そんなの、お姉さんのせいじゃないわよ!
<否! 貴様の敗北は確定している。我がシミュレーションでも98.77%の確率でこちらが勝利すると出ているのだ!>
と言った
(左上から右下への43.6度移動。次は身をかがめて三歩進み、起き上がりざまにビットの一体を斬って同時に本体を斬る)
戦闘開始から14秒でムサシのフォトンブレードで両断されていた。胴体を横なぎに斬られ、更には頭部を貫かれ。ビットはその瞬間にコントロールを失ったかのように地面に落ちた。
「たいしたもんだよ、アンタ。お姉さん相手に14秒も戦えたんだ。ホント、楽しめたよ」
未来を見ながら戦うムサシ。将棋で言えば数手先の手を分かったうえで戦っているようなものだ。インストールされたフォトンブレードの戦闘方法とムサシ自身の戦闘経験もあるが、相手の勝ち筋を徹底的に封じての戦い。機械のスペックのみに頼った
(とっさの動きに反応できるのは、カメハメハの旦那とコジローぐらいか。むしろあの二人が規格外なのかね)
遠い未来で相対する二人を思いながら、ムサシは笑みを浮かべる。そのまま地面に落ちたビットの一つを拾い上げた。
「楽しめたお礼に、見逃してあげるよ」
ビットを指でつまみながら、そう言い放つ。まるでそこに誰かがいるのを知っているかのように。
「このビットがアンタの本体なんだろ? 正確には本体のバックアップ。ボディに何かしらの不具合があった時のサポート役ってところかね」
<なッ……!? なぜ、このビットがバックアップ用だと分かったのだ!>
図星を刺されて、音声を返す糸使い。
<バックアップの存在をどうやって知った!? それに76あるビットの1つを躊躇なく選んで……! 他のビットとの差異などないというのに!
まさかそれが超能力……!? 機械感知系、或いは透視系の
「やだなぁ。何度も言うけどお姉さんはそんないいものじゃないさ。アンタらの調査通り、電子酒狂いのろくでなしだよ」
まさか遠い未来でそれを知った、などとは言えないムサシだ。この糸使いとは後2回交戦する。その度に攻めの練度を増してくる。三度目の交戦でようやくわかる事実だ。
(今ここで完全に破壊しても、誰かがバックアップを復活させるんだろうね。未来が確定している以上、コイツを此処で壊す意味はない、か)
その度に多くの犠牲を出すと分かっていても、ここでこいつをどうすることもできない。壊してもダメ。閉じ込めても誰かが助ける。何をしても、見てしまった未来は決まっているのだ。
「もっとも、助かるかどうかは運しだいだ。アンタの日ごろの行いを鑑みるんだね」
<待て!? その能力を共に天蓋の為に生かさないか!
せめてもの腹いせとばかりに窓を開けるムサシ。それだけで何をするのか察したのか、糸使いはムサシを説得しようとするが、それを聞く耳持たないとばかりに力いっぱい窓の外にビットを投げ捨てた。
その後はまるで自分の家を歩くようにふらふらと歩き、トモエと『XXX』のいる部屋にたどり着く。
<……ふん。そこまで言うのなら、逆にこのおチビちゃんを先に壊したほうが面白そうね。何もできない悔しさを、そこで惨めに噛みしめなさい>
「いやいやいやぁ。惨めなのはそっちの方だよ機械さん。勝ち負けで言えば、アンタの負けさね」
<IZー00210634……
そして少しの会話の後に『XXX』が保存しているトモエの記憶が保存された記憶媒体を突き刺したのだ。
「さっきも言ったろ、おしまいだって。お姉さんが知ってた理由よりも大事なことがあるんじゃないかな? 具体的には自分の命とか」
<……ねえ、少し話をしない? この娘は――>
「驚いた。まさか交渉しようとするなんて。アンタらはお姉さんを殺して自分達が最強だって宣伝したいんだろ。そんな相手に頭下げるとか、プライドないんじゃないかな」
<……っ、な、何故私達の目的まで!?>
