ドアノックは優しくしなって教わらなかったか?

「私は柏原友恵! なんのチート能力もチートアイテムも持っていない異世界転生女子高生よ!」


 女――柏原友恵のセリフ聞いて、コジローが理解できた単語はほとんどない。


 先ず柏原友恵。カシハラトモエ。『Ne-00ロー』のように数字を二つ名にするクローン体は珍しくない。だが、どの数字をどう変換すればカシハラトモエになるのだろうか? あるいはIDとは無関係の二つ名? だとしても意味が分からない。カシハ、ラトモエ? カシ、ハラトモエ? カシハラト、モエ? どこで区切るのが正しいのか。発音的にはカシハラ、トモエなのだろうがどちらにせよ意味が分からない。


 続いてチート。この意味自体は理解できる。だますこと。欺くこと。プログラム作成者が意図しない方法でシステムを突破する行為だ。おそらくモンキーアイを突破できるID偽装能力の事だろうが、トモエはこれを『持っていない』と言っている。どういう事だろうか?


 そして女子高生。これも意味が分からない。女子とは性別を示す言葉だろう。しかし染色体とそれに伴う体型の違いを示唆しても意味がない。続く言葉もコジローの効いたことのない言葉だ。コウセイ。攻勢? 更生? 公正? 自分の染色体数とつなげて意味が通じる単語は思いつかない。


 ただ唯一分かったのは、


「オッケー。聞いたことあるぜ異世界転生。古典ラノベに書いてあった。古典文学者なのか、お嬢ちゃん」

「お嬢ちゃんいうなオッサン! 私の名前はトモエ!

 古典なんか『ありおりはべりいまそかり』しかわかんないわよ! ……それもよくわかってないけど!」


 相変わらずよくわからないことを言う。そんな疑問を吹き飛ばすようにコジローの脳内にアラート音が鳴った。


<警告。オルバファミリーが4Fに到着しました。この部屋に向かっています>

「警備ロボ仕事しろよ! ああ、でも無理か。レーザー対策してなさそうだしな」

<モンキーアイの武装ではサブダベディに勝てる確率は0%。『重装機械兵ホプリテス』の到着予定は――不明。出動が確認されていません>

「はぁ!? いつもは2分以内に来るのに、どういうことだよ?」

<Ne-00000042とのVRチャットルームのログに『この件に関して『重装機械兵ホプリテス』は介入できない』と言う旨が――危険度上昇確認。ドア前に反応10>


 ナビゲーションシステムの警告音は、緊急事態によりキャンセルされた。コジローはトモエを背後に回し、腰に装着してあるフォトーンブレードに手を伸ばす。


「オラァ! ここにいるのはわかってんだぞ!」


 衝撃音と共にドアが歪む。次の衝撃音でコジローたちの方にドアが飛んできた。その向こう側にはドアを蹴ったのであろう、片足をあげた男がいた。白スーツを着た恰幅のいい男。頭髪はなく歪んだ笑みを浮かべている。


 オレステ。Ne-002010。反企業組織――もっとも企業は裏で認可している――アルバファミリーの一員。通称『光脚』オレステ。『ネメシス』傘下のVR歓楽街実働部隊。その長の一人だ。


「ひぃ!?」


 時速100キロを超える速度で飛んでくるドアだった鉄の塊。その衝撃音と光景に驚きの声をあげるトモエ。コジローはそれを目視し、フォトンブレードを振るった。抵抗なく、水面を裂くように光の刃は鉄を切り裂く。真っ二つに裂かれた扉は、コジローたちを避けるように二分されて後方の壁を破壊した。


「おいおい、ドアノックは優しくしなって教わらなかったか?」


 フォトンブレードをオレステ達の方に向けて言い放つコジロー。その様子にオレステの顔が歪んだ。


「うるせぇ! そいつを渡しやがれ!」

「お断りだね。っていうか何考えてんのさ、アンタら。いくら自社だからって高ランク市民用のホテルで破壊行為とか正気の沙汰じゃないぜ。アンタもうこの辺じゃ商売できないだろうよ。他所の企業にトンズラするにしても、こんだけのことしたんだから受け入れられないと思うけどな」


 企業規定に違反したクローンは『NNチップ』を通じてその罪状を受ける。IDに罪状を刻まれたクローン体はその度合いによって住居や食料や通信と言った企業サービスを受けられなくなる。全てのインフラが企業により成立している以上、サービス停止は致命的だ。


