ま、ま、ま、ま……!
放課後の教室。窓の外は茜色。見下ろせば部活終わりの生徒達。
柏原友恵は自分が夢を見ていることに気づいていた。西暦時代の夢。自分の記憶を回帰する感覚。ライブセンスを使った自分自身の脳内記憶を探る行為。二度目だから、という事もあるが不思議と郷愁感はなかった。
「うん。景色も、音も、匂いも、全部覚えている。五感全てが同じなら、確かに現実と同じだよね」
フルダイブVRに潜って戻ってこれない、なんてWeb小説はいくつか見たことがある。ゲーム世界だからなんて読者目線で見ていたけど、実際に五感を完全に同期させられるのならそれは現実と同じだとはっきりわかった。
これは夢だ。だけどこの感覚はウソではない。確かに自分は西暦時代の学校にいる。きっと誰かと話をすることもできるし、触れ合うこともできる。愛し合うこともできるし、やられる気はないけど殺されたりもできるのだろう。
自分の身体に触れてみる。確かに感じる自分自身の感覚。ここが現実なのだと錯覚させるには十分の、感覚。このまま夢の中に溺れることもできるのだろう。このまま何もかも忘れることもできるのだろう。天蓋の人類がそうしたように、自分もそうすることができるのだろう。
思えば天蓋は酷い所だ。
理由もわからず異世界転生して、やれ子供を生めだのやれおしっこを観察するだの挙句の果てには巻き込まれて触手プレイだの。ホントひっどい目にしかあってないなぁ。思い出せば出すほど夢に籠りたくなるぞ。トモエは心の中で悪態をつく。
「でも、酷い事ばかりじゃなかった」
助けてくれる人がいた。友達と言える人ができた。好きな人ができて、その人を好きな人とも友達になった。信頼できる人もできたし、いっしょに働く人もできた。
きっと彼らはここでトモエがすべてを投げ捨てても怒ったりはしないだろう。むしろそれも選択の一つかと受け入れるかもしれない。
「ほーんと、異世界召喚されてチートも何もないとか。サービスなってないんだから。天蓋って」
未来都市なのにその技術恩恵を一切受けられないとか、どんだけよ。でも怒ったところでどうにもならない。元の世界に戻るゲートが開いたり、いきなり持ってるスキルが開花したりしない。そんな都合のいい事は起きやしない。
「……うん。だから頑張らないとね」
でも、待っている人がいる。これまで守ってくれた人がいる。守りたい人がいる。借りを作った人がいる。どうしようもないエロエロな友人がいる。……好きな人がいる。その場所に帰らないと。
「ばいばい。私の思い出。また疲れたら戻ってくるかも。その時はよろしくね」
意識すれば夢は消えていく。浮遊感が体を包んだかと思うと、視界はゆっくりとぼやけていき――
<どうやら意識が覚醒したようだな>
天蓋の現実に戻ったトモエの視界に移ったのは、巨大な腕を持つ
「あ、貴方誰!? 酔っ払いのお姉さんは!? アンタ達なんかコジローが倒してくれるんだからね!」
つい先ほどまで
<ふはははははは! コジロー殿と戦えるのなら、このまま誤解されるのもいいやもしれぬな。しかし役割は果たそう。
吾輩はPL-00116642。
「か、かめはめは? なんかものすごい格闘とかしたりしそうな名前だけど……?」
西暦時代でも有名だった漫画を思い出すトモエ。最もその漫画自体は見たことはなく、あくまでネットの情報だけの話だ。
<酔っ払いのお姉さんとはIZー00210634だな。今は他のバイオノイドを見ている。聞くところによると全員快癒に向かっているようだ。コジロー殿は別室で倒れていた女性型クローンを診ている。とはいえ『バーンスリー』が活動中ゆえ、その様子を見ていると言ったところか>
トモエの質問に答えるカメハメハ。忘れていたわけではないが、ネネネや他のバイオノイドも襲撃を受けてダメージを受けていたのだ。特にネネネは背後から撃たれていた。回復用のサイバー機器が入っているとはいえ、楽観できるダメージでもない。
「……そっか。みんな無事だったんだ。よかった」
<生命反応がある、という意味では正しい。しかし君を始めとして多くのバイオノイドが脳に細工をされたのだ。しばらくは経過観察が必要だと判断する。異常があればすぐにかかりつけの医者に連絡したほうがいいだろう。
眩暈、頭痛、吐き気、歩行障害、日常生活に必要なことが思い出せなくなる。そんな事例が見られるならすぐに診てもらった方がいい。IZー00210634は大丈夫だと言っていたが、念のためだ>
「ありがとう。カメハメハの……オジサンでいいのかな? コジローよりも年取っていそうなんだけど。吾輩とかいってるし」
表情は変わらないが、心配してくれているのはわかる。トモエは寝たままの状態で礼を言った。『XXX』にいじめられて、体を起こすだけの体力もない。
<吾輩の稼働年数はまだ5年。まだまだ若輩ものだ>
「あー、機械になった人はそういう年齢の数え方するんだ」
