アンロッキング ザ フューチャー!

 トモエの異世界転生話から2日後、ムサシとコジローはビル一階のスペースで向き合っていた。


「雌雄を決する時が来たみたいだねぇ。お姉さんとブシドーの旦那のどっちが強いか。まあ結果は見えてるんだけど」

「そうだな、結果は見えてるぜ。サムライが超能力とかよくわからんものに負けるはずがないからな」


 カメハメハに預けた勝負を、此処で行おうことになったのだ。


<審判は吾輩が行う。深いダメージが入ると判断したら止めるので、そのつもりで本気でやり合うがいい>


 両者の中央に立つカメハメハがそう告げる。


「いやいやいやいや! 斬り合ったら普通に死ぬから! コジローのフォトンブレードって結構何でもすぱすぱ切れちゃうんだよ!」


 フォトンブレードを構えるコジローとムサシを見て、トモエは手を振って叫んだ。勝負って言うんだから木刀とかかな、って思ってたのに。なんで此処までガチなの? 血とか出るのやめてほしいんですけど!


<うむ。光子による攻撃を止められる物質は、光子かミラーコーティングした物しかない。二人ともミラーコーティングしていないので、切られれば相応のダメージを負うな>

「冷静に何言ってんのよ!? 脳とか斬られたら再生できないんでしょ!? 心臓やられたらネネネちゃんのなんとかでも修復は難しいって話だし!」

<はっはっは。その時はその時だ。運が悪かったと諦めるしかないな>

「何この戦闘民族!?」


 審判は仲裁する気はなさそうだ。かといって周りのクローン達も似たようなもので。


「コジロー、負けるなよー!」

「久しぶりにコジローちゃんの剣技を直で見れるのね。ワタシ、嬉しいわ!」

「あっしに被害が及ばないんなら好きにするっす。あ、超能力とか知らないふりするんでヨロ」


 コジローを応援するネネネとニコサン。たまたま遊びに来た……という形を装って『イザナミ』の虎の子を観察しに来たナナコ。戦いを止めるつもりはなさそうだ。


「もー。なんでみんな戦いが好きなの? こういう所が付いていけないんですけど!」


 殺し合いなんか遠い世界に住んでいたトモエは、天蓋のこういう所について行けないとばかりにため息をついた。私が異端なの? 分かってたけど!


「コジローもやめようよ。名前的にムサシには勝てないって」

「なんだよ、名前的とか」

「えーと……ガンリュウジマ的な感じ?」

「いや分からん」


 宮本武蔵と佐々木小次郎が戦ったことを示す『二天記』や『丹治峯均筆記』は失伝しているのか、巌流島の戦いは天蓋まで伝わっていないようだ。トモエも宮本武蔵の伝記を読んだことはないので、それ以外の戦いは知らないのだが。


<安心するがいい、トモエ殿。吾輩はこの手の戦いの審判になれている。この程度の勝負は『ペレ』では日常的に行われているからな。吾輩が審判を務めた際の事故率は1割強だ>

「1割の確率で死んじゃうかもしれないとか、普通はやらないわよ……もう」


 もっともその普通は西暦の話だ。天蓋の普通じゃないことはわかっている。それを認めて、トモエは諦めた。戦闘狂同士好きにして、と言いたげにギャラリー席に座る。


「平和な時代から来た子には、刺激が強いのかね」

「まあな。なんでしっかり勝って安心させないとな」

「勝てるつもりでいるのかい? お姉さんの超能力は理解してるんだろ?」

「ああ、理解してるぜ。そのうえで――」


 コジローとムサシは同時にフォトンブレードを展開する。赤い一刀と青い二刀が小さな音共に伸び、


「「勝ってやるさ!」」


 同時に叫ぶムサシとコジロー。コジローは気合を込めて。ムサシは叫ぶタイミングを見てそれに合わせて叫ぶ。それと同時に斬り合いが始まった。


 コジローの赤い刃が真正面から振るわれる。二刀を持つムサシは片側のブレードでそれを受け止め、もう片方の刀でコジローの胴を狙う。それを予測していたコジローはすぐにブレードを引いて迫る刀を叩き落とすように上から押さえ込む。


 交差する光と光。交差する視線。力と力がぶつかり合い、戦意と戦意がぶつかり合う。時間にすれば1秒にも満たない。しかしその間に様々な情報が互いを行き交う。剣の鋭さ、力の差、動きの速さ、そして次の攻撃手段。


