生きてるといいねぇ。その子達

 ビル一階に乗り込んだコジローたちを迎えたのは、完全機械化フルボーグと射撃ドローン『ダーキニー』による一斉射撃だった。秒間70発の弾丸の嵐。内蔵している弾丸全てを吐き出すとばかりの総攻撃。


 そして一斉射撃が終わった後、そこには仁王立ちする一体の完全機械化フルボーグがいた。


<初手に全火力を向ける戦術。見事見事と褒めておこう! しかぁし! 『ペレ』のエネルギー工学は天蓋一ィ! フォトンシールドを全方位全力で展開してもまだまだ余裕はあるのだぁぁぁぁぁ!>


 PL-00116642。カメハメハだ。一斉射撃を予想して内蔵されたフォトンシールドを最大範囲で最高出力で展開したのだ。弾丸は光で形成された力場で弾かれ、地面に落ちる。


<あいつは……カメハメハ! 馬鹿な、何故ヤツが!>

<『カプ・クイアルア』への工作が不十分だったという事か!? なんで敵対している!?>

<いや。あいつは別任務にいる状態だ。『カプ・クイアルア』の立場から超能力者エスパーを追い詰めてもらう流れのはず! 何故超能力者エスパーと共にいるんだ!>


『デウスエクスマキナ』は多方面から超能力者エスパー――ムサシを追いかけていた。襲撃現場に監視用として『ダーキニー』を隠密設置し、『カプ・クイアルア』からも人員を求めた。その際に完全機械化フルボーグのカメハメハを指定したのは、彼の思想も機械化至上主義者メカ・スプレマシーだと知っていたからだ。


 困惑する『デウスエクスマキナ』の、完全機械化フルボーグ。計画を再演算し、同時にサブ武器の近接武器を構える。超能力者エスパーの戦歴は知っている。銃器も近接攻撃もまるで当たらない。最短速度でフォトンシールドを振るわれ、斬り割かれていく。


「旦那、連中の仲間っぽいこと言われてるぜ。『カプ・クイアルア』も一枚岩じゃねぇようだな」

<知らぬな。吾輩は任務に従い超能力者エスパーと思われる存在を追っているにすぎぬ。そして撃たれたゆえに反撃するまでよ>

「確かに撃たれたら反撃しないとな」


 カメハメハは裏切りはないとばかりに指を立てる。コジローもそれに答えるように笑みを浮かべ、フォトンブレードを展開して刃を形成した。初めから裏切るなど思っていないが。


「…………うん、そうだねぇ。一緒に戦えるってのは幸せだよねぇ」


 そんなやり取りを眩しそうに見るムサシ。市民ランク6で何の後ろ盾のないサイバーレスのコジロー。生涯『カプ・クイアルア』として拳を振るう完全機械化フルボーグのカメハメハ。確かな絆がそこにあった。


(この戦いの後、ミセイネンちゃん……トモエって名乗るのはこの後だったっけ? それとももう名乗ってくれたっけ? ともあれ異世界転移した子が殺されて、コジローは悪鬼羅刹になる。カメハメハの旦那はそれを止める立場。共闘できるのは今この時だけ。

 お姉さんは……うん、ふらふらだよね。秩序側でもなく、復讐側でもなく。決まっちゃった未来なんてのに振り回されて。何をしたいかなんてありゃしない)


 ネタバレされた物語のように、この後起きることを知っている。干渉することもできず、逃げることもできない。何をしても未来は変えられないのだ。


「ま、今が良ければそれでいいってね」


 なら、せめてこの共闘だけは楽しもう。ムサシ、コジロー、そしてカメハメハ。この三人が共に戦えるのはこの時だけ。その意味を、その奇跡を、十分味わおう。ムサシは言ってふらりと前に出る。酔ったような千鳥足。


「よくねぇよ。ここに住んでるやつを助けねぇといけないんだからな。なんで頼りにしてるぜ」


 ムサシのふらついた足の動きが彼女の戦闘スタイルなのだとコジローは知っている。だから任せるようにコジローは別方向を向いた。二階に続く階段。トモエとネネネはバイオノイドと共に二階に住んでいると言っていた。


「生きてるといいねぇ。その子達」


 できるだけ動揺を出さないようにムサシは言う。コジローを元気づけるように。……助からないという未来けっかを感情に乗せないように。


<吾輩は一階ここの連中を掃討しよう。

 おおっと違うか。ここの連中は超能力者エスパーの事を知っているようだから、任務に従い事情徴収せねばな。さて、大人しく話を聞かせてもらえればいいのだが>


 あくまで『超能力者ムサシの捜索』の立場を崩さないようにふるまうカメハメハ。『カプ・クイアルア』の任務に忠実であれ。それはカメハメハの誓いだ。力をもって治安を守る。天蓋の平和を乱すモノには、機械の鉄槌を。


超能力者エスパーを殺せ! 我々機械の方が格上だと証明するのだ!>

<わざわざ飛び込んできてくれたんだ。ここで決着をつけろ!>

<協力者も殺せ! 『デウスエクスマキナ』に逆らう者がどうなるか、教えてやれ!>


 機械による運営こそ天蓋のため。天蓋に十人もいない超能力者エスパーなどよりも、無数の完全機械化フルボーグによる統制こそが天蓋のため。肉体など脳さえあれば十分だ。いや、脳も機械で代替できるようになれば不要になる。


<確かに機械は至高! 数多の技術者が研鑚して積み重ねてきた機械の数々! 幾多の失敗と実験を重ねて生み出された思考の果て! そうして作り出された機械はまだまだ発展するだろう!>


 機械至高の熱にうなされる『デウスエクスマキナ』に対し、同意するように叫ぶカメハメハ。だがその戦意は、まっすぐに彼らを否定するように突き刺さる。


<そうして生み出された機械を、他者を虐げるために使うとは何事か! なるほど銃器は他人を傷つけるために作られた。なるほどこのモーターで握れば頭蓋骨など容易に握りつぶせる! 破壊を目的に作られた機械は確かにある!