<うむ。肉体を捨て、機械となったその時こそが吾輩の新たな生まれなのだ。機械となり天蓋に奉仕し始めた日。それこそが我が記念日。二つ名的に言えば、進水日とも言おうか>
トモエの質問にうなずくカメハメハ。もっとも、潜水艦どころか海すら天蓋にはない。電子の記録に残った記憶だけだ。
「……なんで、そこまでするの?」
抱えていた疑問を口にするトモエ。
「機械になったら、20年ぐらいで死んじゃうんでしょ? メンテナンスとかも大変だし。そもそも自分の身体を捨てるのって怖くなかったの?」
機械の耐久年数は肉体の年齢よりも早い。使えば使うほど劣化し、メンテナンスもきっと安くはないんだろう。目や腕を改造するクローンは見たことがある。その方が便利だというのは理解できる。だけど全身を機械にする人は、それとは違う気がする。
『デウスエクスマキナ』――トモエはその名前を知らないのだが――の
<トモエと言ったか。察するに生命としての稼働年数……寿命というモノが長ければいい。ありていに言えば長生きすることが正しいという考えと思うが相違ないか?>
「ま、まあ……死ぬよりも生きてる方がいいって意味では」
カメハメハの言葉を脳内で咀嚼し、その後で言葉を返すトモエ。死ぬなんて嫌だ。生きていてほしい。自分も、そして他人も。だって死ぬのは悲しいから。生きていれば、何かが変わるかもしれないから。
<吾輩もその意見には一定の理解を示す。しかし、吾輩はもう少し刹那的だ。30年先の天蓋よりも、今目の前にいるモノを救いたい。この腕でつかめるものがもう少し多ければ、それが天蓋をより良くするのだと思っている。
吾輩はその為に自らの体を機械にしたのだ>
天蓋の治安を守る一人として、今できる事をより多くしたい。この大きな腕でより多くを救いたい。だからカメハメハは機械に身を投じたのだ。
「……でもそれは……30年後に自分はそこにいなくてもいいの?」
<構わぬ。吾輩が助けた誰かが生きているからな。或いは、吾輩の戦闘データをベースにして作った新たな
優れた機械により多くの者を導く。それができるのなら吾輩は本望だ!>
大事なのは多くを救う事。救ったものが何かを為し、そして残る物もある。それが自分自身の残した。自分が生きた証なのだ。それさえあれば、何もいらない――
「なーんてカッコイイこと言ってるけどねぇ。本質はただの戦闘狂だからね、この
結構利己的な
ポーズを決めるカメハメハの後ろから、ムサシが顔をのぞかせる。どこか呆れたような表情だ。
「え、そうなの?」
<コジロー殿との戦いは良き時間であった。できる事なら場を整えてもう一度戦いたいものだ。中断されて引き分けになったが、次こそは吾輩が勝利する!>
「待って待って。さっきお姉さんとブシドーの旦那の勝負を預かるとか言っておいてそのセリフはないんじゃない? 旦那と戦うのはお姉さんが先だからね」
「……何この、戦闘狂達」
目の前でどっちが先にコジローと戦うかを口論し始めたムサシとカメハメハを前に、トモエが呆れたように呟いた。戦いたいとかもうわけわかんない。肉体言語とか乙女には理解できないわ。
「酷いねぇ。お姉さんはちょいと言動があやふやな酔っ払いなだけだよ。ああ、でもブシドーの旦那とやり合いたいのは本気かな。
あと本気と戦闘狂ついでに、宣戦布告ぐらいはしておこうかな」
「……せんせんふこく?」
疑問符を浮かべるトモエに、咳払いをするムサシ。数度深呼吸したのちに、トモエに顔を近づけて小声でささやいた。
「お姉さん、コジローの旦那の事、好きなんだ」
『好き』に含まれる熱意が、自分と同質なのだと直感で気付くトモエ。
「………っ! な、あ、そ……ッ!」
「うん、本気本気。現状そうなる未来は見えないけど、何せトモエちゃんに未来は変えられるって教えられたからね。へっへっへ。ちょいと頑張ってみようって思ったんだ」
宣戦布告ってそういう……! 困惑するトモエに向かって、笑みを浮かべるムサシ。
「でも今のところは大きく差を離されてる感じかねぇ。逆の立場だと放置されてただろうし。『お前なら自力で脱出できただろうが』とか言いそうだ。まあそれはそれで信頼されてるのかな?」
「ま、ま、ま、ま……!」
ま? 2秒後の未来を見るムサシ。顔を真っ赤にして「ま」を続けているトモエが見えた。たっぷり12秒ほどその状態が続き、
「負けないもん! お姉さんにも、ネネネちゃんにも!」
これだけは譲らない、とばかりにトモエは叫ぶ。腕が動けばムサシにびしっと指をさしていただろう。それぐらいの勢いだった。
「そいつはどうも。これからもよろしくね」
恋敵とは思えないほどの人懐っこい笑みを浮かべるムサシ。やっぱり天蓋は自分に優しくない酷い世界だ。トモエは唸りながら前途多難な
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