Unlocking the Future

ネネネちゃん。お願いがあるの

 仮眠に入ったトモエだが、僅か5分で目を覚ますことになる。


「トモエ、逃げるぞ」

「は……にょおおおおおお!?」


 目を覚ますと目の前にはネネネの顔。いきなり抱えられ、そのまま窓を割る形で外に飛び出す。その瞬間に乾いた響く銃声。そして三半規管が狂うほどの大回転。地面と天蓋の景色が目の前で回転し、気が付くと赤く染まった天蓋の天井。それがトモエの見た光景だった。


「ちょちょちょちょ、なんなのなんなのなんなの!?」


 寝ていたトモエをネネネが抱え、部屋の窓を割って外に飛び出したが外にいたクローンに撃たれた。やむなく腰のワイヤーを使って壁を登り、ビルの屋上にたどり着いたのである。この間5秒足らず。トモエの理解が遅れるのも仕方のない事だ。


「ネネネちゃんどういうこ――!」

「いちちちち……」

「え? ケガ、してる……の?」


 そう言えば、銃声が聞こえてきた。その意味に気づいたのは、ネネネのお腹と肩から流れている赤い液体を見た時。命を奪う暴力の威力を前に、トモエの腰が抜ける。


「え? 撃たれた……どういうこと? 大丈夫なの、ネネネちゃん!」

「大丈夫だぞ! アタイは頑丈だからな! この程度すぐに治る!」


 動揺しながらネネネの無事を確認しようとするトモエに、笑顔で返すネネネ。実際、ドラゴンに地面に叩き付けれても2日足らずで回復したネネネだ。回復ユニット『バーンスリー』からすれば、銃創の回復など1時間もかからない。


 1時間。平時なら問題ない時間だ。安静にすればいい。


 だが今の状況で1時間は長い。自分を撃った相手が1時間放置してくれる保証はない。直接見ることはできないけど、一階からは破壊音が聞こえてくる。ガラスが割れ、銃声が響く。


 中にいたバイオノイド達は無事だろうか? 銃声が響くたびにトモエの心が削られていく。耳を塞いでしまいたい気分だ。今は悪い夢なのかもしれないと逃避したくなる。そうだよ。さっきまで寝てたんだし、これは悪夢で現実は――


「しっかりしろ、柏原友恵!」


 逃避したくなる心を頬を叩いて押さえ込む。傷ついたネネネを見て、弱気な自分を叱咤する。今現在進行形で襲われているバイオノイド達の恐怖を思えば、今の自分はマシなんだ。いや、マシなのは――


「ネネネちゃんが助けてくれたんだね。……ありがとう」


 銃の脅威から離れた場所にいるのは、ネネネが救ってくれたからだ。襲撃を察していち早くトモエの身柄を守ろうとしてくれたのだ。それを理解して、頭を下げるトモエ。


「アタイの仕事はトモエを守ることだからな! 当然だぜ!」

「うん。でも感謝してるのは本当だから。私が感謝したいからするの」


 一人なら絶対心が折れていた。そもそも逃げることもできなかっただろう。やれることができた。その事に感謝する。もちろん、身を挺して助けてくれたネネネの献身にもだ。


「ごめんねネネネちゃん。何が起きたか教えてくれる?」

「アタイもよくわかんない。いきなり銃声と共にビルに乗り込んできたんだ。カメラもセキュリティもハッキングされてたみたいで反応がなかった。

 アタイが確認できただけで人数は6人。全身機械化フルボーグしてたぞ」

「押し入り強盗? それならお金のあるところを襲いなさいよね」


 なんなのよそれ。目についたから襲ってくるとかどんだけ運が悪いの? トモエは心の中で運の悪さを呪う。だけど――


「オカネってクレジットの事か? 『国』と違ってクレジットの事が欲しかったら『NNチップ』を抑えるぞ。ビルを襲うとか、普通じゃない」


 ネネネがそれはあり得ないと指摘する。個人資産は『NNチップ』により管理されている。ハンコや通帳なんてものはなく、個人資産を強奪したければ身柄を抑えて拷問するのが一般的だ。しかもデータ経歴が残るので、上手く偽装しないと足はすぐにつく。


