Samurai meets JK!

俺の名前はササキコジローだ

Pi!


<243.04.15 6:00 Ne-00339546、起床時間です>


 生まれた時から脳にある機械。それから直接脳に響く電子音。覚醒する脳と肉体。伸びをして倦怠感を払いながらシャワー室に入る。


 Ne-00339546。その呼称を持つ男性型の。稼働年数34年。サイバー改造記録、無。『ネメシス』363治療エリア清掃担当。これがこの個体データ。


<シャワー開始します。設定温度の変更はありませんか?>


 シャワー室に入ったと同時に脳内に聞こえてくる声。


 ナビゲーションシステム。全クローンが生後すぐに脳内に埋め込まれる『NNチップ』。それに登録されたアプリケーションの一つだ。それが聴覚として脳に信号を伝えている。意識するだけで対応してくれる各個人の情報端末デバイス。すべての生活機器はこれに対応し、脳内で意識するだけでこれらを作動できる。


「オッケー。いつも通り頼むぜ、相棒」


 意識するだけでいいのだが、男は口に出して答える。相棒、と呼ばれた情報端末は言葉ではなく脳内の了承を受けてシャワーをオンにする。温度設定、水の量、それらすべて毎日同じ設定だ。


 適度な温度で眠気を振り払い、体を洗ってタオルをとる。黒髪をシャンプーで洗い、ボディソープで体の汚れを払う。すべて同じ企業のロゴが入っている。この地域一端を統括する企業『ネメシス』のロゴだ。


 体をふき終わり、絹製の服に着替える。黒塗りのシャツには『半年ROMれ!』と衣裳されていた。意味は『半年ほどオンラインで意見するな』という意味らしい。ほとんどの人が『NNチップ』を通したオンラインを主軸に生活している今となっては、それも無理な話だが。


 着替えた後に、男は筋肉を伸ばす運動をする。まっすぐ立ち、両足の踵をゆっくりあげて、5秒キープ。そして同じ時間かけてゆっくり戻す。その後で壁に手をつき、足を後ろにそらせてお尻の筋肉をほぐす。最後に床に寝そべって、膝を立ててゆっくり上体を起こす。これらを各10セット。


 腕立て伏せにストレッチ。そう言った筋トレをこなしていく。筋肉を鍛える体の動かし方を探すのは一苦労した。力をつけるなら筋肉など鍛えずとも、機械の義肢を入れれば済む話だ。安価で早く、そして楽に力が得られる。それが常識だ。


 そして一息ついて、部屋の隅にある器具に向かう。錆びたパイプと革ベルトを組み合わせて作った器具。ルームランナーを見よう見まねで作ったものだ。その上に乗り、歩き出す。少し回りが悪いので、油をさす必要がありそうだ。


「相棒、今日の予定と知らせを教えてくれ」

<スケジュールタスク起動。新着メールは3件です。本日は通常業務以外の予定は入っていません>


 言葉と同時に男の目の前にいくつもの画面が映し出される。このクローンに送られてきたメールだ。正確に言えば、視覚情報として目の前にあるように見えているだけで実際にメールアプリが起動しているのは脳内である。


「あと何か面白いことは起きてないか?」

<ブラウザ展開。最新ニュース523件。経済ニュース45件。『ネメシス』からの伝達6件。エンタメ2件。事故4238件>

「昨日のSSSスタイルスライムショウの結果は?」

<一位、ニャルニャウ 二位、ポメメ 三位、ドロネロン>

「ニャルニャウか。あの質量であの粘性はやっぱり強いよな」


 開かれるウィンドウ。これらは『NNチップ』が視覚情報として男に見せているだけで、実際にはこれらは実在しない。追加オプションを支払えば他人の目にも見えるようにできるが、男はその必要はないと割り切った。そういうのは企業戦士ビジネスが持っていればいい。


「メールもどうでもいいものばかりだな。『新型VR彼女、販売開始! 邪心幼妻(触手付き)』……破棄。『あのスサノオ義肢をあなたに! 先着5名まで!』……破棄。『電子酒ヤマタノオロチ! しびれるような甘い夢を見ませんか』……美味そうだな、これ」

<検索。98.9%の確率で違法。電子酒リスト内にヤマタノオロチは存在していません>

「うっへぇ。やっぱりそういうヤツか。君子危うきに近寄らず、だな。破棄」


 残念そうにメールを破棄するクローン。意識するだけでいいのに、わざわざ指を動かすのは信念だ。意識を動かすと同時に体を動かす。それを怠れば体は劣化する。そんな時代遅れの考え方。


