この世界のビジネスマンて超々ブラックなのね

「コジロー!」


 今まで寝ていたベッドに体重を預けるような形で地面に足をつくトモエ。まだ麻酔が残っているのか、足元が震えている。下半身に力が入っていないのだろう。


古典ラノベだとこういう時は『しょうがねぇな、お子様は』とか言いながら助けてやる流れだな」


 片膝着いた状態で笑みを浮かべるコジロー。『働きバチ』から受けた毒の影響で頭がもうろうとする。緊張が抜けたこともあり、全身の力が抜けていくのを感じていた。


「なにも言わずにお姫様抱っこするパターンもあるわよ」

「どっちも無理だな。俺も動けん。車頼むわ、ツバメ」

<了解しました。車両誘導します>


『働きバチ』の毒で体中炎症を起こしているコジローは、ツバメに命令して車を寄せてもらう。痛覚をカットしているが、身体が満足に動かない。これ痛覚カットを解除したらヤバそうだな、と思いながら気力を振り絞りのろのろと立ち上がる。


「……殺した、の?」


 腕とそして肩から袈裟懸けに斬られて倒れている『働きバチ』と、その部下達を見ながらトモエがつぶやく。自分を拉致監禁した相手。企業の利益を優先し、自分を研究対象に見ていた人。だけど暴力的じゃなかったし、こちらに寄り添おうとしてくれた。やろうとしたことは認められないけど、悪人じゃなかった人達。


 腕と胸部から見える機械の部品。人間なら致命傷だろう。血こそ流れていないが、機械部分は完全に破壊されている。ピクリとも動かないのを見ると、命がないように見える。自分を助けてくれたコジローを責めるつもりはないが、殺さなくても――


「死んじゃいねぇよ。企業戦士ビジネスの仕事中だから、企業からの福利厚生が下りるしな」

「……は? びじねす……ふくりこうせい?」

「企業の仕事中に受けた身体的損失は企業が補填してくれるのさ。サイバーボディの類は企業が修理費を出してくれる。脳さえ無事なら修理と手術してまた仕事に復帰だ」

「あー。そういう……。結構死なないんだ、この世界」


 そう思ってみれば、血の跡はない。『働きバチ』だけではなく、部下の方も。斬られた時に悲鳴すら上げなかったし。


「クレジットがなかったら普通にお終いだけどな。フルボーグとか120年近くただ働きだぜ。

 今頃『イザナミ』で新しいボディの用意されてるんじゃないか? あるいはもうこっちに搬送開始してるかもな。こいつらはその間、脳内で報告書を作ってるだろうよ」

「……この世界のビジネスマンて超々ブラックなのね。死んでも異世界に行けないとか救いなさげ」


 ちょっと同情する、と倒れている『働きバチ』達を憐みの目で見るトモエ。言葉通り、企業の為に機械となって働くのだ。バイトすらしたことのないトモエからすれば、その労働意欲は信じられない感覚である。


