機械こそ最強。機械こそ至高。
トモエの意識が白く染まった瞬間、斬撃が走った。
「――――シッ!」
天井が切り裂かれ、そこにいたクローンが落ちてくる。両手両足のサイバー義肢。そこに生えた炭素刃が落下と同時に『XXX』の機械触手を斬り割いた。十二支ネネネ。トモエを守るために隠れていたクローンが牙をむく。
その部屋にいた
<死ね>
驚きも躊躇もない。そうであるのが当然である機械的判断。『デウスエクスマキナ』の
「遅い!」
腕と足の四肢で地面を駆けるように移動するネネネ。天蓋に四足歩行を行うケモノはいない。構造上、腕を移動に使うメリットは低い。それに特化したサイバーアーム出ない限りは、身を低くして移動する意味はない。
<非効率だぜ。オートバランスのミスか。身をかがめることで被弾率を下げたつもりだが、無駄な抵抗だ>
<逃げられると思うな!>
四つん這いで床を走るネネネに標準を合わせる
「とりゃ!」
しかし、0.1秒あればネネネは地面を蹴れる。壁に向かって跳躍し、体を回転させて壁に両手両足をつくことができる。
<――照準修正完了>
無駄な足掻きだ。0.22秒後には銃は火を噴き、クローンの命を奪うだろう。
「ちょいさ!」
そして、0.17秒あればネネネは壁を両手両足を使って跳躍し、その身を天井に踊らせることができる。臀部のワイヤーを使って天井に引っ掛け、振り子の原理で反対側の壁に向かって飛ぶこともできる。
<――なに?>
予想外。だが追えない速度ではない。だがパターンにはない動きだ。再演算が必要になる。修正まで0.3秒あれば――
「必殺ネネネ斬りー! コジローのなんとかケンジュツもどき!」
再演算の時間など与えない。壁を蹴ったネネネはその移動速度を両手両足の炭素刃に乗せ、
【
速度による斬撃ではなく、刃の引くようにして裂く一閃。やり方はコジローに教えてもらった。よくわからないけど、こうすればよく斬れるらしい。まあアタイには要らないけどな。そのときはそう笑っていたけど。
(これなら、いける!)
ネネネは自分の優位性を確認する。室内という蹴る場所が沢山あるフィールドであれば、相手の反応よりも早く攻撃できる。硬度に劣る炭素刃では攻撃力に劣るが、それは技術でカバーできる。一蹴りごとに相手が弱り、勝利に近づいていく。
「とどめ!」
着地と同時に地面を蹴り、体を回転させて右足を真上から振り下ろすように振り下ろす。その足先にも炭素刃が生え、回転エネルギーを乗せた斬撃が『XXX』に迫る。
「冗談じゃないわ!」
初めから戦闘を行うことは眼中になかった『XXX』は迎撃プログラムなどインストールしていない。自分の命を必ず守るとばかりに危険回避プログラムを発動させていた。ネネネが天井からあられた瞬間から退路を確保し、重要個所を守るように着られた触手を盾にする。
(追撃を仕掛ければ、殺せる)
だが逃げたとしても、まだネネネの跳躍距離内だ。ひとっ飛びで背後に回ることもできる。そうなれば防御の余裕はないだろう。他の
(でも――)
でもそれはトモエを見捨てたらの話だ。
だが、道具であるバイオノイドを助けるクローンはいない。
この不意打ちは『XXX』を狙ったものだろうと勘違いするはずだ。ネネネの冷静な部分は、その可能性が高いだろうと判断し――
「トモエ!」
トモエと、そして先に記憶を切り取られたバイオノイドに向かって跳んだ。可能性は低いけど存在する。そしてそうなったらトモエたちは致命傷一歩手前の傷を負うだろう。バイオノイドに考慮する理由はない。人質として機能させるのなら、命さえあればいいのだ。情報を抜き出すなら、脳さえ無事であればいい。
「だ……め。ねねねちゃ、うし、ろ……」
