罪も穢れもないただのJKなんですけど

「若旦那から渡された情報が確かなら、この辺に隠れてるんだろうな」

<警告。先ほどの発言は上位市民ランクに対する軽度の嫌疑発言に繋がりかねません。電子記録されればNe-00339546に500時間強の謹慎などの行動制限がかかるでしょう>

「若旦那ってぼかしてるんだから大丈夫だって。マップ頼むぜ」

<了解。Ne-00000042からのギフト開放。情報及び移動制限における市民ランク2の権限を一時所得。システム『ヘラ』にアクセスします>


 ナビゲーションシステムとそんなやり取りをしながら、周辺地図を展開する。コジローの視界に緑色の正方形が写り、天蓋カメラからの写真が映し出される。


 ランク3以上でないと公開されないリアルタイムの映像。依頼主のNe-00000042こと若旦那の権限を借りていなければ、ランク6市民のコジローが見れるものではない。荒い画質の静止画面が関の山だ。


「拡大。お、俺がいる。ヤッホー。なんか変な感覚だな」

<逃亡行動を行う存在は見受けられません。なおアルバファミリーと思われる車両が数台。アルバファミリー構成員が4名ほど確認できます。同所属バイオノイドが6体>

「合計10か。組織の規模を考えれば、探りを入れてる程度か。確信してたらもっと人数入れるだろうしな」

<警告。クローン体4名とバイオノイド6体です。クローン体は市民保護法により暴行及び殺傷行為を行えば企業による刑罰が発生します。バイオノイドの破壊はその限りではありません。同列に扱うと事後処理時に支障が生じます>


 クローン体とバイオノイド。この二つには明確な差が存在する。


 クローン体は各企業が作った『市民』で企業により保護される。ファミリーと言った非合法組織であっても、それらは適応される。……もっとも企業の匙加減で剥奪されることもあるが。


 バイオノイドはただの物質。兵器。道具だ。そこに意思があろうが魂があろうが悲鳴をあげようが変わらない。銃器や車両、機械の部品と同じ扱いだ。破壊しても弁償を要求されるに過ぎない。


 ナビゲーションシステムの警告は、何も考えずにこれら全員を倒した場合社会的な不具合が発生しかねないということだ。クローンに襲い掛かるのとバイオノイドに襲い掛かるのとでは罰則が異なる。バイオノイドの破壊は罰金で済むが、市民の破壊は社会的ダメージが発生する。


「クレジットと刑罰は『ネメシス』の若旦那がどうにかしてくれるさ。大事なのは敵対する数がどの程度かだ。詳細情報よろしく」


 契約時に『後腐れがないように』と若旦那と話をしたが、それも程度次第だ。目標を確保できなければ切り捨てられるだろう。コジローもそれは理解している。その際にダメージが少ないに越したことはない。


<嗅覚による捜索タイプのイヌ型バイオノイド6体。アルバファミリー構成員はバイオノイド調律と思われる構成員3名。それを指揮しているのはNe-002000310――通称『光脚』オレステです>

「やっぱりオレステがいるか。相手したくないなぁ」

<Ne-002000310は『ネメシス』への納税を滞納しているため、賞金がかけられています。生存のみで2000クレジット>

「その滞納した金で足を改造しまくってんだろ?」

<『カーリー』産のサブダベディシリーズですね。光学武器内臓のサイバーレッグです。スペックは――>


 脳内に映し出される数字にげんなりするコジロー。トンレベルの重量を持つ『重装機械兵ホプリテス』すら蹴っ飛ばせるケリと、歪曲して追尾してくるロックオンレーザー。どっちも当たれば死ぬということが嫌になるぐらいわかる。


「他にもいろいろサイバー化してるんだろ、あのハゲオヤジ。ピカピカしすぎだっての」

<否定。Ne-002000310の皮膚に対光学兵器のミラーコーティングは認められません。ピカピカという情報は不適切です>

「へいへい、詳細情報感謝だぜ。そんじゃ、連中より先にお嬢様を見つけますか」

<目標クローン体の市民IDおよびレベルは不明です。Ne-00339546より市民ランクが上である確定情報がないため、尊称をつける理由はないと思われます>

「わかってないね。古典ラノベだと自分より小さい女性型にはこう言うんだよ、相棒」


 実際には口にせず、脳内のやり取りを行いながらコジローは進む。監視カメラからのリアルタイム情報を駆使してアルバファミリーの視界から逃れ、過去の監視カメラ情報を追いかけて『お嬢様』が逃げたと思われるビルに進む。若旦那が便宜を図ってくれなければ、コジローはこの情報にアクセスはできない。


『お嬢様』の歩みはまるで素人だ。監視カメラの存在など知らないかのように、まっすぐに移動する。ホテルに入り、近くのプライベートルームに入り込んだ。オートロックを開けれないので一度管理室に入り、非常用のマスターキーを盗んだらしい。警備ロボットはハッキングされているのか、女の盗みに反応しない。


