判断が遅いぜ
「なにしてやがる! 早くバイオノイドを使って捕まえろ!」
「ダメです。バイオノイドが命令を聞きません!」
「4体一斉に不具合を起こしました。データ上ありえません!」
バイオノイド。それは五大企業が生み出した労働力。市民に従うように作り出された人工生命体。
かつて存在した人間以外の動植物の遺伝子を組み込んだキメラ生物。元となった動植物の特性を持つ存在だ。人型を模したものもあれば、元の生物の特性を色濃く出したバイオノイドもいる。
それらは基本的に企業の――そして企業で働くクローンの道具だ。『NNチップ』を通じて脳に直接命令を行うことができ、バイオノイドがそれに逆らうことはない。生命の危機を感じて躊躇することもあるが、基本的には忠実だ。
そのバイオノイドが4体同時に命令に逆らったのだ。確率的にはあり得ない。アルバファミリーの手下たちもこのタイミングで壊れるなんて思っていなかった。彼らは嗅覚特化のバイオノイド。逃亡者捜索用の重要な道具だから、扱いも相応に大事にしていたのに。
<4体同時に命令放棄する確率は0.00000784%。カシハラトモエが何かをしたと考えるのが妥当です>
「なにしたかはわからないが、たいしたお嬢さんだぜ」
トモエを手下達からかばう位置取りをしながら、フォトンブレードを振るうコジロー。足にまとわりつくバイオノイドもいつも間にか力が抜けている。顔を上気させ、熱にうなされるようにぐったりしていた。足を振って拘束を解いたのちにオレステに斬りかかる。
「そんじゃ反撃と行きますか!」
「くそ、何をした貴様! 新手の超能力か!」
「さあね。教えてやる義理はないよ!」
(こっちもわかんないけどな。その辺りが若旦那の求めることなのかね)
その言葉を心の奥にしまい込み、コジローは赤く光る剣を振るう。動揺する相手の精神的な隙に付け込むようにオレステに斬りかかった。繰り返された鍛錬のままに繰り出される剣技は、フォトンブレードの威力もあって鋭く相手を追い詰める。
対しオレステを始めとしたアルバファミリーは戦いの要である連携を失っていた。ファミリー連携の起点はバイオノイドだ。死んでも代替の効く盾代わりのバイオノイドをけしかけ、その隙をつく。その初動を失ったのだ。
「こいつクソ強ぇ! ケリが当たらねぇ上に、レーザーも当たらねぇ!」
「当然。サムライ舐めるなよ。お前みたいにサイバーレッグのスペックでの力押ししかできない奴に負けるような修行はしてないのさ」
<毎朝2時間の修練。就業中は清掃用具による筋肉の負荷。仕事後は素振りと古典文学から得たケンジュツの再現。ノンレム時における仮想状態での戦闘訓練。現在の肉体性能は4000日近く、これらを繰り返した結果です>
「黙々10年。まだまだ先は長いがな」
剣を振る。確認する。また剣を振る。確認する。一振り一振り、確認しながら積み重ねる。
夢の中で、死闘を繰り返す。何度も死に、何度も血を吐き、夢幻の中、無限の攻防を繰り広げる。
夢と現。1と0。10年間肉体と精神を研ぎ澄ましてきた。それが今のコジローの動きだ。
だがサイバーレッグの力に頼って生きてきたオレステに、そんなことなどわかるはずがない。10年も剣を振るうなら、闇市のコネと2か月の手術期間と多額のクレジットを使ってサイバー化したほうが楽に強くなれるからだ。
「クソ! ワケわかんねぇ! おい、お前ら盾になれ!」
「ひぃ!? そんなことしたら死んじゃうじゃないですか!」
「無駄死にするのはバイオノイドの仕事ですよ! 戦闘用のバイオノイドもあらかた 『
足二本サイバー化したオレステに勝てない相手に、手首と片目だけが機械化した自分達がかなうはずがない。現にコジローに向かって銃を撃っているが、骨董品のフォトンブレードで払われてしまう。
「銃口の向きと攻撃するタイミング。それさえわかれば弾丸を弾くのはそう難しくねぇのさ。何度も夢の中で訓練したからな」
「何わけわかんないこと言ってやがる! 新型の多包囲フォースシールドだ! エネルギーが切れるまで打ちまくれ!」
「ま、そう考えるのが普通だよな」
飛び交う弾丸やレーザーを斬って防ぐコジローを自分の知らない兵器があると断ずるオルステ。それ当然の考え方だ。
「なんで命令効かねぇんだあのクソイヌ! こうなったら――」
「う、くぅ! きゃうう!」
怒りと迫りくるコジローの攻めに、アルバファミリー配下の一人は『NNチップ』を通してバイオノイドに激痛を走らせる。老いたバイオノイドを無理やり動かす機能。破壊する可能性があるので通常は行わないが、四の五の言っている時間はない。
「早くその女を捕まえて――いや、俺達の盾になれ!」
「う……あああああ」
激痛に耐えきれずこと切れるバイオノイドが3体。残った3体は立ち上がり、コジローの前に移動しようとする。全身から血を流し、動くだけで命を削っている。それでも、命令には逆らえないとばかりに這うように移動を始めた。
「だ、だめ! 動いたら死んじゃうから! じっとしてなきゃダメだよ!」
その様子を見ていたトモエが叫ぶ。目の前で死んでいく命。それでも動こうとする命。その命を前にして、倫理観で叫んだ言葉。『天蓋』の市民には存在しない、バイオノイドに対する保護の心。
その言葉が聞こえるはずがない。何故なら嗅覚特化のイヌ型バイオノイドには聴覚がないから。それに類する感覚器は存在しない。だからトモエの言葉が聞こえるはずがない。なのに、
