正々堂々と影から殺す
ビル一階から二階に続く階段の踊り場。4人で狭さを感じるようなそんな狭い場所に、コジローは足止めされていた。
「厄介だな……」
コジローの目の前には階段があり、2階への扉も開いている。何も知らなければそのまままっすぐ進んでトモエの元に向かえばいい。事実、そうしたいのはやまやまだ。だがそれができない理由がある。
<どうした、2階に行きたいんだろう? 早く行けばいいじゃないか>
聞こえてくる声。挑発するような機械音。声は階段の上から聞こえてくるが、その姿は見えない。そこにいるのは確かだ。その姿も確認した。
その
<直接は会うのは初めてだな。私が設置した『ダーキニー』を潰したクローン。見事なサイバーアイだ。その隠密性小型性も含めて。或いは、貴様も
2階に向かおうとするコジローの前に現れたのは、一体の
「ああ、あの場所にあんなもん置いたのはアンタか。あいにくと弁償しろっていうのなら無理だぜ。こっちはクレジットのない貧乏人だからな」
<ならそれは貴様を解体して回収しよう。私の改造した迷彩を看破するほどのサイバーアイ、どのようなモノか興味がある。もっとも……>
その言葉と同時に
<私は慈悲深い紳士だ。ここから前に進まぬというのなら見逃そう。
私はNeー00189700。『インビジブル』の
挑発するような声を上げ、会談は沈黙に包まれる。Neー00189700。西暦時代にSFの巨人として名を遺したハーバート・ジョージ・ウェルズの代表作『
「確かに紳士だな。ここから先は罠だと教えてくれるなんざ」
<別ルートを検索。IZー00210634の非常階段が最短かつ安全です>
「だろうな。だけどコイツを放置するのも厄介なんだよな」
この場の安全だけを考えれば回れ右するべきだ。わざわざ罠だと分かっている場所に足を踏み入れる意味はない。
だが、相手は迷彩工学に長けた相手だ。それを無視すれば、いつどこで不意を突かれるか分かったものじゃない。今ここで背を向けることも相手の思惑かも知れないのだ。
「少なくとも相手している間はここに留まってくれるんだろうし、やるしかないか」
<了解。『ダーキニー』のデータ、展開。設置場所を予測します>
コジローの言葉にツバメは『ダーキニー』のスペックから会談に設置できそうな場所を予測する。機体の重量、光学迷彩の精度、そういったカタログスペックからの最適解だ。
「ありがとよ、相棒」
コジローはその予測場所を意識し――その場所とは全く異なる場所にフォトンブレードを振るう。ブレードは音もなく空を切り、1秒後に両断されて光学迷彩が解除された『ダーキニー』が姿を現した。
<ほほう。その程度は見えるか。なかなか高精度の予測CPUを持っているようだな>
「はん、普通の予測の裏をかく。アンタは性格悪そうな気がしたんでな。CPUなんざ要らねぇよ」
ツバメの予測を信じてなかったわけではない。むしろその演算能力を信じていた。普通に考えればここに設置する。その予測は間違いない。
ただ、相手は普通じゃない。その予測の裏をかくことぐらいはやるだろうとコジローは判断したのだ。安全と思った場所。その安堵しきったところを背後から撃つ。その場所にブレードを振るったのだ。
<今回の失敗をベースにし、再演算します>
「おうよ。頼りにしてるぜ、相棒>
『NNチップ』が再演算をし、その場所を吟味するコジロー。おそらくインビジブルもそれは予測するだろう。更にその裏をかいてくるか、或いはそう思わせて演算通りか。
<どうした? 威勢がいいのは口だけか? それともお得意の超能力を使用中か?>
「あんたこそ、あの程度で俺をやれると思ってたのか? だったら興ざめだな」
<まさか。むしろここからが本番だ。さあ、楽しませてくれ>
挑発に対するインビジブルの返し。自動返信の会話はないだろう。ここから逃げない限りは、ここにいる。インビジブルをフリーにしないために、コジローは一歩ずつ進む。少し離れたところから響くカメハメハの戦いとは真逆の、静寂の戦い。
息を吸い、そして吐く。全身の神経を敏感にし、ツバメの予測した場面を脳内で見ながら思考する。間違いは許されない。読むべきはインビジブルの思考。現状における最善手と、それを止めようとする
階段を一歩昇る。何もない。しかしこの場所は本当に正しいか? 実は見えない袋小路なのでは? 視界で判断できない銃口が目の前にあるのでは? 静かに追い込まれているのでは?
