どうしてこうなった

 コジローとカメハメハの戦いに乱入してきたムサシ。この乱入により戦いは変化していく。


 それは三つ巴の乱戦という形――ではなく、


『ヘイラッシャーイ!』

「三人が入れる個室あるか? あと電子酒と味覚データを適当に三品ずつ」

『アイヨー!』


 コジローとカメハメハとムサシは近くにあった電子酒を出す店に移動。個室を借りて、そこで飲みあう流れになった。


「三品じゃ足りないよ! 電子酒は全部一種類ずつ持ってきて―!」

<データの持ち込みが許可されるのなら、吾輩『ペレ』の電子酒を用意できるぞ。もちろん味覚データもだ>

「あははははは! いいねえいいねえ。だめだったら外に出た時にもらおう。あそこの酒は濃いけど利くんだよぉ! 濃厚で幸せになれるよぉ!」


 大吞の気配がすでに出ている。コジローはこれから始まる宴がどうなるかまるで予想できずにいた。飲んでおしまいハイ解散、とはならないだろう。そもそもおしまいがいつ来るのか。


「どうしてこうなった」

<ログを確認しますか? 映像音声文章、どれでも再生可能です>

「いやいい。分かってるから」


 ツバメの言葉に手を振ってこたえるコジロー。『NNチップ』の脳内記録再生に頼るまでもない。


「面白い事やってるじゃないか。お姉さんも混ぜてほしいね!」


 乱入してきたムサシ。コジローのフォトンブレードを止め、カメハメハの胸元に突きつけられた両手の光が剣吞な空気を生む。仕切り直しとばかりにコジローとカメハメハは距離を取り、ムサシは笑みを浮かべたまま双方の動きを見ていた。


「あ、おっぱい揉む?」

「揉まない。あと何しに来たんだよこの酔っ払い」

「あはははは。ちょいと面白そうな喧嘩を見てお姉さん血が滾っちゃってね。滾った滾ったタギタギしちゃった。分かるだろ……えーと、誰だっけ?」

「酔っ払いの女に知り合いはいないぜ」


 何度も絡まれているのに一向に名前を覚えないムサシ。コジローもそれに飽きているのかもう名乗りもしない。


<フォトンブレード使い……。貴様こそが噂の超能力者エスパーだなァ!

 吾輩はPL-00116642。二つ名は『カメハメハ』! いざいざ尋常に勝負しろぉ!>


 ムサシに対していきり立つカメハメハ。指をさし、闘気を乗せて叫んだ。


「何それ? お姉さんは二天のムサシ。酔っ払いだよぉ」

<むぅ、そうか。失礼した>

「おい、俺の時と対応が違うんじゃないのか?」


 あまりにあっさりと納得したカメハメハに、ツッコミを入れるコジロー。


<貴様はこの酔っ払いが超能力者エスパーに見えるというのか?>

「見えねぇなぁ」


 あまりの正論にうなずくしかないコジロー。コジロー自身も若旦那から話を聞いてなければ疑念すら抱かない。


<無論それは建前だ。超能力者エスパーの候補に入れておく。

 貴様と疲弊した状態で超能力者エスパーと戦うのは無理がある。フォトンシールド用のバッテリー残量は心もとない。戦闘マニュアルに従った合理的判断だ>


 胸を張って堂々と言い放つカメハメハ。コジローとの戦いでエネルギーを使った状態では勝ち目はない。そんな状態で勝負は挑めないということだ。


「へいへい。慎重な事で」

<そしてこちらは吾輩の本音だが……貴様との勝負の余韻をこのような形で汚したくない。仮に乱戦となって勝利したとしても、先ほど以上の高揚感は得られぬだろう>

「……へいへい、戦闘狂は大変だね」


 カメハメハの言葉に理解できないと肩をすくめるコジロー。だがその顔には笑みが浮かんでいた。


「おーいおーい! そこで盛り上がられるとお姉さん泣いちゃうぞ! なんかもう戦闘終了の流れになってるけど! お姉さんも暴れたーい! ギリギリ死線でバトりたーい! ねえ、やらないの!?」


