オッケー。異世界転生だな
柏原友恵は西暦2020年代を生きる女子高生だった。
背丈は159センチ。体重は秘密。3サイズも秘密。大きくもなく小さくもなく。学校でも目立つわけでもなく、いじめられるわけでもなく、成績もよくもなく悪くもなく。部活は廃部寸前の漫画研究会。友人の頼みでそこに籍を置いている程度。
そんなどこにいてもおかしくない存在。それがトモエだった。彼女は自分が特別な存在ではないと理解している。子供のころは魔法少女にあこがれてなりたいと思うこともあったけど、大きくなるにつれて現実を知っていく。
漫画や小説を読むのも、趣味の一つでしかない。イケメンな男が繰り広げる冒険活劇。ダークヒーローの暴力的なキャラクター。大人の恋愛模様。そういった今の自分とは違う世界を知ることはいい気晴らしになった。
そして最近のトモエのブームはファンタジー系だった。現代社会の人間がファンタジー世界に転生し、そこで規格外の力をもって暴れまわる。爽快感あふれる展開だ。異世界へ召喚される。死亡してその世界で生まれ変わる。その出だしの後に訪れたトラブルと、その解決。ありきたりと思いながら、目は離せない。
自分もこうなりたい、と思うほどではないが、物語を読んでいる間はその主人公に同調できた。登場人物の行動に納得したりしなかったり。次の展開を予想して、こうでなくちゃと頷いたりいい意味で裏切られたり。SNSで感想を言ったり他人の感想を覗いたり。そんな一読者。趣味を高じてコスプレしたり、作者にファンレターを出したり、そこまでする勇気と行動力はない。
だから自分が異世界転生するなんて全く思わなかった。ブラック企業で過労死するわけでもないし、トラックが突っ込んでくるわけでもない。テスト勉強で徹夜して、家に帰って眠気に負けて制服のままベッドに横になって気が付いたら――
「本当にこれですか、オレステさん。市民IDもバイオノイドロットもありませんよ?」
「馬鹿。だからこそなんだよ。回収して引き上げるぞ!」
気が付いたら、水の中に浸かって寝ている自分に気づいた。機械で作られた棺桶のようなもの。ガラス状の筒の中に横たわっている自分。水の中なのに呼吸ができる。目を開けても液体がしみいることはなく、ガラスの外でしゃべっている会話が聞こえてくる。
(なにこれ? 夢?)
こちらが目を覚ましていることに気づいていないのか、外の会話は続く。オレステと呼ばれるハゲた男とその部下の会話だ。
「『イザナミ』本社の輸送ドローンに手を出して、盗むのがこれだけ? 他の奴奪ってももいいんじゃありませんか?」
「余計なモノを盗んでる余裕はねえよ。『
「それが分かってるのに何で手を出したんですか!? どっち相手してもウチらじゃ死ねますよ!」
「すぐには来ねぇよ。『
こいつがあれば企業を出し抜けるんだ。いいから運べ! 時間が勝負だ!」
何を言っているのか全く分からない。トモエはそのまま見たこともない車に筒ごと運ばれ、気が付けば筒に入れられたまま小さな一室に寝かされる。アルバファミリーの娼館なのだが、今は知る由もない。
「プロテクト突破しました! 培養液排出、解凍開始!」
「培養槽オープン。急いで処理しろ!」
そんな声が聞こえ、目の前のガラスの扉が開かれる。肉体が空気に触れ、これが夢ではなく現実であることを認識する。
「何だこの服? 『NNチップ』の干渉を受け付けないぞ。大抵の服はこのコードで脱着できるのに」
「時間がねぇ。裂いて――」
「なにするのよこの変態!」
男の手がトモエの制服に伸び、引きちぎろうとする。つよい暴力の意志と力強い手の動きに、思わずトモエは暴れだした。抵抗自体はささやかだったが、抵抗されると思わなかったオレステは驚いて手を引く。サブダベティほどではないがサイバー強化された腕は、トモエの制服の胸部を引き裂いていた。
「服脱がしてなにするつもりだったのよ!」
「抵抗するんじゃねぇ! お前は俺の為に受精してればいいんだよ!」
「じゅ、受精!? ちょ、それって、それって……!」
破かれた制服と、そしてスカートを押さえるトモエ。男達の必死な表情と熱意が嘘や冗談じゃないことを理解させられる。ここに居たら貞操が危険だ。それだけは理解できた。
だけど逃げようにも周りは囲まれている。トモエの身体能力では男につかまれば振り切ることもできないだろう。状況は絶望的だった。
絶望に追い込まれるトモエに追い打ちをかけるように、爆発音と振動が響いた。そして遠くから聞こえる悲鳴。何が何だか分からない。混乱するトモエだが、このことに混乱したのはトモエだけではなかった。
「――『
「評議会に上位権限が介入しています。Ne-00000042が直接『
「察知されていたか。時間を稼げ! 別のアジトに移動して――」
突然慌てだす男達。近づいてる爆発音と悲鳴。『
「逃げんじゃねぇ! おい、捕まえろ――」
叫ぶオレステだが、同時に踏み込んだ『
捕らわれた場所が一階だったことが幸いし、たいしたケガもなくトモエはそのまま『天蓋』の街を走る。そこが自分が知る日本ではないことは、すぐにわかった。