「こいつでどうだ!」

「はん、遅い遅い!」


 攻めるコジロー。受けるムサシ。状況の8割はそんな状況だ。すり足で前に進むと同時に振るわれるコジローの剣。唐竹、袈裟斬り、逆胴、左切上げ、逆風、右切上げ、胴、逆袈裟斬り、刺突。剣術の9の動き。振るわれる光刀を、光刀がはじき返す。


「くそ、コイツを受けるのかよ!」

「どうしたどうした? お姉さんはまだまだいけるよ!」


 上からの空竹と思わせて、軌道を変えて袈裟斬りに。腕を狙い、その流れで突き。左下から切り上げ、それを防がせて逆胴。力任せに下から上に切り上げ、ひるんだところを連続で突く。9の攻めを手を変え品を変え、連続で攻め立てる。


「ほい、お返しだよ! さすがにこれじゃ決まらないか。見事見事!」


 しかしその全てをムサシは捌く。剣筋が見えている。フェイント。次の動きが分かっている。2秒後の動きが見えているムサシにとって、コジローの攻めを受けるのは難しくない。受け止め、カウンターを決める。或いは攻撃を予測してそれを前もって潰す。それがムサシの攻め。


「やりにくい……わかっちゃいたけど、全部読まれてるってか」


 先の先を読む――言葉通り、相手の行動を先読みして潰す。かつてコジローがムサシの動きを称して『三先』と称した行為だ。相手より先に打つ『先』。カウンター的に相手の動きに合わせて斬る『先の先』。そして相手の行動の発生を潰す『先々の先』。対戦した相手は何もできずにムサシに圧倒される――


二 天 一 流いまとみらいの剣――三 つ の 先エンド オブ スリー】!


(――はず、なんだけどねぇ)


 ムサシに相対した相手は、全ての行動を読まれて手も足も出なくなる。そのはずなのに。


「これならどうだ!」


 コジローは攻め続ける。実際、何度か行動する前に止めることはできた。カウンターで浅く斬った。こちらから攻めもした。確実に予知は発動しているし、その通りに動いている。


「すごいすごい! まだお姉さんについてこれるんだ!」


 なのに、倒れない。斬れない。それどころか攻めれば攻めるほど、受ければ受けるほど、コジローの攻撃は鋭くなってくる。


「当たり前だろ。サムライを舐めるな。剣を振るった年数だけなら、負けるつもりはないぜ!」

「純粋な経験だけでお姉さんを超えられるかな?」

「超えてやるさ!」


 日々フォトンブレードを振るったサムライ。その攻めは今この瞬間にも成長している。未来を見る剣士という経験を糧に、この一閃一閃ごとに鋭さを増している。そして何よりも――


「むしろそっちがついてこれないんじゃないか? 先読みのタイミングが遅れてるぜ」


 戦闘の主導権を取り返すかのようにコジローは攻め続ける。ムサシの超能力により確定している未来。しかしその未来の先を取り戻そうと光の剣は振るわれる。2秒後の先、5秒後の先、10秒後の先。未来を先読みして確定するなら、その未来の先に斬ることができるように布石を打つ。


(確定した未来があるとしても、は分からない)


 上に注目させてから下から斬る。フェイントと見せかけて斬る。斬ると見せかけてフェイント。その虚実さえも伏線。多角的に戦術を練り、選択肢を与えるようでそれが誘導。その未来も読まれた? ならさらにせめて罠を張るだけだ。


(剣を振り続ければ、いつかは斬れる未来に届くはずだ)


 折れない。曲がらない。屈しない。ムサシの超能力を認めた上で、コジローは剣を振るう。未来を曲げる能力なんて持ってないけど、この一刀が届くと信じて振り続ける。ただ一心不乱に、何度も何度も斬り続ける。


(っていうか、それしかねえんだよな。俺にはサイバー義肢も超能力もねえ。

 俺はただ、刀を振るうしかできないんだから)


 ただひたすらに刀を振るう事なんかいつもの事。何年も何年も、続けてきたことだ。今日も、明日も、そして明後日も。何年先も変わらずに。そして、


「こいつで――!」


 未来視すら超える未来を、


「どうだ!」


 斬る。


光 子 剣 術フォトンスタイル――未 来 切 り 開 く 一 閃アンロッキング ザ フューチャー】!


