フォトンサムライ コジロー

どくどく

プロジェクト『天蓋』

『人は脳だけで生きていけるのではないか?』

 合理化とは、不具合を除き効率的にすることだ。


 無駄を省き、統合し、そして小さく収める。そうすることで少ない時間で多くの効果を得ることができる。もちろんそれだけではないが、合理化としてはわかりやすい形だ。


 神経と機械の結合技術……いわゆる人体のサイバー化が確立した際に、その案はあった。いや、サイバー技術が確立される前から架空の一つとしてはあった。


『人は脳だけで生きていけるのではないか?』


 脳を維持できる培養液を無限に供給すれば、肉体は不要。老化して朽ちていく肉体よりも機械による永遠を。


 そんな夢は、初期段階で消え去る。機械の耐久年数は長くても20年。車のような稼働する機械であればメンテナンスを繰り返しても10年すれば劣化するからだ。


 ならば肉体は不要だ。いいや、肉体を必要とする世界は不要だ。


 VR世界。創られた仮想現実。それを生み出す機械さえ維持できれば、人類は永遠に生きられる。都合のいい世界。都合のいい未来。都合のいい物語。それに浸りながら生きていける。望むままに、永遠に。


 平和な時代ならよくできた妄想だと笑い飛ばされただろう。倫理的に肉体を捨てる嫌悪感があっただろう。


 しかし、平和ではないのなら?


 戦争。経済。伝染病。異常気象。宇宙開発の断念。複雑化する世界情勢。様々な不安が世界に満ち、人々は未来に夢を持てずにいた。同時に人口問題やエネルギーの枯渇問題も上がり、人類は自分達が追い詰められていることを自覚し始める。


 そして、そのプロジェクトは立ち上がった。


 脳を25センチ四方の培養槽に入れ、それを電脳世界に接続する。肉体を捨て、自らが望んだ電脳世界で永遠に生きていく。


 希望者は多く、希望しない者もいた。


 最終的に60億人の人類が賛同したところで、賛同しない人間は。かつて全世界に広く広まっていた人類は全て脳以外を捨て、かつて日本と呼ばれた国の地下に作られた巨大なシェルターに収められる。


 その施設――『天蓋』と呼ばれたその施設は、5名の人類によって運営される。60億人の脳を維持し、電脳世界を生み出し、天蓋そのものを維持するためには多大なる労力が必要だった。


 彼女達はかつての人類の遺伝子を元に、労働力であるクローンを生み出した。クローン達は丁重に施設を維持する。神を守る祭壇を祀るように。


『信仰』のような絶対視する存在。それを奉る5名の創造主。クローン達は原始的ながらも、文明を得た。そしてそこからクローンによる新たな世界が始まった。


 5名はそれを止めることはなかった。むしろその成長を促進するように技術を与えた。それはあたかも神が人に火を与えたが如く。クローン達はそれに喜び、彼女達を絶対視するようになる。彼女達も互いに話し合い、そして世界は生まれていく。


『人類』の施設を守るように作られたドーム状の巨大建築物――天蓋。それは多くの意味を持つ。この建物そのものでもあり、その中にある社会でもあり、時代の名前でもあった。

 

 天蓋の統治方法は、かつての社会を模して『企業』という形になった。5名の創造主の名前が母体の会社名として在り、その傘下に様々なグループが生まれる。それらが社会を構築し、そして文明は発展する。


 かつての人類社会というモデルケースがあったこともあり、クローン達はわずか200年でかつての人類に追いついた。人類増加やエネルギー問題などは『企業』の話し合いで制御されている。


 何ら、問題はない。このまま天蓋は滞りなく続いていくだろう。問題もなく、永遠に。『人類』を守ることが天蓋の第一義。決して問題などあってはならないのだ。そうならないように、企業が社会に目を走らせている。


 合理的に。全ては合理的に。天蓋という社会はクローン達により滞りなく続いていくだろう。あってはならないことはすべて否定した。イレギュラーの可能性はすべて否定した。『人類』は目覚めることなく、永遠に自ら選んだ楽園を謳歌するだろう。


 それでも、予期せぬ出来事は予期できないから起こるのである。


 これはそんな天蓋に生きる少し変わり者のクローンと『あってはならない』少女が、合理的に作られた天蓋と言う世界を変えていく物語――


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る