武士にニゴリはない、ていうだろ?
「改めてみると……すごいごちゃごちゃしてるよね」
車から天蓋の街を見るトモエは、改めて元居た世界……時代? ともあれ2020年代とは大きく異なっていることを実感する。
着ているのはコジローが買ってきた服。コジロー曰く『似た服を買っておいた』とのことなので、紺のブレザーにチェックのスカートだ。サイズは『NNチップ』を使って、コジローと話をしながら合わせたが少しきつい。やはりトモエのデータを入れないとフィットしないとさじを投げた。
ちなみにコジローの服は茶色系のコートとズボン。長年使用しているのか、結構ボロボロだ。アンダーシャツは『その可能性は微レ存』と書かれていたのをトモエは見ており、何とも言えないセンスを感じていた。
上を見上げれば青色の天井。天蓋に映し出された青い映像。時間とともに変化する雲と、そして広告。定期的に雨も降ってくるという話をコジローに聞いて、ドームの意味あるのかなぁとトモエは疑問に思ったとか。
立ち並ぶビル群はトモエの知る時代と変わらない。もっとも変わらないのは見た目だけで、内部セキュリティや建物構造などは大きく違うらしい。建築学やビル管理などを知らないトモエはチンプンカンプンだったが。
そしてその間を行き交う輸送ドローンや飛行するバイオノイド。その姿はトモエも驚かされた。中にはバイクや車両のような飛行物もある。昔の映画であんなの見たなぁ、と感動した。交通整理されているのか、ぶつかる様子もない。
目線を地上に向ければ様々な種類の人間――クローン体やバイオノイドがいる。コジローのようにサイバー手術をしていない人間は稀で、ほとんどの人間が機械の義手やマスクのような機械をつけている。全身機械の人間も通りを歩けば何人か見られた。
人間と動物の遺伝子を混ぜたバイオノイドも多種多様だ。トモエが知っているイヌ型バイオノイドも、さらわれそうになったイヌミミ少年だけじゃない。全身毛むくじゃらだったり、顔まで犬だったり。イヌだけではない。様々な動物のバイオノイドが、様々な比率で存在している。
「バイオノイドとクローンでどう違うの?」
「バイオノイドは動物の遺伝子と人間の融合。クローンは人間遺伝子100%だ。見た目はほとんど人間のバイオノイドもあるけど趣味の範囲だな。動物比率が高い方がその動物の個性を発揮できるからな」
「ケモナーは滅びないのね」
なんだか妙なところで感心するトモエ。それでも元となった動物は一匹もいない。純粋な動物類は絶滅しており、VR世界でしかその姿を見れない。
「人間以外のほとんどの動物が絶滅したんだ……」
「遺伝子は保存されてるぜ」
「うん。まあ。そういう倫理観なんだ」
地球上の動物界の遺伝子を保存した遺伝子バンク『NOA』。そこに保存しているから絶滅しても問題ない。そういう倫理観なのだと知ってトモエは眉をひそめた。
「思ったよりも車が少ないんだね。もっと車がビュンビュン走ってるイメージがあったんだけど」
コジローが運転する車の窓から町を見る。道路は想像していた以上に空いていた。エンジン音のない電気自動車。運転も『NNチップ』に任せた自動運転だ。一応ハンドルやブレーキはあるみたいだが、手動で動かす事は稀だという。
「地上を走る車を使うのは俺みたいな低ランク市民の貧乏人だぜ。市民ランクが高い奴らは空路使うからな」
「ずっと気になってたんだけど、市民ランク? 要するに身分制度があるの? 生まれた時から決まってて、一生その身分から逃げ出せないとかそういうの?」
「いいや。市民ランクはクレジットを支払えば購入できる」
「……買えるんだ、身分。それはそれでヤだなあ」
カルチャーショックを受けるトモエをよそに、コジローは説明を続ける。
「作成されたクローン体は市民ランク6。そこからクレジットを支払っていけば少しずつランクが上がっていくぜ。企業に貢献したって形だな。ランクが上がれば受けられるサービスも増えてくるって寸法だ。
