我々はキミを保護するためにやってきた

「できたわよ」


 ニコサンは5分もせずに帰ってきた。あまりの速さにトモエは拍子抜けしながらスマホを受け取り、画像内に見たことのないアプリがあるのを確認する。『Ne-00339546』と書かれたものだ。


「えぬーいーぜろぜろ……これって。確かコジローのID?」

「そうよ。それを起動させていると、コジローちゃんのIDが使えるの。施設もクレジットもね」

「いいの、コジロー? お金とか使っても」

「別にかまいやしねぇよ」

「コジローちゃん太っ腹ねぇ。女性型と電子酒には惜しみなくお金使うんだから」

「酒と女に弱いのは男のサガさ。古典ラノベにもそうあるぜ」

「あ。女と酒に弱いんだ」


 コジローを呆れたように半眼で見るトモエ。


<肯定。電子酒による酩酊状態における乱闘事件及び、女性型クローン及びバイオノイドからの詐称事件によりクレジットが同年代クローンより少ないです>

「わお。スマホからツバメの声が!?」

「音声プログラムも入れておいたわ。コジローちゃんが使えるサービスもプログラムも全部入れてあるから。さすがに五感共有はライブセンスがないんで無理だけど」

「五感共有?」

<ライブセンス機能およびクレジットによるプログラム購入を行えば、視覚や触覚によるナビゲーションが可能です。追加オプションを支払えば奉仕活動や疑似性行為も可能となります>

「……うわー。そういうコンテンツもあるんだ」


 疑似性行為、の言葉に眉を顰めるトモエ。いつの時代でも技術発展により性的な欲求がより満たされるのは変わらないようだ。あるいはそういう欲求から技術がより広がっていくのか。


「別にそういうのが悪いってわけじゃないし、痛くないなら試してみたいけど……。どっちかって言うと興味津々なんだけど……」


 ぶつぶつと小声でつぶやくトモエ。そういう経験はないけど、そういう経験に興味を持つ乙女であった。


「初期型のライブセンスならあるわよ。バイオノイドでも五感共有できるから、試してみる?」

「うーん、その、やっぱり知らないままっていうのはもったいないっていうか、むしろ試してみないとはんだんできないっていうか。疑似? 疑似だし一回ぐらいは」

「あ、でもコジローちゃんその系統のプログラム入れてないんだっけ? 48900クレジットだけどあるかしら?」

「ないない。それだけあれば電子酒に費やすぜ」

「……コジローの貧乏人。大トラ」


 イケメンの壁ドンから強引にがいいかな、ショタっ子をリードしながらがいいかな。いや逆シチュもいいかも? えへへ。えへへー。そんなことを考えていたトモエは、無常の一言で現実に戻る。経済はいつの時代も持たざる者に厳しい。


「トモエの服とかその辺買ってカツカツなんだから、クレジットがないのは勘弁してくれ」

「ぐぬぅ……。確かに服欲しいって言ったから仕方ないんだけど」

「あらまあ。本当にその子に入れ込んでるのね、コジローちゃん。そこまで力入れるってことは、トモエちゃんを使って性商売始めるのかしら?」

「性、しょうば! うぇえええええ!?」

「まあ、どうするかは考え中ってことで」


 コジローはあらかじめ考えておいた言葉を言う。トモエはバイオノイドとして扱う。バイオノイドはコジローの『所有物』で『道具』だ。それをどう扱うかを決めかねている。そんな『設定』を。


 トモエにもこのことは周知していた。バイオノイドがこの世界でどう扱われるのか。クローンよりも下に位置するバイオノイド。アルバファミリーとの接触でもそれは痛いぐらいに理解できた。


 使い捨てられたイヌっ子ショタ。目隠しされて嗅覚だけを必要とされた存在。戦闘において盾にされた存在。言うことを逆らえば、死に値するほどの苦痛を与えられた存在。それが当然の存在。


 バイオノイドが性的に扱われることも聞かされた。クローンは子供を生むことはできない。だけど性行為はできる。欲望を吐き出される道として扱われる性行為用バイオノイド。そういう目で見られる可能性もあるからと、コジローの話を聞いてはいた。


(むしろ、そんな倫理観なのに匿ってくれるコジローが少数派なんだろうな……。ブシドーとか言ってるけど、ほんとはどういうつもりなんだろ?)


 もしかしたら自分を騙しているのかもしれない。優しいことを言って、裏では自分をどこかに売りつける算段をしているのかもしれない。殺されないように保護して、実は逃げられないように囲っているのかもしれない。


「あ、そうだ。服なんだけど、コジローのID? それが使えるならサイズも自動で合わせてくれるんだよね? 試していい?」


 そんな思いを誤魔化すようにトモエは話題を変える。実際、できるならやってみたい。今着ているのはコジローが適当に狩ってきた女性型クローン用の服だ。下着に至っては毎日洗濯して同じものをつけている始末である。……下着を買ってきてもらうまで、プライドは譲れなかった。


