ワタシを利用しなさい、トモエちゃん

「う……」


 トモエが意識を取り戻して目にしたのは、ビルの天井だった。


「ここって……ニコサンの?」


 自分のいた時代にありそうなコンクリート建てのビル。古典的なものを集めるニコサンのビル。そのベットに寝かされていた。


 ぼんやりした頭で記憶を呼び起こす。そうだ、いきなり首筋に痛みが走ったかと思うと、気が付けば白衣の男に連れ去られて、そこをコジローに救ってもらったのだ。その後は車に乗せられて眠りについて……。


「アラアラアラァ! 目が覚めたのね、トモエちゃん!」


 扉を開けて入ってきたのは、ドラム缶状のロボット。脳培養槽 《タンク》と呼ばれる手術をしたこのビルのオーナー。ニコサンだ。顔――に相当するんだろう部分をアームで抑え、喜びの声をあげている。


「痛い所はない? 気怠かったら無理しちゃだめよ。バイオロイド系の病院を手配しようとしたけど、コジローちゃんに止められたのよ。何か事情があるんでしょうけど、本当につらいなら医者を呼ぶから。安心して。信頼できる相手よ」

「あ、はい。大丈夫、です」


 ついさっき病院のような場所に監禁されそうになったわけだが、それは言わずに丁重に断った。


(信頼できる、相手)


 トモエはニコサンの言葉を心の中で反芻する。信頼。自分のいた時代ではあって当然だったことだ。医者は患者を監禁しないし、企業は人権を守る。警察だって犯罪者を逮捕するために動く。それが当然の世界で時代だ。


 だけど、ここにはそれがない。


『NNチップ』がないことで文明の恩恵は受けられず、生まれも違うから人として扱われない。拘束されて子供を生まされるか、道具として利用されるか。それが当然という目で見られたのだ。


「その……信頼できる、ってどういう意味です?」


 捨て鉢になるように口に出す。この世界における信頼。きっと市民ランクとかが上だとか、そう言うのだろう。クレジットを払ったから信頼できる。上のランクだから信頼できる。きっとそんな感じだ。


「そうねぇ……。傷口フェチなところね」

「え? きず、ぐち?」


 想像を超えた答えに、思わずおうむ返しに問い返すトモエ。


「そうなのよ。ソイツは本当に傷口に興奮する医者なの。やれ『この傷はイザナミのムラマサウォーター!』だの。『これはネメシスのアンタレス!』だの。傷口を見てどの武器で撃たれたりしたのかを見て興奮するの。酷いと思わない? 乙女の傷口を見て別の事で興奮するんだから」

「あ、はい」


 そんなフェチズムあるんだ。未来怖い。トモエはドン引きしていた。


「でもその時にはすでにそいつの頭の中ではどうしたらいいかが定まっているの。『NNチップ』を通して医療ロボにその医術が伝わり、手術が開始されるわ。クローン細胞の移植も含め、誤差一分以内でオペが完了するの」

「は、はあ……」


 医療ロボとかクローン細胞移植とか、その辺は未来医療なんだなぁと感心するトモエ。ちなみにトモエがいた時代でも、ロボットアームによる高性能な手術支援ロボットは存在している。


「時間さえあればいろんな事故や暴行事件のカルテを見てはその傷口に興奮してるの。傷口だけじゃないわ。毒物などの症例も好んでたわね」

「それってどこが信用できるんですか……?」


 ニコサンが語る五社を想像して、呆れるように言うトモエ。自分の傷口を見て興奮する医者を想像してみる。


『ほほう、それは階段で転んだキズ! どうれよく見せてごらん!』

『なんと! 生理とはまた珍しい症例! 体の隅々まで観察させてもらおう!』


 ……うん、やだ。信用以前の問題。


「ふふ、普通はそう思うわよね。でも腕は確かだし、患者のプライベートは検索しない。ソイツは傷口以外は何の興味もないの。治ってしまえば顔さえ覚えないわ。すぐに次の傷口に向かうの。今のトモエちゃんにはうってつけじゃないかしら?」

「……検索されないのは、確かに」

「病院のお偉いさんだとか、タワー直属の医者みたいに医療を手段としか思ってない個体だと、後でいろいろ厄介ごとになるからね。患者のプライベートを使ってクレジットを稼ぐとか、良くある話よ」

「それって、捕まらないんですか? けいさ……企業規定違反とかで」


 そう言えばこの世界の警察は企業なんだ、という事を思い出して言い直すトモエ。


「無理よ。そう言う事するお医者さんは企業重役のお抱えになっているから。むしろそういうお医者を情報源にしている重役もいるわ。隠したい過去を持つ個体をいいように扱うように。持ちつ持たれつってね」

「……うわー、ひっどい」

「その個体が何を最も求めているか。その個体が何を目的に行動しているか。大事なのはその見極めよ」


 アームを軽く曲げて、体を傾けてそんなことを言うニコサン。ウィンクしたのだろうか? そんな動きだ。いい事言ってるけど、声が男で女口調。いわゆるおカマな円柱ロボのニコサンの姿とのギャップにあまり頭に入ってこない。


「トモエちゃんはコジローちゃんの事が信用できない?」

「そんなことは……ない、と思う」


 唐突にコジローの話題になって、戸惑うトモエ。信用という意味で話がつながっているのはわかるけど、コジローとの関係はなんというか、少し違う気がする。


 この時代にきて、助けてもらった人。ラノベとかサムライとかその辺にこだわってる変人だけど、何かあったら助けてくれる。今回も、死にそうになりながら最後まで守ってくれた。


 デリカシーとかまるでないけど、自分のことを考慮してくれるのもわかる。もうすこしイケメンムーブしてくれたらいいのに。そしたら……。


(…………いや、待って。『そしたら?』 何?)