<車両、到着しました>


 会話をしている間にツバメが自動運転で車を寄せる。扉を開き、コジローはトモエの手を取って誘導した。


「トモエ、歩けるか?」

「何とか……。ちょっと気怠いだけ」

「バイオノイド手術用の麻酔だな。そういう知識はないんで、よろしく」

<視認による診断。血色良し。呼吸数正常値に戻りつつあります。麻酔は少しずつ解けているように思われます。しばらく安静にすれば回復すると推測されます>

「ありがと、ツバメ。ちょっと寝てるわ」


 車に乗り込み、ソファーに体重を任せるトモエ。10mほど歩くのにここまで疲れるなんて思わなかった。目を閉じて、力を抜く。


「今まで散々寝てたくせに」

「横になってたけど、寝れなかったの。何されるかわからなかったし」

<ソファー。リラックス状態に移行します>

「安い車のソファーよりも、タワーのベッドの方が気持ちいいらしいけどな」

「やーよ。24時間監視されるとか……」


 それだけ言ってトモエは眠りにつく。この上なく安堵した表情で深い眠りについた。


「タワー生活は誰もが憧れる生活なんだけどな」

<車内温度、休眠最適温度に設定>

「ニコサンのところまで、運転頼む。俺も寝るわ」

<了解。Pe-00402530所有ビルに目標設定。移動開始>


 車を自動操縦にして脱力し、ソファーに体を預ける。心地よい睡魔に身をゆだねようとした瞬間に、脳内に目覚ましの刺激が走る。車は発進せずに止まっていた。


「何だ、新たな敵か?」


 トモエを起こさないように、脳内でツバメに問いかけるコジロー。覚醒して周囲を見回し……車を囲む二名の『重装機械兵ホプリテス』を見た。『ネメシス』支配権内を警備する治安部隊。それがこちらに銃を向けている。


「Ne-00339546! 貴様には法定速度超過を始めとした12の交通法違反が確認されている! 企業規定に従い貴様を拘束する! 抵抗するなら規約に従い実力行使に出る!」


 アクセル全開で飛ばしてきたからなぁ。まるで人ごとのようにコジローは納得した。カメラとかにばっちり写っていただろうし、言い逃れはできそうにない。両手をあげて車から出た。


「……何だ、抵抗しないのか。つまらんな」


 抵抗せずに出てきたコジローに、舌打ちしそうな口調で言い放つ『重装機械兵ホプリテス』の一人。


「この前のアルバファミリー戦と言い鬱憤がたまっているんだ。撃たせてくれよ」

「ヤだよ。そんな銃で撃たれたら、脳みそも残んねぇしな。

 っていうかアルバファミリーとの抗争だとバンバン撃ってたみたいじゃねーか」


 アルバファミリーの娼館に『重装機械兵ホプリテス』が乗り込んだ事件は、公的に配信されている。『重装機械兵ホプリテス』の武装アピールとばかりに派手に暴れたというのが世間での評価だ。


「いろいろ規制がかかってたんだよ。上役同士が反目しあって命令はあいまいだったし。おまけに目標は殺さずにとらえろだとか、不満がたまってしょうがねぇ。何のための一級装備解禁だったんだよああもう!」

「へえ、目標とかあったんだ」

「……それ以上の検索は企業反逆罪になるぞ」

「自分でばらしといて、そりゃねーよ」


 失言を誤魔化すように銃口を向ける『重装機械兵ホプリテス』。コジローは言って肩をすくめた。目標、と言うのはトモエの事だろう。その目標が今車で寝ているのだが。


(若旦那の思惑が分かんないから、どう出ていいかわかんないんだよなあ)


 Ne-00000042――若旦那の依頼でトモエを救出し、彼女の意向に従い若旦那に渡すことを拒否したコジロー。いまここで車内にいるトモエを『重装機械兵ホプリテス』に渡せばどうなるか。若旦那の思惑はともかく、トモエにとってはあまりいい事にはならないだろう。


「車はいったん家に戻していいか? バイオノイドを休ませてやりたいんだ」

「バイオノイド? 貧乏人のくせにいいヤツ持ってんじゃねぇか。相手させてくれたら、ちょっとは見逃してやってもいいぜ」

「車は押収しないといけないからなぁ。中にあるモノも調べないといけないしな。バイオノイドは念入りにな」


 声に性的欲求を乗せて話しかけてくる『重装機械兵ホプリテス』。同僚も似たような仕事意識なのか、銃を向けてそう言いはなつ。


 重装備を撃ちたいとか堂々と言ってる輩に渡せばどうなるか。少なくとも五体満足で帰ってくることはないだろう。そしてとばかりに『重装機械兵ホプリテス』から新しいバイオノイドを買うクレジットが返ってくるだけだ。