トモエが逃げ込んだビルも、本来なら市民ランク4がないと利用できない場所だったんだぜ」
「よく入れたわね、コジロー。6だと入れないんじゃないの?」
「あの時は若旦那の権限で市民ランク2相当のサポートがあったからな」
「よくわからないけど、水戸黄門の印籠みたいなものを借りてた感じなの?」
「その例えがよくわからん」
「ものすごく技術が発展してるのはわかるし、管理されたサイバー未来都市だっていうのはわかったわ。ファンタジー世界とかに転生したらベッドもシャワーも碌なもんじゃないし、トイレだってどうなるかって話だから。
でも……食事はどうにかならない?」
トモエは渡されたキューブ状の『食事』を見る。一口サイズの小さなサイコロ形。これ一つで一日に必要なエネルギーと栄養素が得られるという。ただし味は劣悪。強引に水で流し込まないといけないぐらいに、不味い。
「って言われてもなあ。それ以外の食べ物はないぞ」
「もう少し他のものが食べたーい。あ、コジローの市民ランクが上がると増えるとか? お菓子とかハンバーガーとか」
<肯定。甘味及び穀物類の経口摂取が可能になるのは市民ランク2以上からです。Ne-00339546がランク2になるには、合計で13796131クレジット必要です>
「……コジローのクレジットって今どれぐらいあるの?」
<Ne-00339546のクレジットは現在2139です。『ネメシス』からの次回収入予定は700になります>
「全然足りないじゃないのー!」
トモエを若旦那に渡せば100000クレジットが入ってきたのだが、それを口にするようなコジローではない。
「はあ。何でもかんでも合理的になるっていうのも困りものね。遊びとか余裕がないと心が削れちゃう」
<提案。先ほどの問題は味覚操作アプリをダウンロードすれば解決します。購入は575クレジットとなります。購入しますか?>
「私『NNチップ』がないから購入しても意味なーい。っていうか高くない? コジローのバイト代の半分以上じゃないの」
「世知辛いのが世の中なのさ……と、そろそろつくぜ」
車は集合住宅の地下駐車場に入る。スペースの一角に車が止まり、コジローとトモエは車から出た。駐車もエンジン停止も何もかもが『NNチップ』管理。その事に驚きながら、トモエはコジローの後を追う。地下から上に上がる階段だ。
「階段使うんだ? エレベーターとか瞬間移動装置とかそういうの使うと思ったんだけど」
「瞬間移動装置とか市民ランク2の使うレベルだぜ。そんな高級なモン、こんなところにあるわけないだろうが」
「エレベーターは?」
「んなモンの中で戦うとか御免だぜ。弁償するクレジットなんてないからな」
どういうこと?
と、トモエが問いかけようとした瞬間に光が走った。コジローの持つフォトンブレードの赤い光だ。それが何かを弾いた。同時に耳に響いた乾いた火薬音。それが銃声だと気づいたのは、コジローの手で階段の影に引っ張られて隠されてから。
「そこで隠れてろ!」
「な、なになになに!? 銃声!?」
「そういうこった。アルバファミリーの残党か?」
銃声は数度響き、その度にコジローのフォトンブレードが空を裂く。その後で静寂が訪れた。
「……終わったか?」
<状況判断するに退却したと思われます>
「ど、ど、どど、どういう事よ? も、もしかして、私を誘拐した人たちがまた狙ってるの?」
「わからん。だがアルバファミリーにしちゃ諦めがいいな」
フォトンブレードをしまいながら、油断なく銃が響いた方向を見る。ついてくる車があったから警戒していたが、まさか銃撃してくるとは。
「尾行も露骨だったし、警告って所か? 監視カメラの映像見れればいいんだけど」
<監視カメラ閲覧は市民ランク4が必要です。Ne-00339546がランク4になるには、合計で313346クレジット必要です>
「そんなクレジットはない。今から追うのも危険だな」