 だが、それをどう使うかは我々次第! このコードが、このメモリが、このインターフェースが、このCPUが、貴様らは間違っているのだと叫んでいるぅぅぅぅぅ! 同じ完全機械化フルボーグとして、その過ちを正してくれよう!>


 言ってカメハメハは両腕を重ね、そこに力を収縮する。コンマ五秒の溜めの後、そこから広範囲に衝撃波が広がった。


 【機 械 格 闘 術マシンアーツ――怒 涛 海 王 波キ・ショックウェーブ】!


 カメハメハの掌から生まれた衝撃波は『デウスエクスマキナ』の完全機械化フルボーグ達に襲い掛かる。ビル全体に響く振動の中、ムサシとコジローは二手に分かれて進む。


「お姉さんは非常階段から行くよ。そっちは任せるからね」

「悲しいねぇ。背中合わせの共闘ってのができると思ったんだけどな」

「はは。そいつは魅力的だね。でもまあ、うん。今日はこっちの気分だよ」


 軽口のようなコジローの誘いに、感情を飲み込むように答えるムサシ。ここで誘いに乗ったところで、どうせいろいろあって分断されるのだ。未来は決まっている。自分は単独で進み、もう手遅れのミセイネンちゃんの所にたどり着くのだ。


「そうかい残念だ。そっちは任せたぜ」


 言って二階に続く階段を上るコジロー。それを見送ってムサシも非常階段に走る。躊躇なく扉をフォトンブレードで斬り、そこから二階に向かった。


<貴様が超能力者エスパーか>


 非常階段を使って二階にたどり着いたムサシは、一体の完全機械化フルボーグに出会う。球状の飛行ドローンを展開し、ドローン同士が光の線で繋がっている。光はフォトンブレード同等の殺傷力を持っており、それが通路中に広がっていた。


<貴様が如何なる感知能力を持っていようとも、この光の網からは逃れらえない。光の網による面制圧! ドローンを突撃させての斬撃! 天井、壁、地面! ドローンはその全てを飛行し、そこを起点にブレードを設置できるのだ! 飛行ドローンのパターンは6000万を超えると知るがいい!

 5つのCPUと32のメモリによる完全管理されたドローンに隙は無い! 数多のクローンを追い詰め無力化した精密にして無敵の防衛プログラム! 脳の処理能力をはるかに超えた緻密な戦術の前に敗北を刻め!>


 機械音声の叫びの中には、愉悦の感情があった。無敵の超能力者エスパー。企業の切り札ともいえる存在。それを制圧する悦び。企業に自分達こそが最強だと証明できる機会が目の前にあるのだ。


 その完全機械化フルボーグのIDはIZ-00110864。110いとを使う8648本足の虫の意味を込められて『糸使い』と呼ばれている。もっともその意図に質量はない。全てを切り刻む光の線だ。


「あっはっは。すごいすごい。お姉さんはただの酔っ払いで全く理解してないけど、旦那がすごいのは理解したよ」


 展開される光線。ドローンが動くたびに光が動き、そこにあるモノを斬り割いていく。一斉に集えば網となり、隙間なく相手を切断できるだろう。


<降参など聞かぬぞ! 貴様を殺すことが機械こそ至高なのだという証明なのだ! せめてもの情けで遺言ぐらいは聞いてやろう!>

「そうだねぇ。死ぬまでに全部の電子酒を味わいたいもんだ。

 なんでまだまだ死ねないよ。42年と52日後までぐらいは死ぬつもりはないかな」


 天蓋が崩壊する未来は42年と2か月後。それをことは確定しているのだ。つまり、それまでは死なない。たとえ肉体が切り刻まれて脳だけになっても、それを『見る』ことは確定しているのだ。天蓋が終わる、その時まで。


<否! 貴様の敗北は確定している。我がシミュレーションでも98.77%の確率でこちらが勝利すると出ているのだ!>

「すごいすごい。お姉さんは1.23%も勝てるんだ。っていうか一二三ヒフミと来たね。縁起がいいよ、こりゃ。倍ツケってことで一杯やれそうだ。アンタも付き合わないかい?」

<あいにくと電子酒はやらない主義だ>

「そりゃ残念。人生の二割を損しているよ。機械の頭は固いねぇ。カメハメハの旦那でももう少し柔らかかったんだけどね」


 陽気に言いながら、ムサシの心の中はうつになっていた。確率なんて意味はない。未来はすでに決まっている。どういう道筋になるかは分からない。だけどここで自分が負ける未来はないのだ。


「ああ、つまらないねぇ。せめて戦闘ぐらいは楽しませてほしいもんだ」


 だから楽しめるのは刹那のみ。『現在』だけは楽しめる。剣を振るい、命をのやり取りだけが生きている証。それさえも『死なない』事は確定している。わざと負けても、先にある未来だけは変わらないのだ。


<楽しむ余裕など与えはせぬ>

「だとしたらたいしたもんだ。お姉さん期待しちゃうよ」


 心の底からそう思い、ムサシは二刀のフォトンシールドを構えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る