答えなんてわかってる。未来なんて決まっている

 天蓋は滅びる。


 それは避けようのない事実だ。閉じた空間内で人類を守るためにクローンが生活している世界。発展を捨て、ただ生き延びているだけの世界。停滞する世界に未来はない。


 ただその終わり方は、資源の枯渇ではない。


 トツカ、シン、ポリアフ、アスラ、ソロン。5大企業が保有するドラゴンと呼ばれる存在。それがある限り、エネルギーは尽きることはない。概算で言えば3478年は天蓋を維持できる。


 だが、天蓋は滅びる。資源の問題ではなく、その在り方が滅びる。


 天蓋を運営する5大企業。互いが互いを監視し合い、切磋琢磨し、協力し、複雑怪奇に結びついた支配。この支配が壊れる。


 企業がクローンを生産し、そのクローンが社会各地に配置され、バイオノイドとドローンが労働力として天蓋の経済や社会を回していく。クローンも労働により得られたクレジットを納めることで高度なサービスを得る。


 反企業的な思想を持つクローンはいる。天才的な発想を持つクローンはいる。だけどそれらはすべて企業の掌の上。暴れる孫悟空を見降ろすお釈迦様のようなもの。宇宙の端にたどり着いたつもりでも、その気になれば摘ままれて岩に閉じ込められる。


 天蓋の誰もが滅びることはないと思う中、しかし確かな滅びへの道が


 労働の要であるバイオノイドを支配して奪い、低ランク市民の企業への奉仕を下らないと蹴り飛ばし、企業そのものを否定する者が現れる――いや、その者はすでに表れている。


 World Revolution世界を変える流れ……まだ小さい波は、少しずつ大きくなってきている。


 その波はいずれ天蓋を大きく変えるだろう。そしてその変化は天蓋を終わらせる。その結果、多くのクローンはこれまでの生活を失うだろう。或いは、企業さえも。


 見える。企業の支配が終わりを告げた未来が見える。ドラゴンは解放され、多くの命が消える未来が。誰も幸せにならない未来。それがはっきりと見えていた。


 その波を起こすのはこの天蓋で生まれていない存在。この天蓋とは異なる時空、異なる世界線から来た存在。


「ミセイネンちゃん……ごめんね」


 夢うつつにムサシは呟く。カメラアイではない生来の瞳は薄く開き、を見ているようだった。 


「おい、寝てんのか?」


 肩をゆすられ、ムサシは意識が覚醒する。二度瞳を瞬きし、眼球の焦点を合わせるように自分をゆすった男を見た。Ne-00339546。コジローを名乗った男だ。覚えている。覚えている。忘れるも――


『先読みだぁ! ふざけんな、お前と戦うと面白くないんだよ!』


 忘れるはずがない。


『そりゃねぇぜ。選択させないとか卑怯すぎる。超能力者エスパー様はそうやって相手を見下して楽しんでたんだな!』


 忘れるはずがない。


 あの顔が。あの声が。自分を罵ることを忘れるはずがない。フォトンブレードで渡り合い、気持ちのいい戦いをした後でひどく罵られる。隔絶の瞳と、声。ああ、忘れるはずがない。


 


 脳内にある電子酒を解放する。一気に6つ。大脳皮質がマヒし、大脳辺縁系が活発化する。忘れろ、忘れろ、忘れろ。そんなことは言われていない。そんなことを言ってはいない。


 ただ、自分がそのを見てしまっただけで。


「あははははは。夢も現もコインの表裏。どっちが本当かなんてわかりゃしないよ。ゼロとイチで世界が構成されて、虚も実も同じこと! だったらお姉さんが起きているか眠っているかなんてわかりゃしないよ!」


 言って左目を抑えるムサシ。見たくない視界みらいを抑えるように。電子酒で酔っ払って記憶を無くせば、それも見えなくなる。そう錯覚できる。それでもその時が近づけば色濃く見えてくるだろう。


