なら決まりだ。お前はここで死ぬ

「何でセック……言ったらダメなんだよ」

「なんでもなにもない! 花も恥じらう乙女の前で何言ってるのよこの変態!」

「花ってなんだよ?」

<植物にある部位の一つです。なお植物が羞恥を感じるという現象は存在しません。虚言癖の可能性があります>

「ショクブツってなんだよ? まあ今はそこはいい」 


 性に対する価値観の違いを理解したわけではないが、コジローはそういってこの話題を打ち切る。大事なのはそこではない。


「ともかくオレステが求めていたのはそれだ。アンタが自分で生命体を作れるってこと。もっとも、セイショクタイとかの違いとかでそれは叶わなかったわけだし生まれた生命体もすぐに出荷できないからな。200日ぐらいか?」


 いろいろ知識があやふやなのは、ナビゲーションシステムの相棒と相談と知識の確認をしながらの会話だからだ。もっとも、トモエにはそれが分からないのだが。


「子供を出荷とかいろいろカルチャーショックなんですけど。要するにそういうエロい状態にされそうになったのね。で貴方はそれを救ってくれたんだ」

「そういうことだ。まあ、現状救えたかどうかは半々……どころかオレステを退けた程度で本題はこっからなんだがな」


 言って肩をすくめるコジロー。脳内でナビゲーションシステムとの会話モードに入る。


「なあ、相棒。このままこの子を若旦那に渡したらどうなると思う?」

<依頼が達成され、Ne-00000042からNe-00339546に100000クレジットが入ります>

「まあそうだな。で、この子はどうなる?」

<わかりません。情報量が少なすぎます>


 ナビゲーションシステムの答えは冷淡だ。


「シミュレーションしてくれ」

<了解。基本情報としてカシハラトモエはクローンナンバーもバイオノイドロッドもありません。企業規則からすれば存在しない存在です。クローンでも物品でもない。いわば空気同様です>

「空気。そいつは誰にも触れられないってことか?」

<否定。空気は誰もが吸い込み、吐き出せます。そしてそれを咎めることはできません。クローンやバイオノイドの生命停止は規則に従い罰則が与えられます。しかしカシハラトモエは生命停止させても規則に違反しません>

「だよなあ」


 コジローは予想通りの結論にへきへきした。このまま若旦那の元に渡せば仕事は終わりだ。だけどトモエの生命の安全は確保できない。若旦那がトモエを生かす理由……と言うか価値がないなら殺されるだろう。


<加えて、Ne-00000042の条件はカシハラトモエの内臓回収です。カシハラトモエの生殖能力を求めている確率は高いでしょう。そういう意味では生命の無事は保証できます>

「……くっそ、予想通り過ぎて頭痛ぇ」


 若旦那が最終的に何を求めているかはわからない。だけどこのまま渡せば、オレステと同レベルかあるいはそれ以下の扱いを受ける可能性は高い。コンマゼロ一秒の脳内会議を終え、コジローはトモエを見た。


「本題って?」

「お前を狙う人間や企業の正体が分からない以上、味方はどこにもいないってことだ。異世界転生したなんて、古典ラノベ知ってる俺ぐらいしか信じないぜ」

「……むぅ。それはわかるわ。っていうか私自身いまだに信じられないし。そう思わないとパニくりそうなだけで」

「トモエ、お前は天蓋において異質な存在だ。おそらく『イザナミ』あたりが何か知っているかもしれないが、それも推測でしかない。そして企業に捕まれば、オレステに捕まったみたいな扱いを受けるだろう」

「……何よ、それ。そんなのいやよ……」


 コジローに説明されて、声弱く反論するトモエ。一難去ったように見えて、問題は何一つ解決していないのだ。トモエが子供を生める限りは。


「……ちなみに、企業? 要するに会社ってことだろうけど。さっきのハゲオヤジとどっちが怖いの? さっきのはヤクザっぽかったけど、もしかしたら高待遇だったりしない? イケメンかショタに囲まれるとか、そんなんだったら考えても――」

「オレステと企業? 比べるまでもなく企業の方がえげつないぜ。クローンでもバイオノイドでもないから、雑に扱われること確定だぜ。欲しいのは内臓だけらしいから、専用の機械に接続されて、壊れるまで使われるんじゃないか?」

「人権とかないの!?」


 脳内でサイバーな機械に繋がれたバッドエンド画像をイメージするトモエ。もっとも、頭部が無事な分その方がましなのだがそれは知る由もない。


「ジンケン? 5大企業共通規約のクローン保護項目か?」

<否定。『人類』が有する特別権利です。人権は企業規定を超越し、人権と企業規定が反する場合は人権が優先されます>

「企業規定より強いとか無敵だな」

「……さっきから独り言言ってるけど、とりあえず人権がなさそうなのはわかったわ……」


『NNチップ』のないトモエにはナビゲーションシステムの声は聞こえない。そのためコジローがスマホなしで誰かと会話しているようにしか見えなかった。


「まあ実のところ、俺も若旦那の命令でアンタを保護したんだが」

「え……?」

「内臓云々言ってるのも、若旦那――企業『ネメシス』の上役からの要求だ」


 コジローの言葉に顔をこわばらせるトモエ。自分を助けてくれた人が、実は自分を捕らえるためだった。捕らえるために助けてくれたのだ。その打算を突き付けられ、逃げようとする。だけど、すぐに絶望した。