「ああ。あああああああ」
バイオノイドは一斉にトモエに振り返った。正確には振り返ろうと努力した。最後の力を振り絞り、トモエに顔を見せた。そして、微笑んだ。
「死んじゃヤだよ……キミたちの名前も何もわかんないけど、死ぬのは間違ってるよ……」
涙を流しながら、近くにいるバイオノイドに近づくトモエ。事切れる寸前のバイオノイドに手を伸ばし、その頬を撫でた。
「くううううううん」
たったそれだけの行為。それだけの行為なのに、嬉しそうにそのバイオノイドは声をあげる。痛みすらもう感じない死の瞬間なのに。この上ない幸福だとばかりに優しい鳴き声を上げる。
「な、なんで命令を聞かないんだ……!? こんな話は聞いてないぞ!」
「いろいろ予想外のことだらけで驚いてるところ悪いけどな」
オレステが気付いた時には、コジローはオルステの懐に踏み込んでいた。フォトンブレードの範囲内。鋭い意思をオルステは確かに感じていた。斬られる。殺意でもなく悪意でもなく、ただ斬るという意思を。
オレステはとっさにミドルキックを放つが、その軌跡を予測していたのかコジローは難なくしゃがんでそれを回避する。地を這うように身をかがめたコジローが、立ち上がるようにしながら赤のフォトンブレードを振り上げた。
「コイツで終いだ。自慢の足とついでに腕ももらってくぜ」
切り上げたフォトンブレードは正確にサブダベディの膝関節部分を切り裂いた。そしてその軌跡の途中にあった腕も切り裂く。
【
赤い光が音もなく走る。一瞬の静寂の後にオレステの腕と体が床に落ちる音が響いた。その後で切断された機械の足がことりと倒れる。オレステが負けたことは、誰の目にも明らかだった。
「オ、オレステさん!?」
「に、逃げよう! 『
「どこに逃げるんだよ!? そもそもあの女を確保しないと――」
逃げてファミリーに戻っても、ホテル襲撃の責任を取らされて切り捨てられるだけだ。生存の可能性はトモエの臓器を回収してどこかに庇護を求めるのみ。しかしオレステの戦闘不能により、その道は完全に断たれたと言ってもいい。
「判断が遅いぜ」
動揺するアルバファミリーは一足で近づいたコジローに驚き――赤光に切り裂かれる。驚きの表情のまま、3名は事切れた。
「ひっ……うぷ……っ」
機械の足と腕を斬られたオレステ。死に絶える犬耳少年達。一瞬で切り裂かれて命を失ったクローン体。その光景に精神的に耐え切れなくなったのか、トモエは胃の中のモノを吐き出した。もっとも何も食べていなかったのか、胃液しかなかったが。そのまま顔を青ざめて意識を失う。
「繊細だねぇ。もしかしてタワーから出たことのない箱入り娘か? でもアルバファミリーにいたんだよな」
<舌根沈下および嘔吐物による窒息の可能性があります。マニュアルに従い、側臥位にしてください>
「あいよ。さて、こいつは確保したと言ってもいいのかね」
<ミッション内容を再確認しましたが、問題はありません。あとはNe-00000042のVRチャット空間で報告を>
「その前に、オレステにとどめ刺しとかねぇとな」
トモエを横向きにして顔を斜め下に向ける。その後でトモエの呼吸を確認した後で、オレステに視線を向けるコジロー。斬られた腕からは血を流し、顔を青ざめている。戦意は完全に失せていた。そして命も失われつつある。
<Ne-002000310は痛覚遮断によりショック死していませんが、切断部位からの失血死は確定しています。179秒後に生命活動が終わるでしょう。サブダベディ破壊により、抵抗手段は皆無。放置しても問題ありません>
「それでもまあ、剣を交わしたんだから礼儀ぐらいは尽くしてやりたいのさ」
言いながら壁を背にして荒い息をつくオレステに近づく。
「クソ! 死ぬのか!? 助からないのか!? どうにかしろ!」
足を斬られて立つこともできず、出血の脱力で動くこともままならない。自らの死を免れようと『NNチップ』に問いかけているが、その手段がなく絶望していた。そして近づいてくるコジローにすがるように話しかける。
「おい、俺と手を組もう! 分け前は3:7! いや、5:5でいい! いろいろ予想外だったが、あの女がいればクレジットなんか得たい放題だぞ! 『ネメシス』の子飼いになって給料もらうよりも、もっといい稼ぎになる! だから俺を助けろ!」
「あいにくと二君に仕える気はなくてね。っていうかあの女性型にそこまで価値あるんなら自分で稼ぐぜ」
「バ、バカヤロウ!? 俺のコネがなきゃ宝の持ち腐れだ! あいつの内臓は俺に使われて初めて役に立つんだよ!」
「お前のコネ? 色街と暴力しか能がないくせに何言ってるんだか」
言って肩をすくめるコジロー。その行為を焦らされていると判断したのか、焦りを感じだすオレステ。時間が不利に傾くのは自分なのだ。
「わかった3:7! いや2:8でいい! 俺はおこぼれでもいいから! オマエの方が上でいい! 助けてくれたら一生ついていくから助けてくれ!
オマエだって分かってるんだろ!? 試験管以外で生命を生み出すことができる器官の価値を! こいつのランソーには手術の跡がないんだ!」
横たわり動けないトモエが持つ内臓器官。その名称を、コジローは聞いたことがない。
「マジかよ……」
だがその異常性と価値は十分に理解できた。この天蓋を揺るがしかねない存在を。
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