「モンキーアイを突破できるだけのハッカーか。おっそろしいな」

<『ネメシス』の警備システムがハッキングされたのは、『元素なる四』を名乗ったハッカー1名のみ。その対策を施されてからは初事例です>

「でも監視カメラの映像は消し忘れてるんだよなぁ。モンキーアイをハックするよりも楽なはずなのに。なんだこのチグハグ?」


 監視カメラがとらえた映像はそこまでだ。時間にすれば6時間前。その部屋から出たという記録はない。逃亡経路は監視カメラが見張っているため、そこにいるのは確実だ。


「入るぜ」

『警告します。当ビルは市民ランクランク4以上でなければ宿泊不可となって――市民ランク2を確認。了解しました』


 コジローは真正面からビルに入る。警備ロボによる『NNチップ』チェックが入るが、若旦那の権限であっさり通過した。ビル内監視カメラの情報にアクセスしながら、状況を確認するコジロー。


「周囲に人は?」

<カメラ映像より確認。最も近いアルバファミリー構成員は隣の建物入り口を捜索しています>

「オッケー、今のうちだ。相棒、オートロック解除頼むぜ」

<ランク2市民権限により、オートロック解除>

「失礼しますよっと!」


 念のためにとフォトンブレードを手にして、扉を開けるコジロー。部屋は入ってすぐにユニットバスの部屋、その奥にシングルベッドの寝室と言ったランク4市民が使用できるホテル住宅。そのユニットバスの方から、声が聞こえる。


「なんでシャワーなのにひねり口がないのよ! お湯使えないとかサイテー!」


 そのユニットバスの扉が開く。そこから出てきたのは目標の女性体。映像で見た特徴そのままだ。流れるような黒髪と黒目。細い肩。流れるような乳房の曲線と臀部。そして足。一糸まとわぬ女性の姿。


<目標確認。映像データと一致します。市民IDおよび生産ロットはアンノウン。ジャマー及び情報制限の痕跡は見られません>


 と言うナビゲーションシステムの声がコジローの脳内に聞こえるよりも先に、


「ななななななななっ!? へんたーい!」

「おぶはぁ!?」


 女性の拳がコジローの顔面に叩き込まれた。その一撃を受けて、よろめくコジロー。


「変態ハゲオヤジから逃げられたと思ったらシャワーも浴びれなくて、しかも全部見られたー! もうヤダー! 元の世界に帰りたーい! わーん!」


 そしてしゃがみ込み、堰を切ったかのように泣き出す。『NNチップ』によるうつコントロールシステムが入っていないのか、泣き止む様子はない。


<不明。Ne-00339546の知覚および反射神経からすれば、今の攻撃行動回避率は98.6%。データベース更新のため、回避放棄した理由を教えてください>

「こういう時は避けちゃいけないって、古典ラノベにも書いてあるのさ」

<了解。『理由:その他』に追加しました>

「っていうかシャワー浴びれないとか、NNチップ使用禁止? どんだけ重罪食らったんだこのお嬢ちゃん」

「重罪ってなによ!? 私は罪も穢れもないただのJKなんですけど! あと着替えてるんだからこっち見んな!」


 コジローの言葉に怒りの言葉をぶつける女性。暴行を受けたのかボロボロになった服を着て、その上から部屋の中にあったローブを羽織る。少し大きいがそれを気にしている様子はない。服は『NNチップ』に登録されている体型に伸縮するのだが、そんな様子は見られなかった。


<理解不能。JKを頭文字とするクローンロットおよびバイオノイドロットは存在しません>

「いやまあなんだ。俺はNe-00339546。ササキコジローって呼んでくれ。

 んでハゲオヤジっていうのはオレステの事か? こういう顔の?」


 コジローはオレステの3Dデータを『NNチップ』を通じて目の前の女性に渡――そうとして対象のIDが分からないことに気づいた。先ほどから『NNチップ』による問いかけはしているのだが、反応がない。よほど強力なジャマーを仕込んでいるのだろうか?


「どういう顔よ?」

「いや、データ送りたいんでジャマー解除してくれないかな? IDわかんないんで」

「あいでぃ? SNSの?」

「えすえぬえす」


 微妙に成り立たない会話。会話の齟齬の原因を探りながら、しかしどこから切り出すかを悩んでいた。


 そんな沈黙を破るように、ナビテーションシステムが警告を放つ。同時にホテル内に警告音が響いた。


<警告。武力行為によりホテル正面を突破しました>

「マジか!? モンキーアイやられたのかよ!」

<肯定。サブダベディの光学兵器の存在を確認>

「ねえ。何一人で叫んでんのよ?」


 ナビゲーションシステムの声が聞こえないのか、首をかしげる女。確かにコジローとナビゲーションシステムの会話は脳内で行われているが、内容はオープンにしてある。『NNチップ』を使えば会話を知ることは可能なのだが、それをしていないようだ。


「よくわかんないけど、お前を追ってきたやつがホテルを襲ってるんだよ! お前本当に何者なの!?」


 コジローの問いかけに、ムッとした顔で女は応える。


「私は柏原友恵! なんのチート能力もチートアイテムも持っていない異世界転生女子高生よ!」


 なんだそれ。コジローは単語一つ一つの意味を、ほとんど理解できずにいた。

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