 未来視。


 そう分類される超感覚ESP。ムサシの瞳は未来を見ることができる。見る、とは言ったが感じられるのは視覚だけではない。音も、空気も、その時自分が何を感じ、何を知り、どういう状況なのかも理解できる。


 その未来での自分と同化し、同調できる。俯瞰して未来が見れるわけではない。その時の自分と、見ている自分は同じなのだ。傷ついた未来なら同じように痛みを感じる。斬られ、撃たれ、窒息し、暴行される感覚もそのまま感じる。


 虚実同期症バーティゴ。仮想現実と同期する現象。ムサシの場合は、遠い未来の自分と同期していた。五感そのものが未来の自分と同一になり、その体験を確かに感じているのだ。未解明の超能力の感覚を弱めるなど『NNチップ』でもできるものではない。


 そしてその未来は、一度も回避することはできなかった。必死に対策を講じても、ムサシは必ずその未来にたどり着く。その場所を避けても、その人物から逃げても、なにをどうしても避けられなかった。


 相手を殺そうとしても、偶発的な事故がおきて逃げられてしまう。自殺しても同じことだ。何故か命が助かってしまう。


 事情を話しても理解などされない。当たり前だ。未来に攻撃されるから殺したい。そんなことを言われて命を差し出す者などいない。そもそも『殺されないこと』が確定しているのだから企業としては安心できる。そんな考えもされた。


 二天のムサシ。そのクローンには二つの天蓋てんがある。


 現在と、未来。確定した未来を見ることができる超能力者エスパー。一つの身体から八つに別れた頭を持つ大蛇を殺した十拳とつかの剣の如く、現在という起点から数多に別れる未来の可能性を殺す。ドラゴン『トツカ』の因子を色濃く発現させたクローン。


 他の可能性を壊して未来を確定させる予知。それがIZー00210634。二天のムサシと呼ばれる超能力者エスパーだ。


「運命なんてサイコロ次第!」


 そうであったらよかったのに。自分が振るサイコロはイカサマダイスで、決まった目しか出ないじゃないか。


「今が良ければそれでよしってね!」


 分からないのはくわしく見えない今この瞬間だけ。未来に決まっていることは避けられなくても、今この瞬間はどうなるか分からない。


『アンタの二刀流ブレードは古典ラノベにあった三つの先ってやつだな』


 だって、こんなこと言われるなんて思わなかった。


『アンタとの戦いはブシドーを培ういい経験にはなったぜ。それは確かだ』


 こんなことを言ってくれるなんて思わなかった。


 未来において何時も交差する剣豪。遠い未来では何度も何度も切り結び合い、その戦いは全て知っている。その感動は全て知っている。遠い未来のアナタをすでに私は知っている。その時に抱いている私の想いも、知っている。感じている。


 時間軸を超越した恋。遠い未来に生まれる剣を通して生まれた熱い感情。それをすでに経験し、そしてそれを大事に思っている。当人には理解できないだろうけど、それでも私は確かにそれを感じている。正しく出会う前からずっと。


 そして酷く罵られることも、知っている。敵対し、何度も斬り合い、そしてその命を奪うことを知っている。その感覚、その喪失、未来に訪れるムサシとコジローの悲劇を知っている。


「ううううう……。どうしてなんだろうねぇ……」


 瞳から涙がとならない。こんな目なんかなければいいと思いながら、それでもこの目から流れる感情は捨てられない。正しい時間軸ではまだ抱いていない感情なのに。なのに確かに心にある。そして言われた時の痛みも、同時にある。


 会えば会うほど。戦えば戦うほど。辛くなる。そうとわかっているのに――


「なんだよ、泣き上戸か? 初めて見るぜ、そんなアンタ」

「あはは。なんだろうね、涙腺が故障したみたいだ。なんか変なデータインストールしたかな? 手当たり次第にそういうのを集めちゃうのは良くないってわかってるんだけどねぇ」

