戦いの後に使用する電子酒は最高だ!

 ムサシがトモエの元に到着する少し前、ビル一階の戦いは――


<食らうがいい! これが『カプ・クイアルア』が生み出した圧倒的パワァァァァァァァ! 出力、持続力、そして硬度! 数多の研鑚と考察を繰り返して生み出された一撃ィィィィィィィィィィ!>


<48時間程度の任務では落ちることなく、10時間継続するの戦闘行為でも途切れはせぬ。それが『ペレ』のエネルギー工学で生み出されたバッテリー! 尽きることなきエネルギィィィィィィィィ! さあ、貴様らの限界を見せよぉ!>


<アタックゥ! デイフェンスゥ! そのどちらもパァァァァァァフェクトッ! 吾輩が行使するのは、相手を効率よく鎮圧するかを目的にした格闘術ゥゥゥゥ! ただスペックに任せて暴れるだけの有象無象がッ、吾輩に勝てる道理などなああああああああああい!>


 カメハメハが圧倒していた。


『デウスエクスマキナ』の完全機械化フルボーグが弱いわけではない。戦闘用に改造された彼らは互いに通信を取り合い、プログラム化された手法を一分の隙なくこなす。


<パターン、GGU>

<同調率99.987%。襲撃成功率98%>

<アサルト!>


 光学迷彩で視覚感知できなくした『ダーキニー』で足を止め、その隙をつく完全機械化フルボーグの一撃。或いはその逆。その時の最善手をプログラムが判断し、それに従い動く。迷いがない分、隙も少ない。


<ふんぬ!>


 しかしカメハメハはその襲撃を知っていたかのように止める。極小のフォトンシールドと機械化された腕の盾部位でそれを止め、同時にもう片方の拳で反撃をする。拳そのものを射出して相手を掴み、自分の元に引っ張って鋭い一撃を加えた。


機 械 格 闘 術マシンアーツ――達 ・ 正 拳クライマックス・パンチ】!


 ただ真っ直ぐにこぶしを叩き込む。西暦時代から脈々と伝えられてきた素手格闘スデゴロ。粗暴な一撃は時代と共に科学的に物理的に精錬され、そしてその最終地点ともいえる一撃。そしてここからまたさらに、格闘術は発展していくのだ。


<無駄無駄無駄ぁ! その距離、その武装、そのスペック! それらからできる行動などすべて予測済みィィィィ! 日々戦い続ける『カプ・クイアルア』の経験は伊達ではないィ! そして吾輩もまた、日々成長し続けるぅぅぅ! より強く、より美しくぅ!>


 まさに圧倒的。全ての攻撃を予測し、そして対応するスペックを持っている。治安維持のために力を注ぎ込み、悪を討つために研鑚を重ねる完全機械化フルボーグ。それがカメハメハ。己の領域において、敵はいない。


 相手の戦意が削げたことを確認する。ここが決め時とばかりに攻撃を止め、


<カメハメハ!>


 機械腕を突き上げ、ポーズを決めて叫ぶカメハメハ。


<イィィィィィィィィィィィィズ!>


 叫びながら足を円のように動かし、角度を決める。


<ビュゥゥゥゥゥゥゥゥティホォォォォォォォ!>


 感極まったとばかりに叫ぶカメハメハ。敵からすれば馬鹿にしているとしか思えないが、かといって迂闊に攻めることもできない。それだけ圧倒的な性能差を見せつけられたのだ。


<ふん。『カプ・クイアルア』の戦術プログラムが美しいだと? 無粋の極みだ>


 その空気を壊すように、スピーカーから声が響く。


<ただ暴れるだけの力技。そこに美しさなどない。真の美しさは戦う前から決まっている。それを教えてやろう。――上位個体による戦術インストール、開始>

<ま、待ってください『ジオメトリー』! 我々はまだやれ――再起動、開始>

<やめてくれ! 『私』の領域を削ってまでの強制インストールは――再起動します>


 スピーカーからの声と同時に、まだ動ける完全機械化フルボーグが沈黙し、再起動する。無理やり導入されたプログラムを作動させるために、上位個体から命令されたのだ。


<貴様! 無理やり個人の脳領域を削って戦術プログラムをインストールしているのか!?>

<『個性』などというモノは要らん。必要なのは目的のために全てを捧げること。それが機械というモノだ>


 叫ぶカメハメハに答える声。おそらく完全機械化フルボーグの聴覚センサーを通して聞いているのだろう。ジオメトリー。そう呼ばれた声の主はカメハメハとは対照に淡々としていた。