 停戦ムードを察してコジローとカメハメハの顔を交互に見るムサシ。コジローはフォトンブレードを納め、カメハメハも腕を下ろしている。カメハメハが戦わないのならコジローも戦う理由はない。


「戦わない。そういうわけでお開きだ」

「つまらないなぁ。お姉さんのやる気を返せー! ちくしょー、こうなったら自棄酒だ! 付き合え!」


 ぶんぶん腕を振り回すムサシ。そしてコジローとカメハメハのの首根っこを掴んで叫ぶ。コジローの顔が胸に当たっていた。柔らかくて暖かい。コジローは喉元まで出かけた感想をかろうじて抑えた。


<Ne-00000042からの依頼がIZー00210634の監視および『ネメシス』支配圏からの放逐であるならば、この誘いに乗るのが良策と思われます。目を離せば、対象がどこに行くかわかりません>

「だよなぁ……」


 ――という流れでとりあえず近くの電子酒を取り扱っている店に駆け込み、三人で電子酒盛りという流れとなったのである。


 そして30分が経過し――


「わはははははー! お姉さんはまだまだいけるぞ!」

<もっと電子酒持ってこーい! クレジットは吾輩が全部持つ!>

「追加注文だー!」


 三人の酔っ払いが生まれた。


<つまり吾輩は機械技術を発展させ、サイバー技術を施したクローンによる効率のいい労働をすることが企業にとって一番なのだと考えるわけだ。機械によるパワー! 機械によるルーチン化! 機械による正確さ! あらゆる仕事においてサイバー技術は役に立つ!>

「あはははは! うんうん、機械による動作の記憶はいろんなところに転用できるよね。お姉さんのサイバーレッグもどれだけ酔ってもバランスを取るようにしてるからねぇ。機械学習大事大事! 大臣王様姫様女王ってね!」

<しかぁし! 昨今のクローンはなっておらぬ! やれファッションだのやれ見た目だの! サイバー技術は質実剛健! 頑丈さと性能! それこそが大事なのだぁ!>


 どん! 机をたたくカメハメハ。なお机を壊さないようにパワーセーブ機能がかけられている。何度か酔った勢いで店を壊しているので、飲む前にパワーセーブ機能をオンにしたのだ。


「でもカメハメハの旦那は自分の事を美しいとかビューティフルとか言ってたじゃないか」

<当然! 吾輩は美しい……。だがそれは見た目だけではない。機能とそれにより打ちだされた結果! すなわち、機能美なのだ!

 パワースペックは言うに及ばず、それを扱うテクニック! そして長時間可能なバッテリー技術! 対衝撃対雷撃対高温対低温対高圧ゥ! ありとあらゆるテストに合格した素材を組み合わせて作り出したのが我が腕なのだァ!>

「おーおー。すごいすごい。触っていい? お姉さん旦那の腕にほれぼれしちゃうよ。お姉さんのおっぱい揉んでいいからさ」

<ふはははははは! いくらでも触るといい!

 レディのサイバー部位も気立ても酔いっぷりも素晴らしいが、あいにくと生体部分には興味が持てぬ故、胸を触るのは遠慮しよう>

「うわ出たよ機械化至上主義メカ・スプレマシー。これだから全身機械化フルボーグは面白くない」


 ぶー、と唇を突き出して指を虚空で何度か動かすムサシ。ムサシの眼前には店の注文パネルが映っている。それを使って電子酒を注文し、脳内で展開した。程よい味覚と酔いが脳内に広がっていく。


「くっはぁ! 人工臓器に届くこの一杯! このために人工臓器があると言っても過言じゃないねぇ!」

「そいつはすごいな。人工臓器なんか貧乏人には手が出そうにないや」


 電子酒は人工臓器を刺激する。サイバーレスのコジローはその感覚はわからない。人工臓器など購入も手術代も捻出できそうにないので、この手の話は聞き流すしかできなかった。