焦点の合わないトモエの口からとぎれとぎれの警告が飛ぶ。大丈夫。アタイなら逃げられる。ネネネはそう微笑み、地面に伏すバイオノイド達6体をそれぞれ口、右肩、右腕、左腕、そして臀部のワイヤーを使って抱える。そのまま外に繋がる窓に向かって跳――
「あぐっ……!」
撃たれた傷。そこからの出血がたたったのか、力が抜ける。トモエを抱えて隣のビルまで移動できないと判断したのだ。その6倍の重量を抱えて動けるはずがない。止まった時間は1秒程度だが、
<死ね>
容赦なく叩き込まれる銃撃。背中から胴体に撃ち込まれる3発の弾丸。並のクローンなら確実に殺せるだろう。多少サイバー改造してあったとしても、治療を受けなければ後遺症が残るレベルだ。
<殺したか?>
<いや、『バーンスリー』が入っているはずだ。心臓と脳は生きている>
<なら記憶は見れるな。おい、『XXX』。ビビって逃げてるんじゃねぇよ>
動かないネネネを蹴る
<逃げるに決まってるでしょ。私は貴方達みたいな戦闘型じゃないの。調査や情報収集タイプなんだから。むしろいいように翻弄されていた貴方達こそ笑い種だったわよ>
<なんだと? やるってか?>
<やめろ。作戦実行が最優先だ。相手は
一触即発の雰囲気はすぐに解消された。険悪な雰囲気を低いダメージで回避する会話ルーチン。機械化による合理化はこういうプログラムまである。
<動かないようにしておいて。先にこのバイオノイドからやるわ>
<ビビってんのか? まとめてやればいいじゃねぇか>
<違うわ。このバイオノイドの感情切り取りがまだ終わってないだけよ。触手もほとんど斬られたから、一体ずつしか切り取れないの>
<へ、そうかい。まあ好きにし――襲撃?>
肩をすくめる
<例の
<間違いない。IDも確認した。どうやらここがヤツのアジトなのは間違いなさそうだ>
一階部分の仲間達からの報告だ。ムサシが襲撃をかけてきたという。仲間らしい男性型クローンと
<本体自らが襲撃とはな。おい『XXX』、そいつらは後だ。
<はん、
『XXX』は4本の触手でトモエを宙づりにし、額に5本目の触手を当てる。脳内情報を操作できる触手はこれ以外斬られてしまった。酷い痛手だ。その恨みぐらいはこのネコバイオノイドとチビクローンで晴らさせてもらおう。
<違いない。斬られたヤツのデータから、
<一階で抗戦を開始している。『ダーキニー』による隠密狙撃と実働部隊がぶつかり合っているが、まるで止められん>
<連れてきた奴らも相応の強さらしいな。そいつらも
三体の
<カメハメハがいるのか。……あいつは俺がやる。機械のすばらしさを知っているくせに、機械ではない者を守ろうとする愚か者め。醜きものを守るヤツが美を語るなど、許しておけん>
言ってこぶしを握る
<この市民ランク6のクローン、俺が現場に設置した『ダーキニー』を斬りやがったやつか。コイツもフォトンブレード使うし、
転送されたコジローのデータを確認し、頷く
<じゃあ
直径5センチほどの球状ドローンを浮遊させる
<機械こそ最強>
<機械こそ至高>
<機械こそ天蓋を支える神>
<食欲や肉欲の為に機械に解脱できぬ者如きに、天蓋は任せられぬ>
『デウスエクスマキナ』の誓いの言葉。三体の
<熱すぎなのよ、アイツラは。私は遊びに生きるわ。機械の体でいろんなことして楽しむの。使命とか労働とか知った事じゃないわ>
『XXX』は言って斬られていない触手で拘束したトモエに目を向ける。邪魔されたけど、今度こそ脳内を弄ってやる。表情が動いたのなら、醜悪な笑みを浮かべていただろう。あれだけ啖呵を切ったトモエの性格を破壊する愉悦の笑みを。
<大事な記憶なんでしょうね。それを全部切り取って塗り替えてあげる>
すでに白く染まったトモエの精神に、悪意の触手が振れた。
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