いざいざ尋常に、勝負だぁ!

「酔っ払い女性型の監視と足止めとはなあ」


 天蓋の街を歩くコジローは不満げに呟いた。仕事場に連絡したらすでに有給は受理された形になっていた。しかも一週間分。明言されてはいなかったが、これが『若旦那』の猶予期間なのだろう。その間ずっと足止めするか、『ネメシス』支配圏から退去させるか。


「ほっとけば勝手にいなくなりそうなヤツだけどな」

<肯定。過去の遭遇データからも一か所に留まらないクローン体でした。同じ場所で遭遇した記録はありません>

「移動先は追いかけられるけど……聞けば聞くほど超能力者エスパーとか信じられないんだよなぁ」


 依頼を受けるに際して、コジローは『若旦那』からIZー00210634……ムサシの行動記録をもらった。脳内の『NNチップ』に転送されたデータのほとんどが、酔っているか酔って暴れているか酔って寝ているかだ。


「事件らしい事件は酔って喧嘩したぐらいか。これで拘束とかできないもんなのか?」

<事件発生から48時間以上経過しているので難しいでしょう。相手側から手を出しているので、正当防衛が成立しています。罪科を問うことはできません>

「これはあからさまに壁破壊してるけど、どうなんだ?」

<確認。破壊先の住居が企業規定に違反した物品を隠す倉庫だったため、治安組織はそちらを優先した模様。器物破壊に関しては問わないようです>

「思いっきり輸送ドローンを壊してるぞ」

<こちらの破壊行為はデウスエクスマキナと呼ばれる機械化至上主義メカ・スプレマシー強盗団の血液強盗を止める形になりました。結果として血液回収はできまでんでしたが、この戦闘行為でデウスエクスマキナの実行犯を捕えることができたようです>

「結果として『ネメシス』の治安を守ってるからスルーってか。……若旦那、それが分かって俺に監視しろってか」


 ムサシが起こした事件を見れば、ほぼ全てが企業規定に違反した対象へと向けられている。虐げられるものを助けたり、不正を働く者から事実を暴いたり。二本のフォトンブレードを振るい、圧倒的なサイバー装備で障害を廃していた。


<肯定。Ne-00000042からのオーダーはIZー00210634の監視および足止めです。可能であれば『ネメシス』支配圏からの退去となります>

「探られたくない腹を探られるかもと思ってるのかね、若旦那も」

<その発言は上位市民ランク所持者に対する名誉棄損に値する可能性があります。最大12年拘束の罰則となりますので、訂正することを求めます>

「そいつは怖いね。訂正訂正っと。ついでに訴えられないようにきちんと仕事しないとな」


 とりあえず酔っ払いの足取りを追わなくては。最新の監視カメラの記録は血液強盗との戦闘までだ。その後は、何故か見つからない。『ネメシス』支配圏を網羅する監視カメラに見つからず移動したという事になる。


<推測。デウスエクスマキナが監視カメラに介入して、空白時間を作ったと思われます。その介入の間に移動したのかと>

「しょうがない。そこからだな。何かあったら若旦那からも連絡があるだろうし」


 治安組織の監視カメラは24時間稼働している。引っかかれば連絡は入るだろう。コジローはそう言って、車を使って移動する。


 市民ランク6が使うような裏路地。清掃用スライムもあまり通らない汚れた道路。そこには赤い血液の跡が残っていた。破壊されたドローンの部品も残っている。乱闘の跡も色濃く残り、治安組織がここに来た様子はない。


「全く。仕事しろよな、治安組織。ランク低い奴しか使わない道路だからって、気合入らなすぎだろうが」

<警告。先の発言は『ネメシス』治安組織に対する侮辱罪に抵触する可能性があります。最大4年拘束の罰則となりますので。訂正することを求めます>

「事件から3時間経過しても来ないとか、怠慢にもほどがあるぜ。監視カメラも復旧してるだろうし」


 ツバメの警告に首を振るコジロー。言いながら腰のフォトンブレードを抜き、スイッチを入れて横なぎに払った。


「きちんと来て調査してくれたら、襲われることもなかったろうにな」


 コジローが振るったフォトンブレードは、飛来した弾丸を全て斬り払った。まっすぐに向けるその先には、何もない。何もないように見えるが、弾丸は間違いなくその方向から飛んできた。


「光学迷彩で隠れてるつもりだろうが、隠れ方がへたくそだぜ」


 言いながら走るコジロー。コジローの動きに反応するように目の前の景色が揺れる。周囲の景色に溶け込むように表面を変化させる光学迷彩。移動の速度に変化がついて行けないのか、四脚の射撃ドローンが3体姿を見せる。


 4本足の台座に銃とカメラアイをつけた単純な構造。隠れて撃つことに特化したのなら、むしろ単純さは光学迷彩を施す面積を減らす意味で利点だ。コジローに距離を詰められている一体はその場でとどまり、残り二体は距離を取って射撃位置を確保する。


「先ずは一体!」


 撃たれる弾丸を斬り払いながら、ドローンの一体を切り伏せるコジロー。斬ると同時に二体のドローンがコジローに弾を放つ。それを地面を転がるようにしながら回避し、起き上がりざまにまた走り出す。


<『カーリー』産多脚ドローン『ダキーニー』です>


 光学迷彩標準装備の襲撃用ドローンだ。背景に潜み、目標を攻撃する。コジローが迷彩に気づいたのはその観察眼。市民ランク6用の道路なのにどこか澄んだような光景に疑念を抱き、違和感を感じたのだ。