『ダーキニー』があると思われる場所に向けてブレードを振るう。隠密性を高めるゆえか、銃は小型のモノに差し替えられていた。消音器をつけられた手のひらサイズの銃。狭い階段に設置するのに適した改造だ。重量も軽いため、壁や天井にも設置できる。
「ようやくここまで来たか」
そして10分かけて階段の踊り場までやってこれたのだ。走れば10秒もかからない距離だが、1時間ぐらい走り続けたような疲労が襲ってくる。やっと半分。あと半分。希望と絶望がブレンドされ、コジローの精神を揺るがす。
<副交感神経を活性化させます>
「ありがとよ。焦っちゃ負けだな」
ツバメが興奮するコジローの精神を落ち着かせるようにホルモンを分泌する。分泌されたホルモンがコジローの体内を回り、乱れた呼吸を整える。
<見事だな。だが――>
響くインビジブルの声。コジローは声の場所を確認することなく、フォトンブレードを自らを守るように縦に構えた。光子と光子が交差する。光子を纏った飛び道具。それを構えたフォトンブレードが弾き落としたのだ。
<ここからは私も攻撃をする。気を抜く余裕はないぞ>
「お得意の隠密戦法に自信がなくなったか? だったら助言してやるよ。アンタ、隠し方がワンパターンなんだよ」
<ふざけるな! 53の並行演算が行える私がワンパターン? ハッタリにもほどがある!>
コジローの軽口に怒りの声をあげるインビジブル。ここがアイツの肝か。それを察し、コジローは言葉を続ける。
「機械の演算は大したもんだぜ。クローン如きじゃ一生追いつけないだろうよ。実際、今の娯楽はAIなしじゃ成り立たねぇ。脳内命令一つで無限のイラストとストーリーが展開されるからな」
<娯楽に興味はない。この身全てを天蓋の為に捧げるために機械と化した。天蓋に逆らう者を気づかれず匂い、そして殺害するためにな>
「つまらないねぇ。同じ隠密工作員でもナナコとは大違いだ。あっちはあっちで困りもんだが」
味も飾りもない返答に肩をすくめるコジロー。ここにはいない『
「そのつまらなさがパターンを固定しているのさ。アンタは最適解を見て、その表と裏を見ているに過ぎない。『NNチップ』が演算する結果を見て、その裏をかくか情動を取るか。その二択だ。
それじゃ仕留められないと思って、自分から攻撃を仕掛けてきたみたいだが――」
言葉を止めることなくコジローはフォトンブレードを振るう。光子と光子がぶつかり合う小さな音が響いた。フォトンブレードに弾かれたのは光を纏った棒状の金属だ。フォトンシュリケン。コジローは勝手にそう名付けた。おそらく対ムサシ作られたフォトンブレード封じの武器だろう。
「そいつは悪手だったな。武器からアンタの焦りが伝わってくるぜ」
<……? 何だと?>
一歩。安全を確認して、更にもう一歩。
「太刀筋、威力、速度、そう言ったモノから伝わるものがあるのさ。このシュリケンはあんたの手から放たれた武器だ。投擲はプログラムで行われたんだろうが、それでもあんたの手から放たれた以上は伝わるんだよ。
アンタの焦りがな。何故仕留められないかって動揺しているのが伝わってくるぜ」
剣を交わせばその強さが分かる。わずか一合交差すれば彼我の差は明確になる。戦いを多く経験した者が分かる領域。飛び道具とはいえ、それは同じだ。心のない機械の射撃ではなく、心ある
<焦り、だと!? ハッタリもほどほどに――いや、この精神攪乱こそが貴様の超能力か!>
「動揺していることを認めるようだな。無理もないか。アンタの隠密は完璧だ。実際、乱戦の中襲われればやられていたかもな。アンタが隠密技術に拘らない生粋の暗殺者だったらアウトだったろうな。
