子供と女の頼みは断らないのが、ブシドーか……!

「失敗した?」


 若旦那――Ne-00000042はコジローの報告を聞いてそう言葉を返した。


 コジローの意識は『NNチップ』を通してNe-00000042が有するVR空間に転送されていた。白い大理石で作られた神殿。その中央で少年たちを侍らす若い男性。少年たちは様々ば形で若旦那に奉仕していた。コジローの報告に目を向けることもない。


「ああ。オレステの野郎、負けると分かったら自棄になって、サブダベティ暴走させて自爆したんだ」


 コジローが報告した内容は、以下の通りだ。


 監視カメラを通して目標――トモエを発見。その部屋に突入するが、嗅覚特化のイヌ型バイオロイドに感知されてその場で戦闘に。ここまでは実際の流れ通り。戦闘もバイオロイドを使ってトモエを移動させられ、部下もトモエをヘッドショットしてたり。


 事実と異なるのは、トモエは脳を撃たれて死亡したという事だ。その後戦闘を続けてオレステ達アルバファミリーを追い詰めるも、オレステは一か八かとサブダベティのリミッターを解除。


 しかしサブダベティを制御できずに爆発を起こし、コジローは命からがら逃げてきた。爆発に巻き込まれたトモエをはじめとしたアルバファミリーは爆発に巻き込まれて死亡。爆発の規模が大きく、遺体からは誰が誰だか判別不可能。


「遺体は全部で10体。目標の数を含めて11個遺体がないとおかしいはずだけど?」

「一人は生きてて逃げたんですかね? そこまで確認する余裕はなかったですよ」


 若旦那の質問にしれっと答えるコジロー。この程度の追及は(相棒の指摘で)予測済みだった。トモエが写っている可能性のあるカメラは全部がチェック済み。痕跡は全部消してある。調査すれば穴は出るだろうが、非公式の事件をわざわざクレジットをかけて調査することはないだろう……と思いたい。


「となると、クレジットは渡せないね」

「そんなぁ。ファミリー相手にドンパチやって報酬なしとか厳しすぎません? お慈悲ぐらいはいただいてもいいと思うんですけど」

「残念だけど、それはホテルの修繕費に当てるとするよ。聞きたいかい、被害総額?」

「破壊したのはオレステですけどね」


 コジローは不服そうに言い放つが、若旦那は肩をすくめるだけだ。


「大体あの女は何だったんです? オレステがホテル破壊してまで執着するほどのイロなんですか?」


 気になって訪ねる……風を装うコジロー。トモエの秘密は知っている。当然若旦那も周知の上だろう。その上で、知らない風を装って尋ねてみる。トモエをどうするつもりだったのか。そのきっかけでもつかめればと。


「『光脚』は何も言ってなかったのかい?」

「そんな余裕もなかったですよ。レーザー斬るのに精一杯だったんで」

「普通のクローンはサイバー補助なしでは光学兵器どころか銃弾を斬るどころか反応もできないけどね。超能力者エスパーもびっくりだろうよ。どうだい『剣闘士グラディエーター』に志願してみないか?」

「遠慮しますよ。ブシドーに反しますからね」

「残念。『重装機械兵ホプリテス』にいい刺激を与えられると思ったのに」


 いい感じではぐらかされたが、ここで追及するのも不自然だ。これ以上の会話はぼろが出る。コジローは大人しく撤退することにした。


「そういうことなんで、今日は帰って電子酒食らって寝ます」

「ここで飲んでいけばいいのに。高級なワインがあるよ」

「あいにくと高すぎる酒は舌に合わないんですよ」

「そうか、仕方ないね。まあ何事も質が良ければいいわけでもないからね――」


 ログアウトすることを意識すれば、コジローの意識は薄れていく。夢から覚めるようにVR空間から離脱する。


「――


 ……………………。

 …………。

 ……。


「……うまく誤魔化せたようだな。どうよ、2.2%を引き当てるサムライ。それがコジロー様だ」

<懐疑。しかし追及はなさそうです。少なくともNe-00339546に対する罰則メールは届いていません。同然ですが、クレジットの増加もなしです>

「そこは初めから諦めてた」


 トモエを若旦那に渡さないと決めた以上、報酬は諦めていた。あえてごねたのは、不自然さを消すためだ。ただ働きをあっさり受け入れたら、怪しまれる可能性がある。若旦那からすれば少ないクレジットだろうが、市民ランク6のコジローからすれば、しばらくは遊んで暮らせる金額である。


「いきなり寝たと思ったら起きて独り言? そのえぬえぬちっぷと話してるのは分かるんだけど、何がどうなってるのか教えてよ」

「今VR空間で話してたのは若旦那……まあ、『ネメシス』の偉い様だ。若旦那にお前は爆発で死んだって報告して、納得してもらったところだ」

「は? 今の一瞬で? マジで?」


 話しかけてくるトモエに、胸を張って答えるコジロー。トモエからすれば、コジローが一瞬めまいを起こして戻ったと思ったら既に報告が終わっていたのだ。疑問に思うのも無理はない。


「まあ、この俺の信用と実力ののなせる業だな」

<訂正。計画内容の基礎原稿を考えたのはNe-00339546ではありません。加えて言えばNe-00000042がNe-00339546を雇うのは実力よりも足が付きにくく、何かあってもすぐに切り捨てられることがあげられます>