そりゃ未来でアンタらがべらべら喋ったからさ。だけどそれを言っても理解はされないだろう。なのでムサシは答えの代わりにフォトンブレードを一閃した。右肩から左胴を斬り割く一閃。斬られた下半身は動かなくなり、上半身は水面で喘ぐようにランプが明滅する。
「……ま、ココまでやっても生きてるんだけどね。忌々しいなぁ……」
『XXX』もまた、この後数度関わり合う相手だ。クローンの記憶を食らい、それを元に商売を始める
ムサシはその後、倒れているバイオノイドとクローンを診る。外傷はない。だが目覚める様子もない。ことバイオノイドは『XXX』に脳内情報をを白く塗りつぶされている。唸るような声しか返せないようだ。
「あ……」
まだ白紙化が浅かったのか、トモエが声をあげる。ムサシはそれを確認して、息をのんだ。かつて見た通りの状況だ。死んでいるはずがない。ここで廃人になっていていたのなら、この後起きる悲劇は回避できる。だけど、それももうかなわない。
いつか見た
(逃げたい)
ここで逃げても結果は同じだ。見た未来からは逃れられない。それはもう何度も試してきた。見てしまった未来は変えられない。
「ごめんね、トモエちゃん。お姉さんのせいだ」
それに、ここで謝らずに逃げるなんてできない。『デウスエクスマキナ』がこのビルを襲ったのは、自分のせいだ。自分と関わったからこの子やそこで倒れているクローン、そしてバイオノイド達は命を失う。そこから逃げるわけにはいかない。
「……え?」
「ここに来た
聴覚センサーが遠くから走ってくる音を捕える。階段を上ってきたコジローだ。ああ、もう少し早く来てくれたら。或いはもう少し手間取ってくれたらよかったのに。最悪のタイミングなのに、分かっているのに。
「お姉さんを罵っていいよ。トモエちゃんにはその権利がある。そこに倒れているネネネちゃんも、他のバイオノイドも、皆巻き込まれたんだ。お姉さんのせいでみんな死ぬんだよ。
トモエちゃんの記憶が入った媒体も壊した。あれを世間に流布させるわけにはいかないからね。このままトモエちゃんは死んじゃうんだ。だから……最後の最後に罵ってもいいよ」
ムサシの説明を聞くトモエ。まだ言葉の意味は理解できるはずだ。もう助からない事。もう記憶も戻らない事。巻き込んだこと。それを全部伝えた。死ぬ間際に恨み言をぶつけられても仕方のない事だ。
(この後の事はわかってる)
ムサシはこの数秒後の事を知っている。
『バカ! アナタのせいだったのね! 全部全部、アナタのせいだったのね!』
そう激しく罵られ、それを聞いたコジローが真実を知る。
『どういうことだ……? おい、まさかアンタが!』
コジローはトモエを巻き込んだムサシを許さないと斬りかかり、そこから長い長い関係が始まる。巻き込んだのは事実だ。トモエの死に自分が無関係だなんて逃げるつもりはない。その恨み言も、怒りも、全部受け止めるつもりだ。
(ははは。わかっているけど――やだねぇ。楽しく電子酒飲んで騒げるのは、もうおしまいってことか)
さようなら。享楽の日々。そしてここからすべてが始まる。天蓋の裏で動くムサシとコジロー。そしてそれを追うカメハメハ。もうこの三人で電子酒を飲むことは叶わない。平穏など縁遠い、修羅道の始まりだ。
「バカ!」
目を閉じず、次の言葉を待つムサシ。トモエの口から怒りの言葉が放たれた。
「――そんなの、お姉さんのせいじゃないわよ!」
……………………は?
「お姉さんだって狙われてたんでしょ! そんなのお姉さんのせいじゃないよ!」
「待って、待って待って! ……え? 何を、言ってるの……?」
「何って、悪いのはあの機械達じゃない! 私やネネネちゃんを襲ったのはあの機械で、お姉さんも被害者なんでしょ!」
ありえない。
だってここは激しく罵られて、後ろにいるコジローにそれを見られて……そこから一秒たりとも楽しめない地獄が始まるはずなのに。
「なんで……? なんでそんなことが言えるの……?」
ムサシの問いには、二重の意味が込められていた。巻き込まれたのに何で罵らないのかという事と、
(何で、私が見た未来を覆すようなことを言うの……?)