あるいは、遊びや冗談を解する奴だったら裏の裏のさらに裏を突いてきただろうよ。こっちを笑わせてその裏を突くとかな」
一歩。もう一歩。コジローにせまるシュリケンの頻度は高くなる。逆に『ダーキニー』の数は少なくなった。
<黙れ! 肉の体に拘るクローンのくせに! 技術を求めてすべてを捨てた私にアドバイスだとふざけるな! 動揺などしない! ここからだ。ここから貴様を討つ! 乱戦の隙を縫うなどというランダム要素など要らぬ! 精度を増した機械による演算能力と私の理論だけで十分だ!>
完璧な隠密。完璧なプログラム。それを求めて自らを機械にした。もっとも小さなエネルギーで最も力ある者を討つ。その為に選んだのが身を隠しての一撃必殺。研鑚に研鑚を重ねた迷彩工学が、サイバー改造暦のない市民ランク6のクローンにここかで看破されるというのか。
「そこだ」
階段の途中に設置されていた『ダーキニー』に振るわれるフォトンブレード。その一閃を返すようにして左に振るい、そこにいたインビジブルに刃を振るう。『ダーキニー』を囮にして攻撃の隙をぬっての攻撃。しかしそれも看破されれていれば対応も可能だ。
【
<……ああああああああ、き、貴様ぁ……!>
切られた頭部を押さえながら叫ぶインビジブル。傷のダメージよりも、必殺の一打を返されたことへの悔しさが大きいのだろう。声には恨みが多く含まれていた。
「近づかずに銃やシュリケンを使えばやれたかもしれないのにな」
<銃では火薬のにおいが残る。シュリケンというのがフォトンダーツの事を言っているのなら、この距離では起動音すら悟られる>
「それでも俺を傷つけることができたかもしれないぜ」
<それでは貴様を倒せても、私の負けだ>
『自分の迷彩技術で勝つ』事がインビジブルの勝利条件なのだ。それ以外での勝利に意味はない。組織の一翼としては間違っているだろうが、それでも肉体を捨ててまで求めた誇りまでは捨てられない。
「その執念は大したもんだ。ブシドーに通じるね」
フォトンブレードの切っ先を向けたままコジローは言う。一足でもう一太刀入れられる距離。インビジブルが姿を消そうがこの距離なら斬れる。それはインビジブルも理解しているのか、動こうともしない。
<ふざけるな。そんな名も知らぬ単語と私の光学迷彩を一緒にするな。今回の戦闘データは記録し、転送した。この屈辱共に、データバンクに刻んでおく>
「怖い怖い。だがその克己心がアンタの力になることを祈っとくぜ」
<次こそは貴様を正々堂々と影から殺してやる>
正々堂々と影から殺す。相反しているようだが、この
「そうかい。悪いが今日は急ぐんでここまでだ。脳が無事だったら電子酒でも飲みあいたいもんだね。
アンタみたいなストイックな奴は嫌いじゃねぇしな」
言ってコジローはフォトンブレードを振るってインビジブルの首を刎ねる。さらに踏み込んで胴体を斬った。これで移動はできないはずだ。
『脳』に相当する部分がどこにあるかはわからないので命を絶てたかは怪しい所だが、新しいボディに換装するにしてもすぐにはできないだろう。しばらく邪魔されることはなさそうだ。
「ちょっと手間取りすぎたかもな。急ぐぞ」
<肉体ダメージよりも視界を制限された緊張状態による精神的な疲弊が大きいです。3分の休憩をお勧めします>
ツバメに言われるまでもなく、疲労を感じるコジロー。見えない相手の戦いは、想像以上に疲れる。このまま座り込みたい気持ちを押さえ込み、コジローは息を吐いた。
「できればそうしたいけど、そうもいかねぇんだよな」
額の汗をぬぐい、コジローは階段を登り切った。
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