<否ぁ! たとえ体は機械なれど、心を持つからこその完全機械化フルボーグ! それを奪うなどあってはならぬぅ!>

<その心こそが悪を行う原動力なのだ。真に犯罪を憎むなら心を消せばいい。真に天蓋を支配するなら、心も機械にすればいい。それがなぜ理解できぬ>

<その思想……まさか、Pe-00111414か!? 『カプ・クイアルア』戦術プログラムを築き上げたと言われる貴様が、何故こんなことを!?>


 かつての『カプ・クイアルア』同僚のクローンナンバーを叫ぶカメハメハ。1:1:√21.414幾何学ジオメトリーの基礎の基礎である直角二等辺三角形の比率。部署こそ違えど、かつては天蓋の治安を守るために共に歩んだ同僚。


<何故? 決まっている。天蓋を真に平和にするためだ>


 迷うことなく答えるジオメトリー。


<この天蓋は悪意に満ちている。お前も理解しているのだろう? 多くの事件に接触し、多くの苦しむ声を聴いた。その原因はなんだ? 人の悪意、欲望、愛憎、その根底にあるのは心なのだと!>


 否、天蓋の治安を守るためという精神は変わらない。ただ、方向性を違えただけだ。治安組織による鎮圧では不可能だと悟り、クローンの心を封じる方向にかじを切ったのだ。

 

<否定はせぬ。多くの犯罪はそう言ったモノから生まれた。そこから目を逸らすつもりはない>

<ならば心など不要! 不要な者を切り捨てるのが天蓋という社会! ならば心を奪う事の何が悪か! 支配する者に従い、機械になることが正しい在り方なのだ!>


 熱意がこもった機械音声。多くの犯罪を見て、多くの心を見て、多くの絶望を見たことを思わせる叫び。治安を守る立場だからこそ、治安により守れなかったものを見てきた。その声を聴いた。その嘆きを知った。


<貴様も同じ意見のはずだ、カメハメハ! 貴様も機械のすばらしさを知っているはずだ! 否、肉欲に溺れることの醜さを知っているはずだ! 全ての犯罪を抹消するには、心など要らぬと思っているはずだ!>


『カプ・クイアルア』としてともに犯罪に立ち向かったからこそ、理解できる。地獄を生むのは人の心だ。それを支配し、管理できるなら地獄は起きない。悲劇は起きない。それは正しい。そうすることでなくなる悲劇は確かにある。


<Pe-00111414。いや、ここはかつての同僚ではなく『デウスエクスマキナ』のジオメトリーと呼ぼう。そのやり方で、確かに犯罪は減る。その正しさを理解したうえで、吾輩はあえてこう言おう>


 再起動が終わったのか『デウスエクスマキナ』の完全機械化フルボーグ達が動き出す。その前に攻撃することもできたが、あえてそれをせずにカメハメハは待機していた。


<戦いの後に使用する電子酒は最高だ!>


 反論の声は帰ってこなかった。呆れたか意表を突かれたか。ともあれカメハメハは止められることなく言葉を続ける。


<仕事で疲れた時の電子酒は脳にしみる! 達成感と共に広がる酔いは素晴らしい解放感を与えてくれる! 再起動後の爽快感とは違う、溶けるような喜びがたまらない!>

<つまらん。それはただの脳内状態だ。そんなものはいくらでも再現できる!>

<否! なるほど脳に記録された過去は『NNチップ』で可能だ。だが、今を生きる瞬間は今しか味わえない! それを感じるのは心! 貴様が否定する心こそが、喜びの元となるのだ!>


 構えを取るカメハメハ。そこには一歩も引かぬという意思を感じる。その身は機械だが、その内には熱い心を込めて。


<ジオメトリー。心こそ悪の根源。しかし笑いや喜びもまた、心が根源なのだ。心を否定した支配などに意味はない! 悪が蔓延るなら、善がそれを迎え撃つ。その為の『カプ・クイアルア』なのだ!>

<つまりお前も肉欲に溺れるバカだという事か。いいだろう、その傲慢を打ち砕く! 対『カプ・クイアルア』用の戦闘プログラムをインストールした兵士と戦い、その愚かさを後悔するんだな!>


 再起動した完全機械化フルボーグが襲い掛かってくる。カメハメハの戦い方を理解し、その主軸である機械腕を警戒するような距離に位置どった。そして一体はカメハメハに近づき、近接攻撃を仕掛ける。