初めてだった。
見たことと異なる事をする者を見るのは。今まで一度もそんなことはなかった。今までみんな見た通りに動き、喋って、そして行動した。未来は変えられないのだと、痛みと共に知らされたのに。
「だって……当たり前じゃないの。悪いのはあいつらだよ。お姉さんはそれから助けてくれたんでしょ。罵るなんてできないわよ」
「……お姉さんが、原因なんだよ」
トモエの答えに、呆けたように問いかけるムサシ。
「ムサシのお姉さんは、私を殺そうと思ってあんなところで寝転がってたの?」
「違う、けど」
「だったら……しょうがないわよ。お姉さんのせいじゃない。巻き込まれたかもしれないけど、お姉さんのせいじゃないのは確かだもん」
「……その結果が、今なんだよ……もう、助からないんだよ……」
気が付けば、左目から涙が流れていた。サイバー改造されていない、未来を見る瞳から。ぐしぐしと泣きじゃくりながら、トモエの手を取って問いかける。
「分かんないわよ。もしかしたら、どうにか助かるかもしれないじゃない。一秒後にコジローがやってきて、スパーっと何かを斬って助かるかも。ニコサンがものすごいお金を使ってスーパードクターを持ってきてくれるかも。ナナコは……まあエロエロ解決しそうだからいらないかな」
脳内が白く染め上がられている中で、それでも希望を失わないトモエ。自分自身を失いながらも、その根幹部分は負けていないとばかりに希望を語る。
「未来は、誰にも分らないんだから」
それは――トモエ自身はムサシの苦悩など知る由もないのだが――ムサシの棘そのものだった。確定した未来に振り回され続けたムサシのどうしようもない棘。
その棘を、トモエはあっさりと振り払ったのだ。決まっていた未来を覆し、そしてその棘を抜き取るような一言で。
【
「う、ああああああああああああああああ!」
泣いた。
恥も外聞もなく、大声で泣くムサシ。自分を縛っていたものすべてから解放され、わけもわからずに感情を爆発させる。みっともないとか、情けないとか、そんなことを考える余裕もない。ただ、
「あああああああああああああああああ! あはははははははははは! もう、もう、なんなのよそれ! ああああああああああああああん!」
ムサシは泣きながら、笑っていた。
「……どういう事だ? もしかして手遅れだったか?」
その泣き声を聞きながら、コジローは訳も分からずに戸惑っていた。
「そうか、そうだよね。手遅れには違いないんだ」
少し見た形とは異なったが、トモエが助からないことは変わらないのだ。脳の白紙化は止まらない。助かる術はない。
「この
「助からないのか? トモエはまだ喋れるんだろ? ならまだ何とかなるんじゃないのか?」
コジローに問い詰められるムサシ。ああ、この流れで恨まれるのか。ここでないと言って、その後原因は自分だという事になって……それで自分が見た未来になるのか。
「助かる方法は――」
白紙化を止める手段は、一つだけある。未来において『XXX』の犯罪が進み、その対策として講じられた案がある。だけど、それを行うには――
「ライブセンスを使って自分の脳内に意識を潜らせることだね。記憶を奪ったと言っても、完全じゃない。脳の中には残っているけど思い出せなくさせてるだけなんだ。だからそれを引っ張り出せば元通りさ。
でも時間はないよ。二時間以内に処置しないといけない。受注生産のライブセンスを作るには時間が足りないんだ。だから実質助からないんだよ」
助からないことを説明するムサシ。今からライブセンスを作っても間に合うはずがない。すでに作られているライブセンスを探して持ってくるにしても、助けられるのはその数だけ。ここにいるバイオノイド全員を救うには数が足りない。
「……そいつは……」
コジローも言葉を失う。『NNチップ』で事が足りるから生産されなくなったライブセンス。旧型のVR体験機械。バイオノイド用にしか使われない趣味の機械を二時間で用意するなんて不可能だ――
「あの…………あるけど。ライブセンス」
そんな暗い空気を吹き飛ばすように、トモエは口を開く。
「え?」
「しかも50個。ここにいるバイオノイド全員分」
「なんで?」
「ニコサンの計らいで、全員に味データの試食させようってことになって……」
「……なんで?」
「えと……ニコサンだし?」
なんで? その言葉すら失ったように、ムサシは呆けていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます