俺はエスパーじゃなくサムライだぜ

<戦闘行為開始。敵対象、クローン体4名とバイオノイド6体。クローンの内3体はサイバーアイの手術暦あり。懐に銃器確認。

 バイオノイドは全てイヌ型。嗅覚強化のため、嗅覚以外の感度を制限されている模様>

「んでオレステは足ってか。ボスが前衛系っていうのは勇気あるね」

<訂正。『前衛』とは新たな発想をする創造系クローン体の思想を指します。Ne-002000310の行動と思想がそれに沿っているとは思えません>

「確かに頭堅そうだがな」

<再度訂正。Ne-002000310の頭部はサイバー化していません。硬度は通常のクローン体と変わりありません。被毛がないため、通常より衝撃吸収が劣ります>

「確かに違いないね!」


 脳内で交わされるナビゲーションシステムとの会話。話とは言ったが脳内電波のやり取りは一秒にも満たない。コジローが一歩踏み出すより早く会話は終わり、並列してコジローの脳内に映し出される室内とアルバファミリーの配置図。


 だが『NNチップ』による状況把握と作戦会議が行われているのはアルバファミリーも同様。オレステはチャットで配下に指示を出しながら、サイバーレッグ『サブダベディ』を起動する。


地 を 這 う 蛇シャブダ・ベディ】!


 光線を放つ遠距離武装サイバー四肢シリーズ。『カーリー』の治安部隊『セポイ』の持つ一般武装だ。死亡した奴から奪ったか、はたまたセポイの誰かが闇市に流したか。裏稼業を営むファミリー程度が持つには過ぎた武装だ。それが、光を放つ。


 オレステのふくらはぎ部分が光り、同時に光線となって解き放たれる。光の速度は文字通りの光速。秒速約30万キロメートルの攻撃は見た瞬間に終わっている。標準は『NNチップ』に任せてある。仮に相手が『NNチップ』に対するダミーを送っていても、レーザーを歪曲させることで追尾する必中の矢。


「おおっと、甘いぜ!」


 コジローの視界に展開されるのは『NNチップ』が生み出した光の点。自らを狙うの軌跡と到達時間。市民ランク2の特権で『カーリー』の秘匿情報を入手し、そこから光の軌跡を伝えてくれる。


 要求されるのは刹那のタイミング。そのタイミングに合わせてフォトンブレードを振るうコジロー。オレステの光線とコジローの光線がぶつかりあい、出力負けしたオレステの光が消滅する。


光 子 剣 術フォトンスタイル――月 桂ムーン・ナイト】!


「何だと、レーザーを斬った!?

 そうか、予知能力。まさか貴様、超能力者エスパーだったとはな。『ネメシス』の虎の子が動いたか」

「おいおい。こんな代理戦争に天蓋に10人しかいない超能力者が動くと思ったのか?」

「言ってろ。ミラーコーティング以外でレーザーを防げるモノなど超能力者エスパーしかいない。やはりその女はホンモノのようだな」


 オレステの警戒度が上がり、右手を上げる。同時に背後に控えていたイヌ型バイオノイドが一斉に襲い掛かってくる。武器などない。背丈も140センチとクローン体よりも小さな体躯。オレステの命令によりミラーシェード型のサングラスをつけられ、嗅覚以外を封じられている。


 バイオノイド達はその嗅覚だけでコジローとその背後にいるトモエを感知し、飛び掛かってくる。コジローの足に2体。トモエに4体。切り伏せようとしたときに、トモエの叫びがコジローの耳朶を打った。


「え、しかもイヌミミショタ!? ヤバ、この世界ヤバ!」


 よくわからない何かに興奮するトモエ。歓喜だか驚きだかよくわからない声に気を取られている間に背後のアルバファミリーが動き出す。銃を構え、コジローとトモエの頭部を撃ち抜こうとしていた。サイバーアイの補正により、相手の眼球も狙えるほどの精度の高さ。


<弾丸数11。ルートは――>

「あらよっと!」


 足にまとわりつくイヌ型バイオノイドの対応を後回しにして、身体を動かすコジロー。ナビゲーションシステムの情報と経験から弾の軌跡を割り出し、その瞬間にはフォトンブレードは振るわれていた。赤光が数度回転し、トモエを狙った弾丸は光に裂かれて消えた。


 しかし斬ることができたのは9発だけ。一発はイヌ型バイオノイドにしがみつかれてなければもう2発もどうにかできたのだが。自分に向かった弾丸を後回しにしたため、肩と足に一発ずつ穴が開いた。流れる赤い液体。


「血……だと? サイバー化していないのか?」


 コジローから流れる血を疑問視するオレステ。


 サイバー化した部位は血液は流れない。血が流れるということは、その部分は生体そのままと言うことだ。切った張ったの世界において、サイバー化は必須。使い走りの部下でさえ、手首や眼球などの簡易手術は行っている。市民ランク2なら、全身機械化フルボーグしていてもおかしくないのだ。


