このバケモノめ!

 トモエたちが住んでいるビルは完全機械化フルボーグ達に占拠されていた。


 入り口には数名の武装した完全機械化フルボーグが構えており、ビルに近づこうとする者に威嚇射撃を行っていた。ビルの中は見えないが騒動音などは聞こえない。もっとも非戦闘用のバイオノイドなど、完全機械化フルボーグ数名いれば容易に占拠できる。


「明らかに事件じゃねえか。『重装機械兵ホプリテス』仕事しろよ」

<通報は届いているようですが出動記録はありません。理由は『ビルオーナーのPe-00402530は無事が確認されている』からだそうです>

「ネネ姉さんとかトモエとか、他にもバイオノイドはいるんだけどな」

<KLー00124444は現状『療養』状態です。企業としても救出優先度を低く設定されています>

「そしてバイオノイドは言うに及ばずか。留守に押し入った物取りにしか見えないって扱いかよ」


 苛立ちを隠さず、近くの標識を蹴るコジロー。天蓋の価値観としては当然の判断だが、だからといって納得できるものでもない。


<通信入りました。Pe-00402530です>

「ニコサンか。繋げ!」

<コジローちゃあああああああああああん! トモエちゃんが! ネネネちゃんが! ビルが占拠されて!>

「話は聞いた。今ビルの前だ。治安維持組織が動いてる様子はない」


 パニックに陥っているニコサンに、端的に告げるコジロー。コジロー自身も冷静とは言えないのを自覚している。だからこそ、自分を律するように心に刃を置く。


<そうなのよぉ! 『重装機械兵ホプリテス』が全然動かないの! メンテナンスだとか充電だとか救出優先度だとか言って! 口実はともかく、何かしらの政治工作されてるわ!>

「おいおいおい。そこまで大ごとなのか、これ」


 ニコサンの嘆きに奥歯を噛むコジロー。武装完全機械化フルボーグの強盗事件から、治安組織に圧力をかけられる組織による政治事件になってきた。そこまで発展する可能性があるとすれば――


「トモエの持っている臓器関係か?」

<分からないわ。でもそれなら『KBケビISHIイシ』のあの子が動いているはずよ。少なくともトモエちゃんをフリーにするなんてありえない。その危険が消えたから離れたはずなのに!>


KBケビISHIイシ』のあの子――ナナコがトモエの護衛を外れたのは、組織的判断だ。トモエの臓器をめぐる騒動が一段落したと判断して、ナナコの任を解いたのだ。――エロいお姉さんに見えて一流の潜入工作員を遊ばせるほど、天蓋は平和ではない。


<ドローンと監視カメラの権利を買ってビルを見てるけど、入れるところはなさそうよ。天井も何人か見張りがいるし、ビル内もかなりの数がいるわ>

「トモエたちは無事か?」

<分からないわ。窓に遮光スプレーをかけられて中の確認ができないの。超小型ドローンが23分後に届くから、そうすれば中の様子は探れるけど……>

「その間も状況は悪化してるかもしれないってか」


 苛立ちを吐き出すようにため息を吐くコジロー。むしろもう最悪の事態になっているのかもしれない。いや、自分が思う最悪すら上げ底の可能性すらある。ただ命を奪われるだけで済めばマシ。死ぬことすらできないまま無限に凌辱されることもあるのだ。


<確認だが>


 コジローの背後から声がかけられる。完全機械化フルボーグの機械音。ただしそれは見知った声だった。


 PL-00116642。『ペレ』の治安組織『カプ・クイアルア』所属のクローン。カメハメハだ。コジローの態度にただ事ではないことを察し、酔い状態を解除してついてきたのだ。


<あのビル内に知人がいるという事か?>

「そういうこった。そして『ネメシス』ご自慢の『重装機械兵ホプリテス』はまだ動かないと来た」

<だろうな。『デウスエクスマキナ』が相手となれば、迂闊に手はさせまい。上層部の誰かが弱点を掴まれているのだろう>

「どういうことだ?」


 言ってカメハメハの言葉を待つコジロー。どうやら相手の情報を知っているようだ。促すように視線を向ける。


<『デウスエクスマキナ』は完全機械化フルボーグのみで構成された。機械化至上主義メカ・スプレマシー系組織だ。クローン全てが完全機械化フルボーグとなり、企業を効率よく運営していこうというスローガンだ>

「いい事言うじゃねえか。長年ランク6の市民からすれば耳が痛いぜ」


 機械化による効率化。それに傾倒すること自体は天蓋では珍しくない。むしろサイバー改造をしないコジローが奇異なだけで、機械化による恩恵は大きい。より効率的により便利に。ならば全身機械化することも選択肢の一つだ。


<それだけであれば吾輩もそう思うが、連中はその手法が些か暴力的すぎることでも有名だ。武力に任せて思想に合わない者を暴力で屈服させ、相手の弱みを掴んで脅迫をする。その毒は様々なところにまで及んでいるという>


 だが、それを強要してはいけない。暴力で脅迫で人を屈服させ、己の主張を押し通す。それが彼ら『デウスエクスマキナ』。様々な意見や想いを、強引に自ら思うハッピーエンドにもっていく機械の神。


「なるほど。あそこにいるのもその類か」

<何名かは見たことがある。間違いないだろう。様々な要因が生まれ、連中を捕えるのは難しい。緻密な作戦を一糸乱れず行える機械的思想。スペックの高さ。何よりも目的のために倫理や感情を無視できる合理的思考。

 社会的立場に囚われずに自由気ままに動けて、機械の予測すら上回る行動ができる超能力者エスパーなら別だがな>


 言ってカメハメハは首を動かす。そのカメラアイの先には一人の女性型クローンがいた。何かをこらえるようにこぶしを握り、占拠されたビルを見ている。


「あははは。お姉さんはそんないい者じゃないよ」


 探るようなカメハメハの言葉に笑って答えるムサシ。


(そうだよぉ。そんな正義の味方いいものじゃない。この事件は自分のせい。自分がから回避できなかった未来。ここにいるのだって、この先あのビルにいる自分をだけだ。

 中にいたバイオノイドとクローンは誰も助からない。お姉さんとこの旦那たちだけが生き残り、『デウスエクスマキナ』の主要人物には逃げられる。もうそれは決まってる)


 未来を見たムサシはどうしようもくなり自虐的に笑う。脳内情報を切り取られて廃人になったバイオノイド。複数の完全機械化フルボーグに囲まれて弾丸を叩き込まれたクローン。はっきりと見えた未来のヴィジョン。


「――つまり、お姉さんは絶対そこに行かないといけないってことか」


 ムサシの未来視は自分視点でしか見えない。映像などの遠距離の映像の時もあるが、それを見ていることが前提になる。透視や遠距離視などの超感覚ESPが発現していればまた別だが。


「おい。どこ行くんだ?」


 突然ふらっと動き出すムサシに声をかけるコジロー。歩く先には複数の完全機械化フルボーグがいるビルの入り口。歩くムサシに反応し、構えている銃を向けた。機械の体でないと携帯できない高重量の機関銃だ。


(0.2秒後に威嚇射撃)


 ムサシの足元に威嚇射撃が飛んでくる。


(0.5秒後に警告。『それ以上近づくと、胴体をハチの巣にするぞ』)


<それ以上近づくと、胴体をハチの巣にするぞ>


(『待て、コイツは報告にあった女性型クローンだ!』)


<待て、コイツは報告にあった女性型クローンだ!>


(銃掃射。脚部と頭部。射線も見える)


 命中すれば肉片すら残らない。サイバー化していても鉄くずになるだろう高重量の弾丸のシャワー。その嵐の中をムサシはまるでように進む。サイバーレッグをフル稼働させ、ジグザグに弾丸を避けながら完全機械化フルボーグ達に近づいていく。


(『ターゲッティングシステムは完璧なのに!』『このバケモノめ!』)


<ターゲッティングシステムは完璧なのに!>

<このバケモノめ!>


 何もかも、いる通り。2秒以内の未来なら意識して見える。コジローは『三先』なんて言って褒めてくれたけど、そんないいものじゃない。これは超能力。もって生まれたズルなのだ。


「酷いねぇ、バケモノだなんて。お姉さんはちょいと電子酒が好きなだけなのにさ。寄ってたかって罵詈雑言。バリバリに心が傷ついちゃうよ」


 近づかれたムサシに完全機械化フルボーグ達も無意味に立っていたわけではない。ムサシの武装は知っている。対策も立ててきた。近距離用の武装に即座に切り替え、フォトンシールドを起動させる。


(ホント、ずっと電子酒に溺れていたいよ。未来も何もかも忘れられたらいいのにね。ホント酷い話だよ)


 ムサシのサイバーアームが起動し、両掌に青い光が走る。義肢内蔵型フォトンブレード。二本の光剣が完全機械化フルボーグ達に振るわれる。その軌跡の先に展開されるフォトンシールド。光刃と光盾が交差――


<なに……!?>


 光刃と光盾は交差しない。展開されるフォトンシールドに当たる寸前にムサシのソードは止まったのだ。光の盾を滑るように跳ね上がり、シールドのない部分から機械部分を切り裂く。


<ありえない。そこで動きを止めるだと!? まるで戦闘プログラムが導き出した最適解がわかっていたかのような、動き……!>


 まるでそこにバリアを形成することが分かっていたかのような、滑らかな動きで斬り割かれる完全機械化フルボーグ

 

「お姉さんの剣を塞ぎたかったら、全身にバリアを張ることだね。その程度、見え見えなんだよ」


 返す刀で胸部にあるバッテリーを突き刺し、胴体の活動を止めるムサシ。そこを突けば止まる。それを知っているかのような鮮やかな動き。


「たいしたもんだ。助かったぜ」


 戦闘が終わると同時にかけられるコジローの声。援軍に駆けつけてくれたのだが、到着する前に終わったのだ。


「お姉さんは強いからねぇ。でもまあ、本番はここからだよぉ。ちょっと大変だから気合い入れてね」


 見張りが報告を入れたことで、ビル内の完全機械化フルボーグ達も警戒態勢に入る。扉の向こう側はすでに武装済みの完全機械化フルボーグが構えているだろう。


「時間をかければ待ち伏せ体制が完成するだろうからな。こうなったら混乱している間に突撃が一番だぜ」

「あっはっは。お兄さんのそういう所大好きだよ。惚れちゃいそうだ。

 おっぱい揉む?」

「揉まない。カメハメハの旦那はいいのか? アンタも治安維持組織なんだし、上に止められたりしないのか?」


 コジローと一緒にムサシの助けに入ろうとしたカメハメハは、うむと頷き言葉を返す。 


<止められるだろうな。だが吾輩は超能力者エスパーと思われるクローンを追っている最中だ。それが向かう先なら行かざるを得まい。

 そして吾輩は今絶賛酔っ払っているので、上からの指示が聞こえないこともあるだろうよ>

「そいつは大変だ。結構電子酒をダウンロードしてたもんな」


 突き出された機械の拳に生身の拳を当てるコジロー。


『デウスエクスマキナ』と三人の酔っ払いの戦いが、始まる。


 結末が戦いが――

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