「うあああああああ。なんなのよ、もー!」
狙われて殺されかけた。事態が落ち着いて、その事実を噛みしめたトモエが恐怖に震える。コジローがいなかったら銃で撃たれていたかもしれない。暴力と無縁の世界にいたトモエは、身に迫る暴力に身体を固くする。
「私何も悪いことしてないのに! なんでこんなことになるのよ!」
<カシハラトモエの生殖細胞が理由と思われます>
「わかってるわよそんなこと! でも、でもなんでなのよ! いきなりこんなところに来て、お父さんにもお母さんにもシズカにも会えなくなって、銃で撃たれるなんてどうしてなのよ! もうやだやだやだやだー!」
ツバメの指摘はトモエもわかっている。この世界で子供が産める自分が狙われているということ。それを知っている人はわずかかも知れないし、多いかもしれない。誰が狙ってくるかわからない状況で、しかも抗う術はないのだ。
それでも理解と感情は別だ。理不尽に耐えかねて叫んでも仕方がない。トモエはまだ十数年しか生きていないのだから。全て合理的に受け止められるような達観ができるはずがない。
「そうだな。トモエは何も悪くない」
そんなトモエにハンカチを差し出すコジロー。
「安心しな。あの程度なら俺の敵じゃない。守ってやるぜ」
「うううう……本当に?」
「任せときな。
「ちがう、二言。……もー、決まらないんだから」
ハンカチで涙を拭きながら、立ち上がるトモエ。
「でも、ありがと。ちょっと元気出た」
「そいつは良かった。最悪、鎮静剤を使って落ち着かせないといけないと思ってたからな」
「物騒すぎるわよ。ラノベだと優しく頭を撫でるとかが鉄板なんだから」
「そいつは初耳だ。
「あとこういう時は優しく手を差し出して、立たせてくれるものよ」
言って手を伸ばすトモエ。コジローはその手を取って、引っ張るようにしてトモエを立たせた。
「こんな感じか?」
「そうそう。40点って所ね」
「腰抜けたんなら無理するなよ。漏らしたんならタオルとか持ってくるぜ」
「余計なこと言うな! 20点減点!」
「いてぇ! 下半身の力抜けたら膀胱の力抜けるのは仕方ないだろうが」
「だーかーらー! デリカシー! デリカシー!」
ぽかぽかとコジローの頭を叩くトモエ。避けることも難しくないけど、あえてそれを受けるコジロー。
「きゃー! コジローちゃんが襲われてるわ!」
そんな中、嬌声が響いた。男性のように低い声だけど、女性のような口調の声。トモエはコジローを叩く腕を止めてそちらを見ると、ドラム缶のようなものがあった。寸胴の円柱。それにアームが生えおり、瞳のようなカメラがある。足らしいものはなく、わずかに宙に浮いていた。
「よう、ニコサン。久しぶりだな。お肌の艶が奇麗だぜ」
「やんやん! コジローちゃんが来るって聞いて念入りに手入れしたのよ。褒めてくれて嬉しいわぁ!」
コジローの言葉にドラム缶――ニコサンは声をあげる。どこから発音しているのかわからないが、発生源は間違いなくドラム缶だ。コジローと出会ったホテルにいたロボットに似ているが、とてもロボットとは思えない反応だ。
そのドラム缶はアームで顔と思われる場所を押さえてゆらゆら揺れている。褒められて照れているのだろうか? 人間臭い、というよりは人間でもここまで反応しないんじゃない? トモエは首をかしげてそう思った。
「……えーと、何コレ?」
誰、ではなくコレと言ってしまうトモエ。然もありなん。
「ビルの監視カメラ越しに見てたけど、かわいい子じゃないの、コジローちゃん! 嫉妬しちゃうわぁ!
初めまして。ワタシの事はニコサンてよんでね」
言ってニコサンは、アームを使って投げキッスらしいジェスチャーをする。
「……口、そこなんだ」
トモエは場違いだなと思いながらも、そう返すことしかできなかった。
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