(逃げて……どうなるの? この人の言うことが正しいなら、この世界のどこに逃げても……)


 逃げる先がない。どこかに逃げ込めても『NNチップ』とやらがないなら衣食住を得ることができない。ましてやココは自分の知識よりはるかに高いテクノロジーを駆使する社会。逃げ先などすぐに特定されるだろう。


「まあ、非公式なんだがな」


 そんなトモエにおどけるように告げるコジロー。


「え?」

「俺は正規のネメシス企業戦士ビジネスじゃない。『重装機械兵ホプリテス』のような治安維持部隊でもない。一応『ネメシス』所属のクローンだが、さっきのオレステの戦いも含めて、企業の報告書には残らないんだ」

「……どういう、事よ」

「トモエ、お前は嫌だって言ったな? 捕まって生命体を生まされるようなことはしたくない。そういう解釈でいいな?」


 真剣な瞳で問いかけるコジロー。その言葉と態度を受けて、トモエはしばらく沈黙する。答えは初めから決まっている。だけど、目の前の男に託すべきか否か。それを悩んでいた。


「ええ。いやよ。私はそんな生き方したくない。子供を生むなら、好きな人の子供を生みたい」


 はっきりと、コジローの顔を見て言い放った。柏原友恵の言葉を。


「なら決まりだ。お前はここで死ぬ」

「は? あの、それは――」


 困惑するトモエをよそに、コジローは相棒に語り掛ける。


「市民ランク2権限を使って、サブダベディを強制起動させる。できるか?」

<可能です。最上命令権限をもつ装着者Ne-002000310から命令されることはありませんので、上位権限により作動可能です>

「よし、リミッターを解除してレーザーをぶっ放せ。命令時間と命令者はオレステに押し付けろ」

<警告。サブダベディのリミッター解除による光学兵器使用は本建物および業務に重大なダメージを与えます。Ne-00339546およびカシハラトモエの内臓を危険にさらす可能性が――>

「そいつは俺がどうにかする! トモエが死んでもおかしくない爆発を起こすんだ!」

<警告。この行為は器物破損及び業務妨害に値します。罰則は――>

「そいつも全部オレステに押し付けろ! せっかく市民ランク2の権限があるんだから、最大限に利用してな!」

<了解。サブダベディ、リミッター解除。光学兵器起動します>

「ちょっと待て! カウントダウンとかそういうのを――!」


 コジローの叫びよりも早く、オレステの装着しているサイバー義肢『サブダベディ』が光を放つ。フォトンブレードで切り裂かれて安全装置が働いていたが、それを強制的に解除される。更には5大企業の設定した威力制限規定も解除された。


「死ぬって、どういう――きゃあああああああああ!」

「捕まってろ!」


 いきなりコジローに脇で抱きかかえられたトモエは悲鳴を上げる。コジローはトモエを抱えたまま窓に向かって飛び、片手でフォトンブレードを手にして硬質ガラスを切り裂いた。そのまま窓から躊躇なく跳躍する。そう言えば三階だったか、と飛び出してから気が付いた。


 背後からの衝撃波。暴走したサブダベディが爆発したのだ。部下が持っていた光学兵器のバッテリーも誘爆したのか、爆発の色は派手なものとなった。


「ああああああああああああ!?」

「ちょいと捕まらせてもらうぜ!」


 跳躍時にたまたま飛んでいた輸送ドローンに手をかけて落下制御を行い、地面に不時着して急いで路地裏に走る。監視カメラ映像を若旦那の権限を使って削除し、どうにか安堵……とはいかなかった。


「……ま、あの爆発に巻き込まれたらさすがに死んだって思われるだろうよ」

「いいいいいいいいままさに死ぬかとおもったんだけどおおおおおおおお!」


 パニックを起こしたトモエが大声をあげて続けている。コジローはそれをなだめるように手で制していた。


「叫ぶなよ。美人が台無しだぜ」

「説明もなく荷物みたいに抱えられて三階からの自由落下されて叫ばない人はいないわよ! しかも頭が下だったから、目の前数センチに地面が!」


 トモエからすればいきなり拘束されて3階から地面に落とされたのに等しい。衝撃のショックは抱きかかえたコジローが受け止めたとはいえ、恐怖のショックは別物だ。


「面倒だなぁ。『NNチップ』がないっていうのは。自動で脳内物質排出できないとか辛くないか?」

「怖ッ! なにその落ち着かせ方! なんか怖い方向に技術突き進んでない!? もしかしてアンタもそんな感じで落ち着いてるの!?」

「いや、俺は単に平常心だ。古典ラノベで言うところのメイキョシンスイのクッコロってやつ?」

「……違う……明鏡止水の心。なんなのよ、もう」


 コジローの言葉で気が抜けたのか、あるいは騒いで力が抜けたのか。トモエのパニックは収まったようだ。


「……さて、若旦那に報告と行くか。うまく騙されてくれるといいけど」

<警告。Ne-00000042が虚偽報告を信じる確率は2.2%>

「そういうシミュレーションはいらねぇよ」


 相棒にそう答えて、コジローは意識を電脳世界に埋没させる。


 VRチャット空間。若旦那のいる場所へ。

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