「ったく。コイツを使いな」


 コジローは言ってハンカチを差し出す。茶色を基調とした装飾のないハンカチ。ムサシはそれを受け取り、


『クソ……傷口押さえる布もねぇ。こりゃヤバいか……』


 自分の隣で崩れ落ちるコジローを。致命的な傷。布があれば数秒は延命できるか? それも気休め程度だろう。


「……そいつは受け取れないねぇ。お姉さんはこうして泣いているのも好きなんだよ。涙滴るいい女ってね。泣いている女性を見ると、いろいろそそられてこないかい?」


 ハンカチを突き返すようにムサシは手を出す。こうしたところで未来は変わらない。どこかでハンカチを無くし、同じ状況になるのだろう。分かっているけど、受け取れなかった。


「そそられねぇよ。あいにくと女と子供には優しくするのが信条なんだよ」

「おやまあ、そうだったか? お姉さん覚えがないよ。記憶力には自信があるんだけどねぇ」


 ムサシが見ているのは今見ている世界と未来に起きる事例。その二種類の世界だ。そしてその両方の区別があいまいになっている。その言葉は今言ったことなのか。それとも未来に言うはずの言葉なのか。それさえも判別がつかない。


 その人がそれを言ったのは理解している。だけどがわからない。自己紹介をしたのは覚えているけど、それをされたのが『今の自分』なのか『未来の自分』なのかが分からない。名前を教えてもらったのも今なのか、もっと先なのかもわからない。


 自分は知っている。だけど相手はまだ知らない。そんなズレが確かに存在する。


 だから、知らないを貫き通す。知らないと言っておけば、少なくとも気味悪く思われることはない。酔って忘れたふりをすれば、呆れられてもまだ粗忽なクローンの範疇として見てくれる。


 未来なんて決まってる。何したって変わらない。なら今を楽しもう。少なくとも今この瞬間は愉しいのだ。今後、長年も渡り合う好敵手達。コジロー。カメハメハ。その二人との出会いの瞬間。


 でも知っている。この酒宴ももうすぐ終わることを――


「どうした、ネネ姉さん?」


『NNチップ』に連絡が入ったコジローが立ち上がる。これまで酔っぱらっていた顔は急に真顔に戻り、衣服を整えながら出口に向かう。


「どうしたんだい? お兄さん。もう少しお姉さんと飲んでいこうよ」


 この後になんて答えるかも、当然知っている。分かっている。


「ちょいと野暮用でね。頑張るJKを助けに行くのさ」


 知っているとも。自分があのビルの前で倒れたから巻き込まれるミセイネンちゃん。機械化した奴らに囚われて、最後は連中の爆弾に巻き込まれる。可哀そうだと分かっていても、見てしまった以上は避けられなかった。巻き込んでしまった。


 死んだ後、その子が残した味データが革命的な感動を呼び、一波乱起きる。意識革命がおき、天蓋崩壊の波が強くなる。バイオノイド達がそのデータを旗として、自らの自由を求めて立ち上がるのだ。天蓋の終わりが、また少し近づく。


 そしてミセイネンちゃんを救えなかったコジローは復讐の鬼になる。……もう、いっしょに電子酒を飲むことはなくなるのだ。そこからはフォトンブレードでしか語れない関係。殺し合う世界でしか出会えない。


 未来に生まれる自分の想いはそうした死線の中で育まれたのだろうけど――それは嫌だ。酔って感情的になったムサシは、無駄と知りつつコジローの腕をつかむ。


「そんなこと言わずにさ。もう少し飲んでいこうよ」


 そして、未来において一度も成功しなかった誘惑を試みる。ムサシとコジローの関係は斬り合う者同士。時に背中を預けることもあるけど、敵対することの方が多い。そんな殺伐とした関係にしかならず、その際何度も思いを込めて誘うも届かなかった言葉。


「あ、おっぱい揉む?」


 答えなんてわかってる。未来なんて決まっている。


「揉まねぇ。あと飲みはお預けだ」


 ほらね。

 

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