確に言えば、その肉体を維持できないバイオノイドは破棄されるわけだが。ともあれ、休憩なしで働き使い潰されることが当然のバイオノイドには『仕事中に休む』という概念がないのである。
「だめ! きちんと休んで!」
トモエは西暦の概念を押し付けるように『休憩シフト』を組み、交代でバイオノイドを休ませる。強引なのはわかっているが、いっしょに働く『仲間』を使い潰しの道具のようには扱いたくなかった。
(ちょっと後悔してるけど、でも間違ってないはず!)
当然休憩中に抜けた穴を塞ぐためにトモエ含めて労働の負担は増すが、それでも長期的に見れば休憩を入れたほうがいい。休憩後の仕事効率も高まっているはずだ。
ともかく、コスプレケモナーカフェ『TOMOE』は大繁盛。トモエは今日もひっきりなしに働いているのであった。
<目標、確認>
<これより、『
なので客の中にトモエを鋭い目で見ているクローンがいることなど、気付くよしもなかったのである。気付いたとしても、『ネコメイドフェチかな? 笑顔笑顔』と軽く流していただろうが。
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