機械こそ最強。機械こそ至高。

 トモエの意識が白く染まった瞬間、斬撃が走った。


「――――シッ!」


 天井が切り裂かれ、そこにいたクローンが落ちてくる。両手両足のサイバー義肢。そこに生えた炭素刃が落下と同時に『XXX』の機械触手を斬り割いた。十二支ネネネ。トモエを守るために隠れていたクローンが牙をむく。


 その部屋にいた全身機械化フルボーグはプログラムに従い迎撃プログラムを作動させる。ID:KLー00124444。作戦箇所における登録されたクローン体。記憶処置の後、破棄。ただし緊急対応により殺害を優先。


<死ね>


 驚きも躊躇もない。そうであるのが当然である機械的判断。『デウスエクスマキナ』の全身機械化フルボーグは思考を機械にゆだねていた。倫理も欲望も機械任せだ。戦闘におけるストレスでさえ、機械に任せることで解消している。アームの一部がスライドし、そこに装填していた銃を撃つ。


「遅い!」


 腕と足の四肢で地面を駆けるように移動するネネネ。天蓋に四足歩行を行うケモノはいない。構造上、腕を移動に使うメリットは低い。それに特化したサイバーアーム出ない限りは、身を低くして移動する意味はない。


<非効率だぜ。オートバランスのミスか。身をかがめることで被弾率を下げたつもりだが、無駄な抵抗だ>

<逃げられると思うな!>


 四つん這いで床を走るネネネに標準を合わせる全身機械化フルボーグ達。壁に追い詰めてしまえば行き止まり。自ら袋小路に向かって走るネネネ。その背中を撃つまで――0.32秒。終わりだ。


「とりゃ!」


 しかし、0.1秒あればネネネは地面を蹴れる。壁に向かって跳躍し、体を回転させて壁に両手両足をつくことができる。


<――照準修正完了>


 無駄な足掻きだ。0.22秒後には銃は火を噴き、クローンの命を奪うだろう。


「ちょいさ!」


 そして、0.17秒あればネネネは壁を両手両足を使って跳躍し、その身を天井に踊らせることができる。臀部のワイヤーを使って天井に引っ掛け、振り子の原理で反対側の壁に向かって飛ぶこともできる。


<――なに?>


 予想外。だが追えない速度ではない。だがパターンにはない動きだ。再演算が必要になる。修正まで0.3秒あれば――


「必殺ネネネ斬りー! コジローのなんとかケンジュツもどき!」


 再演算の時間など与えない。壁を蹴ったネネネはその移動速度を両手両足の炭素刃に乗せ、全身機械化フルボーグに斬りかかった。彼らのボディは炭素の刃よりは堅い。しかし、ネネネはボディではなく関節部を裂くように刃を振るう。一閃で腕一本絶つ事はできないが、可動部を傷つけて不具合にすることはできる。


三 次 元 戦 闘とびまわるアタイ――け ん じ ゅ つ っ ぽ い のおとうとでしのものまね】!


 速度による斬撃ではなく、刃の引くようにして裂く一閃。やり方はコジローに教えてもらった。よくわからないけど、こうすればよく斬れるらしい。まあアタイには要らないけどな。そのときはそう笑っていたけど。


(これなら、いける!)


 ネネネは自分の優位性を確認する。室内という蹴る場所が沢山あるフィールドであれば、相手の反応よりも早く攻撃できる。硬度に劣る炭素刃では攻撃力に劣るが、それは技術でカバーできる。一蹴りごとに相手が弱り、勝利に近づいていく。


「とどめ!」


 着地と同時に地面を蹴り、体を回転させて右足を真上から振り下ろすように振り下ろす。その足先にも炭素刃が生え、回転エネルギーを乗せた斬撃が『XXX』に迫る。


「冗談じゃないわ!」


 初めから戦闘を行うことは眼中になかった『XXX』は迎撃プログラムなどインストールしていない。自分の命を必ず守るとばかりに危険回避プログラムを発動させていた。ネネネが天井からあられた瞬間から退路を確保し、重要個所を守るように着られた触手を盾にする。


(追撃を仕掛ければ、殺せる)


 だが逃げたとしても、まだネネネの跳躍距離内だ。ひとっ飛びで背後に回ることもできる。そうなれば防御の余裕はないだろう。他の全身機械化フルボーグも同じことだ。この部屋の中にいる敵全て、2秒以内に動きを止められる。


(でも――)


 でもそれはトモエを見捨てたらの話だ。全身機械化フルボーグの一人がトモエに銃を向ければ、ネネネは止まらざるを得まい。ネネネはトモエを助けに来たのだ。それを悟られれば、合理的に銃を向けるだろう。


 だが、


 この不意打ちは『XXX』を狙ったものだろうと勘違いするはずだ。ネネネの冷静な部分は、その可能性が高いだろうと判断し――


「トモエ!」


 トモエと、そして先に記憶を切り取られたバイオノイドに向かって跳んだ。可能性は低いけど存在する。そしてそうなったらトモエたちは致命傷一歩手前の傷を負うだろう。バイオノイドに考慮する理由はない。人質として機能させるのなら、命さえあればいいのだ。情報を抜き出すなら、脳さえ無事であればいい。


「だ……め。ねねねちゃ、うし、ろ……」


 焦点の合わないトモエの口からとぎれとぎれの警告が飛ぶ。大丈夫。アタイなら逃げられる。ネネネはそう微笑み、地面に伏すバイオノイド達6体をそれぞれ口、右肩、右腕、左腕、そして臀部のワイヤーを使って抱える。そのまま外に繋がる窓に向かって跳――