「お――!」


 跳ね上げられたコジローのフォトンブレードが、ムサシのサイバーアームを切り上げる。肘部分で切断され宙に舞うサイバーアーム。それが地に落ちる前に、返す一刀がムサシの胸部を突こうと迫る。


 その動きに反応したのか、ムサシは斬られてない腕のブレードでコジローにカウンターを仕掛ける。赤と青のフォトンブレードは相手の心臓めがけて突き進み――


<勝負あった! コジロー殿の勝ちだ!>


 カメハメハの声が響く。両腕を交差させ、二人の胸元にフォトンシールドを展開して突きを止めた。なお交差した腕に意味はない。ただのポーズである。


<互いに見事な一撃であった! 『ペレ』のバッテリーでなければ、出力負けしていたぞ!>


 自分から離れた場所にシールドを展開すれば、それだけエネルギーを消費する。しかも二つ同時に必殺の突きを止めるほどの光を瞬間に展開。エネルギー工学に秀でる『ペレ』産のバッテリーでなければ出力不足で突きを止められず、惨劇が起きていただろう。


「……ぶっはー! 全然、わかんなかった……!」

「うん。すごいぞコジロー! アタイ感激した!」

「これよ! これがコジローちゃんの剣なの! やっぱりすごいわ! ほれ直しそう!」

「いやいやいや。なんで勝つんすか!? わけわかんねーっす!」


 呼吸することを忘れていた、とばかりにトモエが大きく息を吐く。唯一肉目で追えていたネネネは喜びの声を上げ、カメラアイでそれを戦いを納めていたニコサンは震えるように叫ぶ。『イザナミ』の虎の子エスパーに勝てるとは思わなったナナコはありえねぇ、と叫んだ。


「うっはー……。腕斬られちゃったよ。お姉さん驚きだね」


 座り込んだまま、切られた右腕の切断面を触るムサシ。いまだに信じられないという顔だ。


「どうよ。未来なんか見えてもどうしようもないってぐらいの攻めは」

「あはははははは。なんだよそれ! 力押しにもほどがある。でも確かにすごかった。お姉さんの負けだよ」


 負けたのに、すがすがしく笑うムサシ。自分が見た未来でもありえなかった結果だ。なのにこんなに気持ちがいい。こんなことは初めてだ。いや、剣を振るってここまで気持ちよかったのが初めてだ。


「うん。楽しかった。未来で感じた以上の楽しさだったよ。怨恨も何もない、純粋な剣技の応酬。それがこんなに心躍るなんてね。今宵はいい電子酒になりそうだ」


 そしていつもの調子でこう告げる。


「あ、おっぱい揉む?」


 いつも通りの答えが返ってくると思って、未来を見ることをしなかったムサシは。


「そうだな」

「――へ?」


 コジローに胸を揉まれた感触にそんな声をあげた。コジローの手が、自分の胸に当たってる。そして明確に指を動かし、胸を揉んでた。


「へ? あの、へ?」

「なんだよ。自分から揉むかって聞いといてどういう反応だ、それ?」


 いやだって今まで散々断ってきたじゃないか未来でも全然反応してくれなかったしそんなふうになる未来なんて全く見えてなかったからなんていうか男性型クローンの掌って大きくて暖かくてそもそもそういう行為自体があまり慣れていないっていうか未来が変わるってこういうこと? あ、やば。胸揉まれるとそこからじんわりと気持ちよくなって……。


「はふ……きゅう……」


 感情がオーバーフローしたのか、ムサシは目を回して倒れこむ。


「ああああ! コジローが女の人の胸触って気絶させた! 何やってんのよこの変態!」

「そうだぞ、コジロー! 姉として折檻してやる! そこを動くな!」

「いやこれ俺のせいか!? ごぶぅ!」


 それを見ていたトモエが大声で叫んで、座っていた椅子を投げつける。ネネネもコジローに向かって跳び蹴りを放った。椅子と跳び蹴りを同時に受けて、倒れるコジロー。


「まあまあ! コジローちゃんたら罪な男ね! でも魅力的だもん、仕方ないわよね!」

「だからなーんでヤラねーんすかね? 全員抱いちゃえば解決しそうな話なのに」

<ふははははは! 我がライバルの弱点見つけたり、か。今宵の宴でよき肴になりそうではないか!>


 ニコサンが頷くようにセンサーを瞬かせ、ナナコは女性陣の好意の矢印を理解して呆れるように肩をすくめていた。カメハメハは腰に手を当てて大笑いし、電子酒を飲むときの事を考えていた。


<警告。Ne-00339546は女性型に対するトラブル件数を減らすことを勧めます>


 ツバメの冷たい反応を聞きながら、コジローはこんなのどうしろて言うんだよと心の中で理不尽を嘆いていた。

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