立ち並ぶビル群。暗い空だけど明らかに夜空ではない空。道行く人はヒトのような者もいれば、明らかにヒトじゃない者もいる。見知らぬ機械と車両。トモエの時代よりもはるかに発展した街並み。
そんな街を困惑のままむしゃらに走り、ホテルらしいビルを見つけて中に入る。誰か人がいれば助けてもらえると思ったが、ドアボーイも含めて中にいたのは全部円柱形のロボット。トモエを見ても反応すらせず、途方に暮れる。
おっかなびっくりトモエはスタッフルームに入る。そこまでしても反応しないロボットたちを確認しながら、部屋のマスターキーを手に入れる。罪悪感を感じながらも自分の安全のために部屋の中に逃げ込んだ。オートロックがかかる音を確認し、安堵の息をつく。
部屋に入って安心し、一息つこうとシャワーを浴びようとしてバスルームに入った。だがバスルームにひねり口すらないことに気づいて外に出たら、そこにコジローがいたのだ。一糸纏わぬ裸体をさらす形で。
「……と言う感じよ」
トモエ視点での説明は、その一言でしめられる。トモエ自身、今の状態が理解できていない部分が多いのだろう。特に自分が何で犯されそうになったのか、と言うあたりは。
<理解不能。何かしらの薬品による幻覚が継続している可能性が3.2%。娯楽作品にしても文脈が荒唐無稽です>
と言うのがナビゲーションシステムの意見だ。コジローも理解が及んでいない。だがコジローは
<証言に該当する事件の検索は完了しました。『イザナミ』の輸送ドローン襲撃事件です>
ナビゲーションシステムの検索結果がコジローの脳内に展開される。オレステを映したらしい監視カメラの映像もある。カメラ対策を怠るぐらいに急いだのか、あるいはそこはコネでもみ消せるはずだったのか。それはもうわからないが。
「オッケー。異世界転生だな。とりあえずそれはわかった」
「わかったの!? 未来世界だからそこが一番理解されないと思ったのに!?」
「少なくともお嬢さん――カシハラトモエがこの天蓋の人間じゃないってことはわかった。そうなると『NNチップ』やバイオノイドロッドがないのも、出荷時の生殖細胞未処理も納得できるぜ。何せ試験管で生まれたわけじゃないからな」
「トモエでいいわよ。フルネームで言うより、その方が言いやすいでしょ。
ところでえぬえぬちっぷ? せいしょくさいぼう? どういう事よ? それがないとどうなるの?」
聞きたいことはたくさんあるけど、とりあえず今聞いた単語から聞いていくトモエ。その質問にコジローはトモエが羽織っているローブを指さした。
「これ、少し大きいと思わないか?」
「? そうね。でもサイズがこれしかなかったんだし仕方ないわよ。制服破られたし」
胸を隠すようにして応えるトモエ。コジローはクローゼットの中からローブを一着取った。コジローの体格からすれば少し小さなサイズだが、羽織った瞬間にコジローの体格に合わせるように服が大きくなった。
「え? どういうこと? ローブがいきなり大きくなったように見えるんだけど?」
「『NNチップ』に登録された俺の身体情報に合わせて、服が伸縮したのさ。ベッドの固さもシャワーの適温も朝起きる時間も全部『NNチップ』に登録すれば自動でやってくれる」
「すっごーい、さすがサイバー世界! 超高性能スマホじゃない! どこで買えるの!?」
「買えるっていうか、『NNチップ』は試験管内で培養されているときに脳内に植え付けられるんだよ。頭蓋骨が柔らかいうちに針で突き刺していれるんだと」
「……さすがサイバー世界。すごいわ」
コジローの言葉に一気にテンションが下がるトモエ。
「つまり、生まれた時にみんな持ってるのね。ラノベで言えば世界全員が魔力持ってて生活必需品なのに、転生者は持っていない状態。うん、理解したわ。
……じゃあ、せ、せ、生殖細胞……も? あのハゲ男が受精とか言ってたのも……?」
顔を赤らめてお腹の部分を守るようにしながら、恐る恐る問いかけるトモエ。
「ああ、クローンは出荷時に生殖細胞……セイシとランシ? そういうのにセンショクタイの制限を受けるんだ。なんでその処理を受けていないアンタは試験管じゃなく、自分の体で生命を作れるとか?」
コジロー自身も理解が及んでいないと言った感じの説明だ。そもそも生殖細胞の知識に関しては『天蓋』でも10%しかいない市民ランク3以上の権限がなければ知りえない。コジローもつい数時間前に知ったばかりだ。試験管以外で生命が作れるなんて、想像すらしなかったことである。
「なんで疑問形なのよ?」
「いやだっておかしいだろ? お腹の中に別のモンがいるとか。しかもそれが性行為でできるとか」
「だから乙女の前で性行為っていうな!」
「あいたっ!」
トモエの恥じらいを含んだセリフと同時に飛んだ拳が、コジローの腹部に突き刺さった。
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