「あぐっ……!」


 撃たれた傷。そこからの出血がたたったのか、力が抜ける。トモエを抱えて隣のビルまで移動できないと判断したのだ。その6倍の重量を抱えて動けるはずがない。止まった時間は1秒程度だが、全身機械化フルボーグにおいては十分な時間。


<死ね>


 容赦なく叩き込まれる銃撃。背中から胴体に撃ち込まれる3発の弾丸。並のクローンなら確実に殺せるだろう。多少サイバー改造してあったとしても、治療を受けなければ後遺症が残るレベルだ。


<殺したか?>

<いや、『バーンスリー』が入っているはずだ。心臓と脳は生きている>

<なら記憶は見れるな。おい、『XXX』。ビビって逃げてるんじゃねぇよ>


 動かないネネネを蹴る全身機械化フルボーグ達。そして逃げようとしていた『XXX』を嘲るように笑う。


<逃げるに決まってるでしょ。私は貴方達みたいな戦闘型じゃないの。調査や情報収集タイプなんだから。むしろいいように翻弄されていた貴方達こそ笑い種だったわよ>

<なんだと? やるってか?>

<やめろ。作戦実行が最優先だ。相手は超能力者エスパーだぞ。つまらんことで時間を無駄にするな>


 一触即発の雰囲気はすぐに解消された。険悪な雰囲気を低いダメージで回避する会話ルーチン。機械化による合理化はこういうプログラムまである。


<動かないようにしておいて。先にこのバイオノイドからやるわ>

<ビビってんのか? まとめてやればいいじゃねぇか>

<違うわ。このバイオノイドの感情切り取りがまだ終わってないだけよ。触手もほとんど斬られたから、一体ずつしか切り取れないの>

<へ、そうかい。まあ好きにし――襲撃?>


 肩をすくめる全身機械化フルボーグに、通信が入ってきた。入り口に襲撃を仕掛けてきたクローンがいる。その姿は――


<例の超能力者エスパーか!?>

<間違いない。IDも確認した。どうやらここがヤツのアジトなのは間違いなさそうだ>


 一階部分の仲間達からの報告だ。ムサシが襲撃をかけてきたという。仲間らしい男性型クローンと全身機械化フルボーグがいるが、現状脅威ではない。


<本体自らが襲撃とはな。おい『XXX』、そいつらは後だ。超能力者エスパーの記憶と知識を奪ってしまえば、何かに転用できるかもしれないぜ>

<はん、超能力者エスパーが大人しく知識奪わせてくれるっての? 対象の無力化はアンタ達の役割でしょ? 私はこの子ネコちゃんを弄って待ってるわ>


『XXX』は4本の触手でトモエを宙づりにし、額に5本目の触手を当てる。脳内情報を操作できる触手はこれ以外斬られてしまった。酷い痛手だ。その恨みぐらいはこのネコバイオノイドとチビクローンで晴らさせてもらおう。


<違いない。斬られたヤツのデータから、念動力PKらしい破壊は見られなかったそうだ。超感覚ESPとみていいだろう>

<一階で抗戦を開始している。『ダーキニー』による隠密狙撃と実働部隊がぶつかり合っているが、まるで止められん>

<連れてきた奴らも相応の強さらしいな。そいつらも超能力者エスパーの可能性がある>


 三体の全身機械化フルボーグが機械音を発する。そこには確かな昂ぶりが感じられた。超能力と呼ばれる異能を殺し、自分達が最強であるという事を証明できる興奮。天蓋における企業の切り札を打破し、機械こそ最強だと示す英雄になれる気概。


<カメハメハがいるのか。……あいつは俺がやる。機械のすばらしさを知っているくせに、機械ではない者を守ろうとする愚か者め。醜きものを守るヤツが美を語るなど、許しておけん>


 言ってこぶしを握る全身機械化フルボーグ。複数の演算装置を配置し、計算能力に長けた全身機械化フルボーグ。カメハメハに対しての執着を感じる機械音声。


<この市民ランク6のクローン、俺が現場に設置した『ダーキニー』を斬りやがったやつか。コイツもフォトンブレード使うし、超能力者エスパーの可能性があるぜ。本気の迷彩ってやつを教えてやるか>


 転送されたコジローのデータを確認し、頷く全身機械化フルボーグ。黒を基調とした人型で、武装は全てアーム内に収納されている。意識一つで周囲の景色に溶け込める隠密型。忍び寄り敵を撃つ暗殺者。


<じゃあ超能力者エスパーは俺だな。見えていても避けられない面制圧で圧し潰してやる。どんな力があろうとも、数の暴力と機械技術の前では無駄な足掻きという事を教えてやるぜ>


 直径5センチほどの球状ドローンを浮遊させる全身機械化フルボーグ。十数個ものドローン同士をつなぐように赤い光が走り、それが網を形成する。レーザーブレードと同質の刃の網。敵味方関係なくすべてを斬り割く斬撃領域を生み出す全身機械化フルボーグ


<機械こそ最強>

<機械こそ至高>

<機械こそ天蓋を支える神>

<食欲や肉欲の為に機械に解脱できぬ者如きに、天蓋は任せられぬ>


『デウスエクスマキナ』の誓いの言葉。三体の全身機械化フルボーグは言ってそれぞれの相手を求めて動き出す。


<熱すぎなのよ、アイツラは。私は遊びに生きるわ。機械の体でいろんなことして楽しむの。使命とか労働とか知った事じゃないわ>


『XXX』は言って斬られていない触手で拘束したトモエに目を向ける。邪魔されたけど、今度こそ脳内を弄ってやる。表情が動いたのなら、醜悪な笑みを浮かべていただろう。あれだけ啖呵を切ったトモエの性格を破壊する愉悦の笑みを。


<大事な記憶なんでしょうね。それを全部切り取って塗り替えてあげる>


 すでに白く染まったトモエの精神に、悪意の触手が振れた。

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