なんだなんだ?

 速度違反の調書はすぐに終わった。いくらかの罰金と記録。器物破損や人的被害などないので、手続きも楽なものだった。


「これならその場でできたんじゃないのか?」

「う、うるさい! 自動運転を切り替えるヤツが悪いんだ!」


 コジローの文句を叫んで誤魔化す連行した『重装機械兵ホプリテス』。クレジットの支払いも記録も『NNチップ』を通してやればすぐだった。わざわざ『重装機械兵ホプリテス』の詰所に行く理由がない。行ったら行ったで『なんでわざわざ連れてきたんですか?』と首をひねられたぐらいだ。


「それよりも……あの市民ランク3のお方とはどういう知り合いなんだ?」

「企業秘密だよ。あの野郎と同じこと言わせる気か?」

「市民ランク6のオマエ……貴方との繋がりはどのようなものかと。できることなら。このワタクシ目にも一枚かませてもらえないかと」

「ああ、そう言うことか」


『働きバチ』――『イザナミ』の企業戦士ビジネスとのコネがあれば、何かに利用できるかもしれない。少なくとも自分よりもクレジットや権限を有しており、それについていけば甘い汁を吸えるかもしれないのだ。


 高い市民ランクに取り入ろうとする。そう言ったクローンは珍しいものでもない。わざわざ詰所まで呼んだのは、監視カメラに映らない場所で取引したいだけだ。


「『働きバチ』を倒したのは俺だ、なんて言ったらどう思うかね?」

<間違いなく拘束されるでしょう。状況的にお勧めしません>

「だよな。ま、このまま誤解させとくか」


 脳内でツバメとそんな会話をしたのちに、自分を連れてきた『重装機械兵ホプリテス』に指一本上に立てる。


「気を付けなよ。上が絡む話なんだ。これ以上首突っ込むと、『重装機械兵ホプリテス』のスーツ脱がされちまうぜ」

「本当か……!? そこまでの案件、なのか?」

「ああ。上層部がいろいろごたついたんだっけ? それに関係しているぜ」


 半ばあてずっぽうで言い放つコジロー。『重装機械兵ホプリテス』の一番上である若旦那が絡んでいるわけだし、あながち嘘でもない。コジローは理解していないが、ほぼ正鵠を得ていた。


 柏原友恵。異世界より来たとされる女性を巡る騒動。アルバファミリーと繋がっている上層部をあぶりだして処分するためにNe-00000042はアルバファミリー襲撃騒動を起こしたのだ。


「……じゃあ、それが終わったら連絡してくれ。頼んだぞ!」

「へいへい」

「忘れるなよ! 絶対忘れるなよ!」


 生返事に念を押す汚職警官。強引に連絡先を送ってくる始末だ。Ne-00089603。適当にNe-0009603オッサンとでも呼んで、メモリーの端っこにおいておく。二度と会うこともないだろう。


「だりぃ。つまらんことで時間とったな」

<原因は法定速度を超過したNe-00339546にあります>

「まあそうなんだけどよ。さすがに飛ばさないと間に合わなかっただろうが。タワーの中に入られてたら手も足も出なかったぞ」

<否定。クレジットにより市民ランクをあげればタワー内に入ることはできます>

「何年かかるんだって話だよ。……あー、身体が痛い。毒抜けねえなあ」

<各部位に炎症発生。免疫疾患が正常に作動しているため、療養により回復する可能性があります>

「寝てろってか。そうだな、ニコサンのところで寝させてもらうか。……そこまでの足がないのが問題だけど」


重装機械兵ホプリテス』の詰所からニコサンのビルまでかなりの距離がある。歩いていくには現実味はなく、車はトモエを運ぶためにニコサンのビルにある。どうしたものかと難儀していると、目の前に一台の車が止まった。ベイカーB221。飛行可能な人物輸送車両だ。


「なんだなんだ?」

<車両番号から『イザナミ』所有の車であることを確認。現在の使用者は

IZ-00115862です>

「……『働きバチ』?」


 ツバメの確認通り、中にいたのは『働きバチ』だった。コジローに斬られた腕と胴体部は傷跡すら見られない。見た目にはわからないが、サイバー手術でボディを修理したのだろう。或いはあらかじめ用意された機械体に脳移植したか。速度を考えれば、後者か?


「災難だったなNe-00339546。つまらん輩に捕まるとは」

「礼は言っておくぜ。あの助言が無かったらトモエはあいつらに乱暴されてただろうからな。それで、まさか続きをやろうってハラか?」

「アンノウガールに関する業務は報告により完了している。その件でキミと争う理由はない」

「その件で、ってことは他の事でやりあう可能性はあるわけだ」

「そうなる前に手を打ちたい。その件も含めてPe-00402530所有のビルまで送らせてもらおう」


 コジローは少し悩んだが、『働きバチ』の車に乗り込む。助手席に座り、シートに背を預けた。信用したわけではないが、いきなり襲い掛かってくることはなさそうと判断したのである。単にニコサン伸びるまでの交通手段が欲しかったというのもあるが。


「で、どういうことだ? まさか『イザナミ』がこのあたりで人物運送業を始めたいってわけでもないだろうし」


 宙に浮かぶ車。そのGを感じながらコジローは『働きバチ』に問いかける。企業戦士ビジネスは自企業の利得を求めて動く。ここでコジローを送るメリットがまるで分らない。そういう仕事を始めた、と言うのもあながちありそうで困る。