「そう言えばトモエの身体データ入力しないといけないんだよな。『NNチップ』だと自動でやってくれるけど、これどうするんだ?」

「確かそのデバイスにカメラアイがあるから、それで撮影すればいいわよ。起動状態で服を脱いで、認証完了が出るまで撮り続けるの。初期のライブセンスと同じやり方ね」

「はー。昔はそうやってデータとってたのか。アナログだなあ」

「アナログって……。まあコジローからすればそうなんだろうけど」


 撮影するだけで3Dデータ収集完了とか、トモエからすれば未知の世界だ。VR世界のアバターとかもそれで作れるんだから、もう創作世界の領域である。


「服を脱いで撮影しないとダメ?」

「そうね。正確なデータを取らないといけないから」

「着替える部屋とか貸してもらえないかな? その……服脱ぐんで」

「あらあら、製作時のバグが肌に残っているのね。そういう事なら隣の部屋が空いてるからそこを使ってちょうだい」


 裸を見られたくない理由を『バイオノイド製作時の不具合を隠すため』と受け取ったニコサン。裸を見られると恥ずかしい、と言う感覚は薄い。全身機械のニコサンっゆえか、世界そのものが裸に対する羞恥心が薄いのか。おそらく前者かな、とトモエは見ていた。コジローもオレステハゲもエロいし。


「着替えてるところを見ないでよね」

「はいはい。デリカシーってやつだろ」

<了解。カシハラトモエのデバイスからNe-00339546への情報共有をカットします>

「もしかして、このスマホで撮ったものとか見たものってコジローも見れるの? うわヤだプライバシーの侵害!」

「だからカットするって話だろうが。ブシドーに誓って見ないから安心しろ」

「絶対見ないでよね。ツバメも見張っててよね!」


 念を押すようにコジローに告げる。コジローが肩をすくめて応えるのを見て、トモエは隣の部屋に通じる扉を開けた。鍵をかけようと思ったけど、サムターンらしいものもないので諦めて扉から離れる。


 机の上に、トモエも見たことのあるパソコンやらその周辺機器が置かれている部屋だ。見慣れたものを見て安堵するが、ニコサンからすればこれも骨董品なのだ。スマホの調整もここでやったのだろう。


 念のためにと扉をもう一度見てから、服を脱ぐトモエ。少し大きめの服を机の上に折りたたみ、そして下着に手をかけようとしたとき――首筋に冷たい何かが圧しあてられた。何? と確認するよりも早く体の力が抜ける。


 倦怠感に耐えながら近寄ってくる誰かを見た。手にしているのは銃に似た武器だが、弾倉部分に透明な瓶があり、銃口部分が少し平らになっている。


 針無し注射器。その単語はトモエの知識にはないが、ボトルの中の液体を注射する銃かな、と言うのはおぼろげながらにわかった。そして気怠いのも、その注射のせいだと。


「目標を確保。これよりドローンによる移動を開始する」


 がっしりとした力で抱えられ、天井裏に持ち上げられる。そこにいたのは小さなドローン。身長20センチにも満たない小型のドローンが十体ほど待機していた。がっしり固定され、そのまま天井裏を運ばれる。


 ドローンは狭い天井裏をトモエを運びながら移動していく。時折天井にぶつかりそうになったり、曲がるときにつっかえたりするが、ほとんど止まることなくトモエは天井裏を運ばれていく。


(う……。力、入んない……)


 落ちそうになる意識を、スマホを強く握りしめることで何とかとどめる。寝てしまいたいけど、それをすると最悪の結果になる。何が最悪何かなんて想像もできないけど、寝てしまえばもしかしたら二度と目覚めないかもしれない。そう思うと怖くなってきた。


「目標確認。タワーへの輸送を開始する」

「『重装機械兵ホプリテス』側へのバグデータ送信開始。長くはもたないぞ」

「2時間誤魔化せればいい。その間に調整を済ませる」


 天井裏を経由してビルの外に運ばれたトモエ。通気ダクトの外に待ち構えていたのは、飛行する輸送車だ。大きさはトモエの知る救急車と同じぐらい。運転する席の後ろのエリアに簡易なベッドが備え付けられて、そこに寝かされる。


 露骨に目立つ誘拐だが『バグデータ送信』などが隠れ蓑になっているのだろう。下から上を見る人もいたが、興味なさげにすぐに視線を戻したのをトモエは見ていた。すぐに助けが来る様子はない。


「……ちょっと……何、するのよ……」


 倦怠感が抜けてきたトモエは、どうにかその言葉を口にする。いまだに体は動かせないが、少しずつ体に力がこもってきていた。しびれるような感覚の中、何とか強気を保とうとする。


「目標覚醒。薬剤の追加投与しますか?」

「過剰投与はデータがないので危険だ。内分泌関係に影響が出たら、子宮に影響する可能性がある」


 車の中にいる白衣の男がトモエを見ながら答える。他の人の言葉遣いから察するに、この白衣の男がリーダーなのだろうと察する。トモエは何とか首を動かして白衣を睨み、言葉を紡ぐ。


「……子宮……アンタ達、私の事、知ってるの?」

「その機能は。性行為により有性生殖可能な臓器を持つ存在だと」

「アンタ達も……あのハゲと同じ……アタシに子供産ませるつもり……エロい拘束して……」

「ハゲ? エロ? ふむ、Ne-002000310のことか? 言葉の意味は分からないが、企業に反逆しようとしていたことを指しているのならそれは違う」


 何が違うのよ、このインテリ白衣。そう言いかけたトモエは、次の言葉を聞いて押し黙った。


「我々はキミを保護するためにやってきた。

 遠い過去、あるいは違う世界。そこよりやってきた存在であるキミを」

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