「そっか。じゃあネネネちゃんを襲ったってこと? バイオノイドはえぬえぬちっぷ? がないんだし」

「でも連中明らかにバイオノイド達を抑えるために銃を撃ってるぞ」

「ッ。無事だといいけど……」


 銃声は少しずつ収まりつつある。ビル内が制圧されつつある証拠だ。戦闘用のバイオノイドだとしても圧倒的な火器の前には太刀打ちできない。50名いたバイオノイドの中で戦闘系バイオノイドは3名だけ。勝てる見込みがないのはトモエでもわかる。


「重火器を使ってないから、そこまで殺意はないはずだ。あいつらはおそらく生きてる」

「いやでも銃だよ!? 撃たれたら痛いでしょ!? 頭とかに当たったら死んじゃうよ!」


 武装そのものの火力が低かろうが、銃という武器に対する恐怖は高い。軽く命が奪われる器具である恐怖はぬぐえないトモエ。 


<屋上にもいるはずだ!>

<探せ!?>


 下から聞こえてくる機械音声。屋上に暴徒が来るのは時間の問題だ。


「大丈夫だ、トモエ。アタイに任せて隠れててくれ!」

「任せるって……?」

「このケガだと隣のビルまでトモエを抱えて跳べないからな。あいつらを倒してトモエを逃がす!」


 右足に受けた銃創。そこから流れる血。それを見てトモエはハッとする。自分を守るために弾丸を受けたネネネ。それがなければ一人でも逃げられただろう。いいや、自分という足枷がなければ満足に戦えていたかもしれない。


「アタイが暴れている間に隙を見て逃げるんだ。その後はコジローに連絡して助けてもらえ」

「ネネネちゃんはどうするのよ!?」


 鬱陶しいぐらいに元気爆発なネネネの答えは、何かを迷うように数秒だけ止まった。その後、笑顔を見せる。


「アタイは大丈夫だ! 何とかなる!」

「ダメ! ネネネちゃん死ぬ気でしょ! そんなの許さない!」


 その笑顔に、トモエはネネネの覚悟を感じ取った。その想いを感じ、反射的に叫ぶ。そんなの許さない。叫んだあとに、自分が怒っていることに気づいた。


「そうだよ。許さない。私を守るために死ぬなんて許さない!」


 脳裏に浮かぶのは、オレステ達に操られたイヌショタバイオノイド。痛みをこらえながら自分の命令を聞いてくれた子達。彼らのような子を作らないために頑張ると決めたのに。なのに、また同じように死んでいくなんて――


「……許さないんだからっ……コジローだって、そんなことしても喜ばないよ」

「っ……ぁ、でも――」

「ごめんね。コジローの名前を出すのは卑怯だと思う。でも自分の命を捨てるのは許さない。危険なのはわかってるけど、やれることをやらないと」


 コジローの名前を出して反論を封じるトモエ。好きな人への気持ちを利用するなんて卑怯だな、ってわかってるけどそれでも止めたかった。止めないといけなかった。


「ネネネちゃんは私を守る仕事なんでしょ? だったら生きて守ってよ。死んだらもう守れないんだから!」


 自分でも無茶苦茶言っている自覚はある。この状況ではネネネの方が正しいことも。自分が感情で物を言っているのもわかっている。それでも黙ることはできなかった。


「そんなこと言うけど、どうすればいいんだ!? アタイ馬鹿だからよくわかんないぞ!」

「う……。それは……」


 勢いで言ったトモエだが、どうすればいいかと言われれば悩むところであった。屋上に駆け上がってくる足音は大きくなる。時間の猶予はない。


(戦う? 無理! じゃあ逃げる? それも無理! 相手が何なのかわかんないのに判断のしようがないわよ!)


