質問と返答、そして一致
全ての映像を見終わった。「ワタシ」の心に宿るのは不思議な感覚。
同じ人なのに、みんな違う。最初の2人は自分、もしくは周辺の対応に問題があったのだと思う。Aは思い込みで、Bは近しい者を参考にして、ともに不和を生んだ。
Aは自惚れで心を閉ざし、Bは傲慢さで他者の心にキズをつけていた。
Cは、この人だけは違うような気がする。
自分をよく知り、相手もよく知ろうと心を尽くしている。
なんだろう。あたたかさを映像越しに感じた。形容は難しいが、ポカポカとする。
不快感のないポカポカ。この人のすぐそばに、ずっと寄り添いたいと思える。
何故あたたかみを感じるのか、「ワタシ」には分からないのだけれど。
「では、あなたにひとつ質問を。正直に答えてください」
声の主からだ。何を聞かれるのだろう。
「あなたはもうすぐ人の住む世界に生まれることになります。どこの国、どの家庭に生まれるか選ぶことはできない。そして、あなたが生きる世界には危険があふれている。今のか弱いあなたが生き延びていけるのか、私には保証できません。あなたを傷つけようとする者、あなたを誤った道へ導こうとする者が近づいてくるかもしれません。それでも生きていけると自信をもてますか」
声の主は涙を流しながら、「ワタシ」に言い聞かせているような気がした。
何かがポタポタ落ちる音がするからだ。でもどうして?
何か責任を感じているからだろうか。
それを拭い去るために「ワタシ」はこう答えた。このときにはどうしてか、自然に口を動かせる状態にあった。
「はい、生きていけると信じています。だって―」
そこで「ワタシ」の意識は途絶えた。
「はい、おしまい。ね、不思議な夢でしょ」
我が子が見た夢の内容を話し終えたようだ。
母はその話に興味を持ちつつ、適度に相槌を打ちながら聞き続けた。
全てを聞き終えた母の顔には不思議さが表れていた。
あまりに一致しすぎている。偶然?
母には親しい二人の知人がいた。一人は貧しい国でボランティアとして活動する女性。もう一人は裕福な国で通訳として活躍する男性だ。
独身時代、その二人とはよく顔を合わせて話し合った間柄であった。
だが、二人とも海外で人生を歩むようになってからは連絡をとることが少なくなり、最近は声すら聞いていなかった。
そして、おそらく最後に連絡をとったのは出産をする前だったような気がした。
それから随分と長い時間が経っていたはず。
二人が話してくれた出来事は、我が子の語った内容によく似ていた。
ボランティアとして活動していたとある国の学校に転校生がやってきて、それがもととなりクラス内に不和が生じたエピソード。
通訳として裕福な家庭で働いていたときに、その子供がわがまま放題で誰も叱らなくて困っているエピソード。
最後に話してくれたエピソードは……私自身!?
「まさかね。胎内で私や知人の話を聞いていた、なんてことはさすがに」
「何を話しているの?」
我が子が不思議な顔で母をじーっと見つめていた。どうやら母は独り言を呟いていたようだ。
「ところで、最後は声の主の質問にどう答えたの?」
我が子の夢はぶつ切りで終わっていたので、その部分を聞いてみた。どのような答えが返ってくるのだろうか。
「声の主さんにはこう言ったよ。みんながきっと三番目に出てきた人になれますって。だから、泣かないでくださいって。それと」
少し間があって、我が子はこう続けた。
「声の主さんはとてもあたたかく感じたんだ。たぶん、正体はお母さんだったとおもうよ。変身して夢の中に入ってきたでしょ」
母はこれまで真剣にあれこれ考えていたことなど吹っ飛んでしまった。
「あら、ばれちゃったか。上手く変身できていたと思ったんだけどなあ」
そう言って、我が子を抱き寄せた。母のぬくもりは確実に我が子へと伝わった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます