許さない。ならどうするのかしら?

 銃を突き付けられたトモエは、そのまま二階に連行される。元より抵抗する気はない。上から下まで機械化した人間が数体。武道の心得すらないトモエが勝てないことは本人も理解している。


「逃げないわよ。だから銃は降ろして」


 それでも銃を向けられているというプレッシャーは怖い。指が動いたら自分の身体がどうなるか。想像しただけで体が震えてくる。


(ネネネちゃんがいなかったら、泣いてたかも)


 トモエはちらりと天井を見る。配管や配線などが通っている空間。ネネネはそこにいるはずだ。


『ネネネちゃん。お願いがあるの。隠れて私を見守ってくれない?』

『え? なんで?』

『何かあった時に戦えるのはネネネちゃんだけだし。二人で捕まるよりはネネネちゃんが自由な方が助かる可能性が高いわ』

『ヤダ! トモエも一緒に隠れよう! アタイだけ無事とか――』

『ここに誰もいないとあいつらが何するか分からないわ。捕まえたって安心させないと。……それに、下の子達を見捨てられない』


 短い時間で強引にネネネを説得し、トモエは逃げずに捕まった。ここで破れかぶれになって戦うよりは、生存率は高い……はずだ。トモエはそう信じてネネネをフリーにして自分は捕まったのである。


<安心しろよ。銃が暴発する事なんてめったにないぜ>

<そうそう。機械の指だから筋肉みたいにブルって震える事はないのさ>

<でもつまらない動きをしたら自動オートで撃つぜ。プログラムって知ってるか。子猫チャン>


 機械の顔は表情が変わらない。だけど機械音声に含まれる感情は確かに存在する。トモエを――機械でない者を下に見て罵る感情が。


 怖い。なんども味わっているけど慣れることのない感情。命を握られ、立場を押し付けられ。学校のスクールカーストやイジメなんかの比ではない。自分の尊厳はない者として扱われている。


「み、みんなは無事なんでしょうね?」


 その恐怖を押さえ込むように口を開く。大丈夫。酔っ払いさんの情報を得るまでは殺さないはずだ。だから大丈夫。そう自分に言い聞かせる。でもその後は? ダメ、今それを考えたらダメ。今は無事。大丈夫。


<みんな? ああ、バイオノイドか。なんだってあんだけの数がいるんだよ。おかげで手間取ってるぜ>

<住居申請書類がウソだと思ったら本当に50体もいるんだもんな。何のトラップだよ>

<さすがの『XXXスリーエックス』も手が足りないって嘆いてたぜ>


 すりーえっくす? 人の名前だろうか? それが50体のバイオノイド達をどうしているのだろうか? 質問の答えになっていない会話にいら立つトモエ。


 だがその答えは、すぐにわかった。開いたままの扉。そこの中に乱暴に寝かされているバイオノイド達。呼吸はしているみたいだし、生気もある。生きているか死んでいるかで言えば、生きているだろう。


「あーあーあー……」

「うーあーうーおー」


 だけどその瞳は合わず、意味のない言葉を呟くばかり。赤子のように知性が抜けているように見えた。


「っ!? ちょっと、皆になにしたのよ!」

<うるせえ>

「きゃっ!?」


 叫ぶトモエの頭を完全機械化フルボーグの一人が右手で抑え込む。軽く押さえ込まれた程度の動きなのに、トモエの頭部にものすごい力がかかる。抵抗なんてできやしない。そのまま力任せに地面に頭を押し付けられる。


(死ぬ、死ぬ死ぬ死んじゃう……!)


 万力のような力――トモエは万力なんて実際に見たことないけど――でゆっくりと押さえ込まれ、地面に頭がい骨が挟まれる。圧迫され、骨がきしむような音が聞こえる。このままだと死ぬ。逃げられない。その恐怖に声も出ない。


<おい。脳を潰すなよ>

<おおっと、確かに。コイツが知ってるかもしれないしな>


 その言葉と共に圧力から解放されるトモエ。痛みよりも死の恐怖で鼓動が高まり、自分を囲んでいる相手の恐怖が刻まれる。だめ、こわい。ネネネちゃんの言うとおり、隠れてればよかった……。


(数分前の私のバカ! なんでただのJKなのに、銃とか機械化した人に逆らってみんなを助けようとしてるのよ! ……でも、でも……!)


 怖い。だけど、皆がこの恐怖に晒されている。そう思うと逃げられなかった。逃げたら、もう二度と誰かを助けることはできない。怯えて、苦しんで、ずっと引きこもって生きていくしかない。


 そしてそれは正しい選択でもあった。異なる技術。異なる常識。人権すらない世界で生きていくには隠れるしかない。隠れること、逃げることはけして悪ではない。生きるための作戦で、生存率が最も高い戦術だ。映画やマンガじゃないんだから、周りの目なんか気にしなくてもいい。


(わかってるけど、でもみんなと話したから。みんなと一緒に過ごしたから)


『国』での騒動の後、このビルで準備する三日間。トモエはその間にバイオノイド全員と話をした。最初は見分けずらい顔もすぐに覚えて、全員の名前も覚えた。スマホに写真だってある。


 それをわが身可愛さで逃げることはできなかった。今少し後悔しているけど、それでも逃げるのは少し違う気がしていた。西暦に生まれたただのJKだからこそ、友達を簡単に見捨てたくなかった。


<こっちだ>


 連行された部屋には数名のバイオノイドと一体の白い全身機械化フルボーグがいた。トモエを連行した全身機械化フルボーグとは異なり、女性の裸体のような凹凸のある体をしている。だが背中から複数の機械触手を生やしており、トモエの第一印象はイカ女だった。


 そのイカ女は触手でバイオノイド数体を拘束していた。そして額に当てられた触手は不定期にランプが明滅している。トモエはそのランプの動きを知っていた。


「ライブセンス……」


 外部接続型の五感同期式仮想現実接続装置。『NNチップ』がない者をVR世界に導く機械。その明滅を思わせた。


<そうだ。ケモノ達の脳内情報を探っている>

<脳情報を切り取って、精査している最中だ>

「切り取ってって……切り取られたら、脳の中に何も残らないじゃない!」

<当然だ。俺達の事を忘れてもらわないといけないからな>


 秘密保持。そのための口封じ。犯罪者なら当然考えることだ。


「……爆弾で私達を吹き飛ばすつもりなのに?」

<ああん? 馬鹿かお前。脳細胞が残ってたらそこから情報を引き出されるだろうが>

<ましてや俺達が相手をしているのは超能力者エスパーだ。どんなことしてくるかわからないからな。証拠隠滅は徹底的にだ>

「ああ……じゃあ、途中の部屋で見たのは……!」


 開いた部屋で何もかも忘れたように横たわっていたバイオノイド達。昨日まで楽しく話し合い、笑いあった友達。彼らは――


<切り取った後だな。邪魔なんであそこに入れておいた>


 まるで作業が終わったものを扱うかのように言われ、トモエはこぶしを握り締めた。その瞬間に背中を掴まれ、押さえ込まれる。


「っ、あ! げほ……っ!」

<おい、情報を抜く前に殺すなよ>

<反抗の挙動が見られた。酸素供給も含め、脳に異常はない>

「あんたら、あんたらぁ……!」


 起き上がって暴れようとするトモエだが、押さえ込まれて立ち上がることもできない。手足を振り回しても。背中にかかった重さをのけることはできない。そうこうしている間に触手に囚われているバイオノイドから記憶が消えていくのだ。


「あの酔っ払いの事なら喋る! だからこの子達から記憶を取らないで!」

<断る。情報収集と記憶消去。この二つは計画に不可欠だ>

<むしろ今の発言はIZー00210634の持つ超能力の断片になるかもしれない。記憶に関係する超感覚ESPということか?>

「知らないわよ! あの人が超能力持ってるとか初めて聞いたし!

 そんな事より、私達の思い出をゴミみたいに捨てるとか、許さないんだから!」


 バイオノイド達とは長い付き合いというわけではない。だけど確かに彼らとの思い出はあるのだ。これから一緒にやっていこうと決意し、ビル内で住めるように間取りを考え、家具を運んで、掃除して、確かにそう言ったふれあいはあったのだ。


 それを、切り取られて捨てられる。自分達の為に邪魔だから。そんな自分勝手な理由で。


<許さない。ならどうするのかしら?>


 言葉を返したのは白い全身機械化フルボーグ。高い機械音声は見た目も合わせて女性のような印象を受ける。彫刻のような顔をトモエに向けて、嘲るように見下ろしていた。


『XXX』。そう呼ばれた全身機械化フルボーグ。Jo-00102417。ローマ数字における10、24番目のアルファベット、第17族元素ハロゲンを示すX。それが三つ並んだIDを持つ女性型クローン。もっともトモエにIDは見えないのでわからないが。


<そんなところに這いつくばって哀れねぇ。筋肉で機械に勝てるわけないじゃない。どれだけ鍛えても腕一本で抑え込まれる。キューブを食べないと衰えてしまう。そんな弱い存在なのに、どうするの?>

「……っ! こんなことしても、すぐに捕まるんだからね! 『KBケビISHIイシ』とかそのへんに!」

<ふーん。あの女クローン、『KBケビISHIイシ』所属なんだ。情報ありがと>


 トモエはムサシではなくナナコの事を思って言ったのだが、勝手に勘違いするイカ女。ざまあみろ、と心の中で舌を出すトモエだが、すぐに無駄な抵抗だと知らされる。


<ま、その辺りも含めて調べさせてもらうわ。あなたの脳を直接調べて>


 バイオノイド達の拘束が解かれ、トモエに迫る。腕、足、腰、首……複数のバイオノイドを拘束していた白い機械触手がトモエ一人に集中する。冷たく血の通わない機械が絡みつき、関節をロックするようにトモエを拘束していく。


<ちょうどその子達の記憶も切り取り終わったし>

<どうだ? 『XXX』>

<ダメ。全然記憶なし。徹底して情報制限してるみたいね、あの超能力者エスパー


『XXX』と呼ばれた白い全身機械化フルボーグは首を振って手掛かりなし、と報告する。ムサシに実際に話をしたのはトモエとネネネだけだ。他のバイオノイド達はちらりと見たぐらいだろう。それでも脳には残っているが、情報としては薄い。


<で・も。この子はちょっと違うみたいね。反応から察するに、他の子よりは知っていそうよ>


 抵抗すら許されない機械触手の拘束。解こうと暴れても関節部分を的確に押さえられ、動かすことができない。


「しょ、しょくしゅプレイとか、マニアックじゃないの。この変態女!」

<あらおませさん。あの女クローンにそんなことされてたのね。いいわよ、私もそういうの大好き。徹底的に壊してあげるわ>

<遊びすぎるなよ。お前は無駄が多すぎる>

<何よ面白くないわね。せっかく機械の体を得たんだから、もっと遊ばないと。

 じゃあ最高の体験をさせてあげる子ネコちゃん。もっとも――>


 額に触手を押し当てられる。微かな振動が脳に響き、トモエの意識は薄れていく。


<――その記憶も切り取るから、思い出すことはできないけど>


 ぱん。


 白い花火がはじけるように、トモエの意識は白く染まった。

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