 判断がつかない。分かっていることは、


(体中を機械にしたした人間がビルを制圧している? ネネネちゃんのいう事が正しければ爆弾とかは使ってなさそうだけど、どっちにしても暴力的なのは変わらないわ。そもそもなんで……なんで? 目的が分からない?)


 そうだ。目的が分からない。


 トモエは過去に何度もトラブルにあってきた。自分の体質が原因だったり、バイオノイドだったり。誘拐されたり閉じ込められた理由があったのだ。だけど今回はそれがない。


(……別の企業? それが私の身体を求めて襲ってきたとか? だとしたら私が目的? それが分からないとどうすべきか判断がつかない……)


 それを探れば戦わずに済むかもしれない。少なくともただの物取り強盗じゃないのなら、目撃者は皆殺しという事はないはずだ。……ないはず……だといいなぁ。


「ネネネちゃん。お願いがあるの」


 時間はない。トモエはその可能性にかけてネネネに話しかける。そして――


<動くな!>


 屋上の扉が開き、数名の全身機械化フルボーグが入ってくる。ニコサンや時々トモエが天蓋で見る全身機械化フルボーグとは異なり、武装を前提とした物々しいクローン達だ。向けられた銃に手をあげて降参の意を示すトモエ。


<お前を此処に連れてきたクローンはどうした? ID、KLー00124444。女性型クローンだ。>


 銃口を向けられながら問いかけてくる。その恐怖に体が震えるけど、勇気を振り絞って口を開く。落ち着け。言葉は頭の中で何度も反芻した。慌てず、ゆっくりと。


「ご、ご主人様は、私を置いて逃げた……にゃん」


 ネコバイオノイドの設定を忘れそうになったトモエは、慌てて語尾をつけ足した。その言葉通り、ネネネは屋上にはいない。


<逃がしたか。『デンコウセッカ』持ちだったからな。隣のビルに逃げたんだろうよ>

<追うか? 連絡される可能性があるぞ>

<かまわん。襲撃がバレるのは想定内だ。急いで情報を引き出して逃げるぞ>


 言葉に安堵するトモエ。よくわからないが、目的はバイオノイドやトモエの命ではないらしい。目的を果たせば去ってくれるようだ。


<仲間のクローンを捕まえれればよかったがな。結局バイオノイドだけか>

<爆弾のセットと同時に脳内記憶を吸い出せ>

<50体もいるとか想定外だぞ。情報攪乱にしても数多すぎだろうが>


 ……前言撤回。爆弾という事は目的を果たせば皆殺しのようだ。


「あの。脳内記憶ってどういうこと……だにゃ? 私の記憶が欲しいの?」


 ついさっきまで脳内記憶にある味データで商売をすることを考えていたトモエは、それが目的なのだと考える。だけどさすがにあり得ない。それを知るのはビル内のバイオノイドとネネネとニコサンだけ。それがトモエを襲うように指示するなんて悪い冗談だ。


<そうだな。記憶を吸い出す数も多い。殴って喋ってくれるなら楽な話だ>


 表情なく――機械の顔だから当然だけど――言って振り向く完全機械化フルボーグクローン。そこに含まれる暴力の感情に身を固くするトモエ。機械の拳で殴られれば、楽観的に考えても一生傷が残るダメージを受けるだろう。


<ここをアジトにしているクローンの情報を教えろ。IZー00210634だ>

二つ名サインは二天のムサシ。二刀のフォトンブレードをアームに仕込んだ女性型クローンだ>


 IDは正確に記憶していないが、その二つ名は覚えていた。フォトンブレード二刀流はわからないが、その名前なら使ってもおかしくない。


(あの酔っ払いさんだ……!?)


 今朝倒れこんだ血まみれ酔っ払いお姉さん。トモエは喉元まで出かかったセリフを何とか押さえ込んだ。

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