「おうよ。全身生まれたままの姿だぜ」

「そう言われて信じると思ったか。大方、こちらを油断させるためのダミーだろうが」


 コジローの言葉に油断なく応えるオレステ。彼は慎重に、そして油断なく事を進める。企業が支配するこの天蓋において、暴力と悪行をもって生き延びたファミリー。相手を甘く見るたものが逆に食われていたことなど日常茶飯事だ。


「銃!? え、え? レーザー!? 血!?」


 今ようやく戦闘に気づいた、と言う顔で驚くトモエ。荒事など初めて見ました、と言う顔でパニックに陥っている。顔を青ざめ、腰を抜かしたように座り込む。力が抜けたトモエを運ぼうとイヌ型バイオノイド4体が四肢を抱えようとする。


「おい、そいつを連れていくのは――」

「おおっと、させるか!」


 それに気づいたコジローが振り返ろうとするが、その動きを止めようとオレステがコジローに蹴りを放つ。片足立ちのヤクザキック。サイバーレッグのオートバランサーにより重心維持が為された一撃。車両すら軽々と吹き飛ばす一撃はさすがに無視できない。コジローはオレステの攻撃回避に意識を戻す。高重量の足が、すぐ横を通り抜けた。


<痛覚遮断。脳内物質増量。攻撃を食らえば粉砕骨折及び内臓破裂による生命の危機。Ne-002001310の危険性を高に設定。

 最優先目的をNe-00339546の生存に切り替えることを提案します。最善策は逃亡>

「却下だ。苦難を乗り越えてこそ、サムライなんだよ!」


 サイバーレッグの蹴りを交わし、同時に放たれる光線を光の剣で弾くコジロー。しかしそれが限界。コジローのフォトンブレードは一本しかなく、身体も一つしかない。オレステとその背後から援護射撃するアルバファミリーの部下の銃弾を捌くので精いっぱいだ。


「はん! 噂に聞いた超能力者エスパーとは大違いだな。予知に特化した防御型か。これならどうにかなるぜ!」

「俺はエスパーじゃなくサムライだぜ。わが剣の煌めき、冥府の土産に見せてやるってな」


 古典ラノベで見たセリフを言うコジローだが、内心焦りを感じていた。背後では腰を抜かしたトモエがイヌ型バイオノイドに運ばれている。バイオノイドの力が弱いため4体でどうにかトモエを抱えられる程度だが、トモエ自身が抵抗しないため運ばれるままになっている。


「おい、ジョシコウセイ! そのままだとお前攫われちまうぞ!」

「へ、あ……」

「それ以上離れすぎると守れねぇんだ。頭撃たれたくなかったら抵抗しろ!」


 フォトンブレードの長さは2メートルが限界。その範囲より離れられると、アルバファミリーの撃つ弾丸を斬れなくなる。


<提案。Ne-00000042の依頼内容は臓器の無事です。頭部破損から5分以内に医療施設に搬入すれば――>

「却下だ。理由はサムライの信義に反する!」


 現実的な提案をするナビゲーションシステムの意見を却下しながら、オレステに斬りかかるコジロー。アルバファミリーの狙いはコジローではなく移動により狙いやすくなっているトモエに向かっていた。


「抵抗ってどうすればいいのよ……私、なんのチートもない女子高生なのよ……」

「ジョシコウセイとかよくわからんが、足搔け! そうすれば道は開かれるって古典ラノベでもい言ってたからな!」

「なによそれ! しかもなんでラノベ!? 確かに異世界転生したけどさ!」


 コジローの言葉にツッコミを入れるトモエ――少なくとも、ツッコミを入れる程度に折れた心が起き上がった。か弱いながらも手足を動かし拘束から逃れようとする。暴れるトモエを押さえようと、イヌ型バイオノイドは必死に力を込めて――


「は、ふぅぅぅぅ」

「くぅぅぅううん」


 トモエを抱えていたバイオノイド4体は、下半身の力が抜けたように崩れ落ちて地面に座り込んだ。そして舌を出し、トモエの肌をなめ始めるバイオノイド。


「は? ちょ、なになになに! え、何なのこれ!?」


 トモエは逃れようともがく。舌から逃げるように手と腰の動きで何とか壁まで移動するが、それを追うようにバイオノイド達が迫る。イヌ型バイオノイドは腰が抜けているのか四つん這いのままで、舌を出して後ずさるトモエに近づいていく。


「あわわわ……その、こっち来ないでー!」


 その言葉に従うようにバイオノイド達は動きを止める。そして物欲しそうな目でトモエを見ていた。


「うぐぅ! その構ってほしそうなイヌショタの目……変な性癖に目覚めそう!」


 よくわからないが、バイオノイドはトモエを拘束しようとしないようだ。


「おい! どういうことだ!? 命令しても動かねぜぇぞ!」

「『NNチップ』からの命令は出ている。なのにどうして!?」


 バイオノイドをコントロールしているアルバファミリーの手下たちが困惑した声をあげる。バイオノイドは道具だ。上位者からの命令に逆らえない。なのにその道具が言うことを聞かないのだ。


「よくわからんが、その位置に居てろよ!」


 フォトンブレードを振りながらトモエに向かって言うコジロー。コジローも理解できないが、今が好機なことは間違いない。困惑している隙をつき、攻勢に出る。


 反撃開始だ――

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