(優しくイケメンなことされたら、どうなるって?)

(どうって、その。窮地を救ってくれて、コジローには感謝してるけど。コジローに優しくされたら、あれ? あれ? どうなりそうなの、私!? どうにかなっちゃいそうなの!?)


 顔が火照ってくるのが自分でもわかる。いや待って! 二回か三回助けられて、いろいろお世話になって、しかも気を遣われて……!


「ないないないないない! そんなことなーい!」

「……トモエちゃん?」

「私そこまでチョロくない……! ない、んだけど……でも!」


 思い出す。オルステとの戦いで自分を庇うようにしていたコジローの背中を。『働きバチ』に攫われそうになったときに助けてくれたあの姿を。酷く傷つきながら、それでも自分を助ける為に戦ってくれた男のことを。


(うん、かっこいい。コジローはかっこよかった。それは認める。だけど、それだけ……好きとか、そう言うのとは……吊り橋効果とかそう言うの、だと思う……!)


 トモエは止まらない動悸を認める。コジローの事を考えて、どうしようもなく体が熱くなる。だけど、それはこういう状況で混乱しているからだと無理やり自分を納得させた。


「その……コジローちゃんの事が信用できないのかしら? もしかして、弱みとか握られた? コジローちゃんがそんなことをするとは思えないけど」

「そんなことないです! あ、その……コジローの事は、信頼、してる。……うん、二回も助けてもらってるし、凄く強くてかっこいいし」


 言ってから大きく息を吐くトモエ。落ち着け、それは事実だ。この世界で一番信用しているのは、間違いなくコジローだ。むしろ、コジロー以外は信頼できないという状況ですらある。


「そうね。ならよかったわ。トモエちゃんはコジローちゃんの事を信頼してるのね」

「うん……その、いろいろあって」

「ええ、そうでしょうね。トモエちゃんにはいろいろあるんだと思うわ。西暦以前の品物を持っていたり、その時代の品物をどこか懐かしそうに見てたり」

「……それは」


 ニコサンの言葉にトモエは緊張で体をこわばらせる。自分の秘密を知られたかもしれない。その価値を企業に売られてしまうかもしれない。


「ふふ、安心しなさい。ワタシはトモエちゃんの事を誰にも喋らないわ。だってそんなことしたら、昔の話が聞けなくなるじゃない!」

「……え?」

「天蓋以前の歴史! その文化! 電子ライブラリーに乗っている記録じゃない知識! それってとても価値があるの! 少なくとも、ワタシにとってはすんごく! だから絶対にトモエちゃんを企業に売ったりしないわああああああ!」


 両手を広げて、感涙するポーズをとるニコサン。その様子を何と言っていいのかわからない表情で見るトモエ。


「だ・か・ら。ワタシを利用しなさい、トモエちゃん」

「り、利用?」

「傷口フェチの医者みたいに、ワタシはトモエちゃんの知識で扱えるわ。それを利用しなさい」

「その……利用って言うとすごく悪いことしている気がするんだけど」


 トモエの感覚からすれば、人を利用することはあまりよくない。利害関係で結ばれた関係は最後に理外により裏切られるとか、絆とかは愛とか友情とかそう言うので築いていかなくちゃ。それが正しいと思っている。


「やだこのいい! そういう所も大好きいいいいいい!

 でもね、信用や信頼の最初はそう言うのでいいの。そうやって少しずつその個体の事を知っていって、本当に大丈夫って思ったら一歩踏み出せばいいのよ」

「……そう、かも」


 くねくねとアームを動かすニコサンを見ながら、頷くトモエ。


 信頼や信用は一足飛びには生まれない。そのとっかかりが利用でも、そこから生まれる友情や愛もあるのだ。


(……そう、だよね。信頼とかそう言うのは無条件で『ある』物じゃなく、築いていくもんだよね)


 誰も信用できない企業社会。だけど、そんな中でも信用できる人はいるのだ。そう思うと、トモエは少しだけ希望が見えてきた。


「いい話っすねー。あっし思わず涙したっす」


 トモエは床から聞こえてきた声に首を向ける。そこには見たことのない手錠と足かせをはめられた女性がいた。その顔に見覚えがある。鏡とか見たらよく見る顔。つまり自分の顔だ。


「……え? 誰?」

「初めまして、『IZ-00404775』っす。ナナコって呼んでほしいっす」

「トモエちゃんを誘拐した一味よ。とりあえず拘束しているけど」


 困惑するトモエに平坦な声で答えるニコサン。その言葉に謝罪するように頭を下げるナナコ。


「ななこ、さん? あの、顔が私に似ているのは、え? 誘拐した?」

「その節はご迷惑おかけしたっす。護送失敗したっぽいんでもうやんないっすよ。ストップ辞令もすぐに下るでしょうし。

 へっへっへ。あっしの擬態能力を使ってちょいと旦那をからかってみません? 具体的には――」

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