「聞きたくない現実だなー」

「……ねえ、そのえぬえぬちっぷと私は会話できないの? なんか取り残される気分なんだけど」

<カシハラトモエの提案は外部音声オプションを購入すれば解決します。購入しますか?>


 しない、と言いかけてトモエの方を見る。ついていけない自分に苛立ちではなく不安を感じていた。それと同時に興味もあるのだろう。


「子供と女の頼みは断らないのが、ブシドーか……!」


 いろいろ葛藤し、承諾する旨を『NNチップ』に伝達する。1秒も経たずにダウンロードプログラム実行が為された。さようなら今月分のお小遣い。電子酒のたくわえはどれだけあったか。


<初めまして。私はNe-00339546のインターフェースです。名称はNe-00339546-1となります>


 スピーカーとしてコジローの声帯を使っているのに、いつも脳内に響いている声そのままである。コジローからすれば脳と自分の口から同じように響くのだ。少し気持ち悪いが、『NNチップ』が脳内物質の割合を変化させて違和感を消す。


「すごーい! あ、私の名前は柏原友恵。よろしくね……えーとえぬいーなんとかっていうのが、名前なの? もう少しわかりやすい名前とかない?」

<はい。Ne-00339546-1です。名称変更には追加オプションが必要になります。購入しますか?>

「あ、お金払えば呼び方も変えられるんだ。じゃあツバメとかどうかな? コジローにツバメ!」

「何だそれ? よくわかんないけど購入はしないからな」


 クレジット残高を脳内に浮かべ――言葉通り、意識するとクレジット残高が浮かび上がる――コジローは反対する。


「似合うじゃないの、コジローとツバメ。何ならムサシでもいいよ」

「ムサシはダメだ。ヤな奴の顔思い浮かべるしな」


 まれによく見る酔っ払いの顔を思い出し、いやな顔をするコジロー。


「あー。そういう運命なんだね、そういうの。じゃあツバメで」

「だから購入前提で話するなよ。っていうか、何なんだよツバメって?」

<ツバメは313年前に絶滅した飛行可能な生物です。遺伝子は『ノア』に保存中。飛行系バイオノイドに転用されています>

「うそ、ツバメ絶滅したの!? かわいそー!」


 驚きの声をあげるトモエ。コジローにはよくわからないが、天蓋暦以前に絶滅した生命で。遺伝子が保存されてバイオノイドに転用されているのだけはわかった。


「供養の為にもここはツバメにしないとね」

「クヨウってなんだよ? っていうか買わないからな」

「供養は供養よ。なむなむーって死んだ相手に祈るの。死……」


 言ってからつい数分前の戦闘を思い出すトモエ。顔を青ざめさせ、壁に手をついて蹲る。目の前で命を失ったイヌ型バイオノイド。自分に似た生命体が命が失われる瞬間を目の当たりにしたのだ。


「大丈夫か?」

「……あんまり。さすがに堪えるわ」

<カシハラトモエのうつ状態、確認。『NNチップ』による脳内物質投与、不可。次善策として睡眠状態に移行させ、ノンレム下での鎮静を提案します>

「いろいろあったからな。とにかく家に帰るぞ。落ち着いたら今後どうするか考えよう」


 言ってコジローはトモエを連れて帰路につく。とにかく決めなければならないことは多い。今後どうするか。脳内で再度呟いて、見通しが立たない事に落胆する。どうしたものかね、これ。


<『女性型からの詐称事件』に一件追加します>

「却下だ。別にトモエは俺を騙しちゃいない」

<了解しました。『その他』に追加します>

「まあ、ハランバンジョはサムライの常ってな」

「それを言うなら……波乱万丈……」


 そんな会話をしながら、コジローとトモエは天蓋の夜に消えていく。


「……まあ、こんなところか」


 その様子をVR空間内から見ていたNe-00000042。監視カメラは全部押さえていたのだろうが、『ネメシス』の飛行ドローンまではチェックが回らなかったようだ。コジローの『NNチップ』に与えていた市民ランク2権限はすでに回収してある。カメラの撮影を止めることはできない。


「目標はアルバファミリーから奪われ、そのまま消滅。シナリオとしてはこんなところかな。

重装機械兵ホプリテス』内のアルバファミリー協力者も全員摘発できた。おおむね予定通りだね。さすがだよ、コジロー君」


 コジローの活躍ぶりは、この飛行ドローンを使って最初から最後まで確認していた。ビルから飛び降りるときにコジローはそこにいた飛行ドローンをつかんだが、ドローンがそこにいたのは偶然ではなかったのだ。


「とはいえ、僕を騙そうとしたのは許せないかな。素直に話してくれれば生殖細胞を施術してアダムにしてあげてもよかったのに。子作りセックスに溺れるコジロー君も面白そうだったのにね。

 許せないから、こいつらの処理も彼に任せるとするか」


 Ne-00000042は指を動かし、その空間に画面を映し出す。『イザナミ』の正規軍『KBケビISHIイシ』。その数名が、非公式に『ネメシス』の領域内で動き回っているのだ。


「上手く処理してくれよ、コジロー君。期待しているからね」


 Ne-00000042は、VR空間内で面白そうに笑みを浮かべていた。



――――――


PhotonSamurai KOZIRO


~Samurai meets JK!~ 


THE END!


Go to NEXT TROUBLE!


World Revolution ……0.1%!

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