「へっ、そいつさえいれば何とかなるのさ」

「その割には扱いが雑だぜ。さっきも俺がいなかったら死んでたかもしれないぜ」

「臓器さえ無事ならどうとでもなるんだよ」

「そいつはそいつは」


 言いながら相手の行動を見計らうコジローとオレステ。


<Ne-002000310の解析開始。プロテクトされました。ランク2市民権限を使って強引にプロテクト突破。解析完了。

 Ne-002000310の情報更新。サブダベディに違法改造確認。威力が13.4%ブーストとされています。後方のクローン体はサブダベディ用のバッテリーと生体用生命維持装置を所持>


 ナビゲーションシステムが相手の情報を解析し、コジローに伝える。トモエの臓器を手に入れたいこともあるのか、手りゅう弾などを使うつもりはないらしい。むしろ初めから頭を打ち抜いて殺害してから、臓器だけを生かす算段のようだ。


(『NNチップ』による解析が弾かれた。上位市民ランクの閲覧制限か。くそ、何者だ……!?)


 対し、オレステはこちらの情報が解析できずにいるようだ。市民ランク6のコジローだが、現在は若旦那の権限により市民ランク2相応の偽装がされている。相手からすれば、自分より市民ランクが高い存在が目の前にいることしかわからない。わからないから、推測するしかない。


(サイバー義肢らしいものが見られない。武器もフォトンブレード? 見た目通りならただのバカなんだが……)


 分かっている情報は、自分より市民ランクが上であること。見た目はサイバー化されていないどこにでもいる男性型クローン体。高速で迫る扉をフォトンブレードで斬ったことである。


(俺より市民ランクが高いくせに、サイバーレスなんてありえない。高度な偽装スキンを被せた全身機械化フルボーグの可能性もある。飛んでくる扉を裂いたところを見ると、高度の反射神経サポートをもつナビゲーションシステムがあるのは確かだな)


(金持ちが操作している戦闘用ドローン……か? 完全人型のドローンは五大企業協議違反だが、こっそり作ってる可能性は否定できないな。この裏にいるのがNe-00000042だとするなら、それぐらいはやりかねない)


(そもそもフォトンブレード? 骨董品もいい所だ。弱い武器を見せつけて、俺の知らないサイバー兵器を持っていると考えるのが妥当だな。極小のドローン? 不可視のフォースシールド?)


 実際は肉体のサイバー化など何もしていない鍛えただけのコジローだが、情報による偽装が相手を疑心に追いやっていく。コジローもそれが分かっているのか、オレステに余裕の笑みを浮かべていた。


「どうした、来ないのか? それとも『重装機械兵ホプリテス』が来るまでにらめっこする気か? 俺はそれでもいいけどな」

「つまらないハッタリだな。『重装機械兵ホプリテス』が動けないことぐらいはわかってるんだろうが。次長様へのコネがあってよかったぜ」


 なるほど。コジローは『重装機械兵ホプリテス』が動かない理由を何となく察した。どうやら組織内での抗争があるようだ。企業にはよくあることで、だからこそ若旦那は『重装機械兵ホプリテス』とは無関係のコジローを差し向けたのだ。


「代理戦争の駒は辛いね。ま、組織は組織でドロドロした人外魔境か。肉体なくなって酒も女も興味がなくなると、出世欲が尖っちまうのかね」

<警告。今の発言は脳培養槽タンク化した市民への差別発言と受けられかねません。電子記録されればNe-00339546に230時間強の謹慎などの行動制限がかかるでしょう>

「それを取り締まる『重装機械兵ホプリテス』はいないけどな」


 言いながらもオレステとその後ろに控えているアルバファミリーから目を離さない。相手が引く意思がないと分かった以上、隙を見て襲い掛かってくるだろう。あるいは、すでに行動しているのかもしれない。


「最優先目的はお嬢ちゃんの保護。サポートよろしく頼むぜ、相棒」

<確認。最優先目的のデフォルトはNe-00339546の生存に設定しています。それより上位に設定してもよろしいのですか?>

「当然だ。古典ラノベだと、女性守るのに命かけるのが男なんだよ」

<否定。男性型であることと生命の順列に関連性はありません>

「これもロマンてやつさ!」


 言って床を蹴るコジロー。それを迎えうつオレステ以下アルバファミリー。


 トモエをめぐる戦いが始まった。



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る