人材派遣だよ
IZー00210634――ムサシの超能力は『確定型未来予知』だ。
未来というモノは無限に存在する。右足から家を出た未来と、左足から家を出た未来。いつも通りに歩く未来と、今日は気分を変えて別の道を進む未来。どの
しかし、ムサシが未来を見た瞬間にそれ以外の未来は消滅する。数多の未来が見える高次元から見れば、その未来に至るルート以外は消滅し、干渉できなくなる。なのでその未来は確定し、それ以外の未来に行きそうな行動をしても、何かしらの要因で行動できなかったりするのだ。
なおムサシはこの超能力を完全には制御できているわけではない。数年後、数十年後の未来はムサシの意思とは関係なく見える。眩暈を起したようにふらっとランダムば未来の自分と同期してしまうのだ。
その時間の現状やそこに至った状況なども『当時の』自分からインストールされるので、事実上それまでの未来は全部見えていることになる。……まあそのおかげで、『その未来で抱いていた恋心』まで同期するわけなのだが。
ムサシ自身が意識して未来を見れるのは数日程度。遠い未来であればあるほど超能力に集中することになる。数秒程度の近い未来なら現在と並列で、それこそ命のやり取りをしながらでも見れる。
「「りゃー、やん、はい!」」
その強さは、現在進行形でムサシが示している。指の形で三つの形を作るゲーム。三すくみの関係で愛称を決めて、勝敗を決める短期決戦法だ。――天蓋風ジャンケンだよねこれ、とトモエは呆れていた。
「ほい。15連勝。お姉さんの強さは理解できたかい?」
「……全然勝てねぇ……」
数秒後に出す形が確定して、しかもそれが分かっているのだ。この手のゲームでムサシが負ける道理はない。落ち込むコジローもさすがに信じざるを得なかった。
「まあ、これがお姉さんの超能力さ。未来を見る能力ってのは理解してもらえたと思うけど。まだ証明は必要かな?」
ムサシは集まったクローン達にそう言っておどけたように言う。
「リャンヤハイに強い能力だな! 理解したぞ!」
「そうね。情報が先行してわかるのはすごいわ。トレードに使えそうね」
「……まあ、そういう能力ってのはわかった」
「未来が見えるって、比喩じゃなかったんだ」
ネネネ、ニコサン、コジロー、そしてトモエの順番で頷きと同意の声が上がる。
『デウスエクスマキナ』のビル襲撃から丸3日経過した。バイオノイド達やトモエに後遺症は見られず、ネネネの傷も完治した。荒らされたビル内の清掃や片付けも終わり、ひと段落したところでムサシが『異世界転生関係で説明したい事があるんで』と提案したのだ。
「……お姉さん的にはトモエちゃんだけでよかったんだけど」
「だってニコサンもムサシもネネネちゃんも無関係じゃないもん」
その話をされたトモエは『じゃあ関係者を呼ぶね』と言って異世界転生の事を知っているクローン全員を呼び寄せたのだ。コジローとニコサンは言うに及ばず、ネネネはこれからも守ってもらう関係上はしっておいた方がいい。
「ナナコには断られたけど」
『
そんなこんなでムサシを含めた5名はビルの一室に集まっていた。机と椅子、そして飲み物と即席で作った会議室だ。防音設備ではないが、聞き耳をたてでもしない限りは聞かれることはないだろう。秘密の会議にはいい場所だ。
(あれ? ナナコが避けるぐらいに危ないネタなの、これ? そう考えるとやっぱり私一人で聞いた方がよかった? でもニコサンがいるんだし、きっと大丈夫、よね?)
トモエの中で現在株価上がり高トップなのはニコサンだ。ニコサンがライブセンスを大量に先行投資してくれなかったら、トモエやここにいるバイオノイド達は廃人になっていたのだ。当人は意図していないが、今回のMVPである。
「まあいいさ。とにかくお姉さんの超能力に関しては説明したとおりだし、証明もした。お姉さんの見た未来から得た情報なんで、信ぴょう性はそこそこ高いと思ってほしいかな」
「その未来自体はもうないって話だけどな」
「だからと言って天蓋元年っていう過去が変わるわけでもないよ。今のお姉さんでは調べる手段はないけど、遠い未来では公開されている……暴露されている話なんだよ」
そう前置きして、ムサシは話し始めた。
「天蓋が完成すると同時、5人の企業トップは共同で一つの計画を立てたのさ」
「企業トップの『人類』が全員で協力? トップ同士の会議は企業規定の2-1で禁止されていたはずよ?」
「アタイも知ってる! 五大企業の力を偏らせないために、トップ同士の相談はだめなんだって! じっちゃんがそんなこと言ってた!」
ニコサンとナナコが話の腰を折るが、それぐらいあり得ない話だ。5大企業の創始者ともいえる5人の人類は、不可侵不干渉を宣言している。会合はおろか、電子上のやり取りも禁止。互いが互いを監視し合うことで、過度な突出を塞いでいるのだ。
「そうさね。異例も異例、大異例。天蓋が始まって最初で最後ってことになってるね。この時までは企業規定の2項目目は協力会議は年一度っていうものだったけど、その計画の結果会議そのものが禁止になったのさ。
それが異世界召喚プログラム。聞いて驚け皆の衆。時空に穴をあけ、異なる世界を召喚する計画だったのさ」
『を』の部分を強調するムサシ。トモエはその意図に気付き、手をあげて質問する。
「しつもーん。その言い方だと、異世界そのものをこの天蓋に召喚しようとした、っていうふうに聞こえるけど、それでいい?」
「あいあい。そういうことさ。天蓋と別世界の穴を開き、世界そのものを圧縮して天蓋に呼び出そうとした。処理計算に5体のドラゴンを使い、エネルギーもかなり使ったろうね」