「倒す必要はないけど――」


 コジローの目的は酔っ払いクローンの足跡を追い、監視することだ。ここを訪れた相手を襲うように設置されらドローンなど無視しても問題ない。むしろケガしないうちに帰るのが正しい。


「売られた喧嘩は買わないとサムライが廃るんでね」


 言いながらダキーニ―に迫り、フォトンブレードを振り下ろした。光の刃は抵抗なくドローンの可動部分を斬り、返す刀で銃座を斬る。断末魔のように数度ランプが明滅し、消える。その間にもコジローは最後のドローンに向かって走り――


<お前が噂の超能力者エスパーだなぁ!>


 声は上から聞こえた。生体が放つ肉声ではなく、機械により生み出された音声。


 コジローがそう認識した瞬間に、声の主は地面に突撃してきた。落下ではない。空中でロケット推進し、真下に向かって突撃したのだ。落下の衝撃で地面が揺れ、最後のダキーニ―がそれに潰された。爆発と煙が落下者の姿を覆い隠す。


<ID確認。PL-00116642。市民ランク4。『ペレ』の治安組織『カプ・クイアルア』所属のクローンです>


 IDと登録されている情報を伝達するツバメ。土煙の中から現れたシルエットは、巨躯な人型だ。ただし肩と両腕はその胴体ほど太い。煙が晴れて見えてきたのは、黄色い服で体を包んだ黒い光沢を放つ機械人間だった。


 頭部から足元まで金属の光沢をもつ人間型。顔は髭のような装飾を持ち、瞳部分は赤い光を放っている。胴体部から脚部まではわずかに曲線を描き、かろうじて人間らしさを保っているが腕部は異常な大きさだ。


「ゴリゴリの全身機械化フルボーグか。他企業よその治安組織が何の用だ? 『ネメシス』の支配下で組織活動するのは許されないんじゃないのか?」

<心配無用。権限は限定されているが、許可は得ている!>


 コジローの言葉に堂々と言い放つ機械化人間フルボーグ。巨大な腕を振り上げてPL-00116642は叫ぶ。


<吾輩はPL-00116642。二つ名サインは『カメハメハ』!

 貴様が件の超能力者エスパーだという事はわかっている! いざいざ尋常に、勝負だぁ!>


 カメハメハ。西暦時代にハワイ諸島と統一した王の名だ。その偉業に因み、とある大国海軍の潜水艦名にも使われた。その艦名はSSBN/SSN-642。誕生日ともいえる進水日は1月16日。その日と艦の末尾番号が己のIDが同じだからそう名乗っている。


「いや待て。俺は通りすがりの――」

<言葉で弄して誤魔化すところも情報通りよ! 電子酒で酔ったかのような言動で相手を煙に巻き、古風なフォトンブレードで相手を斬る! それが貴様の戦い方なのだという事は周知の事実ぅ!>


 コジローは人違いだと言おうとして、大声でそれを阻まれる。フォトンブレードを使って戦うクローンなどまずいない。コジローもムサシ以外のフォトンブレード使いには出会ったことがない。


「人違いにもほどがあるぜ。男性型か女性型かぐらいは調べとけよ」

<ふん。この天蓋において性別の差など些末些末些末ッ! IDも情報かく乱されて掴むことができなかったしな。しかし今吾輩が捕らえたぞ、Ne-00339546! そのIDしかと記憶して、勝負をするまで追いかけてやる!>

「そいつは面倒だな」


 公安組織がその気になれば、IDを延々と追うことは容易だ。組織として認められた行為ではないが、相手の経歴によっては許されることもある。


「ちなみに勝負っていうのは電子酒の耐久とかそういうのかい?」

<ふははははは! それも悪くはないが今はこちらよ>


 言ってカメハメハは機械の拳と拳を打ち合わせる。鋼と鋼がぶつかる音が闘争の意思を伝えてくる。


「あいにくと仕事の途中でね。構ってる余裕はないんだよ」


 カメハメハから目をそらさずに口を開くコジロー。言いながら、フォトンブレードは降ろさない。隙を見せれば襲い掛かる。分かりやすいプレッシャーがコジローを射抜いていた。


<企業に貢献する勤勉さは素晴らしいが、そうもいかぬッ!>


 地面に両こぶしを叩きつけるようにして、前のめりになるカメハメハ。その構えと同時に拳から衝撃波が噴射され、その推進力を使ってコジローに向かって突撃してきた。


 迫るメタルヘッド。機械の頭部に向けて反射的にコジローはフォトンブレードを振るった。赤い刃は突撃するカメハメハの頭部に迫り、


<キ・シールド!>

「止められた!? フォトンシールドか!」


 突如形成された力場により防がれる。光学兵器に干渉できるのは。ミラーコーティングと光学兵器のみ。光を盾状に形成し、弾丸や光学兵器から身を護る盾とする兵器だ。


<当然ッ! 貴様を相手するのだからフォトンブレードに対する対策は立てて当然であろう!>

「確かにな。だがバッテリーが切れればシールド形成もできないだろう?」

<その前に貴様を倒せば済む話よッ!>


 顔に表情を示すモニターなどがあれば笑みを浮かべていただろうカメハメハ。金属の頭部は無表情だが、その言語は酷く感情的だ。機械化した狂戦士。闘争を求める完全機械化フルボーグ


「同じ脳以外機械にしたクローンなのに、ニコサンとは大違いだ」


 友人の『ペレ』クローンの事を思い出しながら、コジローはフォトンブレードを構え直した。


<逃亡を提案します。この戦いに必然性を感じません>

「今回ばかりは同意だぜ」


 ツバメの意見に同意しながら、しかし逃がしてくれそうにない相手にうんざりするコジローであった。


 

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