「Pe-00402530のビル内で拘束しているIZ-00404775の身柄を回収したい」

<ID確認。Pe-00402530住居内で交戦した女性体です>

「……ああ、偽トモエか。確かニコサンのところで縛っておいてあるんだっけか」


 忘れていたわけではないが、優先度は低かった。実際にトモエを取り返したのだから、いろいろ聞きたいことがある。誰に頼まれて、どういう理由で誘拐しようとしたのか。だがその会話はIDを共有したスマホを通じてコジローの耳に入っている。確か――


「トモエの尿内に含まれる物質がどうこうとかだったな。それがバイオノイドを狂わせる。で、その研究のためにタワーで囲おうとした。

 タワーに入れるまで、その偽トモエ――IZ-00404775を使って俺達を足止しようとした。こんな感じか?」

「その認識で間違いない。秘匿及び傍受には気を使っていたのだが、それを短時間で看破されたのは予想外。ランク6市民の権限しか持たないと侮っていたのが敗因だ」

「最初の銃撃がなければ気づかなかったかもな」

「あれでキミを精神的に委縮できればと思ったのだが、今にして思えば悪手だな」


 平和に会話をしているように見えて、コジローは『働きバチ』に向けて敵意をぶつけていた。対し『働きバチ』はそれを涼しく受け止め、むしろ敬意を払っている節がある。


『働きバチ』からすれば、コジローはさほど権限を持たない市民だ。監視カメラへの介入や高級施設の利用などが使えないクローン体。武装も骨董品のフォトンブレード。調査を重ねても、変わった趣味の市民以上の評価はなかった。たまたまトモエを手に入れているだけの、それだけのクローン体。


 なので銃で脅せば十分と思っていた。しかし予想に反する反射神経で攻撃を塞ぎ、ならばと変更した偽物との入れ替え作戦もあっさり看破される。挙句追いつかれて戦闘行為になり、こちらの腕と胴を裂かれてしまう。目的を達せられなくなった原因は、間違いなくNe-00339546への評価の甘さだ。


 とはいえ初手の銃撃に関しては致し方ない所もある。コジローの戦闘記録は公的には存在しない。データベース上はコジローはただの清掃員なのだ。銃で脅せば事態の大きさに気づくと思われても仕方ない。うかつに企業名を出して情報を晒すよりは、ビビってトモエを手放してもらえるほうがありがたい。


 IZ-00404775の変装に気づいたのもID同期したスマホからの情報に過ぎない。『働きバチ』の目的もスマホから聞こえた会話からだ。コジローの評価が甘かった、と言うよりは単に状況が彼らの常識外なだけである。


<――という分析になります>

「勘違いを解く理由はないわな」


 状況を分析したツバメの言葉に、コジローは脳内で応える。どうあれ、相手がこちらをいいように評価してくれるのなら交渉的には有利だ。


「繰り返すが、その件は終わったんだな? お前たちはトモエを狙わないってことで」

「企業計画はいったん凍結。キミがトモエと呼ぶアンノウガールには手を出さないこととなった」

「凍結ってことはまた再開する可能性があるのかよ」

「他企業の出方次第だな。今回の件は5大企業のアンノウガール担当に伝わっているはずだ。それらがどう判断するかによっては、凍結解除もありうる。

『イザナミ』としてはバイオノイドを悪用される可能性さえなくなればいい」


『イザナミ』『ジョカ』『カーリー』『ペレ』『ネメシス』の5大企業には、それぞれ特色がある。『イザナミ』はバイオノイド産業が主体で、企業の中で唯一複数遺伝子配合のバイオノイド作成が可能だ。『NUE』と呼ばれる研究機関が生み出すバイオノイドは、かなりのシェアを誇る。


 そのバイオノイドがトモエの放出するホルモンで制御不能になるとなれば、その立場は失われる。バイオノイドに求められるのは上位存在に逆らわないこと。それが失われれば、バイオノイドの価値は一斉に下がるのだ。


「んな物騒なことを望む性格じゃないけどな、あいつは」

「本人はそうかもしれないが、他企業の腹は読めない。『イザナミ』の株を下げるために高濃度エストロゲンを悪用する可能性は否定できない」

「俺からすれば『イザナミ』も信用できるわけじゃないぜ」

「疑念を持つのは当然だ。利害関係で争わなければそれでいい」


 企業に反目しないのなら敵対しない。終わったビジネスは次に持ち越さない。氷のように冷たい精神。それが企業戦士。それが『働きバチ』だ。


「で、偽トモエの身柄を渡したらなんか得でもあるのか? クレジットたんまりとか?」

「謝礼金と口止め料込みで6000クレジット。これ以上は出ない」


 コジローの言葉に、声のトーンを変えることなく答える『働きバチ』。金額としては妥当なのだろう。交渉の余地はない、とばかりに前もって釘をさす。


「経費はこれ以上出ない。なにせ凍結した計画だからな。代わりに君たちの事が特定できないように偽情報を流布する。他企業はしばらく動けなくなるだろう」

「それだって自分の企業の為だろうが」

「悪いか?」

「ブレないって感心したんだよ」

「理解してくれてありがたい。あと、私にできることがあれば承るつもりだ」

 

 ああそうかい、と大きく息を吐くコジロー。こうなれば自棄だとばかりに、


「打ちこんでくれた薬の解毒も追加だ。気怠くて鬱陶しいんだよ」

「こいつを飲んでろ。免疫活性化により二時間で解毒できる」


 懐からカプセル状の薬を取り出す『働きバチ』。コジローはそれを受け取り、口にした。


「用意周到なこって。初めから用意していたな」

「当然だ。解毒による交渉を行うための毒武器だからな」


 そうですか、と肩をすくめてコジローは力を抜いた。交渉事で企業戦士ビジネスに勝てそうにねぇな、と心の中で呟いて。

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