「勘弁してくれよ、旦那。規定違反の処理なら俺がいれば十分だろ? 車はバイオノイドを送った後で自動操縦で戻すからさ。逃げやしないぜ」

「いやいや。もしかしたら余罪があるかもしれないしな。調べる権利がある」

「市民ランク6の分際で、『重装機械兵ホプリテス』に逆らおうなんて思うなよ。賄賂でクレジットよこすなら考えてもいいけどな」


 下卑な感情を隠さない『重装機械兵ホプリテス』。逆らうなら物理的かつ社会的に封殺する。向けられた重出力光線銃と言葉が暗にそう語っていた。


<警告。『重装機械兵ホプリテス』への戦闘行為は重犯罪です。アドレナリン濃度低下物質を投与しますか?>


 コジローの怒りを感じたツバメが脳内で問いかける。コジローはそれを無視してフォトンブレードの柄を意識した。一人は斬れる。動揺してくれれば二人目も。ただそうなれば企業から制裁を受けるだろう。やるべきではない。だけど――


 銃を構えたままコジローの返事を待つ『重装機械兵ホプリテス』。コジローが断るなんて思ってもいないが、形式上返事を待っている。こちらの方が立場が上、銃を向けられて逆らえる道理はない。そんな優位性が彼らを傲慢にしていた。


「返事は――」

「『ネメシス』公的機関『重装機械兵ホプリテス』の武力示威及び収賄行為を確認した」


 決死覚悟で攻撃を仕掛けようとしたコジローの耳に、『働きバチ』の声が聞こえる。胴体を斬られて地に伏した状態で、こちらを見ていた。今まで存在に気づいていなかった『重装機械兵ホプリテス』は慌てたように声の方を確認する。斬られて伏した企業戦士。生存と同時にIDを確認する。


「ID確認。IZ-00115862。『イザナミ』の製薬部門企業戦士。市民ランク……3!?」

「ランク3でございますか!? いえいえいえいえ! これば公務でございまして、その、脅しとか要求とかは、あくまで、世間話でして!」


『働きバチ』のIDを確認し、市民ランクを知った『重装機械兵ホプリテス』は露骨に態度を変える。市民ランク6のコジローの訴えなど簡単につぶせるが、他企業の高ランク市民の発言はそうもいかない。悪事が上にばれれば良くて更迭、最悪企業に泥を塗ったということで懲罰を食らいかねない。


「公務と言うなら企業規定に反したものを連行すればいい。速度違反なら車両の登録番号を控えれば問題ないはずだ。『ネメシス』の企業規定には、規定違反者の財産を没収する権利があるとでも書かれているのか?」

「し、車両に関しては証拠品として押収する権利があります!」

「バイオノイドに関してはその限りではない、と言う解釈をするがかまわないか?」

「……はい。そうですね」


 正論と市民ランクによる権力。それに屈したように『重装機械兵ホプリテス』は諦めの声をあげた。


「と、ところでどうしてそのようなところで大破しているのでしょうか? 戦闘行為による負傷でしたら、犯人を捜しますよ。我々『重装機械兵ホプリテス』の操作能力にかかればすぐに見つけ出しますとも」

「不要だ。こちらに関するそれ以上の検索は業務情報の検索に値する」

「は、はっ! 了解しました!」


 他企業の企業戦士が行っている業務内容を調べる。慌てたように敬礼する『重装機械兵ホプリテス』の態度が、その禁忌の深さを語っていた。会話を止め、コジローの護送に専念する。


「俺を助けてくれた……って言うのとは違うよな」

<肯定。『イザナミ』の企業戦士ビジネスとして、カシハラトモエを『ネメシス』の公的機関内に囲われたくなかったのでしょう。奪還が難しくなる、などの理由が挙げられます>

「俺の方がまだマシ、って所か」


 そんな会話を脳内で行うコジローとツバメ。企業に対する利益。それのみが企業戦士ビジネスを動かす理由。


「でもま、後で礼ぐらいは言っとくか。カシオリとか送るんだっけか?」


 コジローはそう呟いて『重装機械兵ホプリテス』の護送車に乗った。

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