このメンツでならいつでも酒を楽しめるだろうしね

 あまりの展開に呆けていたムサシだが、その後の動きは素早かった。


 ライブセンスの場所を聞いて全員に装着し、慣れた手つきで起動させていく。ライブセンスを使い慣れているほど使っているクローンなどそういないはずなのに。


(まさかここから先に使い慣れる予定だったなんて、ねえ? 皮肉なもんだよ)


『XXX』が産んだ被害者を救うためになれた経験――遠い未来の経験だが――がこんな形で生きてこようなんて。しかもその未来は、もう訪れないかもしれないのだ。柏原友恵が生存する未来は、見たことがない。


 処置を終えたその後、


「おらぁ硬い頭のコンコンチキ共が! お前らのボスはとっくに逃げたぞ! それでも暴れたりないんならお姉さんが相手してやる!」

「ひっでぇ話だが事実だな。こっから先は消耗戦だ。逃げるなら追わないでいてやるよ」


 ムサシとコジローは一階部分での戦いに参戦する。ムサシの言葉が効いたのか『デウスエクスマキナ』の完全機械化フルボーグは及び腰になり、逃亡を始める。だが――


<いいや、逃がさぬぅ! 罪には罰を、咎には痛みを与えるのが『カプ・クイアルア』の信条ゥゥゥ! 己の行為を猛省し、裁きを受けるがいい!>


 逃亡を許さないカメハメハ。治安維持を行う『カプ・クイアルア』の者として、当然の行動とばかりにサイバーアームを振るい、『デウスエクスマキナ』を捕えていく。この場での逮捕権はないことは重々承知しているはずなのに。


「真面目な旦那だな。『重装機械兵ホプリテス』の奴らにその真面目さを分けてやりたいぐらいだぜ」

「あの旦那はあれでいいんじゃないかな? ついでに言うと、ようやく重い腰を上げたようだね」


 ムサシの言葉と同時に、警報音と共に『重装機械兵ホプリテス』の人型パワードスーツが飛んでくる。さすがに騒動を無視できなくなった――というわけではない。


「これでようやくお終いか。キツイ罰を与えてくれるといいけどな」

「残念だけど、『重装機械兵ホプリテス』の上司にも『デウスエクスマキナ』に通じているクローンがいてね。機体を回収してそこから脳を横流し。頭脳を別ボディに換装してあいつらは事実上無罪で釈放されるって寸法さ」

「やけに詳しいな。そいつも超能力で知ったってことか?」

「おおっと、意外だね。酔っ払いの戯言を信じるのかい?」

「女の涙と嘘は信じるのがブシドーってやつさ」


 躊躇もなく言い返すコジロー。その言葉にムサシは涙の跡をぬぐって、手を振った。頬が熱いのを自覚しつつ、笑って誤魔化す。


「あはははは。毎度毎度のブシドーときた。まったくたいしたもんだよ。それで何度騙されたりしにかけたりするんだか」

「毎度毎度ってほど言ったか?」

「ああ、うん。言うんだよ。アンタはお姉さんの前で何度も言うんだ。ブシドーに逆らえないからケンカして、ブシドーだからとどめを刺さずにいて、ブシドーだから損をして。ずっとずっと……いうはずだったんだよ」


 怪訝に思うコジローを見ながら、ムサシは誰にも言わなかったことを口にする。市民ランク1のクローンでも特別な手続きをしないと知ることのできない超能力の秘密を。


「お姉さんはね、未来が見えるんだよ」

「……未来」

「その未来は絶対に覆らない。何をどうしてもその未来は変えられない。事故する未来を見たら事故をして、隙がある未来を見たら絶対そこに隙がある。見た犯罪は絶対成功するし、死ぬ未来は絶対死ぬ。お姉さん自身の不幸も、見ちゃったら避けられない。

 ……そう。避けられないはずだったんだよ」


 サイバー化していない左目を指さし、ムサシは言う。コジローはその意味を脳内で受け止め、そして最後の独白を受けて言葉を返す。


「はず?」

「トモエちゃん。あの子はここで死ぬはずだった。あのまま脳の記憶が白く染まり、廃人になってそのまま衰弱死する。そんな未来になるはずだった。お姉さんが巻き込んで、それをアンタが怒って。そこからお姉さんとアンタは戦いの道に進む。

 そんな……電子酒で楽しむ余裕すらなくなる未来になるはずだった」

「…………」


 コジローは答えない。仮にそんな結果になってしまったら。その原因がムサシにあるというのなら。自分はどうしていただろうか? 恨んで、苦しんで、たしかに戦いに明け暮れる未来になっていた可能性はある。だけど――


「生きてるじゃねえか、トモエ」

「そうだね。初めてだよ、こんなのは。集中すれば2日後まで未来は見えるけど、その未来でもトモエちゃんは生きている。お姉さんは電子酒で酔っ払って倒れてるし、アンタは清掃業務でひいひい行ってるね」

「余計なお世話だ」

「うん。少なくとも陰惨な感じはない。本当に未来が変わったんだね。ホント、何者なんだろうねあの子。正しい時間軸じゃない異世界転移者っていうのが関係しているのかね?」