 カメハメハが近づいた完全機械化フルボーグを攻撃した瞬間に一気に攻める囮戦法。如何なる相手であっても攻撃フォームに移行すれば防御には隙が生まれる。そこを攻め、ダメージを積み重ねていく。そんな戦術だ。


<成程、彼らのスペックからすればそれが最善手。犠牲をいとわず目的だけを果たすならそれもあるだろう! それを強要するとは!>

<負けを認めるか、カメハメハ。『カプ・クイアルア』の戦闘プログラムなら距離を開け、援護の射線を遮る動きが最優先される。しかしそれは封じさせてもらう>


 ジオメトリーの指揮なのか、倒れてた完全機械化フルボーグが這うようにしながら射線を遮りそうな壁や入り口近くに移動している。そちらに向かえば伏した状態で射撃して移動を阻害するつもりだ。


<先日までの吾輩でば強引に突破していたであろう。或いは、完全逃走を選択していただろうな>


 プログラムによる最善手を封じられたカメハメハはそう言い放つ。プログラムを管理する『NNチップ』からも逃走の警告が出ていた。勝率は低く、戦う意味はない。目的である超能力者エスパーを追うことは難しく、上司からの圧力も増してきている。無駄な戦いに身を投じる必要はない。


<だが残念であった。吾輩はサムライの技を知った! 機械の美しさとは違う、筋肉と神経を鍛え上げたクローンの技を! プログラムでもない、モーターでもない、心と肉体の技を!>


 コジローとの戦いを思い出すカメハメハ。最小の動きで、最大の効率を。隙は小さく、しかし動きは鋭く。ただ敵を倒すためだけに特化した動きを繰り返し、思うより先に相手を倒せ。ルーチンではなく、体に染みついた動きを。


 細かく、小さく、鋭く、速く。大事なのは流れるような動き。戦場を俯瞰するように見て、自分自身も含めて遊戯版の一部と見よ。隙を見せるな。隙を作るな。細かく、小さく、鋭く、速く。細かく、小さく、鋭く、速く。


<なんだ……!? なんだ、その動きは……! 『カプ・クイアルア』の戦闘プログラムにそんなものはないぞ! いや、天蓋治安組織喉の戦闘プログラムにも合致しない!

 兵装使用を前提としない動き……! サイバー技術を利用できないバイオノイドでもない限り、そんな動きをする必要はない! 非合理的だ!>


 叫ぶジオメトリー。サイバー技術が普及している店外において、サイバー技術を前提としない動きに意味はない。相手を倒したいなら、相手より強いサイバー義肢を持て。相手を殺したいなら、相手を殺せる火力を持て。それが天蓋の合理なのに。


<非合理やもしれぬ。しかし如何なる技も極めれば天に届くぅ! いや、この程度で極めたとあってはサムライに失礼か?>


 小さく、しかし確実に。これまでのカメハメハの派手で豪快な動きとは違う。『カプ・クイアルア』の戦闘プログラムにもこんな動きはない。サムライと交戦して生まれたカメハメハの新たな動き。


機 械 格 闘 術マシンアーツ――流 水 乱 舞ストリーム】!


 流れる水の如く形なく、そして途切れることのない動き。長年研鑚された戦闘プログラムと、長く培われたサムライの剣技との融合コラボ。それが合理的に盤面に展開された完全機械化フルボーグ達を圧倒していく。


<どこかに隙があるはずだ! 探せ、探せ、探せ! そうだ。この動きもまた研究して打ち破ればいい……! 合理的に見れば負けるはずがない!>

<合理が非合理に負けるはずがない。その悔しさもまた心と知るがいい、ジオメトリー! その克己心こそが、貴様をさらに強くする!>

<…………っ!? 違う。これはプログラムだ。不具合あれば修正する。失敗から学び、バージョンアップする。ただそれだけだ!>


 カメハメハの言葉は通信越しの相手に届かない。或いは、届いたからこそ否定されたか。どうあれ、ここで意見を改めることはない。


 この戦場はカメハメハが勝利を収めるだろう。それはジオメトリーも認めるしかない事実だ。どれだけ再演算しても、今の動きを超える戦闘プログラムはできない。


 だがカメハメハはここに足止めされることになる。『デウスエクスマキナ』の主格を捕えることができず、目的である超能力者エスパーの情報も手に入れられず、『カプ・クイアルア』の立場は悪くなる。


 だが、その結果を受けながらカメハメハはこう笑うのであった。


<良き戦いができた。よき戦友ができた。ゆえに此度の結果は、上々だ!>

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