<警告。Ne-00339546は過去5年の経歴から電子酒系と女性型に対する警戒が低いという結論が出ています>

「酒と女に弱いのは男のサガさ。古典ラノベにもそうあるぜ。

 あと、俺の名前はササキコジローだ」


 自分を親指で指さし、男――コジローは言う。


 Ne-00339546。この『天蓋』と呼ばれる場所に存在するクローン。人類の遺伝子を元に作られた生命体。そのID。


 ヘッドのNeは『ネメシス』という企業から作り出された証。企業内にある試験管で作り出された時に刻まれた名前だ。


 だが、男は自らをササキコジローと名乗る。曰く『Ne-00ロー』とのことだ。こういったIDから通り名ハンドルネームをつける者は少なくない。


 誇らしげに名乗るコジローだが、脳内にある相棒からの返事は冷たいものだった。言葉通りの機械的対応。


<呼称変更を行うには追加オプションが必要になります。購入しますか?>

「しねぇよ。そんなクレジットがないのは知ってるだろうが」

<了解。警告の続きとなりますが、Ne-00339546のクレジットが同年代作製クローン体と比べて少ないのは、酒と女性型により発生したトラブルの割合が大きいです。これらに対する接触を減じればオプション購入も可能となるでしょう>


 脳内にこれまでのトラブルが列挙される。『BARでの乱闘:12件』『女性型からの詐称事件:35件』『その他:23件』。クレジット減少に至らなかったトラブルを含めれば数は一気に膨れ上がる。


「わかってるよ。まあ、武士は食わねどタカヨンジだ。ないものはない。足りないながらでやり取りするしかないんだよ」

<論理のすり替えを指摘します>

「おおっと、そろそろ時間だな。着替えるか」


 相棒の指摘を無視して、コジローは汗を流すためにシャワーを浴びる。体をふいたのちに、壁にかけてある上着とズボン。そしてベルトホルダーを手にして、腰につけた。『NNチップ』に登録された体型情報に合わせて、服が伸縮する。


 ベルトバックにはガラクタと工具が入ったベルトバック。そして棒状の機械を留められている。その棒を取り出し、スイッチを押した。80センチほどの赤い光がまっすぐに伸びる。


 フォトンブレード。光子をエネルギーで閉じ込めて循環させた近接用の武器だ。重金属ですら切断可能で、これを止めるには光子による相殺、もしくは特殊なコーティングが必要となる。


 とはいえ、これを武器にする者はまずいない。光子の刃を形成するのに常時封鎖エネルギーを展開する必要があり3分もすればバッテリー交換が必要になる。近くのモノを破壊するのなら、サイバー義肢を用いた打撲の方が破壊効率がいい。そして光子を使った攻撃なら、フォトンブラストなどの光子銃の方が距離も広く一般的だ。


 総じて、フォトンブレードは何もかもが中途半端な武器として世間では見られていた。趣味の範疇。骨とう品。大量生産する価値もなく販売停止となったシリーズ。しかしコジローはそれを愛用していた。


 慣れた動作で数度ブレードを振り、光を消して腰に収める。


「今日も絶好調だぜ」

<Ne-00339546の体温、血圧などに異常はありません。運動による筋肉疲労も皆無>

「毎日鍛えてるからな。あと俺の名前はササキコジローだ」

<呼称変更を行うには追加オプションが必要になります。購入しますか?>

「しない。そんじゃ、そろそろ行きますか。今日も労働が待ってるぜ」


 そんなやり取りの後、自動扉を開けて外に出るコジロー。


 目に映るのは巨大なビル群。天幕に映し出されるのは、かつて存在した『空』のビジョン。時間が繰れば茜色に染まり、そして星空となる。


 ビルはこの地域を納めている『ネメシス』の会社ロゴ。そしてその傘下となる企業の店の宣伝。ビル群を縫うように飛行する車両。翼で空を飛ぶタカ型バイオノイド。


 道行けばすれ違うのは機械の技師を装着した人たち。目立つように露骨な義肢もあれば、見た目は人の体と変わらない義肢もある。あるいはバイオ系の四肢かもしれない。腕以外にも胴体や頭部まで改造している者も少ないが存在する。


 動物の遺伝子を組み込まれた人型生物――バイオノイドが急ぎ足で走り、軟体不定形のスライム型清掃機が道路を清掃する。コンビニでは売店ドローンが完全機械化フルボーグ企業戦士ビジネスに複数のアームを使って対応していた。


 そんないつもの朝の光景を見ながら、コジローは企業から支給される栄養ブロックを口にする。2センチほどの茶色の正方形。それをかみ砕き、飲み込んだ。これ一つでクローン体一日の活動が賄えるほどのエネルギーがあるが、味は劣悪。苦みに眉をひそめながら、歩を進める。


「不味いもんだぜ。サムライの朝食はオニギリだって古典ラノベでも言ってたのによ」

<警告。Ne-00339546が冷凍穀物を購入することはできません。穀物の取り扱いは市民ランク2以上となります。Ne-00339546がランク2になるには、合計で13796131クレジット必要です>

「わかってますよ。世知辛いねぇ」

<提案。先ほどの問題は味覚操作アプリをダウンロードすれば解決します。購入は575クレジットとなります。購入しますか?>

「そんなクレジットはねーよ。わかってるくせに」


 オンライン技術発達、クローン技術確立、機械による身体部位の代替、新生物の創造。


 西暦など遠い過去。発展した技術により国家の支配は形骸化し、複数の企業の定めたルールが支配する時代。


 天蓋暦243年。そう呼ばれる時代の中、ササキコジローを名乗るクローンは生きる。

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