「…………待て。それをどこで知った?」


 ムサシの一言で、コジローの口調が硬くなる。


 異世界転移者。この世界ではない存在。柏原友恵という少女の正体。


 その秘密を知る者は多くはないはずだ。トモエの知り合い数名か、あるいはトモエを狙う者か――


「有名な話だよ。市民ランク1ならあらかた知ってるさ。天蓋元年に行われた異世界召喚プログラム。その『失敗』。まさかまさかの300年経ってその結果が現れるなんてね」

「……お前は、トモエを狙ってやって来たんじゃないのか?」

「そいつは違うと言っておくよ。そもそもお姉さんが見た未来だと、あの子はここで終わっていた。あの子が残した味データがこのあと天蓋を大混乱に巻き込むんだけど……まあ本人が生きてるならそれほどでもないのかな?」


 トモエの残した味データが数十年後にバイオノイド達の旗印となるのだが、本人が生きているのならその可能性は低い……のかもしれない。何せもうその未来は訪れないのだから。


「トモエを狙う奴はどれだけいるか分かるか?」

「現状は『子宮を利用しようと思ってる』グループと『ホルモンを使ったバイオノイド支配』グループかな。どっちにしても他組織とがんじがらめになってるからね。損得を考えれば今は静観、って判断にしてるんじゃないかな?」

「かなばっかりかよ。あてになるのか、その予測?」

「さあ? 何せお姉さんの見る未来は見事に壊されちゃったもんね。それこそサイコロ振って決めてちょうだいな。あはははははは!」


 未来が分からない。その事に笑うムサシ。


 超能力が消えたわけでもない。今でも見える未来があり、それはおそらく確定している。


 それでも、その未来は壊すことができる。トモエにその可能性がある。それが分かっただけでも嬉しかった。決まった未来なんて、もうないのだ。


「ったく、当てにならねぇ超能力者エスパー様だ。酔って喋ってんのと変わりやしねぇ」

「うんうん。その通り。だけどその超能力を併用したお姉さんの剣技に手も足も出なかったんだからね」

「手も足も出ねぇわけじゃねぇ。勝負が続かなかっただけだ。続ければ俺が勝つ」

「未来を知られてるのに勝てるのかい? 次に来る剣筋を知ってるのは、卑怯だと思わない?」


 言いながら、ムサシは怯えていた。未来予知を使った剣術。剣術を知る物からすれば相手の次の動きが分かることは勝ちを押さえたも同然だ。先読みのさらに先。相手がこう動くと確定している。それに対策することは簡単だ。


 自分が知ってる未来なら、コジローに卑怯者だと嘲られた。事実、卑怯なのだろう。相手のカードを見ながら戦っているようなものだ。コジローもそれは理解しているはずだ。


「なんでだよ。持っているものすべてを使うのは当然だろうが。サムライを侮るなよ」


 なのに、コジローはあっさりとそう答える。自分が持つものすべてを使って戦う。それこそが戦いなのだ。サイバー義肢が当たり前の世界においてサイバーレスで戦うコジローからすれば、当然の心構えだ。


『あの時』……トモエがいない未来では酷く罵られたのに、今はそう返す。何故かと考えたら、その理由は明白だ。


「……ふふ。そうかい、あの子が居るだけでこうも変わっちゃうんだねぇ」

「何言ってるんだ、アンタ?」

「気にしなさんな。どうでもいい話さ。お姉さんは喜んでいいのかフラれて悲しんでいいのか。……ああ、でもまだ可能性はある? だよねぇ。未来は決まったわけでもないわけだし」

「何を言ってるんだか。また酔っ払いに逆戻りか?」


 ぶつぶつ言うムサシに、あきれ顔で答えるコジロー。


「気にしたら負けだよ、ブシドーの旦那。ああ、負けと言えば未来ではお姉さんに一回も勝てなかったんだったか」

「その未来はトモエのおかげでなくなったんだろうが。その超能力とやらも完ぺきじゃないってことだろうが」

「言うねぇ。じゃあ試してみるかい? お姉さんとガチの斬り合いやてみる?」

「安い挑発だが乗ってやるぜ。今ここでやるか?」


 ムサシとコジローの間に緊張が走る。どちらかが先にフォトンブレードを抜けば、そのまま切り合いが始まりそうな、そんな空気。


<その勝負、吾輩が預かろう>


 そんな空気に割って入ったのは、カメハメハだった。『ネメシス』管理下の地域での逮捕権がないカメハメハは、現場の説明を『重装機械兵ホプリテス』に言った後はその場を任せて離脱してきたのだ。


<今は我らの勝利を祝うとき。爆弾も解除され、治療中の者もいる。私闘を行うには場が悪いと思うが如何か?>

「違いねぇ。後は『重装機械兵ホプリテス』に任せて電子酒でも飲みに行くか?」

「やめとく。お姉さんはトモエちゃんのライブセンスを放置できないんでね。その後も説明やらでゴタゴタしそうだし」

「……へえ。アンタが酒の誘いと断るなんざ、珍しい事もあるもんだな」


 ムサシの言葉に驚きの表情を浮かべるコジロー。その言葉に、ムサシはへらっと笑みを浮かべて返した。


「このメンツでならいつでも酒を楽しめるだろうしね」


 トモエが死んだ未来では、叶わなかった事。ムサシ、コジロー、カメハメハの三人での電子酒の宴。


 もしかしたら、何かがあって未来は元に修正されるかもしれない。別の事件で仲たがいを起こすかもしれない。それでも――


「飲めなかったときはその時その時! 飲めるようになるまで頑張りゃいいのさ!」


 未来は変えられる。その事を知ったのだから。


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