「いやいやいやいや! お兄さんほどの武芸があればすぐに稼げるじゃないか! 強さを競いあう団体は多いよ! 『ネメシス』の『剣闘士グラディエーター』とか有名だしねぇ! 契約したらサイバー手術の代金も出してもらえるよ! どうだいどうだい!」

「遠慮するぜ。技を見世物にするのはブシドーに反するんでね」

「もったいないねぇ。そういう団体に所属してくれたら好きな時にお姉さんが襲撃かけられるのに」

「物騒だな、アンタ。っていうか自分が楽しみたいだけかよ」


 呆れるように言うコジローにムサシはカラカラと笑みを浮かべて答える。


「あはははは! お姉さんはお姉さんが楽しいのが第一だよ! だって世の中は悲劇ばかり! 見たくないコトばかりだもんね! だったら好きな事して電子酒で酔っ払ってもいいじゃないか! 刹那の楽しみこそが人生ってね!

 あ、おっぱい揉む?」


 悪びれることのないムサシ。そしていつものセリフ。なのでいつも通りにコジローは手を振って返した。


「揉まない」

「がーん! 結構自信あるんだけどなぁ……。お姉さんショック」

「っていうかアンタなんでこんなところにいるんだよ。聞いた話じゃデウスエクスマキナ? 機械至上の反企業組織とやり合って血液ばら撒いたって話じゃないか。そいつらと喧嘩してるのか?」


 電子酒の余韻に浸りながら、コジローは問いかける。このペースで電子酒をダウンロードしてたら流されそうだ。酔いが回る前に聞くことを聞いておこう。


「…………? なんでお姉さんみたいな平和主義者が喧嘩しないといけないのさ」

「何処が平和主義だよ。アンタ、俺とカメハメハの旦那の喧嘩にウッキウキで割って入っただろうが。混ぜて混ぜてって感じで」

「あっはっは。そういう事もあったかなぁ! お姉さん覚えてないや!」

「……駄目だ。酔っ払いと話ができるはずがねぇ」


 分かってはいたが、まともに話ができる状況ではない。そもそも酔っていないムサシと話をしたことがない。


<その話は吾輩も聞いたぞ。隠密に長けて正確な動きをプログラミングされたデウスエクスマキナのドローン。その動きをはじめから分かっていたかのように見つけ、一刀両断したフォトンブレード使い。お相手してみたいものよ>


 話に加わるカメハメハ。監視カメラの映像を見ればそれがムサシなのはわかることだ。『カプ・クイアルア』にはその情報が渡っていないのか。或いは知ったうえでカマをかけているのか。


「へえ。そいつはすごいねぇ。お姉さん以外にもフォトンブレードを使うクローンがいるなんて。驚き驚き」

<治安維持組織すら予測できなかったドローンの動きを正確に知ることができたのはまさに超感覚ESP。その者は超能力者エスパーなのだろうと誰もが噂をしているぐらいだ。

 どう思う、レディ?>


 機械の顔は表情が変わらない。優しく問うようなカメハメハの口調は、しかし言葉はムサシに踏み込んでいた。ムサシというクローンを探るような言葉。


「お姉さんはただの酔っ払いだからねぇ」


 その踏み込みに酔った笑みを浮かべてそう答え、


「予測不能な動きなら、電子酒で頭をへべれけにしてサイコロ振るね! 当たるも当たらぬも運しだい! 天が決めた道を進むのが一番さ!

 あるべきものはあるままに。酸いも甘いも受け入れて、生きるも死ぬも流れのままに! 二天のムサシはそういうもんさ!」


 電子酒を追加したのか、顔に赤みが増すムサシ。


<やはり素直に口は割らぬか。ならばまだまだ酔わせるのみよ>

「おお? お姉さんと酒飲み勝負かい? いいねえアンタ。体は堅いけど魂は熱いね! お姉さん嫌いじゃないよ! お兄さんも付き合いな!」

「おう、こうなったらとことん勝負してやるぜ!」


 こうしてカメハメハとムサシとコジローの酒宴は続いていく。

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