「よくわからないんだが……世界? 召喚? それで何のメリットがあるんだ?」
理解が追い付かない、とばかりにコジローは首をひねる。
「人材派遣だよ」
は? トモエはムサシの言った意味がよくわからなかった。派遣の意味自体は理解できる。人材派遣。要するにそこに人材を向かわせることだ。それっていい事なんじゃないの? そんな顔である。
「天蓋の技術を持ったものを派遣し、対価としてそのエネルギーを得る。天蓋の文化を定着させ、それまであった文化を報酬でもらう。そんな感じの事かな」
「……いい事、なのかな?」
「まあね。でもこれは立派な侵略なんだよ。劣った文明に押し入ってそれまでの繁栄を根こそぎいただく。その世界の人間を骨抜きにして、欲しいものだけを奪い取っていく。高度な文明と価値観を押し付けてそこにある文明を破壊し、気力を奪って世界を奴隷化するのさ」
ムサシの説明を聞いて、トモエは歴史で聞いたコンキスタドールの事を思い出していた。その地域に乗り込み、取引と称して不当な売買を強いる。そうして繁栄を得るが、その土地にいた人達は生活すべてを奪われる。
「いやダメじゃん! なんでそんなことしようとしたのよ!」
「そりゃ色々欲しいからでしょ。利益があると見込むから計画は実行される。エネルギー問題だけじゃなく、様々な問題を解決するための計画だったんだよ。
でもそんな計画は見事に失敗した。プログラムは滞りなく発動したけど、異世界を召喚できなかった。エネルギーは無駄遣い。これ以降この計画は凍結。そして5大企業この結果を隠し、以降二度とおこなわれなかった――って、ここで終われば笑い話だったんだけどね」
はぁ、とため息をつくムサシ。実際、ここで終わればただの失敗という記録だったのだ。
「困ったことに召喚プログラム自体はしっかり発動してたんだ。消費されたエネルギーはわずかずつだけど異世界に向かって進み、そして300年経ってわずかな『成果』があらわれた」
ムサシはそう言ってトモエを指さす。
「それがトモエちゃんってわけさ」
「なんで私なのよ!?」
「そこまではお姉さんも何とも。プログラムを作った『人類』に聞くしかないかな。プログラム関係だからジョカだろうけど。
本来の未来だと死亡したトモエちゃんの遺体は回収されて、その子宮やらホルモンやらが兵器として転用されたり、脳内データが娯楽に使われたり、再度召喚プログラムを発動させるために細胞の欠片まで切り刻まれるんだけど」
自分が訪れる可能性があった未来を聞かされて、陰うつになるトモエ。死後自分の身体が切り刻まれて兵器とかに使われるとかぞっとしない。
「トモエちゃんが生きているからそんなことにはならない、という事でいいのかしら?」
「イエスイエス。お姉さんの未来を覆したことも含めて、トモエちゃんをどうするかはかなりごたついてきてる。少なくともいきなり処分、っていうのはなさそうだ」
「よくわかんないけど、良かったなトモエ!」
「よくはないけど、まあよかった方なのかな?」
ニコサンの言葉にうなずくムサシ。それを聞いて、あまり理解していないという顔でトモエの肩を叩くネネネ。トモエはトモエで喜んでいいのか悪いのかよくわからない顔をしていた。命の危険はなさそうだが、また誘拐される可能性はゼロじゃないのだ。
「……トモエがここで安全に暮らせるようになるには、どうすればいいんだ?」
理解が追い付いていないコジローが、要点を聞くように手をあげた。トモエが狙われている。或いは高市民ランク達に注目されているのは変わらない。その気紛れでこの平和が崩れる可能性があるのだ。
「おやおや。過保護だねぇ。そいつを斬って解決するなら即座に斬るって目をしてるよ、ブシドーの旦那」
「茶化すな。それにそんな単純な話じゃないことぐらいは分かってる」
「はいはい。天蓋において周りに流されずに自分を貫き通す手段はいつだって一つだよ。
力をつけることだ。旦那のような武力。Pe-00402530のような経済力。カメハメハの旦那みたいな社会的地位……なのかなぁ? まあとにかく力だよ」
「……力。私、喧嘩とかしたくないんだけど。バーサーカーになんかなれないよ」
ムサシの言葉に首を横に振るトモエ。そんなトモエに、ムサシは自分の頭部を指さしながら答えた。
「トモエちゃんの力はその脳内にある記録だよ。天蓋にはない西暦時代のデータ。それを使った商売で地位をあげて、簡単に手出しできないようにすればいいさ」
笑みを浮かべるムサシに、トモエは唇をぎゅっと結ぶ。そうか、そういう戦いもあるんだ。これからやろうとしていることに追加された意味に、拳を握るトモエ。
「そうなんだよぉ。なんでできるだけ早く味データ作ってね。『アサリの味噌汁』とか『カリカリベーコン』とかを特に早く! へっへっへ、あれと電子酒の組み合わせが最高なんだよぉ」
「……もしかして、未来で食べてたの……?」
「未来の経験は『NNチップ』に保存できないからね。再現できなくて困ってたんだよぉ。もしかして別の奴もある? だったら嬉しいねぇ。いやぁ、よろしく頼むよ」
なんだかいいように乗せられた気がする。そんな気分がぬぐえないトモエであった。
この時点でトモエは気づかなかったのだが、ムサシの話にはとある可能性が含まれていた。
『再度召喚プログラムを発動させるために細胞の欠片まで切り刻まれるんだけど』
トモエという存在があれば、異世界への『派遣』は可能であるという事実。
――そして突き詰めれば、トモエは元の世界に戻れる可能性があるということを。
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